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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑬

投稿しまーす。途中読みづらいかもしれませんごめんなさい……。


あと、ちょっと多めです。

 「あれが高等部上がったばかりのヤツの魔法だって!? ウソだろ……!?」


 「無詠唱(クイック)魔法(スペル)であの威力、しかも雷魔法だから速い!」


 「潜在的な魔力量だけなら、この学校始まって以来でも10指に入るか否かって言われてるくらいなんだろ? やっぱ才能だよな。俺らと持ってるもの、スタート地点から違うわ」


 セルフィーネが放った迅雷槍(パルチザン)の威力に、会場は感嘆の声、驚愕に満ちた緊張、ある種の諦念、それらを全て綯い交ぜにした歓声に包まれる。


 「ハルちゃん……!」


 攻撃を受けた春翔に、悲痛な色を込めて奏が小さく叫ぶ。

 立ち上がった幼馴染の姿に多少安堵を浮かべるものの、左腕を下げて右腕だけで霊装を構える姿を見て泣き出しそうな表情を浮かべた。


 「けど春翔ちゃん、さっきお嬢様の攻撃弾いたときなんで反撃しなかったんだ……?」


 奏と同じように春翔の姿を痛ましそうに眺めながら、禅之助は疑問を口にした。


 「……シュテルンノーツさんの反撃があるって思ったから、距離を取ったとか?」


 「いや、あのときお嬢様の体勢(からだ)は完全に浮いていた。あそこからもう一回攻撃しようとしたなら、身体強化(キャストオン)を使ったとしても春翔ちゃんの攻撃が絶対に速い。だからお嬢様はバックステップで後退したんだ。

 それでも絶対に攻撃は届いていたし、今後の試合を有利に運べたはずなんだ。ボクが春翔ちゃんなら絶対に攻めてたよ。宮内さんだって、同じ判断するんじゃない?」


 同じクラスの女子生徒の疑問を、禅之助が冷静に否定する。その言葉に納得したように頷く宮内だったが、そうなると春翔の行動の意図が一層読めなくなったのか、その表情の困惑をさらに深めていた。


 「桜咲先生はどうお考えで――」


 みすみす春翔が好機を逃した理由を、春翔の叔母であり、世界最強クラスの実力を持つ殿堂騎士である椿に意見を伺おうとした禅之助であったが、振り向いた瞬間に言葉を止めた。その反応を訝しく思い、奏も椿へと目を向けた。


 「ハル……」


 小さく呟かれたそれはとても弱々しく、周囲の歓声がなくとも掻き消されそうだった。そして春翔を見据えるその瞳は悲しげに揺れて、奏や禅之助を含めた、数名の生徒たちの視線に気付いていないようだった。禅之助を含めた他の生徒はもちろん、ある程度交流のあった奏でさえ、その物憂げな表情は見たことのないものだった。


 「……桜咲先生、生徒が話を聞きたがっているぞ」


 隣の神田が、いくらか嗜めるような口調で言う。椿は目を数度瞬いてから、奏たちに目を向けた。


 「あ、ああすまない。何か用か?」


 すぐに向けられた笑顔は、取ってつけたように軽薄なものだった。


 「桜咲先生から見て、何であのとき桜咲くんは攻め込まなかったと思います?」


 そんな椿の変化を何とも思っていないのか、それとも何とも思わないようにしているのか、禅之助の口調もまたいつも通りの明るい調子だった。


 「それは、だな……」


 椿らしからぬ歯切れの悪い言い方。普段の調子を続けようとしている風に見えた禅之助でさえ、戸惑った視線を椿に向けた。奏や他の生徒はもちろん、神田でさえもその反応を、何か真新しいものを見るかのように目を見開いていた。


