第1話:あるいは仲良し四人組の結成と、伝わらない空回りの思い①
第二章スタートです!
週明けの月曜日。土日という学生にとって貴重な休息が終わり、また新たに日常が始まる。あるいは続いていく。
日本国立精霊騎士学校高等部。ホームルーム前の朝の賑わいに満ちる校舎の中を、1組の教室へと向かうべく歩く男子生徒二人。
「結局、土日の両方とも補講で潰れたわ……」
苦い声で言うのは、週初めであるにも関わらずすでに憂鬱な表情を見せる春翔だ。
「いやー、そりゃ残念だったね……」
隣を歩く禅之助は引きつった表情で、申し訳程度の労いの言葉をかけていた。
「ほらほら、元気出しなって春翔ちゃん! また新しい一週間が始まるのにそんな時化た顔しちゃダメだって!」
「んー、そだなー」
「おっと、ちゃん付けされてツッコミなしとは重症ですな」
禅之助のおどけた声にも、春翔は空返事しか返せなかった。
「そんなにきつかったか……。分かるよー、ボクも補講常連者だからね! 土日を潰されたときの絶望、やるせなさ、それはもう十分に味わってきましたとも! ところで春翔ちゃんのその特別補講って、担当誰? 桜咲先生? まさか神田じゃないよね?」
「どっちも外れ。学校長先生から直々に教えてもらってるよ」
「……うわーお」
春翔の答えに、さしもの禅之助も同情の視線を向けることしかできなかった。そんな禅之助の反応をよそに、春翔は溜息をついた。
「マジか、学校長先生か。いや別に、あの人自体は滅茶苦茶分かりやすい授業してくれるし優しい先生だし全然怖くないないんだけど――」
「そう。なのに授業内容はスパルタっていうね……。なんかこう、有無を言わさずこっちの学習能力の限界を無理矢理出させて、これでもかって詰め込んでくるみたいな。頭パンクしそうなはずなのに授業中はそんな自分の疲れを意識させることもなくて、休み時間に一気にドッと疲労感が押し寄せてくる……土日はその繰り返しだったよ」
「あの先生の補講や授業は一時間受けるだけでかなりスタミナ削られるからね。それを二日間みっちりとか、よくやるよ春翔ちゃん」
本気の同情を示す禅之助に対し、春翔は苦笑いを浮かべる。けれどそれはどこか充足感に満ちていて、
「でも、やってる内容は禅之助たちが三年間かけてやったことだからな。生半な努力じゃ埋められないのは分かってる。なんとか追いつけるように頑張るさ」
軽い調子で答える春翔に対し、肩を竦めながら「まあ頑張ってよ春翔ちゃん」と嘯く禅之助だった。
「春翔ちゃん言うな。あ、ところで」
お決まりの指摘をしたあとに、春翔は再びうんざりした表情を浮かべる。
「さっきから俺らに向けられる視線が鬱陶しいんだけど、禅之助またなんかしたのか?」
「いや『また』ってなんすか!? というかなんで自分を省みることもなく原因がボクだってすぐに結び付けられるんすか!?」
「……!?」
「なぜに疑いようもなく『いやお前っしょ?』みたいな表情なの!? 知り合って一週間もしない相手に対して失礼じゃありませんかねぇ!?」
全力のツッコミのあと、禅之助は嘆息しながら。
「まあ原因は間違いなく君だよ。正確には金曜日の、お嬢様との模擬戦」
「……あー、なるほど」
「桜咲先生の甥っ子だったり史上初の高等部編入生だったりと、ただでさえ注目の的だからね君は。そこに我らが学年一位のシュテルンノーツ嬢との模擬戦を、入学して三日でやらかして、これまた前例のない魔力の色と霊装を発現させて、あまつさえ試合に勝っちゃうんだもん。関心を持つなって言う方が無理でしょうなぁ」
のんびりとした禅之助の声を聞きながら、春翔は向けられる視線にちらりと意識を向ける。一年生の教室が並ぶ階に到着してからは、好奇の視線や値踏みするように伺い見る視線が格段に増えたのを感じる。居心地の悪さを紛らわすように、春翔は頭を乱暴に掻いた。
