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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑳

かなーり遅れました申し訳ありません。そして設定説明的なものです作者の自己満足です……

 白銀の閃光が、幾筋も翔ける。

 途切れることなく繰り出されるそれは、火花を散らして蒼銀の戦乙女を翻弄し続ける。

 槍と鎧を掠める際に生じる金属音は、流星めいて高らかに。

 聞く者の胸を貫き、余韻を残しながら、純白の舞踏を彩る旋律を刻んでいた。


 その色と霊装に対する驚愕も覚めやらぬ中。

 一歩でセルフィーネへと肉薄し、これまでとは一転して攻めたてる春翔に対し、歓声を以て観客はその興奮を(あらわ)にした。


 「ハルちゃん……!」


 自身の口から漏れ出たことにも気づかぬままに、その剣戟を、否、その拳戟を、奏は目を見開いて眺めていた。

 他の生徒同様に、驚愕は大きい。何故霊装の形が、幼いころにあれだけ打ち込んでいた刀の形を捨て、誰もが見たことのないそれになったのか。困惑や疑問は絶えない。


 だがそれ以上に幼馴染が無事だったことが嬉しかった。

 そしてその四肢を繰り出し続ける今の表情が、これまで刀を振るっていたときよりも遥かに力強く、迷いのない透明な意志が灯っていることに、胸の中から烈しい風が吹き上げるのを感じていた。


 「お前は、生徒になんて魔法(もの)を教えているんだ……!」


 観覧席の熱気の中、そこに場違いな苦々しい響きが鼓膜を揺らす。その声の出所である後ろへと、奏は振り向いた。

 そこには二人の教師。表情を顰め、横目で隣席を見る神田と。


 「私はあくまで、その生徒に一番適した魔法を教え、指導しただけです。その長所も短所も理解した上で、あいつは使用しています。生徒の身の安全やその影響を考えるのも大事ですが、それ以上に、生徒の意志や覚悟を汲み取ってやるのも教師の務めかと存じ上げますが?」


 神田の視線の先、椿は飄々とした口調で神田に答える。その言葉の響きに、先ほどの弱々しさはもう無かった。横目で神田を眺めながら勝気な笑みを浮かべるその表情に、隠しきれていない喜びがあるのを奏は読み取った。


 「……きちんと身体(キャスト)強化(オン)の魔法も指導しろ。あんな尖り過ぎた魔法を教えるだけで放置するなど、私は絶対に認めないからな」


 「ええ。承知しています」


 鼻を小さく鳴らし、神田は試合へと目を戻す。椿もまた前へと視線を向けるが、そこで奏と目が合う。少し驚いたように目を見開くも、すぐにその美貌に、昔見たときと同じような悪戯っぽい微笑みを浮かべていた。


 「先生方、教えてください! なんですかあれは!?」


 余裕なく狭窄した声に、1組と2組の生徒の視線が二手に分かれる。一つは声を投げかけられた教師たちに。もう一方は声の出所である上代に。


 「何故あいつはシュテルンノーツさんと打ち合えているのですか!? 入学してまだ三日と経たない桜咲ごときが、シュテルンノーツさんに真っ向からぶつかっていける出力の身体強化を身に付けていると言うのですか!?

 いやそもそもあの接近からしておかしい! あれだけの距離を一歩で、あの速度で詰めるような身体強化であれば、徴候も僕たちですら分かるものになるはず! それをシュテルンノーツさんが見落とすとは考えられない!」


 椿を前にして『桜咲ごとき』などとよく言えるなぁと、奏はどこか他人事のように思う。


 だがその疑問の内容におかしなところはなく、目の前の攻防に心奪われていた生徒たちも、上代の言葉によって遅まきながらこの状況の不自然さに気付いた。


 にわかにどよめく生徒たちに、神田は呆れたように溜息をつく。そしてまた横目で椿を見て、『教えてやれ』と言わんばかりに顎を動かした。そんな高慢にも見える態度に気を悪くするでもなく、椿は口を開く。


 「桜咲が今使用している魔法は、今の指導要綱では削除された魔法だ。君たちが知らないのも無理はない。

 上代、魔法の徴候が起こる理由は分かるな?」


 「……魔法で起こされる現象は『世界』にとって、本来の自然な現象とは異なるものとしてみなされます。そのため魔法を起こす際に『世界』側から一種の抵抗が生じ、これを精霊騎士は魔法の徴候として捉えているとされています」


