第1話:あるいは仲良し四人組の結成と、伝わらない空回りの思い③
第1話、これで終わりです!
「ところで……俺が今朝のホームルームで聞き逃しちゃったこと、お願いだから教えてくれない?」
昼食を平らげ、次の授業までの残りの昼休みをのんびりと過ごす四人。そんな中春翔は、申し訳なさそうに三人に尋ねた。
「今朝……ごめんなさい。私はホームルームに出ていないので分かりませんね。私もあとで桜咲先生のところに伺おうと思っていました。
奏。禅之助。なにかホームルームで重要な連絡はありました?」
春翔の問いをきっかけに、セルフィーネが残る二人に尋ねる。
「ほ、ほら! セラもこう言ってることだし! だからさ、頼むから教えてくれないかなぁ……?」
そんな彼女の言葉も利用する形で、春翔は二人に――主に奏に期待の目を向ける。今朝聞いたときはバッサリ切り捨てられたこともあってか、その声は頼りないものだった。
春翔のそんな情けない姿に憐れみを誘われたか、奏は小さく息を漏らして。
「ハルちゃんが聞き逃してたのは多分、『合宿』があるって件のところ。鼻伸ばしてないで、先生の言うことくらいちゃんと聞いときなよ、ばか」
「別に伸ばしてなんかないし! ……ないし」
春翔は思わず反論するも、奏のじっとりと冷めた視線に中てられて気勢を弱めていった。
「ああ、『合宿』のことでしたか。楽しみですよね。こう、修学旅行みたいな感じで」
「どうせなら本当の修学旅行にしちゃえばいいのにねー。きつい演習が待ってるのは確定じゃんヤダなー」
瞳を輝かせて言うセルフィーネに、禅之助は気だるげな声を重ねる。
「んで、なんだよその『合宿』ってやつは」
「ああそっか、春翔ちゃんは知らないか。要するにボクたちは今年、ゴールデンウィークはないってことです」
かったるさをありありと伝えながら言う禅之助の説明を、奏が補足していく。
「毎年高等部一年は、四月の最終週から五月の始めにかけて集中強化演習と講習をやるんだ。私たちは『合宿』って呼んでいるけど、ハルちゃんの感覚からすれば……臨海学校が近いかな?
ただもちろん一般の学校のものとは違って、本当に実習や訓練、講習漬けになる。あとこれはゴールデンウィークを利用するから、休みが減るってことで、そこのワキガは嫌がってるの」
「ボクワキガじゃないです! だってテンションも下がるってもんでしょ!? 学生のみならず大の大人ですら楽しみにしているはずの大型連休が潰れちゃうんだよ!? やってらんないでしょまったく。この学校のカリキュラムは早急に見直されるべきだ……」
不平文句を垂れる禅之助に、奏は呆れたように無言で見つめるのみだった。
そんな二人の遣り取りを見てクスクスと楽しげに笑ったあと、セルフィーネが春翔へと口を開く。
「合宿は毎年クラスごとに分かれて、それぞれ別の場所の、その土地にある国防隊の駐屯基地を拠点にして行うんです。
私たち1組は確か、ええとさ……sadist……みたいな名前の島で……」
「はい? 嗜虐性愛者?」
やはりネイティブは発音が綺麗だと思いつつも、思いもしなかった単語が出てきて春翔は面食らう。当の本人は思い出そうとしているのか、もどかしげに表情を歪めている。
セルフィーネの言葉を聞いて数瞬、奏と禅之助は二人揃って吹き出した。
「セ、セラちゃん……? 佐渡島だよ、さ・ど・が・し・ま」
「ああはい! それです!」
「ブハっ!」
震える声で言う禅之助に対し、セルフィーネは曇っていた表情を瞬時に爽やかなものにした。引っかかっていたものが氷解して、声音もすっきりと明るい響きとなる。
そんなセルフィーネの様子に禅之助はとうとう大笑いし、奏も目を逸らして口元を押さえながら体を震わせた。
「な……ひどいですよ二人とも! しょうがないじゃないですか! 日本語を学ぶだけでも悪戦苦闘してるのに、都道府県や主要都市はともかく離島の地名まで覚えられません!
