第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑮
今回の模擬戦の裏で頑張る、おなご二人をピックアップしました。
試合場の地下50m。
高柳いづきは輝羅と共に、観覧席を守るための防護壁形成を行っていた。このスペースの床には大きく魔方陣が描かれ、その他にも魔法補助の霊的加工が多く使われており、防護壁展開の魔法を行う術者をサポートしている。
とはいえ本来であれば教師が複数名(椿や神田などの一流の精霊騎士を除く)で行うそれを、まだ生徒であるにも関わらず二人だけで行っているのは、彼女たちの高い実力の証左であった。
地下スペースの中央。つまり部屋に大きく描かれた魔方陣の中心に、高さ1mほどの石柱が鎮座している。それに向けて二人は各々の霊装を当てて、魔力を流し込んでいた。二人は防護壁形成を行いつつモニターで春翔とセルフィーネの試合を見ていた。
「何だ、あれは……」
いづきもまた、目の前の未知の現象に困惑を覚えていた。何らかの防御魔法ではないかという可能性も頭に浮かんだが、先ほどのセルフィーネの高威力の魔法を防げるだけの魔法を、二日前に入学したばかりの春翔が持っているとは考えられなかった。
「いづきちゃーん、大丈夫ですか? 魔力コントロールが少々乱れていますわよー?」
「あ、すまない輝羅!」
向かい合う輝羅の間延びした声に諌められて、慌てていづきは意識を切り替えた。
「……うん、戻りましたわ。さすがいづきちゃん。修正が早いです♪」
おどけたように声を弾ませて、輝羅は柔らかな笑みを浮かべた。魔法を行使する以上、二人とも鎧装霊纏であり、輝羅のその艶やかな姿も相まって、その笑みはとても魅力的なものとなる。
慣れていない者であれば――彼女の本性を知らない者であれば、これだけで色々と騙されたり弄ばれたりするのであろうなと。普段から彼女に遊ばれているいづきは、何とも言えない表情で思っていた。
「輝羅はなんだと思う? 勉強不足でな、あの現象の正体が皆目見当も付かない。場合によっては輝羅や、先生方の介入も考慮するべきではないか?」
輝羅の調子を気にすることなく、いづきが固い声音で輝羅に言う。そんないづきに、面白くなさそうに小さく溜息を一つ吐いて、
「いづきちゃんで勉強不足というのなら、この学校からは勤勉という言葉が消えますわね。 学年二番の成績優秀者がそのようなことをおっしゃるのは、謙遜を通り越していますわよ?」
「それを学年一位の人間から言われた人間の気持ちを少し考えられますか、生徒会長にして月夜神家当主代行の月夜神輝羅さん?」
「はて、そうですわね……このような美少女に励まされているというのなら、わたくしなら嬉しくてたまらないと思うのですが」
「言ってろ女狐」
小馬鹿にするような微笑みを浮かべる輝羅に、うんざりした口調で吐き捨てるいづき。
「いづきちゃんは真面目ですわね。もうちょっと肩の力を抜いて物事に向かい合うことも覚えた方がいいですわよ?」
「悪かったなこういう性分なんだよ。知っているだろう?」
「そうでしたわねー。でもそういう性格じゃなければ、あの彼氏さんの手綱はうまく握れないのかもしれませんわね?」
「な、輝羅お前……!」
赤面して言葉を探すように口をパクパクとさせるいづきの姿は、普段の理知的でクールな印象とはほど遠いものだった。
「ほらほら、また魔力コントロールが乱れていますわ」
「~~~~っ! 覚えてろこの……!」
悪態を吐き、いづきは意識を集中させようと固く目を閉じて表情を歪ませた。そんな親友の様子にクスクスと笑いを零して、
「わたくしや、先生方の介入は必要ないです。あれはそんな危険なものではありません」
モニターへと目線を移し、輝羅は言葉を紡ぐ。穏やかな雰囲気の輝羅に、いづきは毒気を抜かれたように目を丸くし、肩を竦める。
「さすがは月夜神家当主さま、ってところか? それで、何なんだよあの光の球は。輝羅は見たことあるのか?」
「ないですわよ? 目の前のあれが最後に確認されたのは今から確か……70年ほど前でしょうか。厄霊や精霊が確認された200年前から現在に至るまでも、滅多に見られる現象ではなかったようですが。
いづきちゃんがカーラントの真名を初めて知ったときは、どういう状況でしたか?」
唐突な、一見脈絡のない質問を訝しく思ういづきであったが、聞かれた通りに自身の記憶の中から当時のことを思い出す。
「あれは確か中等部に入学して、ゴールデンウィークに入るくらいだったか? そのときは多分、実家に帰る前の日に自主練していて、ふと頭に浮かんできたな。精霊の真名って、こんな感じで得られるものなのかって少しあっけなく思ったものだが……それがどうした?」
「今では多分、ほぼ全員がそのようにして‘ある日突然’、思っていたような劇的なイベントなんて起こることもなく、精霊の真名を知るのが普通だと思います。精霊と共に生活し、研鑚に励み、一定の信頼関係を築くことは必要になってきますが。
ですがこれは精霊騎士学校の機能が充実し、精霊騎士たちの環境が整ってきたからこそなんです。精霊騎士や、精霊、厄霊が出現し始めた頃、若い精霊騎士がパートナーの真名を知らないうちにやむなく厄霊と戦ったり、あるいは実力を磨くために鎧装霊纏での模擬戦を行うことが多かったそうです」
