家族の思い出
2人は共に並び、噴水公園を端からゆっくりと歩き始めた。
一面芝生に覆われた敷地は広く、入口付近に設置されている噴水と数カ所に子供の遊具があるだけのシンプルなものだ。
快晴の日曜日、数組の家族がサッカーやバトミントンで身体を動かし、思い思いの時間を過ごしている。
大きく丸い噴水は大人も楽しめるが特に子供達に大人気で、夏の季節や気温の高い日は小さい子供が足を浸けたり中に入って水遊びをしたりと、とても楽しそうに過ごしている。
小さい頃の弟もここの噴水が大好きで、昔はよく全身ずぶ濡れで思い切り遊んでいたものだった。
「ふふ……」
噴水の前を通り掛かり思わず漏れてしまった含み笑いが、隣を歩く加我谷の耳にも届いてしまったらしい。どうしたのかと尋ねるように振り向かれた。
「……あ、すみません。気色悪かったですよね?」
「何か思い出しましたか?」
「はい、少し昔のことを……」
零れてしまった思い出し笑いを聞かれ恥ずかしそうに笑った春乃に対し、加我谷も笑顔を向けた。
「もしよければ聞かせてもらえますか?」
「大したことではないんです」
「ぜひ」
聞かせる程でもないと誤魔化してもなぜか催促されてしまったので、春乃もようやく諦めた。
「……拓馬がまだ小さい頃、よくここに家族で遊びに来たんです。噴水が大好きで、でも家には車がなかったんでわざわざバスに乗ってここまでやって来ました。さんざん噴水で遊んだ後、ここでおにぎりを食べるんです」
「おにぎりですか」
「はい、おにぎりです。でもただのおにぎりじゃありません」
春乃の曖昧な言い回しが気になったのか、加我谷の足が止まってしまった。
「どんな?」
「朝、家族みんなで握るんです。母がいろんな具材を用意してくれました。私と拓馬は頑張って下手くそなおにぎりを作るんです。とてもイタズラ好きの母は自分の握ったおにぎりに、いつも必ず1つハズレを忍ばせるんです」
「ハズレ……」
「そう、ハズレです。父と私は母が必ずハズレを忍ばせることをちゃんと知っているので、母の握ったおにぎりは絶対に食べません。しかたなく下手くそなおにぎりを食べるんです。拓馬は下手くそなおにぎりを食べたくないので、形の綺麗なおにぎりにすぐ手を伸ばします。だからハズレのおにぎりは、いつも必ず拓馬が食べてしまうんです」
春乃が思わず笑ってしまうと、加我谷も一緒に笑った。
「拓馬がハズレを食べてくやしそうに唇を尖らせると、イタズラ好きの母はものすごくおかしそうに大笑いするんです。母の笑い声は公園中に響き渡るほど大きくて、父と私は思わず一緒に笑ってしまいます。気が付けば拓馬も一緒に笑ってるんです」
「楽しそうだ……」
「はい、とても楽しかったです。ここに来る度いつも思い出して笑ってしまうんです」
「教えてくれますか?」
「え?」
「ハズレ」
どうやらハズレの正体が気になったらしい加我谷に尋ねられ、春乃はにっこりと笑顔を浮かべた。
「内緒です」
「わざわざありがとうございました。どうぞ中へ上がってください」
自宅へ到着すると、一緒に車から降りた加我谷を家の中へ勧めた。
「いえ、今日はこのまま帰ります。小田さんにもよろしく伝えてください」
すでに夕刻前となり遠慮してくれたのだろう加我谷に、向かい合う春乃も頷き返した。
加我谷と時々笑いながら公園内をゆっくり散歩すると、そのまま隣の図書館に向かった。
初めて訪れた加我谷に貸出カードの作成を勧め、せっかくなので2人共に借りる本を探すことにした。
広い館内を簡単に案内しながら互いに気に入った本を数冊選び終えると、カウンターで貸出手続きを済ませ、ようやく帰宅の途についた。
結局予想外にも帰りが遅くなってしまった。
「楽しかったです…………とても」
実感のこもった加我谷の声は本当にそう思ってくれたのだろう、春乃も嬉しくなった。
「まだまだ加我谷さんの知らない場所はいっぱいありますよ」
「本当にそうです」
「いつでも言ってください。私も拓馬もいつでも付き合います」
「本当に?」
「はい、もちろん」
今日1日喜んでくれた彼にもっと喜んでほしい。
春乃は彼の笑顔をもう少し見てみたくて、しっかりと頷き返した。
「え? 俺は無理だけど」
拓馬に素気無く断られ、春乃は愕然とした。
「あれだけお世話になっておきながら、よくもいけしゃあしゃあと…………どの口が言ったんだ、どの口が」
「いだだだだだだ、いだ、いだいって」
ベットに寝転がる弟に襲い掛かり両サイドから最大限に口を引っ張ると、ようやく逃げ出した拓馬が涙目で姉を見つめた。
「仕方ないじゃん、修行の為だよ」
「修行?」
「社長がさ、俺の為にマンツーマンで指導してくれるって」
拓馬の話によると、なんでも拓馬が働く自動車整備工場の社長は自ら休日を投げ打ってまで、拓馬に技術を教えてくださるのだそうだ。
休日は修行のため忙しいとあっさり断られ一瞬ひるんだ春乃だが、それでもなお食い下がった。
「でも修行だって毎週じゃないんでしょ? たまには休んだって」
「姉ちゃんこの前言ってたよね? 明子さんの心をGETしたければ、まずは社長の心をGETしろって」
「!」
「明子さんの父親である社長にそんないい加減で軟弱な奴だなんて幻滅されたら、俺は一生明子さんへ心が届かないよ」
「!!」
「姉ちゃん、本当にそれでもいいの?」
「!!!」
今更あの時姉貴風吹かせて余計なことを言うもんじゃなかったとひどく後悔した姉は、弟の部屋から静かに姿を消した。
「……というわけで、約束通り休日は姉が加我谷さんに付き合いますから」
明子さんの心をGETするべく、まずは明子さんの父親の心をGETするため休日修行事情を事細かに説明した弟は、笑顔で加我谷に姉を差し出した。
差し出された姉は恨めし気に弟を見つめた。
水曜日の今夜、いつものように家を訪れた加我谷は拓馬の事情を聞くと、そのまま隣に座る尚照に視線を向けた。
「……小田さん、時々春乃さんを外へお連れしてもよろしいでしょうか?」
尚照は顔を窺い答えを待つ加我谷に返事をせず、向かいの春乃を見つめた。
「春乃、加我谷君を助けてあげなさい」
「お父さん……」
「お前も一緒に楽しめばいいさ」
父に笑って勧められしばしの間黙った春乃は、加我谷に視線を向けた。
「加我谷さん、私だけでもいいですか……?」
春乃がおずおずと尋ねると、加我谷は優しく笑い頷いた。