春翔もなんとか言って……春翔も笑ってます!?」
「ご、ごめ……、その間違え方はふ、普通に面白い……!」
「もう! みんなしてひどいです! 苛めです!」
顔を真っ赤にして、セルフィーネはそっぽを向いた。
「あー、笑った。ごめんよセラちゃん。ボクらそんなに悪気はないんだ」
「知りません!」
すっかり拗ねた表情をするセルフィーネに、春翔は苦笑しながら軽く声をかける。
「余所の国の地名なんて分かんないのも当然だよな。でもセラが如何せん日本語が上手いから、そのギャップもあって面白くて……」
これまでの会話もアクセントやイントネーション、言葉の使い方も全く違和感がなく、先ほどの台詞も四字熟語がサラッと違和感なく使えていたこともあったために、春翔はそんな感想を述べたのだが。
「「「え?」」」
「……え?」
春翔以外の三人の声が重なり、一斉に視線が向けられる。そんな周囲の反応の意味が分からず、春翔は遅れて声をあげる。
「ハ、ハルちゃん? 本気で言ってる? 精霊語を知らないの……?」
「精霊語? なにそれ」
純粋な疑問の声に、奏は呆れたように頭を振った。
「このような方に、私は敗れたんですね……。やはり私はまだまだ未熟です。一層鍛錬を励まなければ……」
「え!? そんなに!?」
セルフィーネにしては珍しい物言いに、春翔は過剰に反応する。セルフィーネはすぐに「冗談です」と言ったものの、その瞳は遠景を望むようにどこかくたびれた色を宿していた。
「いやまあ、精霊語くらいは知っとこうよ春翔ちゃん。流石にボクでも知ってるし、一般人も知ってるんじゃね?」
「……しょうがねえだろ、知らないもんは知らん。で、なんなんだよその精霊語ってのは」
「そーねえ……口で説明するよりまず、聞いてもらった方が早いな」
そう言って禅之助は、自身のヴィジホンを取り出す。
「セラちゃん、なんかテキトーに喋ってみてよ」
マイクを差し出すように、禅之助はヴィジホンをセルフィーネに向ける。数秒ほど考えるように「んー」と声を上げたあと、
「こんにちは、私の名前はセルフィーネ=レイリア=シュテルンノーツです」
と、無難な台詞を口にした。
「ほい、ありがと。さて春翔ちゃん。ボクは今セラちゃんの言葉を録音したわけですが、春翔ちゃんにはどう聞こえていた?」
「は? こんにちは、って言ったのと、自分の名前だろ? 俺でも自然に感じるくらいの日本語じゃん。それがどうしたんだよ」
「ふむふむ。なるほど、春翔ちゃんには『日本語』に、聞こえていたと」
「……ひょっとして俺、すごく馬鹿にされてる?」
「いやいや! そんなことはないよ! ボクにもそう聞こえていたし、奏ももちろん、日本人の騎士ならそう聞こえるさ」
「まどろっこしいな、何が言いた――」
もったいぶった口調のまま続ける禅之助に、話を急かそうと声をあげた春翔だったが、
「……日本人の騎士? 日本人、じゃなくて?」
禅之助の言い回しに違和感を覚え、それをそのまま尋ねる。禅之助は我が意を得たりと言わんばかりに、ニンマリと得意げに笑う。
「それでは聞いてもらいましょう――」
春翔の疑問に答えることなく、禅之助はヴィジホンを操作して録音を聞かせた。
『Hello, my name is――』
「は?」
そこから聞こえてくるのはセルフィーネの声で間違いない。だが聞き心地の良いソプラノは、舌を巻くほど流暢な英語を紡いでいた。
「え? なにこれ、どゆこと?」
驚愕に目を見開き三人の顔を見る春翔。禅之助は悪戯を成功させた子供よろしく、満面の笑みを浮かべていた。
「私たち精霊騎士は精霊と契約を交わすことで、霊装や霊鎧、魔法、それらを含めた様々な恩恵が付与される。精霊語も、その一つ」
春翔の疑問に、奏は優等生らしい生真面目な口調で説明をしていく。
「私たち騎士は、言語の違いを超えてコミュニケーションが可能になるの。今だと、セラの言葉は私たちには日本語のように聞こえるし、私たちの言葉は、セラには自分の母国語である英語に聞こえるの。
生身の状態。つまり霊纏していないときでも精霊語は騎士同士の会話でなら機能する。そして霊纏した状態なら、騎士じゃない一般の人でも、自分の言葉を相手に理解させることができる。
でもこの場合、一般の人からの言葉は精霊語になるわけじゃないから、同じ国の言葉じゃないと相互コミュニケーションは難しくなるけど」
「今の録音でセラは霊纏していない状態だったし、禅之助のヴィジホンにも魔法的処置を施していないから、なんの補正も無くなってセラの言葉は英語になる。
