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31. 夏祭りで遊ぶネコミミ(1)

 8月の終わり、町内会主催で行われる夏祭りが街の神社で行われていた。

 神社の参道には屋台が軒をつらね、薄暗くなりはじめたころ、上からつりさげられた提灯に灯りがともされお囃子も流れ始めた。


 夏休み最後に行われるイベントとして、近所の子供たちは昼間からきていた。

 さらには、近場の街からも電車でやってきたものたちで夕刻ごろにはかなりの賑わいをみせていた。


 そんな中、健二はクラスメイトの男子数人と一緒に夏祭りにきていた。


「次はどこにいく?」


「腹へったし、なんかくわねえか」


 その手には、出発する前に親からもらったおこづかいがあり、どの屋台で買おうか物色しているところであった。


「やっぱ、夏祭りっていったら焼きそばだろ」


「だなぁ、そのへんからせめてみっか。焼きそばの屋台って近くにあったっけ?」


 健二たちはキョロキョロと見回したが、近くには見つからなかった。


「んじゃ。だれが一番最初にみつけられるか競争しようぜ。安いとこみつけたやつが優勝な」


 お互いの顔をみてニヤリと笑い合い散っていった。

 健二は早歩きしながら参道の左右にならぶ屋台をながめていった。

 途中、おいしそうなにおいにつられてつい立ち止まりそうになるが、他の男子に負けないように先を急いだ。


 金魚すくいの露天の近くに差し掛かったところで、健二はいぶかしげな顔をしながら立ち止まった。


「ん? あいつがなんでいるんだ。しかも、金魚すくいの店番?」


 そこには、金魚が泳ぐ水色のプラスチック製の水槽の前に、メイド服姿のユキが座っていた。

 頭のネコミミはメイドキャップによって隠していたが、浴衣姿の者達の中でその姿は目立っているせいで、通りすがったものたちは興味深そうにユキのことを見ていた。


「はい、一回200円でございます。こちらのポイをどうぞ」


 客から小銭を受け取り、ポイを渡していた。


「おい、なにやってんだよ」


「これはこれは杉沢様、ご機嫌いかがでしょうか」


 声をかけてきた健二に向かって、ユキは立ち上がりながら挨拶をした。


「いや、元気だけど、なんでお前が金魚すくいの店番やってるんだ?」


「ここの店主であるペット屋の主人にたのまれまして、少しの間だけ店番をおおせつかっております。杉沢様もやっていかれますか?」


「オレは先急いでるから後でいいよ」


「左様でございますか。いつでもいらっしゃってください」


 健二は金魚すくいの露天から去ろうとしたところで、Tシャツで野球帽をかぶった中年男性がやってきた。


「ごめんごめん、いやぁ、助かったよ。急におなかがいたくなっちゃってさ」


「いえ、お役にたてれば幸いでございます」


「お礼といってはなんだけど、一回タダにするからやっていくかい。そっちの子もユキちゃんの友達なんだろ、一緒にどうだい?」


「え、まじで? やるやる」


 健二はタダと聞いて、ペット屋からポイとお椀を受け取り水槽の前にかがんだ。

 水槽の中をゆらゆらと泳ぐ大量の金魚や出目金を健二はじっとみながらチャンスをうかがい、水槽の端によってきた金魚を掬い上げた。

 そして、お椀に2匹すくいあげたところでポイの紙がやぶけた。


「おや、なかなか上手いじゃないか」


「まーね。だけど、去年はもうちょいいけたんだけどなぁ」


 ペット屋は悔しそうにする健二からおわんを受け取り袋に移した。


「ほら、ユキちゃんも」


「ありがとうございます」


 ユキはうやうやしくポイとお椀を受け取り、水槽の前にかがんだ。

 ユキは目をほそめながら金魚の動きを目で追い、素早くポイをもった手を動かした。


「はやいっ!?」


 その動きはまるで居合いの達人のようであり、動きを目で捉えきれなかったペット屋は思わず声を上げた。水中に入ったポイは一切の水しぶきをたてずに、するりともぐっていった。