 質問を質問で返す椿に対し、上代は戸惑いながらも正確な定義を告げる。


 「その通りだ。では身体強化(キャスト・オン)の定義は? そうだな……じゃあ、和甲」


 「え、ボク?」


 上代の答えに頷いた椿は、次の質問を禅之助に向ける。突然の指摘に戸惑いつつも、禅之助は。


 「えっとー、確か体の表面の霊鎧(ドレス)に魔力を流し込んで疑似的な外骨格……を形成して、身体能力と防御力を向上させる……とかじゃないでしたっけ?」


 「正解だが、この程度スラスラと答えられるようにしておけ。なんだその自信のない答え方は。きちんと知識が定着していない証拠だ、補講でも組んでやろうか?」


 「いえ、滅相もございません!」


 軽く脅しめいた声音の椿に、禅之助は即答する。そんな禅之助の様子に苦笑しながら、椿は言葉を続ける。


 「身体強化(キャスト・オン)――精霊騎士の体を強化する魔法だが、体の表面に疑似的な外骨格を形成するということは、自分の外――『世界』へと魔力を放出することだ。よって身体強化でも魔法の徴候は生じる。これに対して――」


 「あ……膂力(キャスト・)強化(パス)


 奏の口から放たれた小さな言葉に、椿は言葉を止める。そして嬉しそうに笑みを浮かべて、


 「正解だ。よく勉強しているな風島。風島、みんなに膂力(キャスト・)強化(パス)という魔法はどういう魔法か教えてやれ」


 「えと、私が、ですか?」


 「ああ。なに、人前で説明するのもお前のためになるさ」


 椿の言葉を受けて、他の生徒へと目をやる。大勢の目線に体が射抜かれるような錯覚を覚えた奏だったが、意を決して、


 「……身体強化(キャスト・オン)が使用者の身体の表面に魔力を流すのに対して、膂力(キャスト・)強化(パス)は使用者自身の身体の()……つまり、筋肉や血管に直接魔力を通して、体の能力のみを強化する魔法です。その魔法の性質上、外界へと魔力を用いて現象を起こすわけではないから、『世界』からの抵抗がなくて、魔法の徴候が生じない……」


 尻すぼみになる声音のまま、椿へと目線をやる。椿は苦笑して、


 「ご苦労風島。だが人前で発表する機会なんてザラにある。少しは練習するといいぞ?」


 笑みを浮かべて言う椿に、奏は頷くことしかできなかった。


 奏の言葉に、生徒たちが騒然となる。徴候を小さくする方法や見落とす条件は多々あるものの、徴候自体を完全にゼロにする魔法があるとは教わらなかったからだ。


 「膂力(キャスト・)強化(パス)の利点はもう一つある。身体強化(キャスト・オン)は魔力を外界へと放出している。そのため維持するためにも魔力は消費されていくし、攻撃を受ければそれに応じて魔力が消費される。これに対して膂力(キャスト・)強化(パス)は、魔力を内に留めておくことができる。つまりは、魔力消費が実質ゼロだ」


 さらに追加された説明に、生徒たちはさらにどよめくと共に疑問を覚えた。それが――


 「あの、桜咲先生? 今の説明ですと、どうしてその膂力(キャスト・)強化(パス)が私たちに教えられないのかが分からないのですが……」


 女子生徒の言葉に、ほぼ全ての生徒が頷いて同意する。

 徴候もない。魔力消費もない。字面だけでみれば、これほど便利な魔法はないだろうと。

 そんな生徒の疑問を、椿は丁寧に答えていく。


 「まず、この魔法は単純に効率が悪い。みんなも知っていると思うが、魔力ってのは魔法という形を持って初めて物質――物理次元である『世界』の中の存在へと干渉できる。

 

 だが魔力そのものを物質に流し込むっていうのは、ほぼ不可能だ。この法則は、精霊騎士の体であっても影響を及ぼす。いくら自分の魔力を自分の体に流すだけとは言っても、流した魔力のせいぜい6割程度しか魔法としての効果は得られない。

