35. 林間学校・一日目 ネコミミとバス
10月に入り山の木々も赤く色づき始めた頃、4年生たちは2台のバスに分かれて高速道路を走っていた。
桜ヶ丘市立小学校では4年次になると、林間学校が開催されて2泊3日の泊りがけの行事が行われる。
生徒たちは1組と2組で別れて一台づつのバスに乗り、バスの中は子供たちの話し声であふれていた。
これから行われる林間学校について期待をふくらませて話ははずみ、一人300円までと決められた菓子を開けてお互いに交換しながら食べるものなどもいた。
そんな中で、とある席では沈黙が保たれていた。
窓際の席に高坂が座り、その隣にはユキが座っていた。
高坂は腕組みをしたまま仏頂面で外の景色を眺め、ユキは手の平をへその下で組んだまま姿勢を崩さずにいた。
バスの席は好きな場所に座ることになっていたが、なぜこの二人が隣同士になったかというとそれは、少し前の学級会にさかのぼる。
「それじゃあ、バスの席順を決めたいと思います。希望の場所に名前を書いていってください。かぶった場所はあとで抽選できめます」
黒板にはバスの席番号が書かれたマス目がかかれ、生徒たちはそれぞれ好きなもの同士で隣になるように希望の番号を書いた紙を提出していった。
「えっと、都築さん、できたらでいいんだけど、その隣になれたらいいなって思うんだけど……」
「はい、であれば、酔いにくい前の席の方がよろしいかと思います」
黒川がおずおずと切り出すと、ユキはうなづいた。
二人は隣同士になるように前の方の席を選んだ。
「高坂~、景色見えやすい後ろの席にしようよ」
「どっちでもいいけど、貝塚がいいなら後ろのほうね」
高坂と貝塚が隣になるように番号を書き込んだ。
「それじゃあ、希望をまとめるからね
安田が生徒たちから集めた紙をまとめながら、生徒たちによびかけたが、既に生徒たちは林間学校のことで頭がいっぱいのようで楽しそうにしゃべっていた。
安田はここで注意して水をさすのも生徒たちにとってつまらないとおもってまあいいかと思いながら黒板に書き込んでいった。
黒板に席順がかかれていき、場所が被った生徒同士でじゃんけんや話し合いによる交換などを行っていき、それぞれの希望通りにしていった。
黒川や高坂たちも希望の場所に決まり、満足気にしていた。
林間学校当日の朝、校庭にはジャージ姿の4年生たちが並び学校前に止まっているバスに乗り込んでいった。
バス内はわいわいがやがやと子供たちの声が響いていた。そして、出発すると窓から過ぎていく景色を見つめながら、さらにテンションがあがっていった。
出発してから、一時間がたったころ、それまで楽しげに高坂に話しかけていた貝塚が急にだまりこんだ。
「貝塚、どうしたの?」
「うん……、ちょっと酔っちゃったみたい」
貝塚は申し訳なさそうな顔をしながら顔を青くさせていた。
その様子に気づいた安田が声をかけた。
「大丈夫、貝塚さん? だれか、前の席のひとは場所をかわってもらえるかな」
「ならば、わたくしの席と交換いたしましょう」
ユキが手を上げると、安田が貝塚に手を貸しながら誘導して前の席に座らせた。
こうして、ユキと高坂は後ろの席で隣同士になった。
二人のきまづい空間をよそに近くでは男子たちが騒いでいた。
「だれか、オレのホ○ッキーとなんか交換しないか?」
「じゃ、オレのトッホ○1本とホ○ッキー2本交換ならいいぞ」
「ふざけんなよ、1本づつ交換にきまってるだろ」
「トッホ○なら中までチョコたっぷりつまってるんだから、こっちの方が上なんですぅ~」
別の席では健二がリュックから大袋を取り出していた。
「健二、なんだそれ?」
「これか? これはバナナチップだ。バナナならおやつにならないから持ってき放題だ。あと2袋もってきたぜ」
「健二、おまえ……てんさいか」
そんな男子たちの様子を見ながら、高坂が一言『ばかなの』とつぶやいた。
その声に反応したのか、ユキが静かに話しかけた。
「旅行というものは初めてですが、とてもにぎやかなものなのですね」
高坂はユキから話しかけられたことに驚きながらも、不機嫌な声で応じた。
「旅行っていっても近くの山にいくだけじゃない。そんなにすごいものじゃないよ」
「たしかにこれは林間学校、勉強にいくためのものでしたね。今回の林間学校で、一つ目標があるのですよ」
「目標?」
「はい、以前に高坂様にいわれたことを実践してみようかと思いまして」
高坂はユキの言葉を頭で転がして、なにか言っただろうかと首をひねった。
ユキはそれ以上言おうとせずにまた口を閉じた。しかし、顔はいつもどおりの無表情であったがどこか楽しげであった。
お昼をすぎた頃、バスは高速道路をおりて、山の中を通っていた。
木々は紅や黄色に色づき、道には落ち葉の絨毯ができていて、生徒たちは物珍しそうに外の風景に目を向けていた。
山道を登っていくと、バスは宿泊施設にたどり着いた。
そこはキャンプ場が併設された場所で、他にも自動車でやってきた一般客の姿もちらほらとあった。
バスを降りた生徒たちは宿泊施設の管理人に挨拶をすると、建物の中に入っていった。
生徒たちは、男子と女子で2つの大部屋に分かれていった。
「おお~、ひろいな~」
健二が男子用の部屋に入ると、中は畳敷きになっている和風の部屋で、30人近く生徒たちが入っても余裕のある広さを持っていた。
「ほら、見物は後にして、とりあえず荷物おいていけよ~」
一組の担任である男子教師がはしゃぐ生徒たちに指示をだして、男子たちは着替えなどを入れたバッグを所定の場所に固めておいていった。
一方女子の部屋では、安田が貝塚を寝かせていた。
「貝塚さん、車酔いはまだきついかしら?」
「あー、はい、だいぶよくなったきがします。もう少しでなおると思います」
貝塚は血色が幾分よくなってきている様子で、安田は安心して女子たちに荷物の整理をしたら外に出てくるように指示をだし、部屋から退出していった。
安田がいなくなると、生徒たちはめいめいに荷物を置いて整理し始めた。
そんな中で、高坂は貝塚の近くに座って友人の様子を見ていた。
「なぁなぁ、高坂ぁ~、ひざまくらしておくれよぉ~。そしたらもっとよくなる気がするんだ」
「はあ……、まあいいわよ、ほら」
「え、ほんとにしてくれるの? やったぁ」
貝塚は信じられないという顔をした後、正座した高坂の太ももの上に頭を乗せた。
「ああ~、高坂のふとももはやわらかくて最高ですなぁ」
「なぐるよ」
「ごめんごめん、冗談だよ」
太ももに頭をこすり付ける貝塚に向かって、高坂は拳を振り上げるふりをした。
「いいなぁ……」
そんな二人の様子を見ていた黒川がユキの方をチラリとみた。
「黒川様、どうしましたか? もしや、あなたもどこか具合がわるいとか」
「う、ううん、大丈夫……。あっ、……しまった」
黒川は大丈夫と言ってから後悔した。具合が悪いといえば、もしかしたら自分もユキから膝枕してもらえたかもしれないのにと。
悩む黒川を見ながら、どうしたのだろうかとユキは首をかしげていた。




