第1話:あるいは仲良し四人組の結成と、伝わらない空回りの思い②
すいません長いです。あと第二章1話の題名変えました!
昼飯時。春翔は一人で学食ストリートを歩き、昼食をどう済ませようか悩んでいた。
2235年4月6日月曜日。この日は中等部の入学式が挙行されており、この日を以て日本国立精霊騎士学校は中高それぞれの規定人数を抱えることになる。
要するに生徒が増えたということで、自然に学食ストリートも混み合うことになる。普段見る生徒たちよりも皺の無い、真新しい制服を着た、幼さがくっきり表れている顔ぶれが目立っていた。
「どうすっかなぁ。どの店も混んでるし、テキトーな店でなんか買って食うか? 奏も禅之助も全然連絡返さないし、ぼっち飯ですかね……」
周囲から向けられる視線から気を紛らわせようと、ひとり言を呟く。先日の大番狂わせを見ていないにしても、メディアで取り上げられているせいか、春翔へ注がれる視線の中には本日騎士学校に入学したばかりの彼らのものも多くあった。
(店の中で食う気にはなれんな。コンビニ行って買って、外で食うかな。クラスの誰か誘えればいいが……)
精霊騎士学校高等部は、一般基礎科目――いわゆる数・国・英・理・社の主要五科目――以外の魔法関連の科目を、一般大学のように生徒が各々選択していくことになる。
高等部に進むまでにはそれぞれの適正魔法や戦闘スタイルが定まってくるからであり、画一的な授業を行うことはあまりない。(魔法士タイプの生徒が近接戦闘演習を受けてもほぼ無意味だし、最適属性が『火』の者は火属性魔法に関する知識を深めるのが常道である)
そのため便宜上クラス分けはされるが、クラス単位で行動できることが少ない。春翔が現在一人でいるのもそれが理由だ。決して――
(別にクラスでハブられてるわけじゃねえし! ……ねえし。多分)
誰に対するものかも分からない、言い訳染みた独白を心の中でする。
奏や禅之助、そして他の級友と連絡が取れるか試みようと、ヴィジホンを取り出したときだった。
「春翔!」
後ろから聞こえてきたソプラノの声は、人通りの多いストリートにおいても聞き逃すことを許さなかった。涼やかな、そして嬉しげな響きに振り向けば、セルフィーネが小走りに駆け寄ってくるところだった。
「よ。セラもお昼今から?」
「はい。ついさっき授業が終わったところです。でも……今日はどこのお店も一杯そうですね。出遅れちゃいました」
そう言って困ったようにはにかむ表情は、ついこの間まで冷たい印象を纏っていた少女と同一人物なのかを疑わせるほど温かなものだった。その温もりが、目の前の少女と距離が近づいた証なのだと思うと、春翔は誰かに自慢したくなるような高揚を覚える。
「いや、全くだよ。この分じゃコンビニとか、テイクアウトしか残されてないよな……」
緩んでしまいそうな表情を誤魔化すべく、春翔はまた周囲を軽く見渡す。すると、向けられている視線が一気に増えていることに気付いた。
(は? なんで?)
