2. ネコミミとご主人様
自らの頭を凝視する都築に不安をおぼえたのか、ネコミミはペタリと伏せられた。
「う、うごいた。作り物じゃないよな」
「*************(申し訳ありません、ご主人様は獣人はあまり好きではなかったのですね。隠すつもりはなかったのですが……)」
少女は無表情のまま、ポケットにしまっていたメイドキャップをとりだし耳を隠そうとした。
「ああ、いやちがうんだ。別になにかしようってわけじゃない、あーくそ、こんなときに言葉が通じれば」
そんな落ち込んだ様子の少女をみて、都築は自分がなにかしたのだと思い、必死に弁解しようとしていた。
「っ!? *******(ご主人様の言葉がわかるようになりました、ようやくギルド証の翻訳機能が効いてきたようです)」
少女は胸元に下げたクリスタルをにぎりながら、都築の顔を見た。
一方で、都築はなんとか自分の意思を伝えようと言葉を続けた。
「えっとだな、オレ、おまえ、すき、オッケー?」
「ハイ、*******(ご主人様のお気遣いは十分に伝わりました)」
「おお!! ようやく通じたか、よかったよかった」
笑顔でうなずく少女をみて、都築はホッと安心した表情を浮かべた。
「それじゃあ、次の質問に答えてくれ。おまえ、頭、耳、ホンモノ?」
「ハイ、***********(わたくしの頭についているものは親より受け継ぎ、わたくしの氏族の特徴でもあるものです)」
「やっぱり、ホンモノなのか……」
少女がうなづくのを見て都築が考え込み始めた。
このまま身元不明の外国人として入国管理局にひきわたせば検査を受け、そのときに間違いなく頭のものは見られてしまい、その後に続く少女の暗い未来を想像した。
「おまえ、オレ、ウチ、いる?」
「ハイ、**********(家に住み込みのメイドとして正式に雇っていただけるということですね。もちろんよろしくお願いいたします)」
「いいのか? こんなオッサンしかいない家でも」
「イイエ、*********(ご主人様のお世話をさせていただくのがメイドの本分です。それ以上は望みません)」
たどたどしい会話を続けて、都築は少女を自らの養子として迎えることに決めたのだった。
次の日、玄関口に立つ少女に見送られて都築は自分の交番に向かっていた。
交番に到着すると、夜勤の人間と引継ぎを行い勤務に入った。机に座って書類を書いていると、佐藤が話しかけてきた。
「都築さん、あの子の様子どうでした?」
「ああ、問題ない。だいぶ言葉が通じるようになった」
「それはよかったです。ところで、その書類なんですか?」
普段みない用紙をみて、佐藤が興味をもったように覗き込んだ。
「これか? 養子縁組の申請用紙だ」
「養子ですか? どんな子なんです」
「それはだな、あの子だ」
「あの子って、まさか、昨日の子ですか!?」
佐藤は都築の言葉に驚きの声をあげた。
「そうだ、事情があってあの子を養子に迎えることにした。というわけで佐藤、証人の欄に名前書いてくれ」
「いいですけど、なんで急に」
養子にするためには20歳以上の証人が二人必要になるため、都築は佐藤に証人を頼んだ。
「詳しく聞くな、なるべく知る人間は少なくしたほうがいい事情だ。あとは、あのハゲ課長を証人にすれば完了だ。署の方にいってくるから、ここは頼む」
「はあ、いってらっしゃい」
事情を飲み込めないまま佐藤は、交番からでていく都築を見送った。
桜ヶ丘市警察署に着くと、都築は上司である課長の下にむかった。
「課長、昨日の保護した少女の件についてですが、いまよろしいでしょうか?」
「ああ、あのことか、もう少し待ってくれ、おそらく今週中には返事が来ると思うから」
「いいえ、追加事項です。あの子はウチで養子として引き取ることにしましたので、証人になっていただけないでしょうか」
「なっ!? 正気かね、君ぃ」
課長は気のない返事をしていたが、一転して驚いたように都築の顔をまじまじと見つめた。
「はい、どうかよろしくお願いします。それと、本部への連絡についても取り下げてもらえるようにしてください」
「う、うむ。君がいいというのならいいが……」
署名ひとつで面倒ごとが片付くと思い、課長は都築が差し出した書類の証人欄に署名した。
「ありがとうございます。では失礼いたします」
都築は慇懃に礼をすると、課長の机から離れていた。
その背中を見送りながら、課長は複雑な表情をしていた。
この日の勤務が終わり都築は家に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
玄関の扉を開けると、少女が頭を垂れながら都築を出迎えてきた。
「書類を提出してきた。おそらく一週間以内に手続きが完了するはずだ」
次の日になると、すっかり日本語を話すことができるようになった少女に対して、都築は戸惑ったが、頭のネコミミのことも含めてなにか事情があるのだろうと深く考えないようにしていた。
「よろしかったのでしょうか? わたくしのようなものを養子にむかえるなど、しかるべき血筋の方のほうがよろしいのではないですか」
「いいんだ。アイツとの間には子供もできなかったしな」
都築は亡くなった自分の妻との間に子供ができなかったことを、特に悔やむでもなく淡々と話した。
「ところで、何度もいうが、そのご主人様というのをやめてくれないか。背中がむずがゆくなる。オレは貴族でもなければ騎士とやらでもない、ただの警察官だ」
言葉が通じるようになってから、少女が自分のことを大分勘違いしていたようなので訂正していた。
「はい、それは理解いたしました。しかし、わたくしはメイドです。ご主人様にお仕えするのが本分でございます」
しかし、少女はメイドということにこだわりをもっているようで、ご主人様と呼ぶのはやめようとしなかった。
そんな少女を見ながら都築はため息をついた。
「はぁ、わかったよ……。ただ、よそでは余りご主人様ってよぶなよ、ユキ」
「承知いたいしました、ご主人様」
微笑みを浮かべながら少女は深々と礼をした。
書類を書く際に、少女に名前をきくと“ユキ”と答え、1週間後には書類が受理され、その名前は“都築ユキ”となるのであった。