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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑪

 身体強化(キャスト・オン)の魔法は、体全体に魔力を纏わせることで魔力による疑似的な外骨格を形成し、精霊騎士の運動能力を高めるだけでなく、防御能力も強化する魔法だ。


 魔法による遠距離戦を得意とする魔法士はともかく、剣闘士タイプの精霊騎士において、身体強化の魔法を用いて肉弾戦を行うのは必須の技能である。


 だが身体強化の魔法を維持しつつ、自身の得物を用いて戦闘を行うことは実は難しい。大概の生徒が魔法に意識を集中させるあまり、霊装の冴えを鈍らせる、あるいはその逆に陥ることも十分にある。加えてそこから攻撃魔法を並行して撃てるようになるには、長い訓練が必要となる。

 精霊騎士学校の高等部では攻撃魔法を習得していくことに加え、身体強化を継続しながら十二分に戦えるようになるために実戦演習を行う。


 セルフィーネの場合、5歳で精霊と契約を果たしてから学校に入学するまでずっと、槍の鍛錬を自身に課してきた。そのため槍の扱いが高いレベルで身体に染みついており、霊装を振るう技術に費やされる思考の処理が小さく、その分身体強化やその他の攻撃魔法に意識を集中する術が身に付いていた。


 元来持っている魔力量の多さや、魔法に対する感性が人より優れていたという、もって生まれた素質や才能によるべきものも確かに大きい。


 けれど今のセルフィーネの実力は。


 幼い子供が当たり前のように持っているべきはずの、子供として許される時間を全て犠牲にして鍛錬に打ち込んできたからこそ得られた、執念の結晶というべき力であった。

 そしてセルフィーネは身体強化を高い出力で維持しつつ、そこに凄絶な槍捌きを加えた、高い戦闘能力を得るに至っている。これまでどんな相手にも模擬戦や実戦演習で後れをとることはなかった。セルフィーネも自身の槍の腕に一定以上の自信を持っており、それは驕りからくるものではなく、積み重ねた日々によって培われた確かな矜持だった。


 (攻めきれない……!)


 そんなセルフィーネが、試合開始からここに至るまで、自身の攻撃が一度も通らないことに驚愕を覚えていた。


 刺突による連撃は初撃と同じように何度も受け流され、斬撃や石突による足払いを含めた攻撃へと切り替える。穂先による攻撃は一撃当たるだけで強制解纏させるほどの重さと鋭さを持ち、石突の攻撃でさえまともに受ければダメージは免れない。

 放たれる攻撃全てが必殺必倒となる槍撃の嵐の中を。

 険しい表情を浮かべながらも、目の前の灰色の騎士はひたすらに躱し、受け流し続けていた。


 セルフィーネの攻撃に逆らうことなく、その力に真正面からぶつかることなく。

 

 無駄な力みはなく、されどセルフィーネの槍を受け流しつつも、その勢いで姿勢まで流されることはなく。

 

 試合開始から2分半。蒼銀の槍から放たれる攻撃、その一つ一つを、完璧に捌ききっていた。

 

 今の同学年の生徒なら、セルフィーネの槍を一度凌ぐことさえ難しい。それを精霊の真名を知らない、そして精霊騎士として初めての実戦となる春翔が、幾度も防いで攻撃を許さずにいる。

 槍と刀とで単純な比較は出来ないが、身体操作や観察眼、そして身に付けている武の質は、ともすれば自分を凌駕しているだろう。セルフィーネの背に、寒気と錯覚するほどの衝撃が駆けた。


 (すごいです。やっぱり君は、強いです。弱くなんてない)


 淀みなく槍を繰り出しながら、セルフィーネは相対する少年を素直に称賛する。


 そして思う。


 恐らく目の前で刀を振るう少年も、自分と同じように鍛錬を積み重ねてきたからこそ今の実力を手に入れたのだと。

 だからこそ、強くなるための努力、意思を、結果が出なければ無駄だとする上代の言葉や、セルフィーネの考えに否定を示すのだろうと。


 (けれどそれは、今の君が強いからこそ言えることです。弱いままなら、君だってそんな綺麗事言ってられないはずです……!)


 セルフィーネは改めて、春翔の考えを否だと断ずる。積み重ねたとしても、最終的に認められなければ、強さとして形に残らなければ、それはやはり無駄なのだと。


 そして。


 (どれだけ技量が高くても、それだけでは『精霊騎士として』の強さにつながりません!)


 (誰よりも強い騎士にならなければならないんです! こんなところで私は負けられない!)


 たとえ、ただの模擬戦であったとしても。

 目の前の少年の技量が優れていたとしても。

 精霊騎士として勝つのは己であると、蒼銀の少女は今一度、自身へ喝を入れる。


 春翔の左から右にかけて薙ぎ払うように、一閃を放つ。それに対応しようと、春翔も槍撃を受け入れるべく刀を構える。セルフィーネの槍と春翔の刀が触れるその刹那、


 (ここで!)


 セルフィーネの槍が加速し、威力や速度が瞬間的に増す。


 「うおっ!?」


 変化の伴った攻撃に、春翔の必死な形相がさらに驚愕の色を伴う。辛うじて凌ぐことはできたものの、威力を増した衝撃を綺麗に受け流すことができずに、体が流れて体勢が崩れた。


 セルフィーネが今行ったのは、下半身、体幹への魔力供給をカットし、その分の魔力を両腕へと送ることで槍を振るう威力と速度を増加させた、部分的な身体強化だ。


 全身への身体強化から部分的な身体強化へと切り替えるだけでも、かなりの練度と技量が要求される。さらに戦闘中での瞬間的な切り替えともなれば、その難易度はさらに跳ね上がる。決して高等部に上がったばかりの生徒に要求されるものではないその魔法を、セルフィーネは完璧に近い形で成した。


 本来なら今の一撃で勝負が決まってもおかしくなかったが、その急激な変化に対応した春翔もやはり、その技量の高さを褒められるべきだろう。その体勢は崩れているといっても一瞬で、すぐに修正できるものだ。


 しかしその僅かな隙を。


 (今!)


