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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑰

眠いです……

 「そん、な……」


 渇いた声を零し、春翔は力なく項垂れた。

 断定しきった言葉に反論したくても、できなかった。この試合を通じて、それはきっと当然の言葉なのだろうと春翔は思った。


 (俺の進むべき道は、騎士ではないってことなのか……)


 かつて師に叩きつけられた言葉を思い出す。

 ――剣を諦めろ。

 ――戦う道を諦めろ。

 ――お前は荒事に向いていない。

 ――なぜなら、


 「あなたは絶対乗り越えられない。あなたの誠実さが、その優しさが、きっとそれを絶対に許さないから」


 それを聞いた春翔の胸に、抑えられない激情が満ちる。


 頬を包む手を握り、乱暴に下ろす。精霊の身体が強張るのを感じたが、春翔には抑えられなかった。視線を精霊へと戻し、理不尽な八つ当たりだと分かりつつも、その思いをぶつける。


 「燈華さんも言ってたよ。俺は荒事に向かないって。優しすぎるって。そして君も言った。『優しい』? いつまでも刀をまともに振れなくて、そんな自分が嫌で拳に逃げた俺が!? その挙句にこうして、結局もう乗り越えることなんてできないって言われた俺が!? これのどこが優しさだ!

 はっきり言えよ! 自分のしでかしたことの大きさに耐え切れなくて、ただ逃げただけの臆病者だって!」


 少女の手を握る両手に、力が込められる。少女の顔が苦痛に歪んでいるのを見ても、春翔は止めることなく感情をぶつけていく。


 「こんな弱いやつが! 人殺しが! 誰かを守りたいと思うことすら間違っていたんだって! それでもこれが優しさだって言うんなら、俺は! 優しさなんていらない! 血も涙もなくたっていい、ただ刀を振り続けられる、強い心が欲しかった……!」


 その絞り出された声は、最後は掠れてか細い響きになっていた。そんな主人の姿を見た少女は。


 「それは強さなんかじゃない。もしあなたがそんな人だったなら、私は決してあなたと出会えなかった。出会ったとしても、絶対にあなたの力になりたいなんて思わなかった。


 私はね、春翔。


 あなたが弱さだという、その優しさがあったから、あなたの力になりたいって思ったの。だから。そのあなた自身が『優しさはいらない』なんて悲しいこと、言わないで」


 「……っ」


 苦痛に表情を歪めても、苦悶の声をあげることなく。少女は春翔を真直ぐに見つめ続け、言葉を紡いだ。その真摯な姿が、黒い濁流に翻弄されていた春翔の心を再び取り戻した。


 両手の力が緩む。精霊はゆっくりと自身の両手を抜いた。


 「ごめ、俺最低だ……! 痛かったよな……!?」


 荒れ狂うままに感情をぶつけ、その小さな華奢な両手に痛みを与えてしまった。春翔は少女に声をかける。

 けれど少女は。

 痛みの余韻のためかまだ強張っていたものの、その表情に笑みを浮かべ、ゆっくりと頭を振った。


 「これくらい、平気だよ。あなたがこれまで味わってきた苦しみや悲しみに比べれば、こんなのどうってことないよ」


 穏やかな声音のまま、少女は春翔の顔へと再び手を伸ばす。だが春翔はそれを拒否するように首を大きく振る。その反応に、伸ばしかけていた小さな手が一度止まる。


 「俺のこの苦しみは、当然の罰なんだ。あいつをこの手にかけて、椿さんや燈華さんも悲しませた。当然の報いだ……!」


 最愛の妹を、この手にかけること。

 それが自分だけでなく、大事な家族を悲しませることになることを分かった上で、あの日自分は刃を振り下ろしたのだと。

 固く目を閉じ、張り裂けんばかりの声で春翔は言う。


 「『苦しんできた』? 『悲しんできた』? 優華を殺して、刀を振れなくなったこんな俺が、苦しむのは当然なんだ! 俺なんかが、悲しむ資格なんて本当は無いんだ! 俺は、俺は……!」


