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第7話:あるいは昔話と、寂しがりな少女が踏み出す新たな一歩⑧

これで第7話、および第一章終わりでーす

 少女の精一杯の声に、春翔は何度も瞬目する。


 「いや、いただけませんかも何も――」


 春翔を瞳に捉え続けるセルフィーネの表情は、至って真剣そのものだ。彼女のそんな態度に応えたいと思うものの、どうしてもその声は戸惑いによって浮ついたものとなってしまう。


 春翔にしてみれば、セルフィーネの言葉は『何を今更』と思わせるくらいに当たり前のことであった。


 「俺たちもう、友達みたいなもんでしょ?」


 ……。


 …………。


 ……………………。


 「……へ?」


 堪能しているのではと錯覚するほどにたっぷりと沈黙を置いたあと、セルフィーネは控えめな、けれどこれまでで一番に間の抜けた声を漏らす。


 緊張した面持ちからの急激な落差があまりにも可笑しすぎて、春翔は堪らず失笑する。そんな春翔の姿についてこれないのか、セルフィーネは目を点にして春翔を見続ける。

 春翔にとってはセルフィーネのそんな様子もさらに可笑しく思えるようで、噛み殺すように笑い声をあげていた。


 「な……なにが可笑しいんですか! 確かに君にとってはとるに足らないことなのかもしれませんが、こっちは真剣に――あ、あれ? でも、え? もうおともだ……ち?」


 むきになって気勢をあげるセルフィーネだったが、その声は次第に困惑に彩られ、最後には春翔の言葉を頼りない調子で繰り返した。


 「いや、ごめんごめん。君の態度が個人的にツボっただけ」


 ひとしきり笑い、呼吸を落ち着けたあとに春翔は謝罪する。


 「だってさ、」


 そうして笑顔を向けて、


 「お互いの槍や刀と拳を交えて、武を競い合って。こんな時間になるまでお互いの強さを求める理由や過去を打ち明け合って、それを認め合って。これが友達じゃなきゃなんだって言うのさ?」


 然も当然だろうと言わんばかりの軽い調子で、困惑気味に揺れる表情を見せる少女へと言い聞かせるように、春翔は言葉を紡いだ。


 セルフィーネの変化は劇的だった。

 顔は一瞬にして赤く染まり、ただでさえ形がクッキリとしている瞳は余計に見開かれる。腰から脳天にかけて駆け上がる衝撃が他人(はるか)でも見て分かるほどに、柔らかな肢体を惜しげもなく打ち震わせる。

 そして春翔から顔を背けるだけでなく、冷める気配のない熱を隠すように、端整な美貌を両手で隠した。


 セルフィーネの様子があまりにも『女の子』らしく、春翔は自分まで気恥ずかしさを覚えそうになった。


 「わ、私」


 顔を隠したまま、セルフィーネは余裕ない響きを春翔へと届ける。隠し切れない興奮が嬉しさによるものであることなど、春翔にとっては明らかだ。


 「友達って、こんな簡単になれるものなんて思いもしませんでした……」


 「いや、普通は友達になるのに槍とか拳とか交える必要ないからね!?」


 「え? あ、ああ、そうですね! そうですよね!」


 思わず口から出た春翔の指摘に、空回りしていると見えるくらいの過剰な反応を示す。アタフタと狼狽する姿は日常で目にする冷たい印象にも、闘志を漲らせ槍を持って相対する姿にも重ならない。

 恐らくこれが、セルフィーネという少女の素なのだろうと春翔は思った。


 「椿さんのアドバイスの意味、多分だけど少し分かった気がするよ。君はさ、君自身が思っている以上に寂しがりなんだと思う」


 「寂しがり……私が?」


 「うん。つんって澄ましてる普段でも、時々そんな所が出てたなぁって今では思う。時々、一瞬だけ曇った表情が浮かぶ場面があったけど、多分それ寂しかったんじゃないかな? 

