21. ある日のメイドギルドの風景 その2
メイドギルドの奥にある一室、ギルドマスター用の執務室で二人の人物が話をしていた。
ギルドマスターとして机の前に座って報告を聞いている黒髪黒瞳の青年にむかって、秘書であるウサギ耳を生やした女性が立ったまま報告を行っていた。
「クレア博士より転移陣の作成についての報告があがっています。小石などの小さいものの転移には成功したようです」
「向こうの世界からユキ君を召喚するのだから、転移させる必要はないのではないか?」
「博士がいうには、あちらの世界から呼び戻すための召還陣の開発には時間がかかるため、向こうの世界に博士自身が転移し、こちらの世界に戻るための転移陣を設置するそうです」
「なるほど、そういうことか」
不思議そうなな顔をしていたギルドマスターは納得がいったようにうなずき、イスに深く腰掛けた。
「現段階で小さくて軽いものならば転送可能ということですので、手紙を送ろうと思います。彼女に渡る可能性は低いですが、なにか言伝はございますか?」
「手紙か。ならば、私が書こう」
ギルドマスターはイスに座りながら少しの間考えた後、机に置いた紙にサラサラと書き付けていった。
「そういえば、ユキ君がメイドギルドに来たのは1年前だったかな」
ペンを動かしながらギルドマスターが秘書に話しかけた。
「うちに来る前は2年ほどハンターギルドに籍を置いていたそうですが、彼女たっての希望で移籍してきたそうです」
獣人は感覚が鋭いものが多く、ハンターになるものが多い。怪我などの事情によってハンターを続けられなくなったものがメイドギルドに移籍する例はあった。
「彼女には特にケガもなく、ハンターギルドでもCクラスまで順調に上がっていたそうじゃないか。あのときは、あっちのギルドマスターから引き抜いたんじゃないかって疑われてしまったよ」
当時を思い出しながらギルドマスターは苦笑をもらした後、顔を上げて秘書を見た。
「たしか、彼女の面接をしたのは君だったよな。こっちにきた理由はメイドに興味があったからということだったが、詳しいことは聞いているか?」
「いいえ、深くは聞いていません。ギルドの方針に則り、素行や犯罪歴などの問題がなかったので通しました」
「彼女も、そうなのか……」
ギルドマスターはそっとため息をついて、視線を机の上に戻し手紙の続きを書き始めた。
メイドギルドには多くの者が在籍し、その構成員の多くは獣人で占められ、その理由には歴史的背景があった。
これまでの歴史上、獣人は人に非ずといわれ続け、獣人は人族よりも下に扱われてきていた。
しかし、100年ほど前に、とある国において獣人によって国が救われるという事件が起こり、その影響は徐々に広まり獣人の存在が見直されるようになっっていった。
それでも、人々の間に根付いた感情がなくなることはなく、獣人を取り巻く環境は改善されなかった。
ハンターとして生計を立てられるものはマシなほうで、そうでないものは最低限の賃金のみでこき使われていた。
そんな現状を打開するために、獣人の互助組織が立ち上げられ、それがメイドギルドの前身となっていった。
そして、メイドギルドが国から認められた組織となった結果、ギルドからの庇護によって依頼主から賃金のとりっぱぐれや、無体な扱いを受けるということもなくなった。
ギルドの基本方針は来るもの拒まずとして、簡単な審査だけでメンバーに入れるようにしていた。
自らの過去を話したがらないものもいるため、立ち入った事情を聞かないというのがギルド内での暗黙の了解になっていた。
それでも、社会からつまはじきされたもの同士による連帯感によって、メンバー同士の結束は固かった。
「よし、これを送ってくれ」
ギルドマスターは書き終えた紙を封筒に入れて蜜蝋で封をすると、秘書に渡した。




