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第7話:あるいは昔話と、寂しがりな少女が踏み出す新たな一歩②

 ディスプレイの通話アイコンをタッチし、春翔は恐る恐る声を出す。


 「……はい?」


 平静を装おうとしているが、やはり幾らか緊張した、固い声となっていた。


 春翔の声にセルフィーネはピクンと肩を震わせ、忙しなく動かしていた視線を正面に戻した。

 画面越しに見る少女の表情もまた戸惑いと緊張に満ちており、纏う雰囲気も試合のときとは違い、険が取れてどこか頼りなさを感じさせるものとなっていた。


 「え、えっと……桜咲さんのお部屋で、間違いないでしょうか……?」


 その声は無機質なものではなく、彼女の心情を反映しているように揺れていた。


 「はい、そうです。シュテルンノーツさん……だよね?」


 「はい、セルフィーネ=レイリア=シュテルンノーツです……」


 硬い声で交わす遣り取りは、ぎこちなさに満ちていた。そしてそのまましばらく、互いに無言の時間が続いた。

 無論ではあるが、セルフィーネには春翔の姿が見えていない。来客用のインターホンに供えられたカメラに向けて言っている格好になっている。

 姿の見えない相手との静寂だからだろうか、その体には更に力みが生じたように春翔は思った。


 (えっと、これは向こうの言葉を待つべきか? それともこっちから切り出したらいいのか? どうするどうする、緊張して頭回らねえっていうかこの時間が耐え切れん!)


 春翔の思考が恐慌を起こしかける。

 ここまで春翔が緊張している理由。奏だと思っていたからというのもあり、来訪者の正体が予測していなかった人物だったからというのも少なからずあるが、一番の理由は。


 (あの鬼ババア! お蔭で意識してしまうじゃねえか! まさかまさか、今回の試合で一目惚れさせてしまったとかそういう展開ですか!? いやいやそう決めつけるのはまだ早い落ち着け桜咲春翔!)


 まあ、要するに。


 青少年特有な、アホらしい思考のせいだった。


 燈華との会話、その内容があまりにもタイミングが良すぎて(悪すぎて?)、空回りし続ける思考の暴走を止められない。


 セルフィーネの表情や態度もそれに拍車をかけていた。試合や学校で見てきた機械的な印象を脱ぎ捨て、その頬はほんのりと赤みを帯びており。

 画面越しに見る視線は戸惑いと緊張のせいか、青い輝きは頼りなく揺れて潤んでいた。

無意識なのだろうが自分の体を抱きしめるように腕を回しており、その結果形の良い、確かな輪郭を持った胸の丸みがさらに強調されて、制服の上からその存在を主張していた。


 その無防備な表情と姿はセルフィーネの元々の可憐さも相まって、春翔の心に莫大な衝撃を与えていた。


 (おおお、落ち着け桜咲春翔! 集中! 素数を数えろ! 江戸幕府将軍を挙げていけ! 何か別のこと考えて思考をリセットしなきゃでもやっぱり可愛い……あぁぁああそうじゃなくて!)


 いよいよどうしようもなくダメになりつつある春翔の精神を。


 「桜咲さん……!」


 少女の声が再び現実に戻す。その表情に、僅かながら確かな意志が宿ったように春翔には見えた。


 「夜分遅くにごめんなさい! ですがその、あの……!」


 一度言葉を切り、固く目を瞑る。そして再び、大きく目を見開いて、


 「お、お話したいことがあるんです! もしよろしければ、お会いしていただけませんか……!?」


 放たれた声は揺れて、上ずりそうな余裕ない響きであったものの。

 ようやく言い出せた、と言わんばかりに。

 安堵したのか、その表情は少しだけ柔らかさを取り戻す。だが春翔の返事を聞かなければならないと思い直したのか、再び緊張の色を濃くした。


 そんなセルフィーネの問いに、春翔は。


 「五分! いや四分……三分半? ちょっとだけ待っててすぐ行きます!」


 中途半端な数字を出してきたかと思えば、相手には見えていないにも関わらずディスプレイ越しのセルフィーネに向けて大きく手を広げたり指を三本立てたりとしていた。


 「はい……分かりました」


 春翔の了承を得られたことにホッとしたのか、その表情には自然に笑みが零れた。


 ディスプレイを閉じ、頭を抱えて長い息を吐く。


 「き、緊張した……っていうか、話ってなんだ? まさか本当に告白……いやいや待て、早まるな。落ち着いていこう。そう、クール。クールに……」


 未だに拗らせている思春期脳をそのままに、春翔は着替えようと立ち上がった。




 服装はセルフィーネに合わせて、制服を選んだ。そして全速力で着替えを完了させた春翔は、急いで部屋を出てエレベーターへと向かった。通話を終了してからここまで、二分弱。