 再び暗い泥の底へと沈みゆく心へ、手を差し伸べるように。

 少女の両手が再び頬へと添えられて、春翔はゆっくりと目を開く。光を拒むように閉じられた瞳に再び、少女の柔和な笑みが映った。


 「春翔。あなたはあの日を、優華さんを斬ったことを乗り越えられる日は来ない。ずっと後悔し続けて、生きていくんだと思う」


 言葉を文章にして見るだけなら、春翔の罪を無慈悲に責めたてるものになったのかもしれない。

 けれど少女が紡ぐ言葉の声は。春翔を見つめ続けるその瞳には。

 春翔を冷たく突き放す意思など微塵もなかった。


 「でもそれは、あなたが罪の重さに耐えきれないからなんかじゃない。あなたは、あの日の記憶から逃げることなく向き合ってきた。向き合い続けてきた。他の誰かを救うために仕方のないことだったんだって、自分を許すことなく、ずっと苦しみ続けてきた」


 「……やめてくれ。俺にそんな言葉をかけられる資格なんてない。俺は逃げたんだ。あの日を思い出す刀から逃げ出したんだ。だからこうして、刀をまともに振れない。だから――」


 








 「それでもあなたはあの日の罪から、優華さんとの約束から逃げなかった」


 

 「――っ!」


 少女の言葉が、春翔の心を貫く。だがそれは決して血を強いるものではなく、春翔自身が気付けなかった、あるいは当然のものとして、当たり前すぎて逆に意識するまでもなかった、桜咲春翔の原点とも呼ぶべき誓いを今一度気付かせるものだった。

 依然穏やかな笑みを浮かべて、少女は滔々と語り出す。


 「私たち精霊はね。主人の心に触れて、過去を遡って、その人に必要な形を。もっとも最適だと思った形を、霊装に反映させるの。だからあなたと出会って、これまであなたが歩いてきた道程を見てきた。


 あの日春翔がとった行動。それを私が非難する資格なんてないけど、肯定することだってできない。

 

 でもこれだけは分かるんだ。


 あなたがどれだけ苦しんで、悩んで、助けたいって気持ちを押し殺して、春翔の手で終わらせてほしいっていう優華さんの願いを聞き届けたのか。傷つけることを恐れて、それ以上に誰かが傷つく姿を見ることに耐え切れない、優しいあなただから、余計にその葛藤は大きかった。


 誰にだってできることじゃない。同じ行動をとる人が居たとしても、きっと『多くの人を救うため』っていう免罪符に縋って自分を守ろうとしてしまう。それは正しいことだし、誰も責められない」



 「けれどあなたはただ純粋に、優華さんを苦しみから解放したくて。

 傷つき苦しむ姿に、心を痛めて。

 一番大切で、守りたいと思った大好きな妹さんであっても、その喪失がどれだけ自分の心を苦しめることになるか分かっていても、あなたはただ優華さんのことを思っていた。


 それは言い訳や、免罪符なんかじゃない。その手にかけた事実から許されるための、自分の苦しみから逃れるための、居心地のいい逃げ道なんかじゃない。あなたは逃げずに向き合って苦しみ続けてきた」


 少女の真摯な声が。

 春翔のこれまでを見てきたという精霊の温かさが。

 頑なだった心を解きほぐしていく。


 「刀を握れなくなっても、あなたは強くなりたいと思い続けた。その体がどれだけ打ち付けられようとも、ひたすらにその術を磨き続けた。その体を、それこそ刀のように磨いてきた。優華さんとの約束を果たすために。


 あの心優しい彼女が最後まで願い続けた、


 『自分たちのように、厄霊のせいで涙を流す人たちが居なくなるように。その悲劇から救えるように。そして、誰もが笑顔でいられるために』


 というユメを、あなたが叶えるために。


 それは、一人で背負うにはとてつもなく大きなユメ。

 それも、大切なものをその手で壊したあなたであれば、すでに大きすぎる罪を抱えているあなたであれば、投げ出したって誰も責められない。御伽噺のように現実味がない、温かくて正しすぎる願いを、あなたは逃げずに向き合い続けてきた」


 少女の手が動き、春翔の瞳から止め処なく溢れ出る涙を優しく拭う。そうして精一杯背伸びして、春翔の頭を抱きしめる。


 「あなたのこれまでの日々を、他でもない、あなた自身が認めてください。それが、今のあなたに必要な言葉だよ」


 限界を超えた感情が、嗚咽となって春翔から溢れ出していた。不器用な、少し乱暴な手つきで少女を掻き抱く。


 弱くとも、強くなるために足掻き続けることは無駄ではない。


 そう思っていた春翔だが、心のどこかで、自身のこれまでを認めることを拒んでいた。


 刀を振れなくなった。刀から逃げた。その事実が、負い目となっていた。


 「私はね、春翔。

 奪われる悲しみも、奪う苦しみも知っている優しいあなただからこそ。

 苦しくてもなお、その罪から逃げずに向き合い続けてきた優しいあなただからこそ。

 一人ぼっちでは簡単に潰れてしまう大きなユメを、それでも背負おうとする優しいあなただからこそ。


 私は、あなたの力になりたいと思った。そんなあなたが歩み続けた日々を、無駄だったなんて言わせるもんか。ここまで傷ついて、苦しんで、それでもなお挫けることなく歩み続けたあなたが、ただ逃げていただけの弱虫だったなんて言わせるもんか」


