19. ネコミミの弁当
駅前の交番にて、青い警官の制服で身を固めた都築と佐藤が昼食をとっていた。
佐藤は買ってきておいたコンビニのおにぎりとインスタント味噌汁を付け合せにして食べ始めた。
「佐藤は今日もおにぎりか、よく飽きないな」
「これ新作の味なんですよ。ほかにもけっこうバリエーションあって選ぶのが楽しいんですよ」
一方で、都築は茶色のナプキンにつつまれた弁当箱を取り出し、机の上に広げた。
ふたを開けると、白いごはんの脇に野菜と肉がバランスよく詰められていた。
「今日もあの子が作ってくれた弁当ですか?」
弁当を覗き込む佐藤に都築はそうだといいながら頷いた。
「最近は佐藤さんもほとんど店屋物だったのに、昔に戻ったみたいですね」
「家内がいたころは弁当を持たされていたが、また手作りの弁当を食べられるとは思わなかった」
都築は、弁当を食べながら昔を懐かしむように目を細めた。
「弁当まで作ってくれるなんて、あの子とは良い関係を築けているようですね」
「それがだな、なんというか……、少しいい子すぎるんだ」
都築が言いにくそうに口ごもった。
「なにか問題があったのですか? まあ、外国人のようですし色々と戸惑うこともあるでしょう」
「前にも話したが言葉については既に十分話せるレベルになっているし、小学校の先生ともこの前会ったのだが授業にもついていけているようだ。ただなぁ……」
特に問題はなさそうだと感じながら佐藤は次の言葉を待った。
「子供らしさがあまりないんだ。欲しいものはないかと聞けば、生活用の小物や消耗品をいってくるだけで自分のほしいものをいってこない」
「自分が養子に迎えられたというのがあまり実感できていないのかもしれませんね」
「そういうのとも、また違っていてな……。そうだ、おまえんとこにも小学生の女の子がいただろ。どんな感じで接しているんだ?」
「姪っ子で小4の子がいますね。家も割りと近いんで時々遊ぶことがありますが、ちょっと頑固なところがありますが普通の子供ですよ。買い物につれていったり、遊びにつれていったりしているぐらいですね。この前、好きなお菓子をあげたら喜んでましたよ」
都築は普通といわれ、普通ってなんだろうと頭の中で考え始めた。
メイド服をいつも着ていて表情をあまりかえず、ネコミミが生えている少女を頭の中に思い浮かべ、この子が普通の女の子のようにはしゃいだりする様子を思い浮かべようとした
しかし、まったく想像することができず、あきらるようにため息を吐いた。
夕方になり交代にきた同僚と挨拶を交わしてから、都築は家に向かった。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
玄関の戸を引くと、ユキが恭しく頭をたれて都築を出迎えた。
ユキは都築からカバンを受け取り、都築の私室までついていった。
「お風呂と夕食どちらを先になさいますか?」
都築が風呂にすると答えると、ユキは部屋を退出していった。
最初の頃、ユキは着替えから入浴まで手伝おうするつもりだったが、都築から自分でやると言われて少し不満を感じていた。
あくまでも、ユキにとっては都築は自分の雇用主であり、奉仕することで満足感を得るのだった。
都築が風呂から出ると、すでに居間のちゃぶ台には料理を盛り付けた皿が置かれていた。
都築が席につき、許可を出すとようやくユキも同じ食卓に座った。
食卓ではニュースを流すテレビの音と、箸を動かす音だけが流れていた。
あまりしゃべるほうではない都築は、こんなとき何を話せばいいかわからなかった。
「なあ、ユキや。最近の学校はどうだ?」
「問題ありません」
ユキが一言で答えると会話が終了してしまった。
都築としては、学校であったことなどを話してくれればと思っていたが、ユキは自分のことをあまり話そうとしなかった。
しかし、なにかを思い出したようにユキが口を開いた。
「お弁当のおかずですが、なにか注文はございませんか?」
「そうだな……、それじゃあ、次はユキの好きなものをいれてみてくれ」
「わたくしの好物ですか? かしこまりました」
都築にとってはちょっとした興味のつもりであったが、ユキにとってはかなりの難問であった。
この世界にきてから様々な料理に出会ったが、どれもが興味深く、そしておいしく感じていた。
次の日、交番での都築はどこかそわそわした様子でいた。
こんな風に弁当を楽しみにしたのは小学校以来だと、都築はふと思い出した。
遠足のときに母親の作ってくれた弁当をあけて、自分の好物が入っていたときは思わず笑顔になったものだった。
昼休憩の時間になると、都築は急いで弁当を取り出した。
そして、目の前におかれた弁当のふたを開けて何が入っているかを確かめた。
中には、ごはんと野菜の煮物、それとブリの西京焼き、そしてスパゲッティのような麺がちょこんと片隅に収められていた。
和風の献立の中での意外な取り合わせに、おそらくこれがユキの好物なのだろうと都築は当たりをつけた。
ちゅるりと飲み込むと、それがなんであるのか理解した。
「そうか、これがユキの好物か」
それはカップラーメン風味に味付けされた中華麺だった。
食べた覚えのないカップラーメンの容器がときどきゴミ箱に入っていたことを思い出し、都築はクスリと笑みをこぼした。
「都築さん、どうしたんですか?」
「今日の弁当は好物が入っていたものでな」
都築は佐藤と話しながら、帰りはコンビニに寄ってカップラーメンでも買って帰ろうかと考えていた。




