27. 夏休みを過ごすネコミミ
7月の下旬、暑い日ざしが差し込むなかでも、教室で座っている生徒たちの表情は明るかった。
「明日から、夏休みとなりますが、規則正しい生活を心がけてくださいね」
教壇に立った担任教師の安田が連絡事項を伝える中、生徒たちはすぐにでも帰りたそうにうずうずしていた。
「最近、近くの街でネコやカラスを怪我をさせる事件が起きています。夜間の外出はなるべく控え、怪しいひとには近づかないようにしましょう」
「せんせー、夏祭りのときはいいよね」
「ちゃんと親御さんの許可もらってからいくのよ。それと祭りの会場には先生たちが見回りにいくからね」
生徒の質問に安田が笑顔で答えながらホームルームは終了した。
生徒たちは夏休みを満喫するためにすぐに家に帰るものや、友達と遊ぶ計画をたてるために教室に残っているものもいた。
そんな中で、黒川はユキに遠慮がちに声をかけた。
「ね、ねえ、都築さんは夏休みの予定とかはあるの?」
「いつもどおりご主人様のために働くつもりです」
「えっと……、時間があるときに遊びに、いかない?」
黒川は指先をツンツンとつきあわせながら、上目遣いで聞いてきた。
「お誘いありがとうございます。しかし、ご主人様の許可をいただけないことには難しいかと思います」
「そっかぁ……」
黒川はユキの返事を聞いて、がっくりと残念そうに肩を落とした。
授業が午前中で終了したため、ユキはいつもより早い時間に商店街へと買い物に出かけた。
いつもの八百屋に訪れたユキはオヤジと世間話を交わしていた。
「へい、らっしゃい!! ユキちゃん、今日は早いな」
「今日から夏休みというものにはいりまして、今日は早めに学校が終わりました」
「そうか、夏休みか。もう、そんな時期か。オレがガキのころは、そりゃあもう遊びまくったなあ。でも、いまじゃあんな風に遊べないし、まったくうらやましいな。ユキちゃんも休みは友達とどこかに遊びにでかけたりするのかい?」
オヤジは昔を思い出し楽しげな笑みを浮かべた。
「いつでも、わたくしはご主人様のために働くだけです」
「そっか、えらいな。ちゃんと家の手伝いもやるなんて。でも、ガキのうちは遊べるだけ遊んだほうがいいぜ」
八百屋のオヤジの言葉にユキは曖昧にうなずき、買い物をすませると都築家に帰っていった。
ユキが夕飯の支度をしていると、ガラガラと玄関の戸が開く音が響き、ユキは玄関に向かった。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
これまでに何度も繰り返されてきたやり取りを済ませ、いつものように都築が家に帰ってきた。
都築は風呂をすませ、いつものようにユキと向かい合わせでちゃぶ台の前に座って夕食をとりはじめた。
テレビからはニュース番組の音がながれ、二人が食器を動かす音が静かに聞こえていた。
やがて、食事をおえて、都築が熱いお茶をすすっていると、ユキが話しかけた。
「ご主人様、今日より小学校が夏休みに入りました」
「ん、そうか。そういえば、署内でも子供が日中出歩くから注意するようにって連絡がきていたな」
「休み中普段の仕事が終わった後は、おそらく時間の空きできてしまうと思いますので、なにか仕事をお申し付けくださらないでしょうか」
ユキの話を聞きながら、都築はあごに手を当てて考えてから返事をした。
「空いた時間は好きにして構わんよ。友達と遊びにでかけてきたらいい」
「遊び、ですか……」
都築の言葉にユキは頷くが、どこか困った顔をしていた。
次の日の朝、交番へと出勤する都築を見送った後、ユキはいつもどおりの掃除や洗濯を始めた。
「はぁ、終わってしまいました……」
いつもなら学校にでかけている時間をつかって、ユキは手早く仕事をすすめ、午前中にいつもの仕事が終わっていた。
「どうしましょうか……。とりあえず、昼食は昨日の残り物ですませましょう」
炊飯器に残っていたごはんを、のこりもののおかずと一緒に食べ終えると、ユキは難しそうにうなり声を上げた。
そうして数分が経過したあと、ユキは立ち上がり外に向かっていった。
外にでると夏のまぶしい日差しが降り注ぎ、ユキは暑さを感じ涼めそうな場所を探した。
公園にたどり着くと、中では子供たちが汗を流しながらキャアキャアと甲高い声をあげながら、楽しげに走り回っていた。
そんな子供たちを横目に、ユキは木陰の下に置かれたベンチに座った。
公園の側の道を、暑そうに顔をしかめながら歩いている女の子がいた。
手には本を数冊入れた手提げバッグをもち、上にきたTシャツは汗のせいでじっとりとしめっていた。
その女子は公園のほうになんとなく目を向けると、その視界にはベンチに座っている少女の姿が映った。
「あれ? あいつ、なんであんなとこに……」
女の子は立ち止まり、なやむようにその場をうろうろし始め、そして意を決したように公園に入っていった。
ユキは座りながら遊びまわる子供たちの姿をじっと観察していると、横から声をかけられた。
「えっと、あんた、そんなとこでなにやってんの?」
ユキが顔を向けると、そこには腰に手をあてて胸を張りながら話しかけてくる高坂の姿が目に映った。
「はぁ、わたしは、なにをしたらいいのでしょうか?」
「また、こいつはわけのわからんことを……」
質問に質問を返された高坂はこめかみを押さえながら、ため息をついた。
「となりいい? ちょっと涼ませてもらうわよ」
「どうぞ」
高坂はユキの隣に腰掛け、手提げバッグを傍らに置いた。
「あー、暑いわね。なんであの子たちあんなに元気なのかしら」
「はあ、どうしてでしょうね。彼らはとても楽しそうです」
高坂はTシャツの襟首を引っ張りパタパタと手で首元をあおぎながら、走り回る子供たちの姿を見ていた。
「それにしてもあんた、夏なのにその格好は暑くないの?」
「メイドのたしなみです。暑くないといえばウソになりますが」
「メイドねぇ……。あんたにとってそこまでしたくなるほど、メイドって楽しいものなの?」
「森で獣を狩っているときには知らなかったことをたくさん学ぶことができました」
「よくわかんないけど、それって楽しくてやってることじゃないってことよね?」
「楽しい、というのがわたくしにはよくわかりません。腹を満たし、安全な場所で寝られるということがそうなのでしょうか?」
ユキの返答に高坂はもどかしそうな顔をすると、勢い良く立ちあがり、人差し指をビシリと突きつけながら大声をだした。
「あんたってさぁ、……あんま笑わないよね。楽しければ笑いたくなるの、だから、少しは笑ってみなさいよ!!」
「笑う……」
ユキがいま聞いた言葉を口のなかで反芻していると、高坂がはっとしたように公園に設置された時計に目を向けていた。
「やっば!! 塾に遅れる。それじゃあね!!」
「それでは、お気をつけて」
口早にいうと、高坂は走って公園から出て行き、その背にむけてユキは挨拶を送った。
公園をでた高坂は自分の気持ちのもやもやを振り払うように足に力をいれて走った。