 それでも、大切なことからは逃げなかった。

 自分の罪、そして優華との約束からは逃げずに向き合い続けてきた。

 そう告げる精霊の心からの声が、春翔の胸の中で、輝くほどに響いていていた。

 許されたいと思ったわけでもない。認められたくて歩き続けたわけでもない。それでもこの少女に認められたことが、どうしようもなく嬉しかった。


 嗚咽が落ち着き、少女から頭を離す。自分ほどではないにしても、その瞳が潤んで濡れているように春翔は思った。


 「言葉にしないだけで、あの二人もあなたのこれまでの日々は認めているよ。ほんと、素直に言えばいいのに。あなたも、あの騎士も、あの(ひと)も、みんな不器用すぎるよ」


 「……確かにな。みんな不器用で、意地っ張りで。でも、俺はあの二人よりマシだと思うんだけど」


 「どっこいどっこいじゃないかな」


 「そっか」


 二人して笑いあう。これまで胸につかえていた蟠りが、今やすっかり消えて涼しくなっていると春翔は思った。

 少女は笑みを浮かべたまま、再び春翔に言葉をかける。けれどその笑みは、どこか寂しげで。


 「主人の心に合った形を霊装にするって、言ったよね。最初に霊装を作るとき、春翔の心の中には刀に対する執着があった。あなたの過去を読み取ったけど、まだきちんとあなたという人物を見ていなかった。それは、私の落ち度。安易にあの形にして、あなたの心を苦しめることになった。本当に、ごめんなさい」


 「いや、謝らないでよ。前にも言ったろ? 俺は君に感謝しているんだって。俺と契約して、騎士にしてくれただけでもうれしかったんだ。霊装の形にまでケチつけてたら、罰当たっちまうよ」


 明るく言う春翔に対して、その笑みを朗らかなものに変える。そして少女は決心したように深呼吸し、再び真剣な眼差しを春翔に向ける。


 「これからあなたに与える力は、きっと他の子たちよりも歪な形になる。それは、もしかしたらあなたを更なる苦しい道に進ませるきっかけになるかもしれない。


 今なら間に合うから、もう一度聞くね。もう一度、ちゃんと答えてほしい。


 桜咲春翔。あなたは騎士となる覚悟がありますか?」


 黒い瞳が、緊張の色を伴って春翔を見つめ返す。

 答えは決まっていたが、彼女の思いに答えるために。

 瞑目し言葉を、伝えるべき思いを頭に浮かべる。


 そしてゆっくりと目を見開いて。


 「あのとき、俺は一番に守りたい人を、本当の意味で助けられなかった。優華はきっと許してくれない。もしかしたら、万が一くらいの確率で許してくれるのかもしれない。それは多分、俺が死んで向こうで会うときまでは分からない。でも」


 そうして言葉を切り、少女の反応を見る。少女は変わらず、静かな視線のまま春翔の言葉を待っていた。


 「胸を張って、優華と会えるように。二人で交わした約束を、逃げずに、最後まで貫きたいから。誰かの笑顔のために、一人でも多くの誰かを救えるようになりたい。その涙を掬える騎士でありたい。だから――」


