16. 調理実習をするネコミミ
「今日はカレーの調理実習です」
家庭科室の教壇に4年2組担任教師である安田が立っていた。
本来なら家庭科担当の教師が授業をするはずだったが、急な用事のせいで安田が監督することになった。
大学から一人暮らしを続けていたので、カレーぐらいならと余裕を持っていた。
生徒たちは4人から5人で構成された6つの班に別れて、それぞれ割り当てられた調理台に集まっていた。
女子はこのときのために買ってきたエプロンを自慢げに着ていた。女子同士で、お互いにかわいいといいながら褒めあっていた。
「おまえ、なんだよ、そのフリフリでピンクのエプロン」
「うるせーな、かーちゃんがこれしかないっていったんだよ」
一方で男子の中には使い込まれたエプロンや、かわいらしいデザインのものをもってくる子もいて、恥ずかしそうにしていた。
「それじゃあ、材料を洗うので用意してねー」
安田が声をかけると、それぞれが家からもってきた肉や野菜をテーブルに広げ始めた。
そんな中、高坂や健二のいる4班のテーブルでは、すでにトラブルが起きていた。
「あんたたちちゃんと材料もってきたでしょうね」
「もちろんだ!! 芋もってきたぞ」
高坂に促されて健二がビニールにいれてきた芋を取り出した。
「それサツマイモじゃないの!! じゃがいもって
いったでしょ」
「そうなのか、うちはサツマイモいれたカレーにしてるぞ。甘くてうまいんだよ」
「はあ、まあいいわよ。他のは大丈夫? わたしは肉もってきたけど」
あらかじめ家庭科室の冷蔵庫に入れておいた豚バラ肉のはいったパックを置いた。
「う、うん、これでだいじょぶかな」
「それ大根でしょ。山田君の担当はニンジンだったわよね」
「だって、健二君がニンジン嫌いだっていったから。似ている形のもの持ってきたんだよ」
「色がちがーう!! というか杉沢、あんたなにやらせてんのよ」
眼鏡をかけた気弱そうな山田少年は、高坂の剣幕にビクリと身を縮こまらせた。
「まあまあ、いいじゃないの。わたしはちゃーんともってきたわよ」
そういって、高坂の友人の貝塚が取り出したのはカレーのレトルトパックだった。
「あんたねぇ、それじゃあもう完成してるじゃないの……。ルーはどうしたの」
「失敗したときの保険よ、保険。ルーも持ってきたから安心して」
疲れた顔をする高坂を見ながら、貝塚はリンゴとハチミツの絵柄が描かれたルーのパッケージを取り出した。
一方、ユキや黒川がいる3班では
「具材はなるべく均等に切ってください。肉はいためて余分な油をとるので、いったん外に出してください」
メイド服姿のユキが班のメンバーに次々に指示をだし、どこぞの食堂の調理場のようにテキパキとした動きをみせていた。
特に黒川は活き活きとした表情で楽しそうに、包丁を振るっていた。
さらに、メンバーの動きを見ながらもユキは、自らもタマネギをみじん切りにしフライパンでいためていった。
「あの、都築さん、そんなに急がなくても大丈夫だからね」
予定では3、4時限目を調理実習に割り当てていて、作ったカレーを昼食とすることになっていたので、安田は他の班と足並みをそろえようと注意した。
「カレーは煮込む時間こそが命です。じっくりコトコト弱火で1時間かけることを考えると、これで問題ありません」
「そ、そうなの……」
ユキからビシリと指摘されて、安田はすごすごと退散していった。
そのまま、安田は他の班の様子も見ようとして、隣のテーブルで作業をしている4班に視線を向けた。
「おい、タマネギってどこまでむけばいいんだ? こんなに小さくなったんだけど」
「ちょっと、なんでじゃがいもそんなに小さくなってるのよ、ピーラーつかって皮むきなさいよ」
普段、家で料理を手伝っている高坂が他のメンバーに指示を出していた。
しかし、その作業はなかなか進んでいなかった。
「ねえ、高坂、やっぱりこれでいいんじゃない」
「だめよ!! ちゃんとつくるのが授業なんだから」
貝塚がニヤニヤと愉快げな笑みを浮かべながら、カレーのレトルトを見せていた。
「あなたたち、危ないからもうちょっと落ち着いてやりましょうね。ほらほら、包丁で切るときはちゃんと猫の手にして」
健二が危なっかしい手つきで切ろうとしていたので、安田は見本をみせるように野菜を切っていった。
そのなれた手つきを4班のメンバーは「お~」と感嘆の声をあげた。
「さすが先生、独身生活が長いだけのことはありますね」
山田がぽつりというと、安田の肩がピクリと震えた。
「そ、そうね、いつも帰って一人で食事の支度をしてるからね」
25歳独身の安田、いまだに彼氏ができたことはなかた。
「大丈夫ですよ。先生、まだ若いですから!!」
気落ちした様子をみせる安田に、高坂が慌ててフォローするが、男子二人は不思議そうに見ているだけだった。
そして、4時限目の終わるころ、大体の班が調理を終えて皿にカレーを盛り付けていた。
「おい、どうするよ」
「しょうがないでしょ。ねえ貝塚、レトルトのごはんは持ってきてないの?」
「カレーしかないよ~」
4班はカレーをなんとか仕上げることに成功していたが、肝心のごはんを炊き忘れていた。
隣のテーブルで食べる3班のメンバーは出来上がったカレーを、もりもりおいしそうに食べていた。
「なにこれ、すっごいおいしい」
「辛いけど、どんどん食べたくなる味だね」
「サラダもございますので、一緒にどうぞ」
調理実習のメニューに入っていないはずのサラダを、ユキが皿に盛り付けて配っていた。
その様子を4班のメンバーは唾を飲み込みながらみていた。
「はぁ……、仕方ないから、ルーだけ食べようか」
「カレーは飲み物」
ため息をつきながらテーブルについた高坂たちの様子に気づいた安田が声を上げた。
「みんな、ごはんが足りないみたいだから、あまってる班があったら4班に分けてあげて~」
安田の声を聞いて、生徒たちは釜にのこっているご飯の量を見たがほとんど残っていなかった。
そんな中、ユキが炊飯器をひとつ抱えて持ってきた。
「安田先生、これをどうぞ」
中を開けると炊きたてのごはんが丸々残っていた。
「都築さん、2つ炊いてたの?」
「安田先生の分も必要かと思い用意しておきました。大目に炊いておいたので使ってください」
そういいながら、ユキは安田の分のカレーを盛り付けていった。
そして残ったご飯を使って4班はカレーを盛り付けていった。
「都築、ありがとな!!」
「えっと、その、ありが…とう…」
健二はニカッと笑いながらユキに礼をいい、他のメンバーも一緒に礼を言った。
その中で、高坂はうつむきながらもごもごと礼を口にした。
そんな生徒たちの様子を、安田はうんうんとうなずきながら満足そうにしていた。
そして、ユキから手渡されたカレーを口に入れると
「お、おいしい」
他の生徒たちと同じように一心にスプーンを動かしてカレーを口に運んでいった。