 口を開きかけては、躊躇うように噤むという動作が数度繰り返されたあと。


 ついに椿の考えが綴られることはなかった。


 幾度起こったか分からない歓声の波が再び生まれ、奏たちは試合場へと目を戻す。セルフィーネの槍に、再び蒼雷の輝きが満ちていた。


 「これで決まりだな」


 「試合開始から4分ってとこか。まあでも精霊騎士なったばかりにしちゃ、健闘した方だろ。相手が悪かったな」


 「それでもさっきは良い線行ってたと思うよ。あそこで決めてたら勝負は分からなかったけどね」


 口々に囁かれる言葉は、勝負の趨勢が予測されたもので終わることへの落胆、新人の騎士に対する申し訳程度の称賛だった。先ほどの雷撃が春翔に再び襲いかかると考えただけでも、奏は泣きそうなくらいに胸が痛むのを感じた。


 「はっ。やっぱりこうなるんだよ。どれだけ桜咲が剣を鍛えてきたのかは知らないが、強くなれなければ、結果が出せなければ意味がないんだよ」


 懲りずに得意げに言う上代の声も、最早気にならない。どのような結果になったとしても、春翔の戦いを、最後までしかと見届ける。

 試合前に誓った決意を胸に、目を覆いたくなる衝動を抑え、奏はその光景を目で捉え続けた。


 蒼銀の輝きを放つ、引き絞られた槍。


 セルフィーネが刺突を繰り出すように、槍の間合いより遥かに遠い春翔目がけて突き出す。


 そしてほぼ同時に、蒼雷の輝きが春翔へと一直線に伸びて――










 「え……?」




 思わず奏の口から漏れた声は、この演習場に居た全ての人間の心を代弁したものだった。


 一度目の迅雷槍に聞こえたのは、蒼雷が防護壁に激突したときの音だけだった。だが今回はその激突音の前に、金属同士がぶつかったような硬質な音が生じていた。


 そしてその魔法を受けたはずの春翔。


 左腕は血を流して垂れ下がっていたが、その右腕は。

 霊装を構えていた右腕は、横薙ぎを放った後のように右へと伸ばされていた。そして身体には、左腕以外にダメージを受けた場所はないように見える。


 セルフィーネが続けて迅雷槍を春翔へと放つ。同時に春翔は、霊装を振るう。直線の軌跡を描くはずの蒼い雷光は、春翔を起点に角度を変えて防護壁へと激突した。


 「弾いている……いや、それ以前に見切っている……!?」


 禅之助から漏れた言葉は、その光景が信じられないとでもいうように震えていた。観覧席も一瞬の静寂のあと、何が起きたのかを理解したのか、これまで以上の喝采がうねりをあげていた。


 「馬鹿な……シュテルンノーツさんのあの魔法を、一度喰らっただけで見切ったというのか!? あいつごときが!?」


 上代の狼狽の声も掻き消され、プロスポーツ選手の超絶プレーを目の当たりにしているかのように、全ての生徒が熱狂していた。


 そして春翔が、前に向けて歩みだす。セルフィーネは迅雷槍を放ち続けているが、その全てを春翔は刀を振るって、軌道を逸らし、叩き落とし、あるいは躱していた。ゆっくりと、だが確実にセルフィーネへと距離を詰めていく。

 圧倒的劣勢と思われた状況から、超級の技によって魔法を弾いて相手へと肉薄していく。本来ならその姿に、周りの生徒のように興奮を覚え、応援する声に熱を入れなければならないのだろう。


 「ハルちゃん……?」


 そんな幼馴染の姿に、奏は違和感を覚えていた。

 観覧席から、遠目から見る今でさえ、その表情が痛切に悲鳴を上げているかのように歪んでいるのが分かった。それは決して、魔法に対処することの困難さだけからくるものではないと直感的に感じていた。


 「ハル……!」


 周囲の熱狂に身を任せることのなかった奏だからこそ、その言葉を聞き取ることができた。振り返り、その声の主を見る。自身の中に浮かぶ、心配、悲しみ、歯痒さ、そういった負の感情を全て押し込めたように、その表情は緊迫し、今にも破裂しそうなほどに、椿の美貌が歪んでいた。




 雷の魔力を高密度に圧縮し、槍撃に乗せて打ち出す『迅雷槍(パルチザン)』。この魔法が放たれたのなら、正しく雷の速度を以て対象に襲い掛かる。その蒼雷を目で捉えるのはほぼ不可能であり、その威力もまた凄まじい。