輝羅のその言葉を聞いて、いづきの頭はすぐに答えを弾きだした。
「つまり今回の桜咲一年生のように、実戦の中で自分の精霊の真名を見出すときにあんな現象が起こる、っていうのか?」
「全員が全員、そうなるとは限らなかったようですけどね。同じような状況であったとしてもあの現象が生じたのは、本当に数少ないものであったようです。確か、『光の蛹』という名称がつけられていたかしら。あの状態においてはどのような攻撃も魔法も、一切の干渉が許されませんわ。中に存在する精霊騎士が出てくるまでは」
いづきに向けていた視線を、輝羅はモニターへと移す。画面では変わらず『蛹』がその光を脈動させており、あたかも中に居る者の羽化を待ち望んでいるようだった。
競技場では神田が観覧席の生徒へと、競技場の設備を用いて説明を行っているところだ。
「神田先生も何だかんだ言って、生徒思いですわよね。もう少し態度や言い方を考えれば、あんな『依怙贔屓教師』なんて間違った評価が生徒に拡がることもありませんのに」
モニターを眺める輝羅の横顔を見て、いづきは。
「なんか、楽しそうだなお前」
いづきの言葉に、輝羅は驚いたように目を丸くしていづきを見る。言われて気付いたのか、数秒ほど唸ったあと、
「楽しいと言いますか、そうですわね。期待しているのは間違いないかもしれません。いづきちゃんも思いませんか? 桜咲椿の甥にして、世界で史上初となる高等部編入生。そんな彼が精霊の真名を知ったあと、どのような色を見せてくれるのか」
輝羅の言葉の内容に同意を覚えつつも、親友の言葉がいつもよりも饒舌で気持ちの込められたものであるといづきは思った。そしてニヤッと人の悪い笑みを浮かべ、
「そりゃあ気になるよなぁ。なにせ異性としては初めて体を抱きとめてくれた男なんだから」
「……はえ?」
いづきの言葉に、思わずといった調子で輝羅の口から間抜けな音が漏れる。
「『女の子みたいな名前の割には、行動も見た目も立派な男の子みたいですわね』……だっけか、プクク……!」
「なっ……!?」
笑い声を噛み殺そうとして(無論、わざとか否かは別にして噛み殺せていないのだが)言ういづきに、輝羅の表情から初めて余裕が消え失せた。口調を真似て出てきた言葉は、入学式前に春翔と関わった後に、控室で輝羅が一人きりのときに言った輝羅の言葉だった。
「いいい、いづきちゃん!? なんでそれを知って……!?」
「お前にはこれまで散々遊ばれっぱなしだったからな。完璧超人、男を手の平で転がして遊ぶ小悪魔と見せかけて、その実少女漫画ごときで赤面してベッドで悶絶しているような超絶初心な生徒会長の弱味を握るためなら努力は惜しまないさ!」
「努力の方向が完全に間違っていますわ!? というか、ええ!? あの日の遣り取り、一体どこまで……というか、どうやって!?」
「私の特技とか考えたらその辺りも分かるだろ?」
「控室内の監視カメラを……い、一歩間違えなくても犯罪ですわ訴えますわよ!?」
「ほれほれ輝羅、魔力コントロールが乱れてますわよ~?」
「~~~~!」
先ほどと立場が逆転した同じ遣り取りに、顔を赤面させて輝羅は霊装に意識を集中させていた。
「勝った! これまで散々遊ばれっぱなしの学生生活だったが、今日! ようやくこの女狐に一矢報いることができた! これでようやく私も、いじられる立場からいじり倒す側へ階級特進を――」
熱を込めて勝利宣言を紡ぐいづき。それに夢中になっていたため、輝羅の口元に、いつのまにか上弦の月めいた笑みが張り付いていることに気付いていなかった。
「『たけくん、だーいすき』」
砂糖やら蜂蜜やらとりあえず甘いものを、これでもかと詰め込んだ胸焼け必至の甘い声。
一部の界隈では喜んで気に入りそうなその声に、ピシリと、いづきの表情が強張る。ギギギと音が鳴りそうなほどにぎこちなく輝羅の顔を見れば、そこには背筋がうすら寒くなるほどに人の悪い笑みが浮かんでいた。
「お付き合いを始めてまだ一ヶ月も経っていないというのに、とてつもなく熱々ですこと~。普段は『筋肉ダルマ』だの『筋肉馬鹿』だの散々つれない態度をとっておきながら、二人っきりのときには打って変わってまあ甘えること甘えること。見ていてこちらが恥ずかしくなりましたわ。二人っきりとお思いになっていても、公共の場であのように異性交遊を謳歌するのはいかがなものかと……」
「お前お前お前、聞いていたのか……!? ふ、フン! 耳年増の乙女(笑)には刺激が強かったようだな!?」
「な……ほ、ほほう? 言ってくれますわねこの脳味噌ピンクスイーツの変態ハッカー!」
「なんだとこの女狐! 少女漫画読み過ぎで色々拗らせた脳味噌お花畑の生徒会長に、ピンクだのスイーツだの言われたくないわ!」
「なんですってー!?」
そうしてお互いに睨みあったあと。
試合そっちのけでやいのやいのと言い合うその様は姦しく。
いつの間にか疎かになった防護壁形成に気付かず、無線で神田の叱責が飛んでくるまで、あと20秒。
多分こんなこと書いちゃうから、テンポ遅くなっちゃうんですよねきっと。でもしょうがないじゃないですか。書いたっていいじゃない。中二病だもの。み〇お。
……感想アドバイス、よろしければ評価ポイントもお願いします(汗