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10. ネコとネコミミ

 それはとある小学校における昼休みのできごとだった。


 生徒たちが校庭でサッカーやキャッチボールなどに興じていたところに、その獣は現れた。


 素早い動きとすぐれた跳躍力によって、学校を守る石の壁を軽々と飛び越え音もなく侵入を果たした。

 全身を漆黒の毛で覆われ、スルスルと物陰の間を通り抜けることで誰に気づかれることもなく、校舎にまではいりこんだ。


 そこに、大音量でスピーカーから昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴り響いた。

 それはまるで断頭台のベルのように不穏な音として、生徒たちは一斉に校舎の中にかけこんでいった。


 唐突に動き出した人間たちに獣はビクリと反応し、周囲に警戒をしながら近くにあった部屋に入り込んだ。


 給食を腹に収めて昼休み後の最も眠く授業の時間であり、生徒たちの大半は眠たそうに授業を受けていた。


 最初に気づいたのは一人の少年だった。


 黒板にかかれていた内容をノートに書こうと鉛筆を手に持っていたが、眠気にまけてその意識を手放した瞬間、重力に従うように床に落ちてカランと音を立てた。


 その音に、ハッと目を覚まして、寝ぼけ眼で落とした鉛筆を拾おうとした瞬間、獣と目が合ってしまった。

 少年は日常にまぎれこんだ異物に、体を硬直させ目を見張っていた。

 そして、ゴクリとつばをのみこみ緊張を和らげたあと声を発した。


「おい、ネコがいるぞ」


 少年、健二の声に反応した4年2組の面々は一斉に顔を向けた。


「えー、どこから入ってきたの」


「だれかの家のネコか?」


 ザワザワと騒ぎたてる子供たちにおびえたのか、ネコは身を隠すように教室の端に移動した。

 奇しくも、それはユキの席であった。イスに座るユキのスカートにネコは身を隠した。


 騒ぐ生徒をまとめるように、授業を始めようと教壇に立っていた安田はパンパンと手をたたいた。


「まだ、授業中ですよ。静かに」


 生徒たちは、ネコを気にしながらも席に座っていった。


「都築さん、そのネコはあなたのうちのペットなの?」


 安田からの質問に、ユキはふるふると首を横に振った。


「それじゃあ、野良猫かしら。外にだしてくるので、まってて」


 安田はそろりそろりとネコに近づき捕まえようとするが、スルリとその手を逃れた。


「おい、逃げたぞ」


「わっ、こっちきた」


 動き回るネコを捕まえようとするが、生徒たちはその動きに翻弄されていた。


「あー、もう、授業がすすまないじゃない!!」


 高坂がいらだった声を上げながら、ドンと机を拳でたたいた。


「都築さん、あんたの同類でしょ。なんとかしなさいよ」


「かしこまりました」


 高坂に名指しされたユキはかがみこんで、机の下で身を潜めるネコと目を合わせた。


「にゃー」


 ユキがネコの鳴き声の真似をすると、ネコも応じるようににゃあと鳴いた。

 その様子をクラスの人間は静かに見えていた。


 遠くでカラスがアホーと鳴く声が、教室内に届いてきた。


 やがて、ユキがネコの襟首を捕まえてぶらーんと宙に持ち上げた。


「捕獲いたしました」


「おー、すっげぇ。おまえマジでネコと話せるのか」


 感心したように健二が声をかけるが、ユキは不思議そうに小首をかしげた。


「え? なにをおっしゃっているのですか。獣の言葉がわかるわけないでしょう」


「じゃあ、さっきのはなんだったんだよっ!?」


「逃げ出さないように目を見つめながら威嚇していただけですよ」


 ユキの答えを聞き、健二は頭を抱えながらうめき声を上げていた。

 そんな健二を高坂が憐れみの目でみていた。


 それからネコは外に連れ出されて、つつがなく授業が再開された。 

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