視線を己の正面に戻したことで、疑問はすぐに解消された。
春の柔らかな陽光を受けて、その髪は黄金色にサラサラと輝いている。欧米人らしい目鼻立ちの整った輪郭は、日本人からすれば美しさと同時に一種の緊張を抱かせるはずだが、フワリとした微笑みのお蔭でそのような険が一切立ち消え、そして可憐さが際立つことになっていた。
春翔だけでも視線を集めていたところに、万人が全員一致で美少女であると認めるセルフィーネが加わったのだ。向けられる視線も見事にその数を大きくしていた。
「……春翔? どうかされました?」
「ああいや、別に、なにも」
言葉を失っていた春翔に対し、セルフィーネは小首を傾げる。一々動作が可愛いなと思いながら、春翔はなんとか反応を示した。
中等部のころから似たような視線に晒されて慣れたのだろうか、セルフィーネには気負った様子は欠片もない。
「あの、春翔。もし都合がよかったら、でいいんですけど……」
表情に少し緊張を含めて言う姿に、春翔は聞き漏らすまいと耳を傾ける。
「お店はどこも混んでるので、その……どこかでお昼ご飯を購入して、外で一緒にいただくのはどうですか……?」
控えめな笑みを宿して、萎んでいきそうになる声で春翔に問う。
「いいよ! てかむしろ、こっちからお願いしようと思ってたし」
明るい調子で、二つ返事で了承する。春翔にとっては願ってもない提案であった。
セルフィーネの表情が輝く。人を幸せにする未知の光子でもばら撒いているのではと思えるくらいに、その笑みはとても魅力的だった。思わず緩みそうになる頬を必死に制御していたが、周囲の人間の多くは性別問わず、だらしない表情を浮かべていた。
「それでは、行きましょう!」
今にも小躍りしそうな弾んだ声で誘うセルフィーネに、春翔は了承を示して一緒に歩き出そうとした。
「ん?」
右腕が掴まれて、歩みを無理矢理に引き留められる。すぐに視線を後ろに向ければ。
「あれ、奏……と、禅之助?」
春翔の右腕を取る、どこかむくれた表情の幼馴染と、その数歩後ろで苦笑いを見せる禅之助が居た。
「やほー、春翔ちゃん。あ、メール返せなくてごめんね? ボクも奏も、ちょっと授業長引いてて今ストリートに到着したんだ。そいで春翔ちゃんを二人で探してたんだけど……」
禅之助の視線が奏に向く。それに釣られるように春翔も奏へと視線を落とす。
恨みがましそうに見つめる栗色の瞳。向けられている春翔は怒られるのを待つ子供よろしく、背筋の伸びる思いで言葉を待つ。
奏の視線が春翔から、春翔に相対する人物へと向けられる。
「シュ、シュテルンノーツさん。悪いけど……」
緊張した声は、それでも、固い意思を宿していた。
「ハルちゃんは私――私たちとお昼食べる予定だから」
そうして普段の彼女から考えられない大胆な行動に出る――大勢の目がある中、春翔の右腕に自身の体を寄せて、密接に左腕を組んできた。
(――――!?)
一瞬で春翔の思考はショートし、固まってしまう。この混乱から抜け出すヒントを求めるためか、熱暴走を起こしかける脳は周囲の状況を確認せんと、春翔の眼球を忙しなく働かせた。
禅之助――外国人俳優さながらに、首を振りながら呆れたように溜息をつく。
セルフィーネ――奏の突飛な行動と、声音に含まれる明確な敵対心のせいか、驚いたように目を皿にしている。
その他一般生徒――セルフィーネとは違うベクトルであり、質も二、三歩譲るものの、奏もまた十分に美少女の範疇に収まる容姿だ。セルフィーネと和やかに接していた状態からの急転直下……見様によっては一人の男を巡る美少女たちの修羅場の構図に、女子生徒の視線は黄色いものに、男子生徒の視線は春翔を呪殺せんばかりに嫉妬と憎悪に満ちたものになった。
視覚情報統合の結果――高ストレス環境である現状を打破する、有力な手がかりは得られるはずもなく。
堪らず春翔は声をあげた。
「か、奏!? どうしたんだいきなり……ってかあの、え!? 怒ってらっしゃいます!?」
ドギマギする心中で放たれる声に、春翔へと視線が向く。身長差によって上目遣いになるそれは、不機嫌さに満ちていてもなお可愛らしさを損ねることなく。
(ああ、なんだろ。小動物が怒ってるのを見るような微笑ましさというか、可愛さというか……じゃなくて!?)