「あの試合は肉弾戦に持ち込めたから勝てたけど、魔法戦になってたらこっちが絶対に分が悪い試合だったのは考えても分かるだろ。それを一回勝ったからって何をそんなに驚いてるんだこいつら」
たしかに膂力強化という魔法を用いてはいたものの、先日の勝利の大きな要因はやはり近接戦闘に持ち込めたことであると春翔は思っている。入学して碌に魔法を知らない春翔が魔法による遠距離戦を強いられていたとすれば、春翔の知らない手札を多く有するだろうセルフィーネに軍配が上がっていたのは自明である。
そんな自己評価を示す春翔に対して、禅之助はやんわりと意見する。
「いやそれでも、魔法戦に持ち込ませなかったっていう春翔ちゃんの試合運びはすごいんじゃないの? お嬢様に距離を離させることなく一方的に攻めたてて、自分の得意な分野に落とし込んだのは十分褒められたことだと思うし。
それに白兵戦だって、この学年、いやこの学校であの娘に対抗できる生徒なんてほんとに一握りだよ。
槍も魔法技能もトップレベルの天才美少女騎士。同学の中では今まで誰一人勝利することのできなかったそんなお嬢様に、精霊騎士学校入学したての君が勝ったんだ。ニュースにもなるでしょうよ」
「天才、ね。お前もそうだけど、この学校のやつら全員、あの娘を特別扱いし過ぎだ。そんなんだからセラはあんなに溜めこんで、一人苦しんでいたんだっての」
月明かりの下、互いに語り合ったあの日を思い起こす。最終的には春翔が見たことのないほどの透明な笑みを見せてくれたセルフィーネだったが、裏を返せばそれまで抱いていた不安や寂しさ、孤独でいた三年間がどれだけあの少女に重く圧し掛かっていたのかを想像させるのに十分だった。
友達だと言っただけで、あれほどまでに嬉しそうな姿を見せたセルフィーネ。それはかつて春翔や椿がそうだったように、少女が窮屈に追い込まれていたことを示す証だった。
「……え? は、春翔ちゃん? 今お嬢様のこと、なんて呼んだ?」
禅之助の声に含まれる驚愕の意味が分からず、戸惑ったように隣へと目線を向ける。そのおかげで前方への注意がやや疎かになった。
1組の教室に入ったところで、春翔は誰かとぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「おっとごめ――」
寸でのところで衝突を避けて、春翔はその人物を見る。驚きに彩られた表情が、すぐに可憐に綻ぶ。
「おはようございます、春翔」
気さくな調子で言う新しい友人に対して、春翔もまた同じ調子で応じた。
「ん、おはよセラ。って、これからどこに? あと五分くらいでホームルームだろ?」
左手に抱える筆記用具やタブレットを見て、春翔は疑問の声をあげる。
「これから神田先生の『魔法運用学』の授業なんです。この授業だけ朝のホームルームを免除されてまして……」
「へー。ったく、あいつの授業だけまたそんな特別扱いかよ。なんか気に食わん」
忌憚のないぶっきらぼうな言葉に、セルフィーネは苦笑する。
「随分と嫌ってらっしゃいますね……。でもあんな態度をされてますけど、本当は生徒の能力を見定めたり、その生徒に何が必要なのかということを見抜く力は相当なんですよ?」
「……まあ、そうなんだろうけどな。こないだの演習だって結局、思い返せば無駄な指示はなかったんだろうけど、それでも人間的に気に食わないんだからしょうがない」
辟易とした表情で意見を変えない春翔に、セルフィーネは控えめに笑う。そして自身の腕時計端末を確認したセルフィーネは、
「ごめんなさい春翔、そろそろ向かわないと……」
「ああ、ごめん引き留めて。いってらっしゃい。頑張って、セラ」
「はい、いってきます! 春翔もまた一週間、頑張りましょう!」
明るい表情と涼やかな声。そして荷物を持っていない右手を、『ファイト!』と応援するように胸元で軽く握る。その動作は媚びたようなわざとらしさや、作ったような不自然さはなく、どこまでもこの少女に似合っていた。
