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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑩

 奏は目の前の試合を、祈るように手を組んで見ていた。


 途切れることなく放たれるセルフィーネの刺突。その攻撃は白兵戦についてあまり明るくない奏でも、どれほど壮絶なものであるかは一目で分かった。

 そしてそれを成すセルフィーネの姿は、悔しいと思えるほどに美麗であった。セルフィーネの華やかな戦いぶりに、観覧席の熱気はさらに増して歓声も高くなる。


 対する春翔は、ひたすらにその攻撃に防御の一手を打たされ続けている。刀の間合いに入れさせてもらうことすらなく、蒼銀の槍を躱し、刀で逸らし、必死に凌いでいる。


 「ハハハ! そら見たことか! もうすでに為す術がなくて防戦一方だ! 試合が終わるのも2分かからないんじゃないか!?」


 観覧席は学年とクラスごとに決められていたため、1組と2組はどうしても近いものとなってしまう。そのせいで聞きたくもない上代の声と、それに同調する取り巻きの笑い声に気が滅入りそうだった。



 観覧席から湧き上がる歓声が、さらに色めき立つ。セルフィーネは刺突だけだった攻撃から、槍を短く持ち、斬撃や石突の部分も使った攻撃を交えたものに変えてきた。


 蒼銀に身を包んだ戦乙女が、その肢体を大胆に躍らせて多彩な技を繰り出す。その槍撃の嵐は最早、舞と呼ぶに相応しい艶を放っていた。

 観覧席の圧倒的大多数は、すでに春翔など目に入れていないのだろうと奏は思った。


 (それでも、私だけだったとしても、ハルちゃんを信じ続けるんだ……!)


 負けることになったのだとしても、最後まで信じ続けて、目を逸らすことだけはしない。

 そうして奏は、苦戦している幼馴染を見つめる視線に、改めて力を込めた。




 「うわ、すっげえな春翔ちゃん……」




 「え……?」


 本来なら周りの声に掻き消される小さな声が、奏の鼓膜を揺らす。そうしてその言葉を発した、隣の席に座る少年に困惑の視線を向けた。


 「禅之助……? どうして、そう思うの……?」


 この試合を眺める誰もが、セルフィーネの戦いぶりに驚嘆し、目を奪われていると思っていた。春翔を応援している奏でさえ、贔屓目なしで答えるならセルフィーネを称賛する。そんな中放たれた禅之助の、春翔の技量に感心を示す言葉に、奏は嬉しさよりもまず疑問を覚えた。


 「え……? ああいや、気にしないでよ奏ちゃん! ほら、春翔ちゃんを応援しなきゃ! 春翔ちゃーん! ファイトー!」


 禅之助本人も、誰かに聞いてほしくて出た言葉ではなかったのだろう。それを聞き拾われたことに照れているのか、普段より輪をかけた明るい口調で誤魔化そうとする。


 けれど先ほどの言葉は、決して贔屓目や同情の念を込めて放たれたものではない、冷静な思考の結果思わず漏れた評価であると奏は理解していた。禅之助の真意を確かめようと、奏は口を開きかけて、


 「私も気になるな和甲。お前はどうして目の前の試合を見て、桜咲がすごいと思ったんだ?」


 低いが女性のものと分かる声質と、勝気な調子で紡がれた言葉が周囲に届く。奏や禅之助だけでなく、1組と2組の生徒が声の主へと視線を向けるべく振り返った。

 そこには1組担任の桜咲椿と、2組担任の神田壮哲が並んでいた。勝気な笑みを浮かべる椿に対し、神田はその細い目をさらに不機嫌そうに細めていた。


 「桜咲先生、いらっしゃるつもりだったんですか?」


 1組の女子生徒が声をかける。それに対し椿は、教室での口調よりもいくらか気さくな声で答える。


 「そりゃそうさ。今模擬戦をしているのは、両方とも自分が受け持つクラスの生徒だぞ? 見に来ないわけがないさ。本当は開始前から見に来る予定だったんだが、どこかの頑固な教師を引っ張ってくるのに少し時間がかかってな。不本意ながら遅れてしまった」


 「ふざけるな。私はそもそもこのようなことに時間を割く暇などない。無理矢理引っ張ってきておいて挙句に遅刻のダシにするなど――」


 「それでも来てくださったということは、やはり今回の試合をけしかけたことにいくらか負い目を感じておられるからですよね神田先生? いやぁ、他人のクラスの生徒を煽って試合をさせておきながら、まさかその段取りや場所の確保を丸投げするなんて、なんて責任感のない先輩なんだと思っていましたが。やはりこうして決着を見に来て下さるくらいには欠片ほどの関心をお持ちになっているとわかって、私は嬉しく思います」


 普段見せることは決してないだろうその笑みは、綺麗でありながらもありありと毒を感じさせるもので。

 作ったと分かる高めの声と、敬語で叩きつけるように紡がれるその言葉は、皮肉や恨み辛み嫌味に溢れたものだった。そんな椿の様子に、神田は表情を顰めて口を噤む。


 (((この二人、やっぱり仲が悪いのかな……)))