 そんな迅雷槍の弱点を、春翔は一度受けただけで看破していた。


 春翔は迅雷槍の蒼い軌跡を目で捉えているわけではない。この魔法に対処するならば放たれてから動くのではなく、見るべきは放たれる直前である。


 文字通り雷の速さで打ち出される魔法だが、槍撃に乗せて放つという特性上、その光はセルフィーネの持つ槍の延長線上を走ることになる。そして槍の突きが伸びきるのと着弾するまでの時間差はほぼゼロ。


 であるならば70m先から攻撃が放たれるのではなく、70mの間合いを持つ槍で突きが繰り出されているのと同じである。春翔はセルフィーネの目線、手元の動き、体勢、呼吸などから、迅雷槍が飛んでくる場所、タイミングを割り出し、先ほどまで槍撃を凌いでいた要領で魔法を弾いていた。

 無論この方法も、春翔の技量があってこそ初めて成り立つ、紙一重に等しい守りであった。だが春翔は襲来してくる刺突(パルチザン)を、尽く霊装(かたな)で凌ぎ切っていた。


 (何やってるんだよ俺は。分かっていたことだろうが。あの日の記憶が、目の前に現れることなんて)


 セルフィーネの魔法を防いでいることに対する高揚も、ましてや観覧席の熱を帯びた歓声に嬉しさを覚えることもなく。

 春翔は歯を食いしばり、自身の不甲斐無さを責めていた。


 (そうやってびびって、あの娘を侮辱して傷つけて、そんなんで誰かを守れるのか!? 優華との約束を果たせるのか!? 腹を括れ桜咲春翔! ここで乗り越えるんだろ!?)


