第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑫
なんか書けたので、投稿しまーす。
一撃でも受け損なえば、間違いなく敗北へと直結する。
僅かな間違いも許されない槍の嵐。
見る者全てを技量の高さ、その華々しさで魅了するセルフィーネの姿に乱されることなく、必死に集中力を研ぎ澄まして、春翔はチャンスを待っていた。
演舞のようなその槍撃は、決して美しいだけの攻撃ではない。一撃一撃に込められた威力は高く、なおかつそれぞれが次の一撃へと繋げるための布石、あるいは大きな一撃の後に生じた隙を補うための攻撃となっており、造形美と機能美を非常に高いレベルで両立させた連撃だった。
そんなセルフィーネの槍を、春翔は躱し、受け流し続けた。椿に教えてもらった魔法を最初から使えば、セルフィーネに警戒させてしまう。今は守りに徹し、最適かつ最大限その効果を発揮するその瞬間が訪れるまで、春翔はただ耐え続けた。
そのような狙いがありながらも、セルフィーネがその意図を見いだせなかった理由。それは、
(この手と、胸にある温もりを感じ続けるんだ! ここで乗り越えなきゃ、俺は……!)
速くなる鼓動。荒くなる呼吸。段々と狭まっていく視界。徐々に四肢を犯しつつある冷気。
刀を持ち振るい続けていることで、春翔の枷が今にも、体の自由を奪わんと顎を開きつつあった。
自身のこの弱さを振り切るために、試合前に再確認した胸と両手の温もりを忘れるまいと、縋りつくようにその感覚を意識していた。
セルフィーネの槍を前にして、本来なら雑念となるはずだったその思い。
だがその鬼気迫る緊張、その結果生じる張りつめた表情は、意図せずセルフィーネから狙いを隠すための仮面となった。
そして待ち望んだ、決定的な瞬間。
幾度となく放たれた横薙ぎの一閃。防御しようと刀を合わせる前に、小さく走る脳天の痺れ。
(魔法!?)
魔法がもたらした現象を思案する前に、刀から伝わった予期せぬ重さの一撃が、その答えとなった。
「うおっ!?」
急激にその速度と威力が増してタイミングがずらされる。辛うじて凌いだものの、その力を完全には流せず、僅かに春翔の体勢を崩す。
セルフィーネの狙いはそれだった。
「ヤァアアアっ!」
素早く振り上げられ、そして春翔へと迫る蒼銀の槍。
先ほどよりも重さ、速さを増した一撃であることは明白であった。
横薙ぎの一閃だけでも、本来なら決着を狙えた一撃だ。にも関わらずその一撃を繰り出し、凌がれてもその結果に驚くことなく、次の一撃を淀みなく繰り出したセルフィーネの判断に、舌を巻く思いだった。
これに対し、自身はその体勢を僅かながらも崩されたおかげで回避できず、これまでのような受け流しを行うのも困難だ。
まともに受ける手はもちろん却下。
受け流しを試み、凌いだとしてもさらに体勢を崩される。そこを狙って今度こそ必殺の一撃が、春翔自身の身体を貫くことは容易に想像できた。
回避は不可。
防御も悪手。
攻撃に転じようにも間合いが僅かに足りず、懐に飛び込む前に一撃で試合終了。
選択肢は皆無か。このまま、敗北するのみか。
(ここだ!!)
それこそ、断じて『否』。
春翔は椿に教えられた魔法を、今ここで解放した。轟然と唸りを上げて迫る蒼銀の鉄槌。春翔が選んだのは、切り上げによる『迎撃』だった。
「でやあぁぁ!」
渾身の気合いを込めた咆哮。予測される衝撃の大きさを覚悟しつつ、春翔は自身の霊装と、蒼銀の槍を交わらせる。
『ギャリィィィィン!!!!』
爆発と間違うほどの衝突音。
間髪入れずに身体を襲う莫大な衝撃。
それを春翔は、全身を酷使して耐える。
耐え切ったその先に。
得物を高く跳ね上げられ、その美貌を驚愕の色に染め上げ、無防備に身体を晒すセルフィーネの姿があった。
(ここで決めるんだ!)
