表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/61

第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑧

 入場口から試合場へと足を踏み入れる。陸上競技場のように芝生やトラックで整備されていたはずのそこは、無骨な地面へと変貌していた。その中央に、(はる)()と同じ制服姿の男子生徒が見える。恐らく審判だろうと思われるその人影に向かって、春翔は歩みを進めた。


 歩きながら、自分を落ち着かせる意味で周りを見渡す。試合場をぐるりと取り囲む観覧席に、まるでローマの闘技場(コロッセオ)みたいだと春翔は思った。高等部だけでなく、中等部の制服姿もかなりの数見られ、観覧席は盛況しているようだった。


 「見ろ、出てきたぞ!」


 「あれが、桜咲先生の……」


 「まあでも、五分保てば御の字だろ! お前は何分にする? 何なら賭けるか?」


 春翔の入場に観覧席が沸き立つ。だが歓声と呼ぶには、それはあまりにも華がなかった。


 好奇の視線を向ける者。春翔を値踏みし、この試合をどれだけの時間耐えられるかを予測しあう者。そして上代のように、明らかに見下すような視線を向ける者。

 周りのそんな視線を鬱陶しく思いつつも、その中から春翔は、数少ない友好的な視線を投げかけてくる者の姿を見た。


 同じクラスの数名が、まとまって座っている。その中で禅之(ぜんの)(すけ)がはしゃいでいるように大きく手を振っている。

 禅之助の隣では(かなで)が、春翔へと不安に満ちた視線を送っていた。禅之助や他のクラスメートの応援に応えるように、そして心配性な幼馴染を少しでも元気づけるように、春翔は勝気な笑みを浮かべて大きく拳を突き上げた。


 そんな春翔の姿に、禅之助はさらにテンションが上がったように両手を振り回し、それにぶつかったクラスメートの男子生徒に頭を叩かれていた。奏は驚いたように目を見開いていたが、呆れたように、それでも確かに表情から緊張を緩ませて笑った。


 「なんだ、随分と自信満々な様子だな桜咲! 何か秘策でもあるのか!?」


 観覧席よりもずっと近い、試合場の中央から投げかけられた台詞に、春翔は目線を観覧席から外した。張りのある胴間声、そして力強い調子は、春翔の聞き覚えのあるものだった。


 「あれ、(なか)()(だかり)先輩? 先輩が今日の試合、審判してくれるんですか?」


 その声の主がいくらか関わりのある人物であったことに驚きと安心を覚えながら、生徒会副会長の仲村渠(なかんだかり)武雄(たけお)に声をかけた。そんな春翔に、武雄はニカッと大きく笑みを浮かべて、


 「おうよ! 正式な戦闘考査でもない一年坊主どもの模擬戦に、わざわざ先生方の手は(わずら)わせられないからな! 今回の試合は、生徒会が(あずか)らせてもらうことになったんだ! で、どうなんだ? なんか作戦とか、勝の目を狙いにいく算段はあるのか!?」


 その瞳を興味に輝かせて、豪快な口調で言う武雄。それに春翔は肩を竦めて、


 「勝てる見込みなんて、ゼロに等しいのは分かってますよ。でも、今の俺が出来ることはやってきたつもりです。やるからには全力でしがみついていく覚悟です」


 春翔のきっぱりと言い切った言葉に、武雄は大きく頷いて満面の笑みを浮かべた。


 「いい答えだ! とはいえ、お前も随分思い切ったことをするよなぁ桜咲。高等部からの編入とはいえ、精霊騎士学校に入学してから三日で、それも同学トップのシュテルンノーツと模擬戦なんて、かなりぶっ飛んでいるぞ?」


 「ハハ、返す言葉もございません……」


 武雄の言葉が自分を暗に非難していると受け取った春翔は、困ったように苦笑する。そんな様子の春翔に武雄は首を振る。


 「ああいや、別にお前を責めようとかいうつもりはないんだ。むしろ逆だ! 俺は今、お前のような後輩が居てくれたことに非常に感激を覚えている!」


 「え、ええっとぉ……?」


 突然放たれた称賛の言葉。加えて、握り拳を作って身体を震わせる武雄の、威圧感と暑苦しさを与える姿に、春翔は呆けた声を上げることしかできない。


 「この試合が起きるきっかけを聞いた。友が傷つけられ、努力を否定するような言葉に対して怒り! 精霊の真名を知らぬ状態でありながらもそれに反抗するために立ち上がったというではないか! なんという根性、そして男気に溢れた漢なのだ! お前のような後輩が居てくれて、俺は! 俺は、胸が熱くなるほどに感動している!」


 「はい、あの、どうも」


 今にも泣き出さんばかりに瞳を潤ませて迫るガタイの先輩に、春翔は顔を強張らせる。この無駄に昂ぶっている先輩にどう対応したものかと思案していた春翔であったが、突然武雄の表情が曇り、無念そうに歯を食いしばる姿に変わったことで、戸惑いを見せつつも武雄の次の言葉を待つ。