 

 昨日の神田の授業で、一組では君一人だけ別メニューだって言われたときにも浮かない表情だった。


 試合前だって、俺が仲村渠先輩に絡まれてるところ見てて微妙に暗い顔色だったし。


 神田のときは、クラスでまた自分だけ特別扱いみたいな感じになるのが嫌だったんじゃない? 試合前は、俺と仲村渠先輩の遣り取りが羨ましかったんじゃないかな?」


 自身の考えを述べる春翔に対し、顔を両手で隠したまま、そして指の隙間から青い瞳を覗かせるセルフィーネは、恥ずかしそうに小さく頷いた。


 しおらしい態度を見せるセルフィーネに、春翔の心拍はピッチを上げる。それに振り回されてしまいそうになりつつも、春翔は言葉を紡ぎ続けた。


 「君にとっては多分、一人のままだったこれまでの環境はすごく無理してる状態だったんだよ。でも君に今一番必要なのは、友達……というか、一緒に競い合って、こうやって素直に接することができる仲間なんだと思う。


 俺もそうだから。剣の修行や鍛錬だって、優華っていう一緒に頑張れる誰かが居たから強くなれた。優華を失ってからここまでやってこれたのも、約束だけじゃなくて、椿さんや燈華さんが居てくれたからっていうのも大きい。


 一人で槍も魔法も頑張ってきたのは、本当にすごいと思う。でも、一緒に競い合って、飾ることなく心から話せる、励まし合える誰かが傍に居れば、君はもっと強くなれる」


 セルフィーネの顔を覆う両手は、小刻みに震えている。春翔を見つめる瞳も頼りなく潤んでいたが、その瞳には少しの不安と、そして遥かにそれを上回るほどの輝きで、期待の光が灯っていた。


 「私は、いいんでしょうか? 他のみんなと同じように、誰かと勉強したり、お買い物やお食事にでかけて楽しんだり、そんな……そんな学生生活を楽しんでも、いいんでしょうか? それで本当に、強くなれますか? その楽しさに溺れて、堕落してしまわないでしょうか……?」


 「大げさだと思うけど……堕落するかしないかは、それこそ君次第だよ。でも君はそんな人間じゃないって俺は思う。

 それから、楽しんでもいいかだって? そんなの――」


 震える声に対して、春翔は自信に満ちた響きで答える。


 「いいに決まってる。そして君は強くなれる。一人だったこれまででもそんなに強いんだよ? 一緒に頑張れる人が居るなら、もっと強くなれるに決まってる」


 「~~~~!」


 セルフィーネは再び顔を隠して、声にならない悲鳴をあげる。忙しなく足をバタつかせる姿に、春翔はまた笑い出しそうになった。


 まだその身を駆ける興奮が収まらないのか、セルフィーネはベンチから立ち上がり、数歩踏み出して春翔から離れる。立ち止まり、大きく肩を上下させて深呼吸するのを春翔は見た。


 (椿さん、やっぱり教師なんだなぁ……)


 後ろ姿を見せ続けるセルフィーネに対し笑みを浮かべながら、春翔は心の中で呟く。セルフィーネに言った椿の言葉も、全てを話してやれといった椿の思いも、セルフィーネの事情やこれまでを知った今となっては、少女にとって全てが必要なものなのだと春翔には十分に理解できていた。


 (つーか、それなら一言俺に連絡寄越せっての)


 悪態をついて、浮かべる笑みに苦みを混ぜたところで。


 「桜咲さん」


 春翔の数メートル先に立つセルフィーネから声がかけられる。後ろ姿を見せ続ける彼女の表情は分からないが、その声はとても晴れやかだった。


 「もし今日の相手が君じゃなかったら、そして敗けていたとしたら、恐らく私は挫けていたと思います。狭い自分の考えに囚われて、勝手に自分を追い込んでいたと思います」


 ただ、自分と同い年の少女が後ろ姿で立っているだけ。


 それだけのことなのに、少女から発せられる涼やかな空気にあてられ、夜闇が青く冴えていくように春翔は感じた。


 「今までの私だったら――人のことなんて知ろうとせず、臆病に閉じこもって、たった一度敗けただけで自分のこれまでが無駄になると怯えていた自分だったら、きっとこんな風に思えません。