精霊語の仕組みとか、原理はちゃんと解明されていない。でも精霊と契約した際に、脳の中にある言語野――運動性言語を司る前頭葉のBroca野と、感覚性言語を司る側頭葉のWernicke野。この両方に何らかの機能的変化が生じて精霊語が形成されているっていうのが、現在一番有力な仮説。
それも間違ってないとは思ってるんだけど、個人的には言語野だけじゃない、騎士の脳全体で機能的変化が起こって、それらが複雑に絡み合った、とても繊細で高度な言語活動が精霊語だって考えてる。言語野だけの変化じゃ説明できないことも色々あるから。
英語を話してるはずのセラと会話してても、口の動きだって私たちが認識する日本語と、全く違和感がないように見えるし。
似たような研究結果や考察も最近じゃいくつか出されてるよ。例えば殿堂騎士序列5位である、『神域の眺望』サラギノワ=ベストージェフ=リューミン氏が二か月前に発表した論文では――」
「もういい! 分かった! ありがとう! でもごめんこれ以上は俺の頭パンクする!」
つらつらと淀みなく、怒涛のごとくもたらされる情報量に耐え兼ね、とうとう春翔は奏の言葉を遮った。春翔だけでなく禅之助やセルフィーネの表情にも苦さが混じっており。
夢中で話していた奏は周囲の反応を見るや、恥ずかしそうに身を縮こませた。
「すごいですね、奏は。私なんか教科書を読み解くのに精一杯で、そこから論文まで手を出そうなんて考えもしませんでした」
「そ、そんなことない……。授業受ける分には、絶対要らない知識だし……」
苦笑しながらも素直に称賛するセルフィーネに、奏は照れたように顔を赤らめた。
「なるほど。じゃあ今もセラは英語を喋っていて、俺らの言葉もそっちには英語に聞こえているのか。
……あ、入学式のときセラが霊鎧だけ限定霊纏したのは、それが理由か」
「入学式……はい、そうです。お恥ずかしながら、本来の私の日本語はとても人様に聞かせられるレベルではないので、この国の政府関係者や父兄の方々にも通じるように、生徒会長さんから指示されまして」
「ふーん。輝羅先輩もやっぱ生徒会長なんだな。あんなんでもやっぱ色々考えてるんだ……」
変わらず苦笑交じりで答えるセルフィーネに、春翔は何の気はなしに呟いた。
「……輝羅、先輩?」
その言葉に、奏はどこか引きつった表情を見せる。
「ん? あー、入学式の前にちょっとゴタゴタに巻き込まれかけたのを、輝羅先輩に助けてもらったんだよ」
「それで、あの人のこと下の名前で呼んでるの? いやー、春翔ちゃんも中々やりますなぁ」
「色々あったからな。向こうがそう呼べっていうんだからしょうがない。
……あれ、どうした奏」
禅之助の軽口に答えていると、いつの間にか奏の表情に不機嫌さが宿っていることに気付き、春翔は声をかける。
そして奏はプイッと顔を背けて。
「……くたばれハルカス」
「何故に!?」
全力のツッコミにも、奏は拗ねたように顔を背けるままで。
幼馴染二人のやり取りに禅之助はまた大笑いをして、セルフィーネは奏の不機嫌さの理由が分かっていないのか、疑問符を表情に張り付けていた。
「いやー楽しいランチだったね、奏」
昼休みも終わりが近づき、授業も春翔とセルフィーネはそれぞれ『近接戦闘術演習』の授業を受けるため演習場へと向かった。奏と禅之助は校舎に戻って座学の授業となる。
今は奏と禅之助がコミューターから校舎に到着し、歩いているところだった。偶然にも、周囲に他の生徒は居ない。
「……」
「なんだよ奏、まだ不機嫌なの?」
「だって……」
そう呟いたあと、奏は立ち止まる。
「あの鈍感。あ、あんな行動までやったのに全然気づいてくれないし! それなのにセラにデレデレしちゃってるしいつの間にか月夜神先輩とも仲良くなってるみたいだし! 小学校のときから苦労してるのに人の気も知らないで意識してくれないし、ああもう!」
(見事に空回ってんなー)
普段の奏では見られないような激昂、そして地団太を踏む分かりやすい反応に、禅之助は苦笑してそんなことを思った。
「別に春翔ちゃんは鼻の下伸ばしてるっていうか、女の子に慣れてないだけじゃないの? それに意識してないっていうけど、完全にどうでもいいと思う女の子に腕組まれたら、あんなテンパった反応する前に無理矢理振りほどくって」
「……そう、なんだろうけど。でも私なんかより見た目も性格もいいセラも現れて、ついでにあの生徒会長まで居るんじゃ、私なんて埋もれてしまいそうで……」