刀を上段へと振りかぶる。同時に再び走る、魔法の徴候。足を屈伸しかけているセルフィーネを見て、部分的な身体強化によって大きく後退しようとしているのを春翔は悟った。
間合いが届かないといっても、一歩踏み出しつつ振り下ろせば仕留められる。後退されつつ打ち込んだとしても、十分にダメージを与えられると春翔は判断した。
試合開始から3分弱。苦しい状況をただひたすらに耐え続け、ようやく訪れた勝機。あるいは、今後を有利に進めるための一撃が加えられる場面。
意を決し、手にする刀を振り下ろそうとして。
(……あれ)
気付いたときには、セルフィーネの姿は遥か向こう。セルフィーネだけでなく、自身もバックステップで距離をとっていた。
その蒼銀の霊鎧は、傷一つ無く燦然と輝きを放っている。そして春翔の手にはもちろん、少女の華奢なその身体に一撃を加えたという感覚は無かった。
「なん、で……?」
思わず掠れた声が漏れる。まるで攻撃に転じようとしてからこの状態に至るまでの数秒の間が、自身の頭から抜け落ちているように――
『否』
「っ!」
頭の中から生じたその言葉が、どうしようもなく自身を責め立てているように春翔は思った。
逃げるな。目を背けるな。記憶は残っているんだろう、と。
(そうだ、あのとき……)
刀を振りかぶり、一撃を加えようとした瞬間。
春翔の目には。
大粒の涙を流し笑顔で、兄の刀を受け入れる優華の姿が映っていた。
(そんな! 違う! 違う違う違う! 俺は、だって……!)
心の中で否定の言葉が繰り返される。そうしなければ、自身という存在がボロボロと崩れ去りそうな恐怖を感じていた。
燈華から貰った胸の篝火は、今なお燃えている。精霊がくれた両手の温もりは今なお感じているし、その笑顔もありありと思い出せる。
なのに。
それらを忘れることなく、拒絶反応すらなかったにも関わらず、自身の体は刀を振るうことを拒んだというのか。
「どうして、ですか……」
「……え?」
激しい狼狽によって取り乱しかける春翔の精神を、ソプラノの声が現実へと繋ぎとめる。離れていてもその声が、震えていることが春翔には分かった。
蒼銀の槍は右手で持たれ、脱力したように両腕は下ろされている。けれどその拳は、両方とも固く握られていた。青い瞳は瞑目されて輝きを見せず、その美貌は俯き気味に伏せられている。
そして開かれた瞳は、春翔を見据える。そこに込められた鮮烈な怒りに、春翔は息を呑む。
魔法の徴候が、脳天の痺れとなって春翔に伝わる。そして次の瞬間、猛然たる勢いで春翔へと肉薄した。
「くっ!」
春翔にとっては理由の分からない怒りに、思わずこれまでのような受け流しではなく真正面から受けてしまう。その悪手に気付いたものの、本来なら吹き飛ばされてもおかしくないはずの攻撃はなかった。
刀で受けたのは槍の柄だ。身体強化の出力を下げているのかそのまま鍔迫り合いとなり、刀と槍の柄を介して、春翔とセルフィーネが向き合う形になる。
こんなにセルフィーネの顔が近くにあるのは、二日前の朝の鍛錬において、あの日の記憶に囚われたとき以来だ。
そのときの表情は心配に満ち、そして春翔が反応を示してからはホッとした笑みを浮かべた。
だが今。相対している少女は、鮮烈な怒りにその表情を歪めていた。
「答えてください! 今、どうして振り下ろさなかったんですか!? もし情けをかけたのだとしたら、私は、君を絶対に許せない……!」
ここにきてようやくセルフィーネの怒りの原因が分かった。
これほどの槍の腕を持っているのなら、武というものに対して、そして自身の槍について相応の誇りがあるのは自明だった。
そんな彼女に、あの場で攻撃を入れなかったこと。それが目の前の戦乙女にとって、最大の侮辱と捉えられてもおかしくなかった。
「違う! 違うんだ俺は、俺はただ……!」
はからずもセルフィーネの矜持を踏みにじる行為をしてしまったと気付き、弁明しようと声を張り上げる。
だが言葉は続かなかった。
決してそんなつもりは無かったとしても、自身の弱さが、彼女を少なからず傷つけたことに変わりはない。そんな自分が紡ぐべき言葉を、春翔は見つけられなかった。