 「個人的にはお前の味方をしてやりたい。だが! やはり勝負の場で審判という立場で臨む以上、片方に肩入れするということは許されない! すまない桜咲……! だけど俺は、心からお前のことを応援しているぞ!」


 そのエールの時点ですでに肩入れになるのではないかと思った春翔であっても、それを指摘することはなかった。武雄の力強い励ましに、


 「ありがとうございます。それだけで十分です。頑張ります!」


 春翔も勝気な笑みを浮かべながら答えた。そして、観覧席からあがった歓声に、春翔は全身を叩かれる。


 「お。お前の対戦相手も入場してきたな」


 あっけらかんとした調子で言う武雄は、春翔が通った入場口とは反対の場所へと目を向ける。春翔もそれに倣って、その表情に緊張を滲ませつつその姿を目で追った。


 金色の髪が揺れて、キラキラと煌く。その表情は春翔が持つような緊張はないが緩みもなく、青いその瞳に見据えられ、このような場であるにも関わらずドキリと胸が跳ねるのを春翔は感じた。


 均整のとれた体を揺らして歩くその姿も美しい。貴族の末裔というだけあって、見る者に冷たい印象を与えつつも、セルフィーネの纏う雰囲気は華やかで品位に満ちている。

 観覧席からあがる声も春翔のときのものとは違い、まるでファッションショーでモデルが登場してきたときのように色めき立っている。だがそんな歓声に喜びや、鬱陶しさを示すような表情を浮かべることなく、セルフィーネは淡々と試合場の中心部、春翔と武雄の待つ場所まで歩いてきた。


 セルフィーネが春翔の真正面に立ち、両者が向かい合う形になる。真直ぐに自身を見つめる瞳に、春翔はたじろぎそうになる。だがその青い光には怒りや侮蔑といった感情はなく、けれどどこか試すような色を宿しており、真意を掴めないまま春翔も負けじと見つめ返した。


 「ハーッハッハ! 両者揃ったな! 時間まで五分くらい早いが、始めるとするか!」


 豪快に笑ったあと、武雄の身体が一瞬、小さくオレンジ色に包まれるのを春翔は見た。そしてその一瞬の後、橙色の光を放つ全身鎧(フルプレート)に身を包み、同じ色で炎のように輝く大剣を地面に突き刺す武雄の姿が現れた。


 (速い……! それにこの人、強い!)


 鎧装(アーツ)霊纏(インストール)を行うスピードは、学校を卒業する時点で0.5秒を切れば一流と言われている。加えて霊纏を行う際に放たれる光も、小さく抑えられるほどその騎士の技巧が高いと言われている。霊纏の際に放たれる光は魔力によるものであり、これが小さければ魔力の無駄な消費を起こすことなく、それを抑えられるということは、自身の魔力を十分にコントロールできるという証となるからだ。


 武雄の鎧装霊纏は確実に1秒に満たなかったし、その光も目立たないものだった。加えて、肉厚の鉄塊を思わせる大剣を地面に突き刺し堂々と佇むその姿からは、魔法的な実力だけでなく、武雄が肉体的な戦闘技術をどれだけ高いレベルで身に付けているかを、春翔は感じ取っていた。

 

 審判である武雄の鎧装霊纏を見て、試合の開始が間もなくだと知った観客の熱気が増した。


 「なんだなんだ。会場もお前らも、俺のこの鍛え上げた筋肉を見てそんなに興奮したのか? やめてくれよ照れるじゃねーか、ガハハハハ!」


 豪快に笑い、武雄は春翔の背を数度叩いた。加減しているのであろうが、生身の人間に対し霊纏(インストール)状態で叩かれるだけでも十分に痛い。


 「痛って、ちょ、仲村渠先輩シャレになってないです!」


 「これくらい根性で耐えろ! それにお前もそんだけ鍛えてるんだ、これくらい屁でもないだろう!?」


 「霊纏したヤツの攻撃を生身で耐えれるほどじゃないですって痛い!」


 「全く、情けないヤツだ」


 渋々といった様子で、武雄は春翔の下を離れる。ホッと息をついて、正面のセルフィーネへと視線を向ける。相変わらず無表情であったが、その瞳が僅かに翳っているように春翔は思った。


 (……?)