 たとえあの日の記憶が再び蘇るのだとしても、それでも刀を振り続けるのだと。

 血を吐く思いで己を叱咤し、セルフィーネへと歩き出した。絶え間なく襲ってくる迅雷槍を防ぎながら、歩みを進めていく。


 ――そこは燃え盛る町だった。


 歩みを踏み出すごとに。


 ――空は黒雲が敷き詰められていた。


 刀を振るうごとに。


 ――周囲の炎が、その熱が皮膚を舐めた。


 あの日の記憶が、春翔の目の前に広がっていった。


 蒼銀の貴影が、刺突を繰り出す。


 ――四肢を獣のそれへと変えた、一人の少女。


 その表情を見る余裕など、今やなく。暴れる鼓動と呼吸。四肢の寒気に必死に抗いながら、


 ――自身の黒い衝動を抑えつけるように、その表情は硬く痛いくらいに歪んでいて。


 蒼雷を、半ば反射のように凌いでいた。


 ――大好きな彼女のもとへ、ゆっくり、震えそうになる足で近づいて行った。


 彼我の距離は5m。


 ――手にする刀が、どうしようもなく重かった。


 ゆっくりとした歩みを一瞬で切り替えて、一気にセルフィーネへと駆ける。


 ――こんなことでしか彼女を救えない、自分自身が許せなかった。


 急激な動きの変化に戸惑ったのか、セルフィーネは反射的に刺突を繰り出した。


 ――心のどこかで、仕方ないことなのだと納得しようとする。


 「うおぉぉぉおぉぉ!」


 張り上げられた咆哮と共に、春翔は体を使って、自由のきかない左腕を大きく揺らす。


 ――そんな自分の浅ましさが許せなかった。


 蒼銀の刺突。それが左腕を貫く。麻痺している割には感覚は中途半端に残っているのだなと、その痛みをどこか他人事のように春翔は思った。


 ――この一撃が、せめて少しでも。


 左腕を強引に振り抜く。槍を巻き込んで行われたそれは、持ち主の体勢をも強引に崩した。


 ――優華にとって、痛みを感じないものでありますように。


 「えっ!?」


 そのような捨身の防御は予測の外であったのだろう。驚愕の声をあげて、セルフィーネの身体は一瞬強張ったように動きを止めた。


 ――刀を振りかぶる。


 体勢の崩れたセルフィーネの背後へと春翔は回り込む。そして右腕だけで、刀を振り上げる。背中越しに自身を見るセルフィーネの青い瞳が、これまで以上に見開かれていた。


 ――喉が張り裂けそうなほど、言葉にならない声をあげた。


 「あぁぁぁああぁぁぁ」!」


 それは裂帛というよりもむしろ、慟哭に近い悲しい響きだった。


 ――両手を広げて待つ優華へと、大粒の涙を流し笑顔を向ける最愛の妹へと、刃を振り下ろす。


 決定的な隙。無防備な背中。切り裂き、全ての決着をつけるべく、霊装を振り下ろそうとして――。










 ――ありがと。ごめんね、お兄ちゃん。







 「やっぱり、ダメなのか……?」


 漏れ出た言葉に込められた感情は悲しみか、絶望か、自身への怒りか。あるいはその全て。


 霊装を振り上げたまま、春翔もまた止まっていた。傍から見ればそれも一瞬であったが、セルフィーネにとっては十分に過ぎる長さだった。


 セルフィーネが体を回し、槍を振り抜く。両者の距離が近すぎたため穂先による斬撃にならず、柄による打撃となったが、身体強化によって威力を増したそれは十分に脅威だった。


 「がっ――」


 刀を振り上げて空いた胴に、蒼銀の槍が容赦なく叩き込まれる。その衝撃で肺から空気が無理矢理吐き出され、春翔の身体は大きく吹き飛ばされた。数度地面をバウンドし、100m近く吹き飛ばされる。


 「――っは! ゲホっ、ごは!」


 打たれた場所はおろか、その衝撃の余波は全身に激痛をもたらす。そして酸素不足に陥った脳が眩暈を起こし、平衡感覚が覚束なくなる。春翔が立ち上がろうとしても、その身体はすぐに崩れ落ちた。


 体のダメージ。けれどそれ以上に。


 (こんなヤツが精霊騎士になって誰かを守りたいだなんて、やっぱり間違ってたのかな……?)


 心が打ちのめされていた。


 魔法の徴候が春翔に伝わる。力無くセルフィーネへと目線を向けると、手にとる蒼銀の槍が、穂先だけでなく全体に蒼雷の光を帯びていた。そして迅雷槍よりも、込められた魔力は桁違いに膨れ上がっていた。


 「『悪しきもの打ち払う千の雷。静寂(しじま)裂いて奔り寄り、我が手に集いて、闇を穿つ刃となれ』……!」


 セルフィーネが紡ぐ呪文と共に、蒼雷の輝きが増し、落雷めいた轟音が幾度も試合場を駆け巡る。高らかに歌い上げる姿、手にする鋭い輝きを見て、それが罪人を裁く女神であるかのように春翔は思った。


 守るべきはずの少女に刃を振り下ろし、この手を血で染めて。

 そんな資格もないのに、騎士を目指し続けて。

 誰かを守りたいなどという夢を抱くことすら、そもそも許されていなかったのだとしたら。


 そんなことも分からず、乗り越えられると信じて駆け抜けてきた道は、どれほど空虚であるのだろう。


 数秒もしないうちに、雷が自身に襲い掛かってくることは明らかであった。それでも春翔は、崩れ落ちた体を動かせる気がしなかった。避ける気力も、もう存在しなかった。


  パルチザン・シュタルクタオゼント

   「『千雷従えし迅き槍』!」


 迅雷槍のものよりも遥かに太く、輝きを増した雷光。先ほどまではまだ槍撃の範疇にあったが、放たれたそれは砲撃に等しい極光だった。


 春翔の目の前が、蒼一色に塗りつぶされる。そして――


 この日一番の爆音と衝撃が、競技場を揺らす。蒼雷による爆発が、春翔の姿を掻き消した。





イギリス出身であるにも関わらず、セルフィーネの姓であるシュテルンノーツも、魔法の読み方もドイツっぽいのは一応理由があります。それを説明するかどうかは未定ですが。あとルビがどうしてもうまくいかずに、魔法の書き方を今のようにしました。悔しい。

ご感想アドバイス評価ポイント、よろしくお願いしまーす!

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