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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑯

短めですが、どうぞ

 眼前に迫る蒼一色の光。それがもたらす喪失を覚悟し、春翔は目を閉じた。だが自身を焼き貫く感覚がいつまで経ってもなく、恐る恐る目を開いて、


 「どこだ、ここ……」


 そこは上下左右、全てが黒に覆われていた。どこまでも広がっているのか、あるいは狭い空間なのか、距離感がまるで掴めない。だが自身の体は――霊装も霊鎧もなく、制服姿の自分自身は確かに視認できる。まるで自分がこの闇の中にフワフワと浮き出ているかのような、そんな自身の存在の覚束なさが春翔を不安にさせる。


 「試合……そうだ俺はシュテルンノーツさんと模擬戦してて、それで……」


 五分にも満たないその時間を思い起こし、春翔を再び絶望が襲う。


 自身の信念を認めさせるために。

 強くなろうと足掻き続けること、強くなりたいと思い続けたことは、無駄ではないと証明するために。


 自身の弱さを乗り越えるために。

 大切な存在をその手にかけて、その罪の重さで振るえなくなった力をもう一度掴むために。騎士として戦い、かつて少女と交わした約束を守り抜くために。


 己が全存在をかけるほどの覚悟で臨んだ戦い。


 けれど。


 刃を振り下ろすことは、遂にできなかった。


 「はは、ほんとアホだわ。あの時剣から逃げた時点で、もうこうなることは決まってたんだ」


 乾いた笑いを零すその表情は、きっと情けないほどに醜いのだろう。際限ない自己嫌悪。今すぐにでも、自身の心臓を握りつぶしてしまいたくなるほどに。


 「どれだけ鍛えたところで。精霊騎士としての力を得たところで。こんな人殺しが、いつまでも刀をまともに振れない弱い俺が、騎士として誰かを守りたいなんて、思うことすら許されてなかったんだ。俺の今までは……」



 無駄だった。



 言葉にするまでもなく、血糊のように春翔の胸に張り付いた声は、とうとう春翔の膝を折れさせた。


 「ごめ、なさ……椿さん、燈華さん。ずっと支えてくれたのに、俺……は……」


 春翔を見捨てず、ずっと支えてきてくれた二人の家族。春翔の自分勝手に付き合って、稽古を付けてくれた。


 その二人との日々も。


 結局実ることはなく、無価値で無駄な己の身勝手に、付き合わせてしまっただけだった。


 悔しさ。情けなさ。怒り。自己否定。様々な負の感情が春翔自身の心を抉り散らし、血を強いる。


 己が許せず、溢れた感情が叫びとなって放たれようとしたところで、


 「やっぱり、こうなっちゃったね」


 一人の少女の声が、春翔の心の均衡を辛うじて繋ぎとめた。春翔にとって初めて聞くその声は、ずっと昔から知っていたのではないかと思わせるくらいに、春翔の心に自然に染み渡った。


 背後から聞こえたその声の主へ、春翔はゆっくりと振り向く。



 「君、は……」



 そこに居たのは、白い着物を纏った幼い少女。おかっぱ頭の銀髪に、額から覗く二本の黒い角。寂しげに微笑むその手には、春翔の霊装である灰色の刀が抱えられていた。


 「ごめんね春翔。私が作った霊装が、あなたを苦しめた。あなたの心を傷つけた。主人をここまで苦しめちゃうなんて、パートナー失格だね」


 幼子の声は、静かに謝罪の言葉を紡いでいた。


 「違う!」


 契約してからここに至るまで、焦がれるほどに待ち望んだ精霊の声。だがそれに対して、思わず叩きつけるように声を放つ。そんな春翔に少女は驚くことも、怯えるような表情も見せず、穏やかな視線を向け続ける。


 「違う、君のせいなんかじゃ……ない。俺が弱いから。俺の脆さが、自分の罪に耐えきれないから。俺が刀から、……っ、あの日の自分の罪から、逃げようとしている卑怯者だから……!」


 声を詰まらせながら吐き出される自己否定。それを聞く少女は、言葉を挟むことなく聞き届けた少女は、穏やかな表情で。





 「確かにあなたは弱い。けれどあなたは、あなたの心は、決して脆くなんかない。決して、逃げ続けるだけの卑怯者なんかじゃないよ」





 「え……?」


 その言葉がただの慰め、気休めであったなら。

 春翔は理不尽にその負の思いをぶつけ、あるいは実際に手を出していたかもしれない。

 しかし少女の言葉の響き、そして真っ直ぐに見つめる瞳は、放たれた言葉に一片の嘘も曇りもないことを物語っていた。


 ゆえに春翔は戸惑う。


 燈華の励まし、少女がくれた手の温もりを持ってもなお、遂に刀を振り下ろせなかった。ここまで情けない無様を晒し、今にも涙を堪えられず溢れ出しそうな自分のどこに、その言葉の根拠があるのだろうか。


 少女は一度、春翔から視線を外して周囲を見渡す。距離感の掴めない暗闇の空間。春翔に言いようのない不安を与えるだけのその空間を。

 意にも介さないように軽やかに見渡すその姿には、どこか誇らしさすら感じられた。


 「ここは私の心の景色。私の中にある風景であり、いつか私とあなたが至る可能性のある、願いの終着点の1つ」


 「……こんな、真っ暗な場所が?」


 少女の謎めいた言葉の意味は分からないが、その結果がこの、先の見えない暗闇だというのだろうか。


 (俺の願いは、やっぱり間違ってたってことなのか……?)


 そんな暗い疑問の声に、少女は小さく頭を振る。


 「今のあなたには、まだ見えていないだけ。でもきっと、あなたにも見えてくるはずだから」


 穏やかな視線を向けていた黒い瞳は新たな光を伴って、再び春翔へと向けられる。抱えていた霊装はいつの間にか消え、ゆっくりと両手を春翔へと伸ばす。膝をついたままの春翔の頬に、柔らかな感触が伝わる。


 「あなたは今、ここで1つの答えを出さなきゃいけない。そしてそのために、私の話をどうか聞いてほしい。素直なままの、ありのままの春翔で聞いてほしい。そうすれば、きっと進むべき道は見えてくるから」


 綻ぶその笑みに。

 そして小さくも確かに変わった少女の雰囲気に、戸惑いながらも春翔は頷いた。


 少女の表情が、躊躇いの色を帯びて僅かに強張る。数秒の間その視線が儚く揺れる。

 そして小さな唇が、少女の決心の強さを表すように形良く引き結ばれて。












「春翔。あなたはもう一生、刀を振れない。あの日の記憶を、乗り越えることはできない」









ラノベにありがちですよね、戦いの中での主人公の覚醒。そこに至るまでのよく分からない『精神と時の部屋』的な場所での問答。テンプレでもいいじゃない(ry


感想アドバイスお願いしまーす。

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