無言に陥った春翔を見て、セルフィーネは音が鳴るほどに歯を食いしばる。魔法の兆候を感じたあと、刀を通して伝わる力が爆発的に増加し、春翔は吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
セルフィーネによって膠着状態を無理矢理に解除され、再び両者の距離が開く。吹き飛ばされた春翔は辛うじて着地し、すぐにセルフィーネへと視線を向ける。その表情に今や歪みはなく、氷の彫像のように美麗な無表情に、春翔は硬直した。
「あのときに刀を振り下ろさなかったこと、これから後悔してください」
告げられた言葉は、今の春翔にとって何よりも重く、鋭い槍となって突き刺さった。
「シュテルンノーツ、さ――」
刀を振るえなかった絶望と、セルフィーネを侮辱してしまった後悔に打ちひしがれながら、かける言葉も見つからないままにその名前を呼ぶ。
掠れた声は、しかし。
最後まで紡がれる前に、セルフィーネが大きくバックステップをすることで中断させられた。両者の距離は約70m強。春翔にはそれが見た目以上に遠いものに思えた。
まるでその距離は、セルフィーネは持つ春翔への拒絶の思いへの表れであると言わんばかりに。
左半身を前にし、セルフィーネが槍を構える。そしてすぐさま、その槍を引き絞る。
同時に春翔にもたらされる、魔法の徴候の感覚。だがそれは先ほどよりも鋭く、直接的に電気が走ったと思わせるほどだった。
引き絞られた槍。その穂先が蒼く輝きを放つのを目にして、春翔は直感的に横へ飛び退いた。
春翔が0コンマ数秒前まで居た場所を、蒼い閃光が駆け抜ける。直撃しなかったものの遅れた左腕に掠り、焼け付く痛みを春翔は覚えた。
蒼い閃光は競技場の防護壁に激突し、落雷めいた音を立てて消えた。その衝撃と音、視覚的にも映える魔法の光に、会場から大きな歓声が生じた。
自身の後ろで閃光が消えたのを見届けてから、春翔はゆっくりとセルフィーネへと視線を戻す。その身体は突きを放ったあとの残心をとっており、その蒼銀の槍に、稲妻のような蒼い光が走っているのを見た。
湧き上がる歓声を果てしなく遠くに覚えながらも、春翔の身体は惰性のように構えをとろうとした。ゆっくりと立ち上がり、右手だけで正眼の構えをとる。続けて左腕の損傷具合を確かめようと、セルフィーネから目を離すことなく、小さく力を込めて探りを入れる。
攻撃を受けた瞬間は上腕を焼け付くような痛みが走ったものの、思ったよりも傷は浅いのか、その痛みの余韻は小さかった。左腕にはただ、痺れるような感覚が残るのみで――
(痺れ……!?)
思わず左腕を視認する。自身の貧弱な鎧は意味を成さず、それなりに深く傷つけられたようで血が滴っていた。だがそれよりも傷口からはセルフィーネの槍に見られた蒼い電光が走っており、左手を握ろうとしても、その動きは目に見えて分かるほどに緩慢なものになっていた。
「よく避けましたね。初見でこれを躱された経験はあまりないです」
セルフィーネの声に、驚愕の表情を張り付けて春翔は目を向ける。
「今のは私の最適属性である『雷』の魔力を用いた魔法を、私の槍撃に上乗せして放ったものです。たとえ直撃しなくても、今のように掠っただけでその部分をしばらく麻痺させることができます」
淡々と語る口調に、僅かではあるが誇っているような昂りを春翔は感じた。恐らく今のが、セルフィーネが得意とし、自信を持つ魔法なのだろうと春翔は思った。
再びその槍に、蒼雷の輝きが灯る。その美麗な光が持つ凄まじい威力を思い起こし、春翔は身震いした。
「これが私の専用無詠唱魔法、『迅雷槍』です……!」
自身の弱さがもたらした、少女の怒り。そして圧倒的不利な、魔法による遠距離からの攻撃。
呆れるほどの自身への愚かさに、春翔は霊装を持つ右手を力一杯握り締めた。
補足説明を。身体強化における魔法の徴候は、一度発動し維持させれば、発動時以降は起こりません。ですがセルフィーネが行っているように、その魔力供給の割合や出力を変える場合には新しい魔法がかけられたと『世界』からみなされるため、魔法の徴候が生じることになります。ご了承いただければと思います。
ご感想アドバイス、できれば評価ポイントもお時間ありましたらお願いします!