第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑨
ようやく戦闘に入れました。長かった……!
春翔とセルフィーネが開始地点へと立ったことを確認し、武雄が勇ましく声を張り上げる。
「それでは両者、霊纏せよ!」
その言葉に春翔は集中しかけたところで、目の前からもたらされた蒼い光に思わず目を瞑る。そしてすぐに目を開けば、視線の先に鎧装霊纏を完了させたセルフィーネが居た。
「すっげぇ、やっぱり速い!」
「それに、綺麗……!」
霊纏までの速さ、そして現れたその姿に、観覧席から感嘆の声が漏れた。実際当事者でさえなかったなら、自身も目を奪われ釘付けになっていただろうと春翔は思った。
手にする蒼銀の槍は、光を浴びて鮮やかな輝きを放つ。
霊鎧は武雄のような全身鎧に比べれば金属鎧の部分はかなり少なく、鎧以外の部分は青を基調とした布地を纏っている。霊鎧の名の通りの、舞踏会で姫が身を着飾るようなドレスアーマーだ。
鎧姿であってもスタイルの良いその体が、誰の目からも明らかだ。だが彼女の真剣な眼差し、佇まいから発せられるのは、紛うことなく清澄な闘志であった。
その生来の気品と相まって、戦乙女と呼ぶに相応しい、凛々しく華麗な騎士がそこに居た。
「……桜咲? 霊纏してほしいんだが……」
思わず見惚れていた春翔であったが、武雄の戸惑いを孕んだ言葉に意識を引き戻される。そしてセルフィーネの鎧装霊纏のあとでは、自身の未熟な霊纏が余計に目立ってしまうことになると落ち込みかける。
(未熟なのは分かり切っていること! 今更なにを恥に思う必要があるんだ!)
自身を叱咤し、正面を見据えて、春翔は意識を集中させる。
そして。
「鎧装霊纏」
自身の精霊の加護を顕現させる言葉を放つと同時に、春翔の身を白い光が包む。そうして現れたのは、刀を右手に携え、灰色の鎧を装備した春翔だ。セルフィーネや武雄の霊鎧が西洋風な意匠であるのに対し、春翔のそれは日本の侍が身に付ける軽装鎧のようだった。
「おいおい、霊纏するのにすら詠唱が必要なのかよ!」
「それに時間も遅っそ! 実戦なら、霊纏している間にやられて強制解纏だな!」
「おまけにあの霊装と霊鎧の色! 精霊の名前すら知らないまま学年主席と戦おうってか!? ただの馬鹿だろ! 勝負は見えたな!」
至る所から春翔をこき下ろす声があがり、周りを失笑が取り囲む。
本来なら精霊の真名を知ること、そして無詠唱での霊纏を身に付けることは、中等部の2年生に上がるまでに必要な項目だ。早い生徒なら入学前に済ませている生徒だって居る。また、春翔の霊纏にかかった時間は3秒弱だ。中等部に入学する時点での平均時間が2秒ほどであることを考えれば、かなり遅い。
高等部はおろか、中等部の生徒にすら嘲笑される中。
春翔は瞑目し、呼吸を整える。
そして目をゆっくりと開き、自身の霊装を両手で握り、正眼の構えをとった。中等部の生徒や、高等部でも魔法士タイプの生徒であまり気付いた者は居なかったが、剣闘士タイプを含めた一部の生徒はその構えを見て目を見開いた。
(大丈夫。ちゃんと見えている)
自身の気持ちを落ち着かせようと、春翔は心の中で呟く。50m先のセルフィーネが構える姿、その一挙手一投足を見落とすまいと視界に捉え、情報をきちんと整理できていることを確認する。
隙は少なく、なおかつ無駄な力みはないその姿が、目の前の美少女がかなりの実力者であると告げている。そしてその事実を、自身の中で比較的冷静に分析できていることを、春翔は再確認した。
(あとは俺の覚悟だ。大丈夫。ここで乗り越えられる。いや、ここで乗り越えなきゃいけないんだ!)