でも君の強さや戦う理由を知って、自分のことを打ち明けて、認め合うことができた今だからこそ、心の底から言えます。


 私は今日、君に敗けてよかった。


 君のことを知れてよかった。


 君に認めてもらえてよかった」


 そう言ってセルフィーネは、くるりと軽やかに身を反転させる。

 濡れたような光沢を放つ髪が、ワンテンポ遅れて体に追いつく。細く滑らかな髪が一本一本踊る様は、黄金色の粒子が散らされているようで。

 セルフィーネの瞳の青さもまた、どこまでも澄んで綺麗だった。どんな宝石にも勝る輝きを向けられ、春翔は思わず喉を鳴らす。

 そして薄紅色の小さな唇が開かれ、


 「君に出会えて、本当によかった」


 幸せそうに告げるセルフィーネの表情に、春翔は釘付けになった。

 

 なんて透明な笑顔なのだろう。


 春翔が抱いたのはそんな感想だった。これほどまでに混じり気のない透き通った表情を、果たしてどれだけの人間が作れるのだろうか。

 その美貌に宿す笑みに――憑き物がとれたように晴れやかなそれに、春翔は総身が粟立つ心地さえ覚えた。


 春翔もまた、立ち上がってセルフィーネの下まで歩みを重ねる。


 「えっと、とりあえず君の人生初の友達ってことでいいのかな?」


 明るく言う春翔に、セルフィーネも楽しげにクスクスと笑う。そしておどけた声音で、


 「はい。友達第一号ですっ」


 弾んだ調子のあと、笑みを絶やさず言葉を続ける。


 「改めまして。セルフィーネ=レイリア=シュテルンノーツです。これからよろしくお願いします、桜咲さん」


 「春翔でいいよ。椿さんも居てややこしいだろうし。それか、一号って呼んでもらう?」


 冗談めかす春翔に、セルフィーネは笑みを深くする。そして。


 「春翔……春翔。うん、こっちの方がしっくりきます。とても、いい名前ですね」


 とても大事な物を扱うように、丁寧に、そして確かに名前を口ずさむ。軽い調子を取り繕うことで緊張を誤魔化そうとしていた春翔であったが、そんなセルフィーネの様子にその魂胆をあっさりと打ち砕かれる。


 「お、俺の方こそよろしく、シュテルンノーツさ……あーいや、こっちもセルフィーネさんって呼んだ方がいいのかな?」


 体の奥から燃えているのではないかと思うくらいの熱さに浮かされ、その言葉も早口気味になる。


 「……セラ」


 「ん?」


 「よろしければ、セラって呼んでいただけませんか? 大切で、大好きな人からはそう呼ばれてます」


 母親や医師のことなのだろうということは百も承知であるのだが、その言葉の破壊力は凄まじく、燃え続ける春翔の心臓に油を注ぐことになった。


 これが狙ったものであったり、輝羅のようにからかう意図によるものならまだよい(と、春翔本人は思っているが、どちらにせよ情けなく恐慌を起こすのは明白である)。

 だがセルフィーネの向ける笑みや視線はどこまでも純粋で、言葉も態度も本心や心からの望みであることは明らかだった。


 「……分かった。じゃあ、セラ。よろしく」


 自分の口から出た言葉は、緊張のせいでぎこちなく思える。そんな春翔の事情を知らないだろうセルフィーネはパアっと笑顔を輝かせて、


 「はい! よろしくお願いします、春翔!」


 嬉しそうに右手を差し出す。内心でドギマギしながら、春翔は握手に応じた。









 「こんな遅い時間まで、本当にありがとうございました」


 二人は春翔の住まう男子寮の玄関前に居た。時刻は23:45。もちろん二人以外には誰も居ない。


 「うん。そっちも気を付けて帰って」


 「はい。おやすみなさい、春翔」


 そういってセルフィーネは後にしようと歩き出した。だがその歩みは数歩で止まってしまい、春翔は訝しさを覚える。

 

