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わずかな変化




「春乃」

 娘の背中を見つけると、傍に近寄り呼びかける。

 忙しそうに店内を動き回っていた春乃もようやく気付き、立ち止まった。


「お父さん、来てたんだ」

 土曜日の休日、春乃が勤めるホームセンターを訪れたのだが、広い店内で働く娘の姿を探すのはいつも一苦労だ。


「1人で来たの?」

「いや、拓馬と一緒だよ。今工具売り場を見てる」

 同じく仕事休みで暇そうにしていた拓馬を誘うと行くと言うので、2人で散歩しながら遊びに来た。

 拓馬は店に着くなり勝手に好きな場所へ向かってしまった。


「少し見ていくから」

「うん、ごゆっくり。今日もお魚?」

 すでに父の目的を把握している娘に笑顔で当てられると、その場で一旦別れ店の奥へ向かった。



 元々は借家だった今住んでいる木造の一軒家を購入したのは、4年程前だ。

 小田家はそれまで動物を飼うこともなく、昼間世話をすることもできないので今更そのつもりもないのだが、以前町内の夏祭りで春乃と拓馬が金魚を持ち帰った。

 まずは水槽で金魚を飼い始めたのがきっかけとなり、思いのほか嵌ってしまったのが父親の尚照だった。

 今では金魚の他にメダカもそれぞれの水槽で泳いでいる。

 娘のいるホームセンターに遊びに来る度、店の奥にある鑑賞魚コーナーの水槽を順にゆっくり眺めるのも楽しいものだった。

 当然今日もそれが目的でここまでやって来たので、水槽を眺めたり餌や道具を手に取ったりとしばらく同じ場所をゆっくり周っていた。

 そうしているうちに他の売り場を見ていた拓馬が迎えに来たので、ようやくその場を離れ店の入り口に向い歩き始めた。






「結局帰りは姉ちゃんと一緒か」

 仕事が5時で上がる春乃と共に、3人揃って帰宅の途についた。

 毎日通勤で利用している春乃の自転車を拓馬が代わりに引き、家まで15分程の道を歩き始める。


「もうすっかり秋だね、日が落ちるのが早くなった」

 すぐにやって来るだろう冬に向けて気温も肌寒くなったここ最近、今日の帰り道は夕焼けで眩しいほどに赤く染まっている。


「姉ちゃん、腹減らない?」

「すぐにごはんだよ」

「アイス食べようよ」

 すでに腹を空かせた弟が笑って姉を誘い、指差した。

 弟が教えたのは近所の小さな商店だった。


「うん、食べようか」

 姉もすぐに頷くと、2人は父親に自転車を預けアイスを買いに駆けて行く。

 楽しそうな後ろ姿はまるで小さな姉弟のようだった。



 子供達が小さい頃、家族で近所を散歩すると、子供達は帰りに必ずこの店でアイスを買って食べた。

 すでに大人になった弟は今でも思いついたように姉を誘い、店に駆けて行く。

 まだ小さかった弟にとって母親と過ごした数少ない記憶の思い出だ。


 弟が笑ってアイスを食べようと誘うと、姉は必ずうんと頷く。

 家族の思い出を忘れていない弟が笑うと、姉は応えるようにうんと頷く。


 アイスを買いに行った姉弟が帰ってくるのを静かに待った。










「ただいま、腹減ったぁ…………お父さん、早く作って」

「さっきアイス食べたくせに」

 自宅の玄関に入るとすぐにまた腹を空かせた拓馬が急がせたので、そのまま台所に向かった。

 休日は尚照が作るので、冷蔵庫を開け今夜のメニューをしばし悩み始めた。


「お父さん、拓馬がお腹空いてるし今日は簡単でいいんじゃない? そうめんとか」

 夏の中元に貰ったそうめんが今だ残ったままなので、春乃がそれでいいと言ってくれた。


「夏はとっくに過ぎたよ。そうめんはやだ」

 腹減らした弟を気遣いせっかく姉が提案してくれたのに、先週末もそうめんだったせいか拓馬が嫌だと拒絶した。


「お腹空いてるんでしょ? 今から作ったら遅くなるよ」

「お父さんがずっと魚にへばりついてるからだよ。だから早く帰ろうって言ったのに」

 今度はホームセンターで結局長居した父親に文句をつけ始めた。


「お前だってなかなか迎えに来なかったじゃないか」

 長居したのはお互い様だと、息子に呆れた視線を向けた。



「男の人ってホームセンター好きだよね」

 夕食にそうめんを食べるはめになったのはそっちのせいだと親子が互いに責め始めると、春乃はそうめんを茹でるため鍋に水を汲みながら呟いた。


「まあホームセンターは好きだけど…………なんで?」

「加我谷さんも好きみたいだし、今日も来たんだよ」

「いつ? さっき? 俺がいた時?」

「昼間」

「なーんだ……」

 子供達の会話を傍で聞いていた尚照が、そのまま隣に立つ娘に視線を向けた。



 娘の横顔を見つめる尚照の心にようやくわずかな変化が生じたのは、彼が家を訪れるようになってすでに4ヶ月が経過した頃だった。


 


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