固く目を閉じ、大きく息を吸う。
普段よりも程度は小さいものの、刀を手にして他者と相対しているという事実に、春翔の手足に冷気が差し込んで震えそうになる。鼓動も速くなり、全身を嫌な汗が流れるのを感じる。
(思い出せ、周りに支えられてきた事実を。今ここに居られるのは、俺一人じゃ絶対に無理だったってことを……!)
両親を失い、春翔と優華を温かく迎え、鍛え、育ててくれた椿。
優華をその手にかけて、刀を振れなくなってからも。椿共々、自分の意地に付き合い続けてくれた燈華。その銀髪の美鬼がくれた、胸の中で篝火となり燃える励ましの言葉。
そして、騎士としての力をくれた精霊。試合前に、この両手に今なお残る温もりと笑顔をくれた、名前もまだ知らない少女。
止めていた息を細く、長く吐き出してゆっくりと目を開く。鼓動も呼吸も落ち着き、四肢の感覚も確かなものであるように春翔は感じた。
「いこう……!」
その思いを声にして放つ。そして目の前の強敵に、力強い目線を向けた。
「両者、構え!」
武雄が声をあげると同時に、その大剣を片手で高々と持ち上げる。
周りの息を呑む様子は最早届かず、春翔の意識はシュテルンノーツへと向けられていた。
「試合――」
両者の意識が、極限まで研ぎ澄まされるのを見計らったかのように。武雄は片手で大剣を勢いよく振り下ろし、
「――開始ぃぃ!」
春翔とセルフィーネの模擬戦の幕が、切って落とされた。
春翔とセルフィーネの距離は50m。まだ魔法を知らず、霊装が刀である以上、春翔は接近戦に持ち込むしかない。昨日椿に叩き込まれた魔法でセルフィーネに肉薄しようと、春翔は動き出そうとした。
そのときだった。
春翔の頭頂部に鋭い痺れが走る。そしてほぼ時間差無しに、セルフィーネが尋常ならざる速度で距離を詰めてきた。
(速い! 身体強化か!?)
50mあった彼我が、僅か3歩で意味を消失させられる。セルフィーネはその速度に振り回されるようなことはなく、春翔の刀の間合いの外かつ、自身の槍の有効距離に春翔を捉えられる場所で静止した。すでにその槍は刺突を繰り出さんと、放たれるのを待つ弓矢のように引き絞られていた。
「ヤアっ!」
数瞬の間もなく、裂帛と共に突きが放たれる。セルフィーネの手元の動き、目線から、その槍の狙いが自身の左肩であると春翔は悟る。
左半身を僅かに引きつつ、槍が刀の間合いに入ったのを見計らって、迫る槍に刀を添えるようにしてその軌道を逸らそうと試みた。
灰色の刀と蒼銀の槍が交差し、火花を散らせながら刺突が迫る。そして春翔の左肩があった空間を、辛うじて穂先が通り抜けた。
(速い……! それに鋭いし重い! こんなのまともに喰らったら……!)
身体強化の魔法によるものだろう。春翔が見た少女の刺突よりも、その威力は遥かに重い。刺突に刀を添えて受け流しただけでも、春翔の両腕はその衝撃に悲鳴を上げかけていた。
突きを受けるどころか、真正面から防御しても大きなダメージを負うことは目に見えていた。魔法の徴候とは違う、痺れ染みた悪寒が春翔の体を駆け抜ける。
刺突が繰り出され、春翔がそれを辛く凌いだことで生まれた間隙。攻撃を流されたセルフィーネにとっては致命的な隙となるはずだったそれも、セルフィーネの素早い引き戻しによって膠着状態となることすら許されなかった。刀から伝わる重さが消えるも、すでにセルフィーネは槍を引いて次の攻撃に移りかけている。
身体強化によるものだけではない。高い技術と、それを裏打ちする鍛錬がなければ成し得られない、流れるような身の熟しに春翔は身震いする。
「くっ!」
一撃も命中を許されず、正面切って受けることも敗北へと直結する。並大抵の精神力ならすぐに諦観へと叩き落される絶望的な状況に、春翔はその表情にさらに緊張の色を濃くした。
試合開始からここまで僅か約3秒。次の攻撃が、春翔に迫ろうとしていた。
次は8/6の午前0:00頃投稿予定です!