 「そういえば私、春翔との試合のあとでもう一つ気付いたことがあるんです」


 振り返るセルフィーネだったが、表情はこれまで見せてきたものと違う色の、凛とした笑みが浮かんでいた。


 「えっと……それは?」


 「私、結構負けず嫌いなんです」


 そう言ってその瞳に、闘志の火が、雷のごとき鮮烈な光となって燃えるのを春翔は見る。


 「私は強くなります。そして近いうちにもう一度春翔に試合を申し込んで、今度こそ勝たせてもらいます……!」


 勝気な笑みを浮かべるセルフィーネに、春翔もまた同様な笑みを浮かべて。


 「うん。待ってる。でもそう簡単に敗けてなんてやらないよ?」


 「はい。望むところです」


 そうしてどちらからともなく吹き出す。しばらく笑ったあと、セルフィーネは先ほど見せたような、明るい笑顔を綻ばせた。


 「おやすみなさい、春翔」


 「うん。おやすみ、セラ」


 もう一度言葉を交わして、今度こそセルフィーネは帰っていった。


 セルフィーネの姿が見えなくなるまで見送ったあと、春翔はその場でしゃがみこむ。


 「き、緊張した……てか手、小っちゃかったというか柔らかかったというか、もう、は~~……」


 情けない声を上げるその姿は初心さのあらわれか、女子に対する免疫の無さの証か、単にコミュ障なだけなのか、はてさて……。






 歩いていたはずの脚は、いつの間にか走り出していた。

 この胸に残る温かさを、分かち合いたい人が居た。


 セルフィーネが部屋に着いた頃にはその息はあがり、心臓は無際限に暴れ、汗のせいで制服が体に張り付いている。けれどそんなことは気にならなかった。


 リモコンを操作して大型投影ディスプレイを起動させると同時に、番号を入力して呼び出す。すぐに白衣姿のブライアンが映し出された。


 「セラお嬢様……?」


 老紳士は驚いたように目を見開いてセルフィーネに言う。


 「先生……、昨夜は申し訳ありませんでした。あんな、失礼な態度を……」


 「いえ、私の方こそ自分の意見を押し付け過ぎました。それから申し訳ありません、ウェンディ様の体調はまだ優れないので、通信に出ていただくことは厳しいかと……」


 「そう、ですか……」


 伝えたい二人の内、母にこの場で伝えられないことに寂しさを覚える。それでもまずは幼いころから親身に接してくれている老医師に伝えようと、セルフィーネは屈託のない笑みを浮かべた。


 「私、生まれて初めてお友達ができました!」


 嬉しそうに言い放ったあと。


 目の前の医師は呆然とした表情から、すぐに豪快な笑みと笑い声をセルフィーネに届けた。


 「え……あの、クルーガー先生?」


 「いえ、申し訳ありません。昨日の今日でどんな話が出てくるかと身構えていたものですから」


 ひとしきり笑い終わったあと、ブライアンはいつもの柔和な笑みを浮かべて、


 「さて明日は土曜日。そちらの時間は結構遅いはずですが、今日くらいは夜更かしをお許しします。聞かせていただけますか、セラお嬢様?」


 深くゆったりとした声に促されるまま、セルフィーネは今日あった出来事を笑顔で語るのだった。


 






 これにて第一章は終結、第二章からは厄霊との戦闘や後ろ暗い闇の組織的な奴らとの戦いを中心に展開していく予定です。

 また、第二章からは奏や禅之助たちとの関わりや為人を掘り下げていくつもりです。お楽しみいただければと思います。


 ……それにしても25万字近く使って、作中では3日しか経っていないとか。まさかこんなにテンポが遅くなるとは筆者も思っていませんでした。衝動的にやるのはよくないということですかね。


 こんなテンポ悪い作品を読んでくださっている方々には本当に感謝の思いしかありません。まことにありがとうございます。ちょっとした一言や作品に関して分からないことがありましたら、筆者に言ってくださると幸いです。

 感想評価アドバイスブックマーク、常時受け付けております。よろしくお願いしまーす。

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