 蒼銀の戦乙女は狙っていた。


 セルフィーネが今の一撃で狙ったのは決着ではなく、春翔のその守りを僅かでも崩すことだった。春翔のこれまでの防御はその高い技量に裏打ちされており、刀の角度、力の入れ方、体の体勢、力の流し方など、様々な要素が最適な状態で揃って初めて成し得る。


 針穴を通すという表現すら生温い、極めて精密な技術と集中力。そして一撃すら被弾の許されない極限の状態の中、それを何度も成功させる技量と胆力は、間違いなく春翔が一流の戦士である証だとセルフィーネは評価する。


 逆に一つでも間違えば、その守りはたちまち崩れ去る。今の一撃は春翔の体勢を崩すことで、これから放つ渾身の一撃へと繋げるためのものだった。


 部分的な身体強化を維持し、春翔に生じた僅かな隙が消える前に槍を振り上げ、


 「ヤアっ!」


 体勢を戻しつつある春翔へと向けて振り下ろした。避けることはできず、慌てて刀で受け止めるならばその防御ごと切り裂くだろうし、辛うじて受け流したとしても先ほどと同じように完璧に流せず、さらに体勢を崩して隙を大きく作ることになる。どちらに転んだとしても、この一撃がほぼ決着に繋がる。セルフィーネはそう確信していた。


 春翔がこのような防御をとるのは、身体強化を用いた一撃をまともに受け止める術がないからだとセルフィーネは判断していた。身体強化を使えるならばこのようなまどろっこしい方法ではなく、真正面から打ち合いに持ち込むだろうと。

 咄嗟に受け止めるか不完全に受け流すかしか手は残されていない。この振り下ろしの一撃も、そんな前提のもとで繰り出された攻撃だった。


 ゆえに。


 「でやあぁぁ!」


 気合いの咆哮をあげて選んだ春翔の対応と、それがもたらす結果に、セルフィーネの思考は驚愕に塗り潰された。


 「――っ!?」


 体勢を引き戻しつつ、春翔が選んだのは。

 轟然と唸りをあげて振り下ろされる蒼銀の槍を、刀で切り上げて迎撃することだった。


 本来なら叩き潰されるはずだった灰色の刀は、


 『ギャリィィィィン!!!!』


 爆発したかのような音を上げて、蒼銀の鉄槌を弾き返した。下段からの攻撃であったため、弾かれた衝撃を下半身で受け止められた春翔の身体はそこまで崩れてはいない。


 だが上段からの攻撃を弾かれたセルフィーネは――弾かれた衝撃は必然と上に向かうベクトルであり、部分的な身体強化を行っていたが腕だけでそれを吸収するのは困難だった。どうにか自身の得物を落とすことはなかったものの、腕は跳ね上げられ、その身体は無防備に晒される形になった。


 (どうして!? 今までのはブラフ!?)


 本来ならば身体強化を用いて打ち合えるのを、ここに至るまで隠していたのか。だが攻撃を捌いていたときの春翔の表情は必至そのもので、そこに何かを狙っているような意図や余裕は無かったとセルフィーネは思う。


 (それよりも、今! 徴候が感じられなかった……!?)


 セルフィーネの一撃に真っ向から激突し、弾くのであれば、相応の身体強化が必要である。だが身体強化を行う場合、魔法であるため必然的にその徴候が生じるはずである。自身に感知できないほどの小さな徴候で身体強化の魔法を行う術を春翔が持っているとは、どうにも考えにくい。


 (いけない! 避けなきゃ!)


 だが何よりも、セルフィーネはこの状況から抜け出さなければならなかった。両腕に身体強化を集中させている今、体幹の防御力は格段に下がっている。そして春翔が刀を返し、上段から振り下ろさんとしていた。

 腕に回していた魔力を、足に回し始めて後退を試みる。だが驚愕による一瞬の判断の遅れが仇となり、無傷では済まないとセルフィーネは直感した。


 下手をすれば、ここで勝負が決まる。敗北する。


 恐怖に似た焦燥に駆られ、防御のために体幹にも魔力を回しつつバックステップを行った。それでも防御も回避も間に合わず、致命傷瀬戸際のダメージは負わされるだろう。その痛みを覚悟し――


 「――え?」


 不完全ながらも身体強化された足によるバックステップで、大きく距離をとる。だが距離をとったのは、セルフィーネだけではなかった。


 「どう、して……?」


 セルフィーネへと振り上げられた刀。だがそれは振り下ろされることなく。

 一瞬の硬直のあと、春翔もまたセルフィーネから距離をとるようにバックステップを行っていた。繰り広げられた攻防の凄まじさに、遅れて会場の歓声が上がる。けれどその熱気は、セルフィーネに届くことはなく。


 「どうして――!」


 槍を握る手に、力が籠る。聞く者の耳に残る心地良いソプラノは、明確な怒りに染められていた。







とりあえず書き溜めていたのは全部投稿しました。やばいですね、書くのを楽しみにしていた戦闘場面だけあって、この章もなかなか長くなりそうです。


読んでくださっている人が居ればですが、お付き合いいただければと思います。次の投稿は8/13までにしたいですね。ご感想アドバイスお願いします!

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