思考が奔逸しかけてもなお、奏の視線を受け止め続ける。
「……先にハルちゃんが連絡してきた。連絡返せなかったけど、今日お昼一緒に食べる優先順位は私たちが上、のはず」
思えば昔から約束事に関しては譲らないところがあったと、春翔は振り返る。
奏は自分との約束事を何よりも優先しろなどという、利己的な人間では決してない。複数の予定があった場合、どれほど自分のことがあとになる場合でも、それが組まれたり決定した順番通りである限り、奏はいつまでも耐えて待ち続ける。
だが自分との予定や約束事を忘れられる、あるいは後回しにされた場合、この幼馴染は壊滅的に臍を曲げる。ありえないくらいに。
幼いころに優華と合わせて三人で遊ぶ約束をしたにも関わらず、あろうことかうっかり忘れてしまって男友達とサッカーに行ってしまったときなど、烈火のごとく怒って手が付けられないほどだった。
「それとも、なに? ハルちゃんは自分から誘っておきながら、私たちのこと放置するっていうの?」
抑揚は小さくとも、確かに怒りの揺らぎがあった。こうなっては機嫌を立て直すのは難しいことを、春翔は分かってしまっていた。
「ああいや、そんなことないよ!? ないんだけど、でもまずこの状況はちょっと……」
周囲に視線をサッと走らせ、続いて自身の右腕へと目をやる。すると奏は頬をほんのりと赤らめたが、引っ込みがつかないのか、春翔の右腕を離すことなく顔を背けるのみだった。
(いや恥ずかしがるくらいなら、せめて離してくれよ!?)
そんなことを思いながら途方に暮れていると。
「あ、あの!」
これまで口を噤んでいたセルフィーネから、少し強めな声がかけられる。視線をセルフィーネに戻す春翔。いつの間にかその表情には、決意に似た強い感情が宿っており、春翔は思わず喉を鳴らす。
「……な、なに?」
そんなセルフィーネの様子に奏も多少気圧されているのか、聞き返す彼女の声も少し委縮している。
そんな二人の反応に意を介した様子もなく、セルフィーネは二人の下に近付く。
そうしてセルフィーネは、空いている方の手を取る――
春翔ではなく、奏の。
「ふぇ?」
予測していなかったのだろう。奏の口から気の抜けた声が漏れて。
「よろしければ、私もご一緒させていただけませんか……!?」
大層真面目くさった真剣な表情で、瞳を輝かせながら言うセルフィーネに、奏はおろか春翔も目を丸くした。
「――なーるほど? つまりお嬢さ……シュテルンノーツさんは、これから交友関係を広げていこうとしているわけですな?」
「はい、そうなんです。先日の模擬戦のあと、桜咲先生や春翔の話を聞いて、自分がどれだけ狭い考えに囚われていたのか気付かされたんです。このままじゃダメなんだって、変われるところから変えていこうって思って――」
学食ストリートの公共スペースにある丸テーブルの一つ。時計回りに春翔、禅之助、セルフィーネ、奏の順番に四人は座っていた。先ほどの場はいよいよ人の目が煩わしくなってきたので、とりあえず昼食をとろうと選んだ場所だった。
四人が座るテーブルに向けられる視線は少なくなかったものの、場所を移動したお蔭である程度マシになっていた。
今は禅之助が持ち前の気さくな態度で、セルフィーネの思いを聞いているところだった。
「まあでも、これまでセルフィーネさんが誰とも関わろうとしなかったのも理解できるよ。異国の土地で頼れる人も居ない、周りは外国人ってだけで色眼鏡使ったり、いい成績とったらめんどくさく絡んでくる。そんな三年間だったもんね中等部は。自分しか頼る人も居ないんだもん、そりゃあんな風にもなりますわ……」
直接関わっていたわけではない禅之助も、傍目からセルフィーネを目にする機会もあったのだろう。しみじみと言う言葉は実感が伴っていた。
「お恥ずかしい限りです。今までの私は一人で誰とも関わることなくお高くとまっているような、そんな嫌な態度に見えたでしょうね……」
「そんなことないって! むしろあのツンと澄ましたクールビューティも、我ら青少年にとってそりゃあ魅力的に映っておりましたとも!」
