36. 林間学校・一日目 薪割りをするネコミミメイド
宿泊所から出てきた生徒たちは、屋外につくられた調理場に集まっていた。
ここではバーベキューなどができる野外用の調理設備が整っていて、生徒たちはこれからなにをするのかとワクワクした表情をしていた。
引率の教師二人が生徒たちを整列させていると、小麦色によく焼けた肌をもつ中年男性がやってきた。
初めて見る大人の姿に生徒たちが注目したところで、安田が話し始めた。
「これから、みなさんには飯ごう炊飯をしてもらいます。やりかたはこちらの飯島さんから教えていただきます」
「えー、どうもどうも、桜ヶ丘小学校のみなさん。普段みなさんはご飯は炊飯ジャーでやっているでしょう。あれはとても便利ですが、火だけを使ってご飯を炊いてもらいます。飯ごうでたいたご飯は普段のものよりもおいしいので、楽しみにしてください」
飯島の挨拶が終わると、生徒たちはおねがいしまーすと声をそろえて頭を下げた。
「まずは、火の元となる薪を割るところからです。まずは私が手本を見せますね」
飯島は積まれていた薪を一本取り薪割り台の上におくと、右手で鉈を振り上げた。
鉈が振り下ろされると、薪の中ほどまで刃が食い込んでいった。
さらに、鉈が薪に刺さった状態のまま、薪ごと鉈を振り上げてコーンコーンと薪割り台にたたきつけると、薪はパカリと二つに割れた。
「このように、いっぺんにやらずに何度かにわけてやるのがコツです。では、みなさんも怪我に気をつけてやってみましょう」
生徒たちは3つのグループに分かれて、薪割りに挑戦していった。
監視役としてそれぞれのグループに教師二人と飯島がついていた。
「よっこいせっと」
生徒たちは、初めて触る鉈の重さに四苦八苦しながらもなんとか薪を割っていき、自分の割った薪をみて楽しそうにしていた。
やがてユキの順番がまわってきて、飯島が鉈を手渡そうとしたところで困った顔をした。
「キミの格好だと、ちょっと危ないんじゃないかな。それに、せっかくの服も汚れてしまうよ」
「問題ありません。メイドにとって、この服は作業着ですので」
注意した飯島に向かってユキは平然とした顔でこたえていると、慌てて安田がフォローに入った。
「すいません、この子はちょっと変わった子でして」
困った顔をする飯島に安田がユキについて説明していた。
その傍らで、ユキは薪を手にとり薪割り台に立てた。
鉈を振り上げると、その動作はまるで数十年もつづけてきたような自然なものであった。
そして、鉈が振り下ろされると、あとにはキレイな断面を見せて二つに割られた薪が転がっていた。
「これはすごいもんだな。もしかして、キミは普段からやっているのかい?」
「ご飯の煮炊きなどには欠かせないため、薪割りは幾度となくやってきたことでございます」
「ほほう、薪で炊事をするとは古風な家庭なんだな。もしかして、旧家の出とかかな」
ユキの返答に飯島は感心したようにうなづいていたが、その誤解を指摘するものはいなかった。
「おい、都築ってすごい金持ちの家に住んでいるお嬢様らしいぞ」
「まじで? だからあんな変わった格好してるのか」
むしろ、周囲の生徒たちがさらに誤解していた。
全ての生徒たちが薪割り体験を終えると、飯島は火を起こす準備を始めた。
「まずは、燃えやすい新聞紙や木屑を火種にして、それから薪に火を移していくのがコツだ。薪の組み方も空気が通りやすいようにちゃんと計算しておくんだぞ」
飯島が薪を組んで、マッチで火をつけると次第に火が大きくなり火勢が安定していった。
飯島の手本を見た後、生徒たちはそれぞれのグループに別れて火をつけていった。
そんな中、男子たちは燃え始めた火をじっと見ていた。
「いいよな、火って……」
「ああ、いいよな……」
パチパチとはぜる火の光に顔を照らされながら、男子たちはまるで原初にもどったような厳粛な顔つきをしていた。
高坂は男子たちの様子を見ながら『バカなの』とつぶやいた。
起こした火の上に米をいれた飯ごうをぶら下げると、生徒たちと飯島はガスレンジとキッチンの置かれたスペースに移動した。
「それじゃあ、ご飯を炊いている間に、カレーをつくろうか。火の番は先生や私で見ているから安心してくれ」
生徒たちはそれぞれのグループに分かれて、まな板の上で野菜を切り分けて、カレーの下ごしらえを始めた。
健二たちのグループでは貝塚、高坂が悩むように食材を見つめていた。
「カレーか……、家庭科の調理実習のとき以来だな」
「今度はちゃんとつくるからね。変なことしないでよ」
「大丈夫だよ~、今度は都築さんも一緒だし」
貝塚が視線を横に向けるとテキパキと動くユキの姿があった。
やがて、カレーが出来上がった頃に、飯ごうから水がぶくぶくと吹き出しはじめ、ごはんが炊き上がった。
「みなさん、ごはんもたきあがりましたよ。さあ、いただきましょう」
安田が声をかけると、生徒たちは木のイスとテーブルに座り、自分たちで作ったカレーを食べて始めた。
よく晴れた空の下で食べるカレーにいつもとは違うおいしさを感じ、生徒たちはかきこむようにスプーンを動かしていた。
そんな中で、黒川はとなりに座るユキの手が止まっているのをみて、心配そうに話しかけた。
「都築さん、どうしたの?」
「いえ、ただ……、なんとなく、こういうのもいいなと思いまして」
ユキは楽しそうに食事をする生徒たちの姿を見ていた。
「……うん、楽しいよね。他の人と一緒につくったものを食べられるのって」
黒川は長い前髪の下で少しの間だけ何かを思い浮かべるように目を閉じた後、ユキの方を見てほころぶように口元を緩めた。