 疑問に思ったが、それを吹き飛ばすほどの大声が武雄から放たれた。


 「これより、1年1組桜咲春翔、同じく1年1組セルフィーネ・レイリア・シュテルンノーツの模擬戦を開始する!」


 会場中に響き渡る胴間声に、観覧席から溢れんばかりの歓声が沸いた。


 「制限時間は10分! 形式は鎧装霊纏! 勝利条件は一方を強制解纏(エスケープ)させること、あるいは降伏宣言を行わせること! なお魔法の使用は、『試合開始』の合図が行われるまで使用、または待機状態にすることは許されない! また、制限時間内に勝敗が決しない場合は引き分けとする! 双方、異存はないか!?」


 高らかに宣言し、武雄が春翔とセルフィーネの顔を見る。両者共にその言葉に頷いた。

 二人の了承が得られ、武雄はさらに言葉を続ける。


 「審判は仲村渠武雄、防護壁(シールド)形成は月夜(つくよ)(がみ)(かぐ)()、高柳いづきの両名で行う! それでは、防護壁展開!」


 「うおっ!?」


 武雄の言葉の直後に、春翔の頭頂部に大きな痺れが走る。痛みや不快なものではないが、ただでさえ慣れない感覚の上、騎士となってからは感じたことのないほどの大きな徴候に、春翔の口から思わず声が漏れる。セルフィーネと武雄は慣れたものなのか、春翔のように声を上げることはなかった。


 そして徴候が発生して数秒後。


 試合場と、そこを取り囲む観覧席とを分けるように、地面から演習場の中空へと向けて光の壁が展開された。演習場の外から見れば、巨大な光の円柱が生じたように見えただろう。そして光の円柱は色を失い、透明な壁となった。


 「いやあ、会長と高柳が優秀なのはもちろんだが、たった二人でここまで見事な防護壁を形成できるとはな!」


 周囲に目を走らせながら武雄が言う。春翔の目に見える範囲では二人の姿はないが、裏で澄まし顔のまま魔法をこなしている二人の姿を想像した。


 「よっし! それじゃ双方、所定の位置へ!」


 セルフィーネの後ろ、25mほど先の地面に光が灯っていた。魔法の徴候がないため、機械の光であることは明らかだ。恐らく自身の後ろにも同じ光があるのだろう。気が付けば武雄も春翔たちと距離をとるように、中央から離れていった。


 自身の開始地点に向かおうと、セルフィーネに背を向け歩き出そうとしたところで、


 「君が昨日言っていたこと。君自身が、本当に心から思っていることですか?」


 投げかけられた問いに、春翔は再びセルフィーネへと目を向ける。ソプラノの声や表情には変わらず気負いも力みもないが、青い瞳が戸惑っているように、微かに揺れているように春翔には見えていた。


 「当たり前だ。強くなろうと思うこと、そのために頑張ることが、無駄であるはずがない」


 真正面に見据えて、春翔は自信を持って答える。その確かな物言いに、セルフィーネはその表情を曇らせた。


 「たとえそうして努力して、その果てに何も得られなかったのだとしても? 弱いままだったとしても?」


 無機質で冷たい印象の声に、この日初めて、人間らしい感情が伴ったように春翔は聞こえた。セルフィーネがどのような思いで問いを重ねているのか、春翔には分からない。だがどこか余裕なく放たれた彼女の言葉に、春翔は逃げずに答えたいと思った。


 「どんな結果であったとしても、それが望んだ結果でなかったとしても、歩み続けた事実まで否定されるわけじゃない。その積み重ねは、絶対に次へとつながる糧になるって俺は信じてる。だから俺は諦めない。たとえ弱いままだとしても、それは()の(・)()()では弱いってだけだ。どんなに遅くても、積み重ね続ければきっと強くなれるって俺は思う。

 だから、強くなるために足掻くことはきっと無駄なんかじゃない……!」


 セルフィーネへと告げたその思いは、同時に自身に対しても向けられていた。一度手にしていた力も見失い、12歳を過ぎてからは精霊騎士になれないと言われても、優華との約束を果たしたいという思いで、一心不乱に駆け抜けてきた。そして今、この場で騎士として立っている。他の者からは小さいことであっても、春翔にとっては大きく、確かな一歩だった。

 だからこそ、春翔は信じ続ける。強くなるために足掻き、積み重ねることは、自身に起きたように、いつか何かを掴むために必要な糧になるのだと。


 「……っ」


 春翔の言葉に、一瞬だけ目を大きく開くセルフィーネ。だがすぐに俯いて目を伏せ、唇を固く結んだ険しい表情になる。


 「そんなもの、『次』が許されている者にしか、通じないじゃないですか……」


 「え……?」


 細く、震える声で放たれた言葉。そこに込められた切実な響きに、春翔は言葉で返すことができなかった。


 「おーい、二人ともどうしたー!?」


 気付けば二人からかなり離れた位置で、武雄が二人に向けて声をかけている。観覧席でも未だに動こうとしない二人を不思議に思っているのか、ザワザワと困惑の声が波のようにさざめいていた。武雄に声をかけようとした春翔だったが、セルフィーネが踵を返して背を向けるのを見て押し黙る。


 「強くなれなければ、認められなければ、それまで積み上げてきたものは無駄です。私の言葉を否定したければ、君の主張を認めさせたいのなら全力できてください。私も全力で、君の言葉を否定しますから」


 表情を見せずに、セルフィーネはそう告げて開始地点へと歩みだす。その声は普段の冷たい響きに戻っていた。

 ことここに至れば、もうこれ以上交わす言葉もないだろう。そう思った春翔もまた、踵を返して歩き始めた


続けて投稿しまーす

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