しなびていくセルフィーネの言葉に、禅之助のわざとらしいくらいにおどけた声が答える。それに釣られてセルフィーネはクスクスと、控えめに笑った。
「お気遣いいただいてありがとうございます」
「いやいや、そんなつもりは。
で、そんなシュテルンノーツさんをして友人という存在の大切さを教えてくれた春翔ちゃんは、やっぱりシュテルンノーツさんにとって特別な存在ということで?」
ニヤリとからかうような笑みを浮かべ、これまたからかう意図を隠そうともしない言葉に、春翔は口に含んだ緑茶を吹き出しそうになった。
「ぜ、禅之助てめえ……!」
慌てたように禅之助に抗議の声を上げようとした春翔だったが、
「ええ、そうですね」
「「ふぁ!?」」
セルフィーネの肯定の声に、野郎二人は揃って素っ頓狂な感嘆符を漏らした。
心臓の鼓動が早まり、顔が熱を持つのを再び感じる春翔だったが、当のセルフィーネは――特に恥じらう素振りや顔色を変えることもなく、ただ穏やかな笑顔を見せていた。
「実家に居た頃も、お友達と呼べる人は居ませんでした。そんな私の、人生で初めてのお友達になってくれたのが春翔です。私に足りない者を教えてくれた、私の槍や実力を心から認めてくれた、私の特別な、自慢できるお友達です」
噛みしめるように言うセルフィーネの姿に、春翔は思わず口を縫い付けられた。それほどまでに純粋な言葉であった。
「う、うわぁ……こういう反応するのかこの娘は。からかおうとしてたこっちが恥ずかしさを覚えるとは、なんて末恐ろしい純粋さ……!」
予測していた反応とは真逆の反応であったのだろう。わざとらしさや狙った意図、演技臭さなどを全く感じさせないセルフィーネの透き通った反応に、禅之助は狼狽えていた。
セルフィーネにとっては、ただ思ったことをありのままに言っただけなのだろう。春翔や禅之助の反応に、キョトンとした表情にはハテナマークが張り付いていた。
「よく分かりませんが……あの、和甲さん? そんなわけで、もしよろしければお友達になっていただけませんか?」
気を取り直したように表情を戻しながら、セルフィーネは禅之助に声をかける。
「え、ボク? やったー! 見目麗しい女の子の友達が増えるのはそりゃもう大歓迎ですとも! ボクのことは禅之助でいいよ!」
「ありがとうございます! 私のこともどうか、セラって呼んでください。これからよろしくお願いします!」
声を弾ませるセルフィーネと禅之助は、そうして言葉を交わしていく。
禅之助のことだからうまくいくだろうと思っていた春翔だったが、実際にセルフィーネが打ち解けられた様子を見てホッと胸を撫で下ろした。
(んで、問題は……)
一番の懸念材料である、これまで一言も反応を示さないままの幼馴染を横目で見る。
(人見知りなとこはまだそんなに変わってない、か……)
昔よりも豊かになった表情に、それなりに広い交友関係を持っているように見えた奏も、やはり初めて接する人間には苦手意識があるのだろう。先ほどの大胆な行動を起こした度胸はどこへやら、俯き気味の表情のまま静かに、ストローでオレンジジュースを啜っていた。
流石にこのままは居辛いだろうと、春翔は奏を呼ぼうとした。そこに、
「風島、さん……?」
遠慮がちに呼ばれた声に、奏は視線を向ける。喉から出かかった声を抑え込み、春翔は傍観することにした。
「言い訳になってしまうのですが、私はこれまで他者との関わり方を知らずに、知ろうとせずに過ごしてきました。ですから、どんなことをしたらその人に喜んでもらえるのかとか、怒らせたり困らせたりするのかといったことが、まだよく分かってないと思います。
……その、さっきのことなんですけど。私が知らないうちに風島さんのお気を悪くさせてしまったのでしたら、謝ります。本当に、ごめんなさい」
「っ、そんなこと――」
どうやらセルフィーネはつい先ほどの奏の態度を、自分のせいで不機嫌にさせたと捉えたようだった。セルフィーネの謝罪に思わずといった感じで声をあげた奏だったが、それはセルフィーネの「けど」という言葉に遮られた。