 その場に居た大多数の生徒が、同じ感想を抱いていた。


 神田に向けていた作り物の笑顔を壊して、椿は再び禅之助へと向き直る。


 「それで? 和甲はどうしてシュテルンノーツではなく、桜咲がすごいって思ったんだ?」


 「……シュテルンノーツさんではなく、桜咲が? ハッ! さすがは補講常連の劣等生! 魔法士の僕ですらその差は分かるというのに、剣闘士でありながらあの試合を見てそんな感想を抱くなんて、よっぽど頭のネジが――」


 椿の言葉に、上代がもったいぶった、鼻につく口調で和甲を非難しようとする。だが、


 「黙れ上代」


 その言葉を遮ったのは椿ではなく、以外にも神田であった。言われた上代だけでなく、全ての生徒がその光景に目を丸くした。

 神田は鬱陶しそうに息を吐き出し、無言で禅之助へと目を向けた。それに倣うように、1組と2組の生徒が視線を向ける。こんなに大人数の目を向けられたら、自分なら委縮して口が動かないだろうなと奏は思った。


 しばらく落ち着かないように周囲を見て、禅之助は椿へと目線をやる。勝気な笑みを浮かべたまま、言葉を促すように片眉を吊り上げる椿を見て、小さく嘆息して禅之助は口を開いた。


 「いや一応言っときますけど、春翔ちゃんがシュテルンノーツさんより優れているっていう意味ではありませんからね?

 シュテルンノーツさんがすごいのは、ボクだって分かってますよ。前から分かってます。


 高い出力の身体強化と、槍術を用いたあの戦闘スタイル。


 魔法士相手なら魔法を許さずに接近戦に持ち込んで叩くし、剣闘士相手でも同じようにあの槍の技量で圧倒する。多分今でも、3年生の先輩相手にしても勝ちの目を狙えるくらい強いです。

 ましてや同学年相手なら、それこそ戦いになるようなヤツなんてほぼ居ないですよ。ボクらの中でまともに戦えるのなんて、休学中のアイツくらいしか居ないでしょ今のところは」


 禅之助の言葉に、奏を含めて多くの生徒が頷く。。


 「それで、春翔ちゃ……すいませんクセで。桜咲ですけど。さっき上代が防戦一方って言ってましたけど、ボクらじゃ戦いにすらならないシュテルンノーツさんに対して、文字通り『防戦』っていう戦い(・・)に持ちこめているんですよ。



 現に、今もあれだけシュテルンノーツさんに攻め込まれていても、





 ここまでで桜咲は有効な攻撃(クリティカルヒット)どころか、掠らせることすら許していない」


 「――!」


 奏はその言葉に、戦闘中の二人へと視線を向けた。変わらずセルフィーネが怒涛の槍撃を繰り出し、春翔は攻撃すら許されずに守りに徹している。


 けれど禅之助の言う通り、セルフィーネの霊鎧よりも明らかに質の落ちる春翔の霊鎧に、傷は一つもなかった。そして奏が落ち着いて目を凝らせば、春翔の表情だけでなく、一見優勢であるセルフィーネの表情も同様に緊張が走っているのが分かった。

 禅之助が指摘した事実に、生徒たちはその表情を驚愕に染めた。この事実に気付いているのが、自分たち以外でこの観覧席に、果たしてどれだけ居ると言うのか。


 「そ、そんなの偶然だ! それに仮にそうだとしても、試合が始まってまだ2分しか経っていない! 最後まであんなのが続くものか!」


 禅之助の言葉に、負け惜しみのように上代が噛みつく。


 「和甲が指摘したことは事実だ」


 そんな上代の言葉を、再び神田が諌める。自身の教室のクラスや、黎明寮に住まう上位の生徒への贔屓が過ぎるという評価の神田から受ける言葉に、上代やその取り巻きである生徒だけでなく、1組の生徒も驚いたように目を丸くする。それは奏はもちろん、禅之助さえ例外ではなかった。


 「上代。今よりも上を目指すのであれば、物事を客観的に見る力を養え。今シュテルンノーツとお前が戦えば、間違いなく魔法を発動させる間もなく勝負がつく。そんなシュテルンノーツの槍を、精霊と契約して間もない、その真名すら知らない桜咲が応戦しているのは事実だ。成績や評価はともかく、戦闘力ならお前よりも上だろうし、それを気付けなかったお前は、観察眼においてなら和甲よりも劣る。精進しろ」


 冷たく言い放たれた言葉、その内容に、上代は赤くなって震えていた。その様を見ていい気味だと思うことなく、奏は神田の言葉に驚いていた。


 「なんだ、神田のヤツ。どっか頭でもぶつけたんじゃないか……?」


 「聞こえているぞ和甲」


 「はい! すいません!」


 聞こえないように言ったつもりの囁きを指摘され、禅之助は勢いよく答えて試合場へと目を戻した。チラリと椿を見る奏は、仏頂面の神田の隣で、笑いを堪えているその姿を見た。


連続投稿でーす! お次は8/6の、午前2:00ごろ予定です!

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