 身体強化(キャスト・オン)は身体の表面、正確には身体を覆う、霊的次元の産物である霊鎧に魔力を流して発動させる。だから魔力の減衰もなく、魔力を用いたとしたらその魔力全てを強化に使用できる」



 「そしてこれが一番の理由だが、身体強化(キャスト・オン)は用いた魔力が全て能力強化の効果を発揮すると同時に、防御力を高めることができる。外骨格、つまりはさらに鎧を着込むのと同じだからな。


 一方で膂力(キャスト・)強化(パス)だが、魔力は体の中に流し込むだけだから、騎士の体は剥き出しだ。防御力は高くならない。

 つまり、今の桜咲はシュテルンノーツの攻撃を一撃でも受ければ致命傷、即座に強制解纏(エスケープ)だ。

 いくら強制解纏(エスケープ)があるからといっても、精霊騎士が受ける痛みや死の恐怖をみすみす看過する魔法は推奨されない。これで納得したか?」


 霊鎧は魔力を通すことで常時、ある程度の防御力を持つ。身体強化(キャスト・オン)はその防御力をさらに増大させる魔法でもある。その鎧を一切無くし、痛みを負う覚悟を持ったとしても、同じ魔力使用量の身体強化(キャスト・オン)の6割程度の効果しか得られない。


 加えて身体強化(キャスト・オン)は、その他の魔法に比べれば魔力消費の少ない部類の魔法である。普通ならば、どちらを選ぶのかは自明であるだろう。


 「……だとしても、納得できません! 確かに魔力消費はない、魔法の徴候もないという利点は、騎士として目覚めたばかりの桜咲にとって、奇をてらうにはうってつけの魔法でしょう。

 ですが魔導効率が6割程度のその魔法で、なぜシュテルンノーツさんと打ち合っているのですか!? いや、もうあれは……」


 確かに魔法の徴候がないというのは、奇襲をかけるのに最適なのだろう。だがその効率が悪いその魔法で、使用した魔力を100%用いることのできる身体強化(キャスト・オン)と相対できるわけはないと、上代は叫ぶ。

 だが実際は打ち合うどころか。試合前半とは逆転し、セルフィーネは防戦一方に追い込まれている。


 「確かに魔力量も、魔法の熟練度も、シュテルンノーツは桜咲を遥かに凌ぐ下地を持つ。だがな上代。実戦においては、戦闘能力を規定する要素は魔法的技術だけではないことを理解しておけ」


 勝気な笑みを浮かべて言う椿。その表情に、奏は誇らしさが滲んでいるのを見た。


 「弱いヤツは何をしても無駄、弱ければそこに費やしてきた努力に意味は無い……だったか? 私だって、全ての努力が報われる、なんて無責任なことは言わないさ。


 でもな、積み重ねたという実績は、そこで培ったものは、きっと次の何かに繋がる糧になるんだって私は思う」


 その美貌に微笑みを宿して言う声には、言葉にし得ない特別な重みを生徒に届けていた。前日のトラブルで上代とセルフィーネが言った言葉をやんわりと否定する椿に、当人である上代は何も言えず口を噤んだままだ。


 「三年後には精霊騎士として正式に一線で働くことになる諸君に言っておこう。確かに魔法の実力は必要だ。

 だがさらに高みを目指すのであれば魔法だけじゃない、様々な知識や技術、鍛錬が必要であることを心得てくれ。

 目の前の試合、シュテルンノーツを追い詰めているのは魔法の優劣の差なんかじゃない。むしろその項目ではシュテルンノーツはこの学校でもトップクラスに優れていると言える。だがその圧倒的な差を補って余りある物を、桜咲はここにくるまでに積み上げてきたんだ」


 そうして試合へと目を向ける椿に、一人、また一人と、生徒たちは視線を戻していった。奏は春翔へと目線を戻す前に、椿を見る。その表情はまるで、我が子の成長を見た母親のような、優しさと誇らしさが同居した柔らかなものだった。




実習が忙しくなってきたせいで、なかなか書けません。そしてあと一話で第6話は終わる予定ですが、それを今月中に投稿したら12月まで一時投稿お休みします。進級をかけたテストがあるので……!

身勝手で申し訳ありませんが、こんな拙作を読んでくださっている方々のご容赦をいただければと思います。よろしくお願いします。

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