「私はできれば、風島さんとも仲良くなれたら……お友達になれたらと思ってます。ダメ、ですか……?」
おずおずと、伺うように。不安を表情に滲ませて言うセルフィーネに対して、奏は。
「私なんかで、いいの? 自分で言うのもあれだけど、私だって人付き合いとか苦手な方だし、明るくないし無愛想だし、性格だってめんどくさいし。さっきだってシュテルンノーツさんはなにも悪くないのに、その……あんな突っぱねる言い方、してしまったし……」
ここまで口数が皆無だったのが人見知りだけでなく、先ほどの態度を気にしていたというのもあったと分かって、春翔はどこか安心した心地を覚えた。
「風島さんがいいんです。中等部のころから気になってはいたんです。どれだけ頑張っても座学の成績で、いつも勝てなかった女の子。悔しく思うのと同時に、いつも一番ですごいなって思ってたんです」
「別に、すごくなんかないよ。座学の成績がよくても、実際に魔法を使うことは苦手だし。知識だけあっても使えないのなら、そんなのないのと一緒。座学も実技も両方優秀な、シュテルンノーツさんの方がよっぽど――」
「私が教えます!」
自嘲で沈んでいく奏の声に、セルフィーネが力強く言葉を放つ。
「知識があるのでしたら、下地はきちんとあります。あとはコツだけです! 魔法の実践的なことは私が、できる範囲で教えます。だから風島さんは、私の苦手な分野を教えてください。お友達っていうのはそうやって、お互いを高め合う関係にもなれるって教えられました」
優しげに綻ぶ表情。真正面から向けられている奏は呆気にとられたように沈黙していたが、
「私で、いいの?」
再び同じ問いを繰り返し、
「風島さんとお友達になりたいんです」
変わらぬ答えが再び重ねられる。やがて奏は根負けしたように、小さく息を吐いて。
「奏でいいよ。私も……セラって呼ばせてもらって、いいかな?」
セルフィーネの表情が再び輝く。奏もそれを見て息を呑んだように目を見開く。
「はい! よろしくお願いします、奏!」
心底嬉しそうに笑顔を向けるセルフィーネに、奏もようやく、控えめではあるが微笑みを浮かべた。
「まあ、良かったじゃん? 全然タイプ違うけど、案外相性良さそうだし」
会話に花を開かせ始める女子二人に聞こえないように、禅之助が春翔に声をかける。
「ああ、そうだな。奏があんな態度とったときはどうしようかと思ってたけど、お互いにいい友達になれそうでなにより。ああ、禅之助もありがと」
「いやいや、ボクは別に。それにしても、まさか奏が人混みの中あんな行動に出るなんて予測できなかったわ。どーよどーよ? 久々に会った幼馴染の美少女から受けたアプローチは」
「アホか。そんないいもんじゃねえって。周りの目も痛かったし、緊張で心臓いかれるかと思ったわ。
多分俺から誘っておいて勝手に無しにしようとしたから、怒ってあんな行動とったんだろう。昔からたまに突拍子もない行動することあったから、多分さっきのもそれだ」
おどけた色を宿す声に、春翔は冷静な調子で答える。口下手だった奏は、感情や意思を伝えようとして空回りすることが多々あった。
今回もその一つだろうと軽く考えている春翔に、禅之助は苦笑ともしかめっ面とも言えない微妙な表情を向けている。
「……なんだよ?」
「いや別に? ただ……奏は昔から苦労していて、今後も苦労しそうだなって思って同情してるだけ」
「苦労? なんの話だよ」
「いやいいさ。気にしないでよ」
そう言葉を切り上げて、禅之助はコンビニで購入した焼きそばパンにかぶりつく。可笑しなヤツだなと思いながらも、春翔は視線を再び女子に戻す。
明るい表情のセルフィーネ。彼女の快活さに振り回され気味でありながらも、奏の様子もまた楽しげであった。
偶然ではあったがとりあえず上手く引き合わせられたことにホッと胸を撫で下ろし、春翔は食べかけの鮭おにぎりを一口で呑みこんだ。