 「落ち着いていこう。何があっても心は冷静に、冷静に。いやでも、もし本当に告白されたら俺はどうすりゃいいんだ……? お、お互いよく知らないしまずは友達から……とか?」


 どうでもいいシミュレートを延々と言葉にして垂れ流し続けるその姿を他者に見られたならば、完全に不審者として認定されただろう。だが時間は夜の22:40。エレベーター内には春翔以外誰も居なかった。


 エントランスに到着し、春翔はサッと目を走らせる。すぐに金髪の輝きが目に映った。


 セルフィーネはエントランスのソファに腰掛けていた。垣間見える横顔は緊張のせいか、物憂げに俯いていた。


 「……シュテルンノーツさん」


 その声でエントランスに春翔が到着したことにようやく気付いたのか、その体をピクっと揺らして、セルフィーネは瞳を声の主に向けた。そして立ち上がり、歩いて近づく春翔に頭を下げて、


 「夜分遅くに、本当に申し訳ありません。それから、ありがとうございます」


 「ああいや、別にこっちは大丈夫だよ。それで……どうかした?」


 『それで話とは?』と続けようとした春翔だったが、セルフィーネが自分に向けるキョトンとした表情に疑問を投げかける。


 「いえ、どうして制服姿なのかな、と」


 「え? えっと、そっちも制服だしこっちも合わせた方が良かったのかなって思ったんだけど……もしかして、おかしいかな?」


 春翔の自信無さげな答えに、クスッと微笑みを浮かべて、


 「気をつかっていただいたんですね。申し訳ありませんでした」


 「別に気をつかうってほどでもないよ。だから気にしないで。……良かった、なんかミスったのかと思った」


 「え?」


 「なんでもない! それで何かな、話って」


 無理矢理かと思えるくらいに強引に、春翔は話題を転換してはぐらかした。


 「はい。そのことなんですけど、あの……」


 歯切れ悪く言葉を詰まらせ、セルフィーネは落ち着きなく辺りを見渡す。時間も時間でエントランスには春翔とセルフィーネしか居ない。だがこのような不特定多数の人間がいつ訪れるか分からない場所では話し辛いのだろう。


 「ああそっか。ごめん、考え不足だった。じゃあ――」


 そう考えた春翔は、これまた考え足らずに。


 「――俺の部屋来る? 大したお構いはできないけど」


 「え?」


 「……へ?」


 大きな瞳を丸くし、思わずと言った感じに漏れ出た少女の声に、春翔も間抜けな声を出す。


 そして。


 (ミスったぁぁぁぁぁあああぁぁあぁあ!)


 心の中で大絶叫した。先ほどの言葉は純粋に春翔のセルフィーネに対する気遣いのつもりで言ったもので、下心など微塵もなかった。


 とはいえ。


 寮とはいえ一人暮らしの男の部屋に女の子を誘うなど、そういう風に受け止められても仕方がない。


 「あああああごめん! いやあの本当に! そういうつもりなんてないんですなかったんです! 信じてもらえないかもしれないけど本当にすいませんでしたぁぁぁ!」


 そうして春翔は機敏な動作で、土下座せんばかりの勢いで腰を折った。


 「プっ……。クク、アハハ」


 少女の口からは、楽しげな笑い声が紡がれていた。


 聞こえてきた笑い声に、春翔は頭を上げる。緊張気味に強張っていたその表情は、今や涙を目尻に浮かべるくらい柔らかで、その笑い声も高く澄んでいて、春翔の鼓膜を心地良く揺らしていた。


 (あれ、この状況)


 一連の流れに対し既視感を感じた。そう、これは――


 「なんだか、初めてお会いしたときみたいですね」


 感情の灯らない、良く言えば大人びた、悪く言えば機械的な表情の多かった少女に。


 その美貌に浮かぶ笑みは幼さを感じさせるほどにあどけなかった。


 「……アハハ、俺も、同じこと思ってた」


 熱くなる頬を掻いて小さく微笑む春翔だった。


 「せっかくなんですけど、申し訳ありません。男子寮に女生徒が入れるのはエントランス(ここ)までって決まっています。その先に入れば、二人とも怒られちゃいます」


 笑みを小さくして、それでも楽しげに言うセルフィーネに、「ですよねー」と春翔は答えるが。


 (もし規則で縛られてなかったら、部屋来てくれんのかなこの())


 自身に生じた疑問を口にする勇気は無かった。


 セルフィーネは再び、その顔に緊張の色を宿す。だが来訪時に比べれば、それは幾分か柔らかだった。


 「まだ肌寒いんですけど――」


 そう言って少女は、左手を横に伸ばす。その延長線上には玄関。


 「少しだけ、お散歩に付き合っていただけませんか?」


 小首を傾げながら言うセルフィーネ。


 「はい、行きます」


 その誘いを断るという選択肢など選ぶはずもなく、春翔は二つ返事で了承を示した。



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