 両膝をついている姿勢を崩し、片膝を立てる。その姿はさながら、姫君に傅く騎士のように。


 「改めて、お願いします。俺に騎士の力を貸してください。すぐに挫けてしまいそうになる弱い俺で、頼りないかもしれないけど、この思いに嘘偽りはないから」


 しかと紡がれた決意の言葉。少女はどこか悲しげな色を浮かべながらも、微笑みながら頷いた。


 「ここに改めて、(ちぎり)は結ばれました。あなたらしい言葉だったよ。あとは……うん」


 そうして少女は、抱きかかえてくれるのを待つ幼子(おさなご)のように両手を広げる。


「私の名前を呼んで、春翔」


 「君の……?」


 少女の声に、春翔は戸惑った声をあげる。その直後。


 今まで変化のなかった暗い空間で、突風が春翔に叩きつけられる。思わず腕で顔を隠す。突風が止み、恐る恐る目を開いて――


 「う、わぁ……」


 地面はどこまでも続く草原で、空は雲一つない蒼が果て無く広がっていた。

 翠と蒼がはっきりと分かたれる地平線。それを遮るように。


 巨大な樹が、春翔の目の前に聳えていた。逞しさと、どこか見る者に安らぎを与えてくれる柔らかな形。そしてその大樹の枝には、満開の白い花がさざめいていた。


 「これ、最初からここにあったのか?」


 圧倒されたように大樹を眺めながら、春翔は少女に問う。


 「最初からだよ。あなたにも見れるようになったんだね」


 そうして微笑むその姿は、まるで大樹の精であるかのように幻想的であった。思わず見惚れていた春翔の目の前を、花弁が舞い降りる。


 それは桜だった。


 だが色は薄紅色どころか、透き通るほどに清らかで白かった。この淡い色が何億枚と集まって、目の前に大樹に白い冠を作っているのだと考えると、春翔は途方のなさと同時に大樹の力強さに思いを馳せた。


 そして春翔の頭に浮かぶ、一つの単語。絶対目にしたことのない言葉であったが、春翔はきっとこれが答えなのだと思った。


 「  」


 確信を以て、少女に告げる。

 少女の表情が、目の前の満開の桜に負けないほどに輝いた。そうしてその笑顔のまま、春翔へと抱きついて首に手を回す。


 「やっと、呼んでくれた……!」


 これまでどこか落ち着いた様子の彼女であったが、その声も態度も、見た目の年齢相応にあどけない、無邪気なものだった。

 抱きついた体を離して、向かい合う。その黒い瞳に滲む煌めきは、決して悲しさからくるものではないと春翔は分かった。


 「ごめんな、気付くの遅くなって。もっと早く呼んであげられたら……」


 謝罪の言葉を言う春翔に、少女は涙を拭うことなく、ゆっくりと首を振る。


 「ううん、いいの。気にしてないよ。だって……」


 満開の笑顔を咲かせて、少女は春翔の首へと再び両腕を回す。


 「あなたに名前を呼ばれたことが、こんなに嬉しいんだもの!」


 そう言って、少女は春翔の右肩へと顔を押し付けるほどに、強く抱きついた。春翔もまた穏やかな表情で、少女の小さな体をそっと抱きしめた。


 しばらく抱きしめあったあと。春翔の体から顔を離し、少女は向き合って告げる。


 「行こう、春翔。まだ終わってないよ」


 一瞬だけ言葉の意味を測りかねた春翔だったが、ここに至るきっかけとなった、蒼銀を纏う少女との決着がついてなかったことを思い出す。


 「あ、そっか。まだ続いてるのかな。向こうでどうなっているのかしらないけどさ」


 「ここでの出来事は、夢みたいなもの。現実の時間は、あまり経ってないと思うよ。だから戻って、見せつけちゃおう。私たち二人の、新たなスタートを」


 景色がぼやけ始める。水に絵の具を垂らしたように、滲んで形が溶けていくそれを名残惜しく思いながらも、春翔は精霊に言葉をかける。


 「本当に、ありがとう。行ってきます」


 「いってらっしゃい。あなたの持てる力、全てを出し切って。そして、あなたの信念を証明して」


 幸せそうに瞳を閉じて、白い燐光を放ちながら少女が消える。大樹や二色の地平線も消えて、周囲は白一色に塗りつぶされる。


 いつしか春翔の体は、新しい霊鎧に包まれていた。

 

 そしてその手には、少女が作り出した新しい霊装。それは春翔のこれまでの道程を真の意味で理解し、その優しさをカタチにしたかのような輝きに満ちていた。


 「……行こう!」


 新たな力をその手に。


 そしてこれまでと変わらぬ誓いと信念を胸に。


 優しき精霊騎士は、ここに舞い戻る――











勢いのまま我武者羅に書きましたが、やっぱり眠い中やるものではないですね。クオリティ低い。おそらく書き直すと思いますが、投稿したいという欲求に従って投稿します!

一週間以内には投稿したいのですが、実習忙しくなってきて確約できなくなってます。申し訳ないのですが、ご容赦を。

ご感想アドバイスお願いします!

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