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25. 夜の学校とネコミミ(1)

「いる!!」


「いない!!」


 4年2組の教室で二人の生徒が言い争っていた。

 片方は快活そうな顔つきをした男子で、もう一人は高めの身長をしたマジメそうな女子だった。

 夏のうだるような暑さのせいで、言い争いは余計にヒートアップしていた。


「にいちゃんからも聞いたんだ。夜の学校のトイレに行くと花子さんに会えるってのが、昔からいわれてるって」


「どうせ気のせいでしょ。幽霊なんてばかばかしい」


「なあ、健二。女子にいってもわかんねーよ。オレたちだけでいこうぜ」


 握りこぶしで熱弁する健二に他の男子がなだめるように説得したが、健二は引こうとしなかった。


「まさか、あんたら、女子トイレに男子だけで入ろうっていうんじゃないわよね」


「ば、バッカじゃねえの!! そんなことするわけないだろ」


 顔を赤らめながら否定する健二を、高坂が目を細めながらじっと見つめていた。その視線に耐え切れなくなり、健二はちょっとしたカマをかけてみることにした。


「高坂、そんなこと言って、本当は怖いんだろ」


「ち、ちがうわよ。幽霊なんてこわくない」


 高坂は一瞬言葉をつまらせるがすぐに否定した。


「そこまでいないって主張するなら、おまえがちゃんと見てこいよ。そうすればお前が正しいって認めてやるよ」


「夜の校舎に入るなんて先生に見つかったら怒られるじゃない」


「大丈夫だ、先生のいない時間ならちゃんと調べておいたから」


 とっさに考えた理由を封じられた高坂は、目の前の健二を見た。ほらほらどうしたんだよといわんばかりに、にやにやと笑みを浮かべる健二を見ながら高坂はイラつきながら答えた。


「わかったわよ!! でも、今日は塾があるからその後になるからね」


 吠える高坂を見ながら、健二は満足そうにうなずいた。

 そんな高坂の横からすすっと、高坂の友人である貝塚が近づいた。


「高坂、大丈夫なの? 夜の校舎っていったらかなり薄暗いし、人気もなくて怖いよ~」


「だ、大丈夫よ、見てすぐに帰るだけでしょ」


 健二たちのやりとりを教室にいたものたちはおもしろそうに見つめ、そんな中で黒川はユキに話しかけた。


「ねぇ、都築さんは幽霊って信じてる?」


「ひとは死ねばそれまでです」


「そっか……。でも、わたしが死んだら都築さんに会いにいきたいな。い、いいかな?」


 頬を赤く染めもじもじと手を擦り合わせながら、黒川はユキに問いかけた。


「いらっしゃったお客様を全力でもてなすのがメイドの勤めです」


「ほんとに!? ぜったいにいくね」


 黒川は嬉しそうに口元をほころばせた。


 

 夜になり、時刻は21時ごろを差していた。

 昼の暑さが引き、虫たちの鳴き声が夜の校舎に響いていた。


「この窓のカギを開けておいたんだ」


 暗闇の中で健二と数人の男子生徒が慎重に校舎の窓に近づき、ゆっくりと開けていった。


「高坂は塾が終わってから来るって言ってたな。それまでここで待ってるか」


 窓を開け中にはいると、男子たちは廊下で待ちながら小声で話をしていた。


「そういえば、最近、妙なうわさを聞いたんだ」


 男子の一人がもったいぶった口ぶりで話し始めた。


「学校の七不思議で花子さんっているだろ。その花子さんについて新しい情報がきてるんだ」


「なんだよ? 今日来たのも花子さんについて確認するためだろ。2階の女子トイレの奥から2番目にいるって話だよな」


「いや、それがさ。花子さんがトイレから出て学校を歩き回ってるらしいんだ。遊び相手を探していて、子供を見つけるとトイレにひきづりこむって話だ」


 神妙な顔をしながら話す男子を見ながら、健二はなんだそりゃといいながら笑った。

 そのとき、不意に足音が聞こえた。

 人気のない校舎の中でその音は良く聞こえた。


「おい、今の音って、もしかして先生か?」


「いや、この時間は来ないはずだ。それに先生なら廊下の電灯をつけるなり、懐中電灯を使うだろ」


「じゃ、じゃあ、まさか……」


 男子たちは顔を見合わせた後、音の方を向いた。


「よ、よし、それなら女子トイレにいかなくても花子さんに会えるし丁度いいだろ。見に行こうぜ」


 健二を先頭に男子たちは薄暗い廊下を歩き始めた。


 

 小一時間後、きょろきょろと不安そうな顔をしながら学校の敷地に入ってきた高坂の姿があった。


「……なんで、わたしがこんなことを」


 やがて、健二から教えられていた窓の前にたどり着いた。


「あれ? 杉沢たちいないじゃないの」


 窓を開けて校舎の廊下にはいったが、あたりには人の姿はなかった。


「まったく、これだから、男子はいやなのよ。さっさと行って終わらせてこよ」


 非常灯の緑色の明りだけで、ぼんやりと照らされた薄暗い廊下を、高坂は恐々と歩き出した。

 土足で歩きまわるわけにはいかず、靴をぬいでソックスのまま上履きをとりに下駄箱に向かっていた。


 ひたひたという足音だけが響く中で、高坂は自分の靴を入れた下駄箱にたどり着いて上履きをはこうとした。

 そのとき、不意に人の声が聞こえたような気がし、高坂は声の聞こえた方向にはっと顔を向けた。


「あれは、杉沢たち?」


 全速力で走ってくるのは健二と男子たちだった。

 その顔は必死で前しか見ていず、下駄箱のそばにいた高坂には気づかず通り過ぎていった。


「なんなのよ……。逃げてたみたいだけど、まさか本当に出たんじゃないわよね」


 キュッと口を引き結びゴクリと唾を飲み込み、体を隠しながら健二たちが逃げてきた先にそっと顔を出して様子をうかがった。

 夜になったとはいえ夏のまっさかり、高坂はくびすじにうっすらと汗をかきながら、暗闇の中で目をこらした。


 視線の先には人影が見え、ゆっくりと近づいてきていた。その人影の目は金色に光を放ち、暗闇の中で目立っていた。

 高坂は頭を引っ込めて隠れようとしたとき、ポケットから電子音が鳴り響いた。

 塾に行く高坂に、親がプリペイド携帯電話を持たせていた。

 慌ててポケットから携帯を取り出すと画面には“ママ”と表示されていた。帰りの遅い娘を心配して、高坂の親が電話をしてきたところだった。


 焦りながら電源ボタンを押して静かにさせたが、時は既に遅く顔を上げた高坂の前にソレが立っていた。

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