セルフィーネは春翔と隣の禅之助に頭を下げて、軽やかな足取りで教室から出て行った。口元がにやけそうになるのをこらえて、春翔は自分の席へと足を運ぼうとした、のだが。
「……ん?」
いつの間にか一変した教室の空気を感じ取り、春翔は教室の中で立ち止まる。クラスメートたちの視線が全て自分に向けられていた。
「え、ええっとぉ……?」
食い気味に向けられる視線の数々にたじろぐ。そして教室内の喧噪が一気に爆発し、数名のクラスメートが春翔の下へ。
「おわ、なんだなんだ!?」
驚愕に支配される春翔をよそに、クラスメートから矢継ぎ早に声がかけられる。
「桜咲お前、今シュテルンノーツさんのことなんて呼んでた!?」
「名前呼びどころか愛称呼びなんて、それに向こうも下の名前で……い、一体二人の間になにが!?」
「シュテルンノーツさんのあんな表情や仕草初めて見たぞ! まさかこの間の試合がきっかけでお前、シュテルンノーツさんとそそそ、そういう関係に……!?」
「いやそんな、あれだよ! お互いの拳やら槍やら交えた結果、『やるじゃねえか』『お前もな』みたいに友達になった少年マンガ的な展開だよ! 単なる友人なだけであって、別になにもそんな特別なことじゃ――」
周りの圧力に押されながらも反論しようとする春翔だったが、如何せん相手は自分と同じく、その手の話題に興味の尽きないお年頃。加えてこの三年間を、他者とあまり関わらず過ごしていたセルフィーネを見てきた彼等にとって、先ほどのセルフィーネと春翔のやりとりは非常に特別なものと映ったらしく。
「でもシュテルンノーツさんのあの表情は、友人に向けるものよりも、もっとこう、さらに踏み込んだ、心から信頼してるというか気を許した相手にしか見せないような表情だったような――」
「勘繰りすぎだって! そりゃセラのこれまで見てたら高嶺の花とか思っちゃうのかもしれないけど、あいつあれだからな!? 今まで友達居なくて寂しがってたんだからな!? そのことを三年間一緒に居たお前らが知らなかったこと自体がおかしいのであって――」
「うーわ、それを僅か入学して一週間も満たないうちに理解できた自分は、彼女にとって特別な存在ですってか!? かーっ、うらやま!」
「桜咲! お前は俺ら同学男子の誰もが夢見た『シュテルンノーツさんの友人』というポジションを、俺らを差し置いてぽっと出のお前が掠め取ったんだ! 夜道と背中に気を付けろ!」
「はぁ!? いや待てや! 完全に八つ当たりだろうが!」
次第に理不尽になっていく、男子生徒たちの嫉妬に満ちた言葉と態度に、思わず春翔もヒートアップしていく。そうして混沌を呈してきたところで、
「級友同士仲が良いのは大変結構だが、入口付近で騒がれると後から来る者が入れないんだが?」
決して声量があったわけではない。だが放たれた声は喧噪に満ちた教室であっても場を支配し、浮足立っていた生徒たちは一瞬で静まり返る。
教室前で椿が、呆れたように冷めた視線を投げていた。
「一度しか言わん。席に就け」
簡素に放たれた言葉に、春翔を含め生徒たちは蜘蛛の子を散らし、ものの数秒で整然とした席列を作った。満足そうに頷いた椿は教壇に立ち、
「友との語らいに熱が入るのは大いに結構。だが周りの状況や時間を失念するのはいただけないな。注意するように」
椿に促されることなく、1組の面々は声を揃えて了承を示した。
(語らいっていうか、ただ俺が絡まれていただけの気がするんですが)
心の中で拗ねたように呟く。
ふと視線を横にやれば、幼馴染が横目でこちらを見ていることに気付いた。そういえば奏に対して挨拶をしてなかったと思い、春翔は声を出さず、控えめに手で合図する。
しかしながら奏は不機嫌そうに目を眇めたあと、春翔のそれに応答することなく、ホームルームを進めている椿へと視線を移した。
(……え? なんで?)
