3. 神社にいるネコミミ(1)
よく晴れた午後、周囲を木々で囲まれ住宅街からはずれた場所にある神社に、一人の少女がいた。
神社は木造りのこじんまりとした本殿があるのみで、ひとがめったにこない寂れたものだった。
少女は薄紫色をベースにしたメイド服に身を包んでおり、何かを探すように境内をうろうろしていた。
境内に落ちているゴミや落ち葉をどかしながら捜していたが、やがて我慢ができなくなった様子で竹箒を取り出した。
そのまま、竹箒を手に境内を掃除をはじめ、ゴミが片付けられていくにつれて、少女の表情はどこか満足そうであった。
しかし、そんな少女の動きを妨げるように一匹のネコが少女の足元に擦り寄ってきて、少女はそれを避けるように箒を動かした。
さらに、他にいたネコも少女を囲むように擦り寄ってきた。
ここには人間はいなかったが、猫だけはたくさん集まっていた。そのためか、近所の人間からはネコ神社と呼ばれていた。
境内には春の暖かな日ざしと降り注ぐため、ひなたぼっこのために猫たちは集まっていたが、急に現れた少女に猫たちは興味を持ったようだった。
「はぁ、掃除がすすみませんね。申し訳ありませんが、掃除をするためにすこし場所を空けていただけないでしょうか?」
少女はひざを曲げてかがみ、猫たちと目線を同じ高さにして話しかけると、ネコたちが少女から離れていった。
「ありがとうございます」
少女は再び、境内の掃除を始めた。
しばらく掃除を続け、境内に落ちていた木の葉やごみが片付けられきれいになった。
「終わりました。でも、まだ時間が余っていますね」
まだ日が高いのを見て、少女は悩ましげに眉根を寄せた。
「はいはい、少し休憩にでもしましょうかね」
猫たちは少女の作業が終わったと思ったのか、再び近くによってきた。
日差しは暖かく、穏やかな空気だけがながれており、少女は本殿の隅に腰掛け空をボーっと眺めていると、次第にうつらうつらと船をこぎ始めていた。
神社へと続く石段を1段飛ばしで駆け上っていく少年がいた。
背中のランドセルががちゃがちゃと音を立てて暴れていた。
「ふぅ、とうちゃ~く」
少年は石段を一息に駆け上り、大きく深呼吸をして息を整えた。
境内に入ってきた少年はなにかを探すようにキョロキョロと見回した。
「あれ? 今日は猫たちいないのかな」
お目当てのものが見当たらず、少し気落ちしたようだったが、本殿の方に目を向けると固まった。
「なんだありゃ?」
本殿の隅に腰掛けて寝ているメイド服を着た少女の周囲にねこが集まり丸くなっていた。
少年は音を立てないようにゆっくりと近づき、少女をジーっと観察し始めた。
「外人か?」
少女の日本人とは違う白い肌と銀髪をみてつぶやいた瞬間、少女の閉じていたまぶたが開いた。
少女は2度3度、まぶたをしばたかせ、目の前にたつ少年を認識した。
「ああ、これはどうも、失礼いたしました」
少女は立ち上がると、少年にむかってお辞儀をしてきた。
「え、えーと、英語でなんていえばいいんだっけ」
「何か御用でしょうか?」
「ナニカゴヨウって、えーと……。って、日本語じゃねーかよ!!」
少年は自分に向かってツッコミをいれるが、少女はその様子を不思議そうに見ていた。
「別に用ってわけじゃねーよ」
「もしや、この神殿の関係者の方でしょうか? でしたら、勝手に場所をつかせてしまい申し訳ありません」
「ちがうから、ここはタダの神社で、オレもただの小学生だ。ちょっと目に付いただけだ」
「しょうがくせい? 初めて聞く言葉ですね。あなたのご職業でしょうか?」
「はぁ!? おまえ本気できいてるのかよ」
少年は自分と年が近そうな少女をみて、同じ小学生だと思ったようだが、予想外の質問に戸惑った。
「申し訳ありません。この国にきたばかりで常識に疎いもので」
「そのわりに日本語は達者だよな」
流暢に話す少女をみて、うさんくさげな視線を送った。
「ああ、それはこのギルド証のおかげです。実際にわたくしはこの国の言語を習得してるわけではなく、ニュアンスで理解しているにすぎません」
少女は胸元にたらした鎖につながっている赤いクリスタルを手に持った。
「はあ、そういう設定ね。わかったわかった」
少年はうろんな目つきで少女を見た後、あきらめの混じったため息をはいて、首をふった。
「あー、おまえ名前なんていうんだ。オレは杉沢健二」
「ユキと申します。杉沢様」
「様づけとかよしてくれよ。というか、そのしゃべり方も変わってるよな」
「この話し方が身にしみついているため、お気に触ったのなら申し訳ありません」
「まあいいよ」
健二はこれ以上いっても無駄と感じ、そういうものとして受け入れることにした。
「ところで、なにか御用があってここにいらしたのでしょうか?」
「え~と、そのな、誰にもいうなよ」
「はい、この耳と尻尾に誓ってもらしたりしません」
「耳、尻尾? まあいいや、ここの猫たちを見にきたんだ。オレん家ってさ、かあちゃんが動物苦手でペット飼えないんだよ」
「動物がお好きなのですね」
「まあな、でも、こういうのあんまりオレのキャラじゃないっつーか。学校のやつらには内緒でここにきてるんだよ」
健二は恥ずかしそうに目線をそらした。
そこに何匹かの猫が健二の足元に擦り寄ってきて、健二は嬉しそうに口元を緩めた。
「ほらほら、きょうのおやつはにぼしだぞ~」
健二はランドセルから減塩ニボシと書かれた袋をとりだし、足元の猫にあげ始めると、他の猫たちも集まり始めた。
えさをもらう猫たちをユキは黙ってじっとみていた。
「申し訳ありません。時間になりましたので失礼いたします」
「ああ、そうか、じゃあな」
ユキは礼をすると境内から林の方に歩いていった。
「え、おい、そっちは林だろ……。いっちまった、なんだったんだ、あいつ」
木々の陰に消えていったユキの背中をみて、健二は首をかしげた。