さっきまで気勢を上げていたかと思えば、途端に弱々しくなる言葉。そんな奏に笑顔を向けながら、
「じゃあ、諦める?」
その一言に、奏は小さく、けれど確かに首を横に振る。
「……やだ。小学生のときから――出会ったときからずっと好きだったんだもん、諦められるわけない」
握り拳をつくって、奏は思いを綴り続ける。
「優華ちゃんが亡くなって悲しんでるハルちゃんの、力になれなかった。出会ってからずっと、こんな私と友達でいてくれた、助けてくれてたハルちゃんに、私はなんの支えにもなれなかった。
引っ越してもう会えなくなって、今までのお礼も、この思いも、力になれなかったことへの謝罪ももう言えないんだって分かって、すごく悔しかったし悲しかった。
それでも騎士になれれば。
人を助けたいっていう思いで騎士を目指せば、きっとこの学校で会えるって思った。ハルちゃんみたいに悲しい思いをする人を助けたいって、私も思ってたから、精霊と契約できたときには精霊騎士学校に進学しても――トランペットの道がここで閉ざされても、なんの後悔もなかった。
中等部の入学式にハルちゃんの姿がなくて、本当に悲しかった。騎士になるためにあんなに頑張ってたハルちゃんが精霊と契約できないなんて、なんて理不尽なんだろうって。
それなら私は立派な騎士になって、ハルちゃんの分まで頑張って沢山の人を救おうって思った。いつかハルちゃんに堂々と会えるように――私を助けてくれたヒーローに向かって、私頑張ってるよって胸を張って言えるようになろうって。
この思いは叶わなくたっていい。ありがとうと、ごめんなさいと、ずっと好きでしたってちゃんと伝えられるように。だから椿さんのところにも行かなかった。
そんなハルちゃんに、ようやく会えたんだよ? 諦められるわけないよ、ずっと大好きだった……!」
熱を帯びていく声は、どこまでも切実に響いて空気を裂く。潤んだ瞳を、禅之助は普段通りの人懐っこい笑みで迎え続けた。
「うん。なら頑張って。セラちゃんは今のところ春翔ちゃんのこと好きってわけではないだろうけど、いつそうなってもおかしくない。だからもう、ガンガン行きましょ! めげずに一生懸命頑張る奏の姿、ボク割と好きよ?」
おどけた調子で続ける禅之助の言葉に、奏は一瞬息を詰まらせる。けれどすぐに苦笑して、目元を拭う。
「調子乗んな、ワキガ」
「ええ!? ひどい! ボク励ましてるんですよ!?」
愕然とした表情で言う禅之助に、奏は控えめな笑い声を零した。
「でも、ありがと。頑張る」
短くそう呟いた奏に、禅之助もまた微笑んでみせた。
「それじゃ、私こっちの方だからこれで」
「うん。じゃあまたね」
そう言って互いに別れようとしたところで、
「禅之助」
奏が禅之助を呼び止める。振り向いた禅之助が見たのは、小さく苦笑する奏。
「禅之助は、いいヤツだよ」
突然の言葉に、軽口を返すこともなく呆然と見つめ続ける。
「こんなめんどくさい性格の私に、三年間も付き合えるんだもん。顔もかっこいいんだから、そのチャラい感じもう少し抑えれば絶対モテるよ。
だからさ。そんな軽々しく好きなんて言葉、使っちゃダメ。いつか本当に好きな娘ができたときに使ってあげなきゃ。私なんかに使うのはもったいないよ」
言い聞かせるように柔らかい声音で言ったあと、禅之助の反応を見ることなく奏は立ち去った。
残された禅之助はしばらく立ち尽くしていたが、やがて盛大な溜息をついた。
「好きな娘に使えって? 当たり前でしょ、まったく。なんとも思ってない女の子にここまで親身になれるわけないって、普通気付きませんかねぇ?」
乱暴に頭を掻き、いつもの軽薄な雰囲気が消えて表情が翳る。
「流石は幼馴染ってところか? 鈍感なのはどっちも似ております。というか、ボクも空回ってるなー。好きな女の子の、他の野郎への恋を応援するとかドMなんですかね」
呆れたように首を振り、再び溜息をつく。無表情に淡々と紡ぎ続ける瞳は、虚ろな昏さを持っていて。
「ボクがいいヤツ? 見る目ないね奏。こんな人でなしが……」
「命令のまま誰かを殺しても何とも思わない屑が、いいヤツなわけないでしょ」
そうしてまた頭を振ったあと、いつものにこやかな表情を張り付けて。
禅之助は自身の授業が行われる教室へ向かった。
精霊語のところ、ちょっと分かりにくいですかね。要は騎士たちは言語の壁を超えて連携がとれるようになるってことです。ダラダラとすいません。
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