明らかに機嫌が傾いている幼馴染の反応に心当たりがなく、春翔は面食らってしまう。そして何の気はなしに視線を禅之助の方に向ける。
(そういやあの野郎、いつの間にかしれっと逃れやがって)
暴走しかけたクラスメートたちの追及に助け舟をだすこともなく、いつの間にか春翔を置いて席に戻っていった禅之助に向けて、恨みがましさを込めた視線を向ける。
椿の声に耳を傾けていた禅之助だったが、春翔の視線に気付いて注意を向ける。そして屈託のない無駄に良い笑顔で、春翔に対しピースサインを見せた。
(腹立つなぁあの野郎……!)
苦虫を潰す春翔。だがこのとき彼は、今この時間が誰に支配された空間であるかを失念してしまっていた。
「――ざき。桜咲!」
「え? あ、はい!?」
鋭く飛んできた声に、思わず上擦った調子で答える。
声の主――椿が視線を向けていた。
「桜咲。今私が言ったことはなんだったか覚えているな?」
「それは……すいません、聞き逃してました……」
「ほう? この私の言葉を聞き流すとはいい度胸だな貴様」
そこに浮かぶ冷然とした笑みに、春翔は冷や汗が吹き出すのを止められない。周りの反応はといえば、椿の矛先が自分に向いていないのをいいことに、可笑しげに笑いをかみ殺す者がほとんどだった。
「人の話を聞かん阿呆のためにいちいち話を繰り返してやるほど、私は甘い人間ではない。聞き逃した内容は自分でどうにか把握しろ。それから今の不注意に対する反省文を、本日中に1200字以上にまとめて提出すること」
「な、はぁ!? 1200字って、そんな――」
「返事は?」
問答無用で返事を求める椿に、春翔は了承の声を上げざるを得なかった。
「ではこれで、ホームルームは終了とする。なにか質問のある者は?
なければ解散。各々時間割を確認し、遅刻しないよう注意して移動するように」
きっぱりとした椿の物言いのあと、生徒たちは各々が選択した授業の準備、および移動を開始する。俄かに賑わい始めた教室の中、春翔は他の生徒と同様に準備を始めている奏へと情けない表情を向ける。
「奏さ~ん、椿さんが言ってたこと教えていただけませんか~? ついでに反省文についてもアドバイス的なものが欲しいというか手伝っていただきたいというか……」
表情に負けず劣らず間抜けな声音で嘆願する。そんな春翔の様子に一瞬だけ不表情に同情の色が差したが、奏はプイッと拗ねたように顔を背けて、
「可愛い女の子と仲良くなって鼻の下伸ばしてるハルちゃんには、イイ薬なんじゃないの?」
不機嫌な声を残して、春翔を置いて教室を出て行った。
「そんなぁ……」
力なく、途方に暮れた声が空しく漏れる。そして週初めからの自分のツいてなさと理不尽に対するやるせなさに、春翔は大きく溜息をついた。
投稿開始して一年近く経ちますか。初めのころはPVが3桁に達しただけでも喜んでいたものですが、今は10000PV超えて信じられないくらい嬉しいです。ブクマはなかなか増えませんが…
とりあえず次の目標は、ブクマ100件です! ご感想アドバイス評価ブクマ、お暇でしたら是非お願いします!