「って、破けてるじゃねーか!!」


 ユキは手を振り切った姿勢で残心していたが、その手に持ったポイの紙は破けていた。当然、お椀の中には何もなかった。


「おまえなぁ、あんなに早く振ったら破けるに決まってるだろ」


「なるほど、ご教授ありがとうございます」


「ユキちゃんは金魚すくいは初めてだったのかな。記念に一匹もっていってよ」


 離れていく二人の手元には金魚がおよぐ透明な袋がぶら下がっていた。そんな二人をペット屋は笑顔で見送った。


「おまえ、今日は誰かときたのか?」


「いいえ、ひとりでございます」


「ふーん」


 健二は横をあるくユキを横目でみながら気のない返事をした。


「質問があるのですが、よろしいでしょうか」


「なんだよ」


「この魚の調理法はどんなものが適しているのでしょうか。少々においが強くこぶりなため佃煮などがいいかと思っているのですが、どうでしょうか?」


「ちっげーよ!! 金魚は飼うものなの!! 食うやつなんていねーよっ!!」


「観賞用でございましたか。失礼いたしました」


 袋の中で泳ぐ金魚を見つめるユキを、健二は呆れたような目で見ていた。

 そこに横の屋台から声をかけてくるものがいた。


「あ、ユキちゃん、さっきはありがとうね。おかげで、うちの亭主を無事に病院につれていけたよ」


 声をかけてきたのは、お好み焼きの屋台で両手にヘラをもちピンクのエプロン姿の八百屋の奥さんであった。


「お大事になさってくださいとお伝えください」


「まったく、うちの亭主も腰をやっちまうなんて間抜けなんだから、ほっときゃいいのよ。そうだ、せっかくだし、お好み焼きたべていきなよ。そっちの友達もくっていきな」


「いいの!? くうくう。ありがとう、おばちゃん」


 健二はタダで食べられると聞いて即答した。


「よっし、待ってな。うちの自慢のキャベツをつかったうまいお好み焼きつくってやるよ」


 そういうと、熱くなった鉄板の上に油をしき、タネをいれて焼き始めた。


「おまちどうさま!! 熱いから気をつけてね」


 透明なプラスチックの容器にできたてのお好み焼きをいれて、二人にわたした。


「おお、うまそ~」


 健二は目の前のお好み焼きから立ち上るソースの香ばしいにおいによだれをたらしそうな表情をしていた。


「それじゃあねユキちゃん、また野菜買いに来ておくれよ」


 笑顔で手を振る八百屋の奥さんに、ユキは丁寧にお辞儀をしてから離れていった。


「なあなあ、冷めちまうから早く食おうぜ」


 健二は我慢できなくなりユキをせかしながら、道の開いているスペースをみつけると、道の端に設置された鉄製の柵に腰掛けた。


「おおっ、このお好み焼きうまいな」


 健二は一心不乱にがつがつとお好み焼きを口に運んでいった。

 そんな健二をみながら、ユキは困ったように立ち尽くしていた。


「うまかった~~。ん? おまえも食っちまえよ」


「道端で食事をとるなど初めてなもので、どうしてよいものかと思案中でございます」


「はぁ、いいんだよ。こういうときは、適当な場所でたべるのが普通なんだよ」


 健二はそういいながら近くでも同じように、柵に腰掛けながら食べているものたちに顔をむけた。

 ユキはうなずくと、健二にならって柵に腰掛けて食べ始めた。

 ユキが食べ終わった頃を見計らって、健二は声をかけた。


「なあ、おまえさっきのおじさんたちと知り合いなのか?」


「ええ、商店街の方たちです。買い物で利用させてもらう内に声をかけいただけるようになりました」


「この前、にいちゃんと買い物行ったときに商店街でおまえと会ったことがあったな。普段からお使いいってるなんて、えらいんだな」


 健二はユキのことを感心したように見つめていたが、なにかを思い出したように急に立ち上がった。


「やっべ!! あいつら待たしてたんだった」


 健二は慌てたように集合場所に出向いたが、そこには誰もいなかった。


「あちゃ~、どっかいっちまったか。さすがにまだ焼きそばの屋台さがしてるわけねえよなぁ……」


 健二は顔をしかめながら頭をがりがりとかいた。


「どなたかをお探しでしょうか?」


「友達と待ち合わせたんだけど、あいつら痺れ切らしてどっかいっちまったみたいなんだ」


「申し訳ありません。わたくしにつき合わせてしまったせいですね」


「オレが勝手にやったことだし気にすんなよ。おかげでタダで食えたしな」


 健二はニカッと歯をみせながら笑った。その歯には青海苔がついていた。


「もしや、あの方たちでしょうか」


「ん? ああ、いたいた」


 健二は指差された先をみて、人ごみの中にいる男子たちを見つけた。


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