表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/61

第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑦

お待たせしましたー!

 日本国立精霊騎士学校敷地内、第四演習場。


 模擬戦の開始時間まで30分以上も余裕がある中、(はる)()は控え室の長椅子に腰かけていた。緊張した面持ちのまま瞑目し、手を組んで静かに呼吸している。その額から、汗が一筋滴り落ちた。


 模擬戦とはいえど、春翔にとっては精霊騎士(キャバリア)としての初めての実戦だ。ただでその身に重圧が降りかかる状況。加えて、春翔に纏わりついた(トラウマ)が、追い打ちをかけるようにその体を硬くさせる。


 誰かを前にして刀を振るうのは、燈華や椿以外ではこれが初めての経験だ。人を前にして刀を握るだけで、拒絶反応のせいで立つことすらままならなくなる。

 昨日の椿との訓練では、椿が十分に離れた場所から魔法を撃ってきたので拒絶反応は少なかった(それでもやはり、連続で刀を振ってられたのは10分が限界だったが)。この試合においても、間違いなくあの日の記憶が立ちはだかるだろうと春翔は確信していた。


 「それでもここで、絶対乗り越えてやる。俺自身の剣を、絶対に取り戻す……!」


 力強く言葉を放つ。見開かれた黒い瞳には、壊れそうなほど張りつめた、強い決意が滲んでいた。


 守るべき家族を切り裂いた、自身の刀。血と後悔で穢してしまった、桜咲の剣。


 それでも。


 優華と交わした約束を守るために。精霊騎士となって、厄霊(ヴァイス)に苦しむ誰かを一人でも救えるように、守るために。


 自身の弱さ、傷を乗り越えて、かつての力をここで取り戻す。


 その思いを今一度自身に刻みつけるように、春翔は口にしたあと、組んだ両手に一層力を込めるのだった。


 (大丈夫。朝の感覚を思い出せ。燈華さんの励ましを、あの嬉しさを、思い出せ)


 初めて拒絶反応を示すことなく、霊装を振り続けられた今朝の鍛錬を春翔は思い返す。誰かと相対していたわけではなかったものの、それでも途切れることなく振り続け、拒絶反応を起こさなかったのは、優華を手にかけて以来では初めてのことだった。燈華からもらった励ましの言葉、それを聞いて感じた、泣きそうなくらいの胸の温かさ。それを忘れるまいと、春翔は再び瞑目して手の指を組み直す。そのときだった。


 「えっ……?」


 唐突に制服の左肩を引っ張られる感覚に、思わず目線をそこに向ける。春翔の隣に、自身の精霊(スピリア)である少女が立っていた。精霊は春翔の制服を掴み、無言で春翔を見つめ続ける。


 「あ、えっと……」


 いつの間に現れたのだろうか。そもそもそれに気付かないくらい、自分は周りが見えていないのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだが、春翔はそれよりも、重大なことを失念していたと気付かされた。


 「……ダメだな俺。自分のことに手一杯で、一緒に戦ってくれる君のことに気が回ってなかった。ホントごめん!」


 昨日から今に至るまで、春翔に力を貸してくれるはずの精霊に対して全く関わりを持っていなかったことに気付いて、春翔は土下座せんばかりに頭を下げた。少女は慌てた様子で、春翔の制服を数度引っ張って顔を上げさせようとする。


 頭をあげて、春翔は自身のパートナーへと向き直る。未だに名も知らない自身の精霊。昔から焦がれるほどに望んだ精霊騎士としての力を、自身に与えてくれた、春翔にとって大切な存在の一人。



 精霊騎士として初めての戦いに赴く前に、自身の決意をきちんと伝えなければならない。



 心配そうに自身を見つめる精霊の両手を、春翔は優しく握る。驚いたようにビクッと身体を揺らし視線を落とす少女は、けれど。

 手を振り解くことなく、目線を春翔と合わせた。頼りなく揺れる精霊の瞳に、懐かしい誰かを思い出しながら、春翔は思いを吐き出す。


 「まずは……本当にごめん。君の了承もないまま、勝手にこんなことになっちゃって。挙句にこんな直前になるまで、君のこと忘れてて。一番に相談しなきゃいけない存在だってのに、俺ダメな主人だ」


 苦笑を零しながら語りかける春翔。そんな主の言葉を否定するように、少女は小さく首を振る。

 できるだけ優しい口調を心掛けつつも、自身の思いが確かに伝わるように。春翔は今一度、精霊を見つめる。春翔の瞳の色と同じ、黒い大きな瞳が揺れていた。


 「シュテルンノーツさんと戦うこと。完全に俺の自業自得だし、我儘だ。でも譲れなかった。逃げたくなかった。強くなるために足掻いてきた道が間違っているだなんて、絶対に認めない。弱くても、強くなりたいって思うことは、頑張ることは無駄じゃないって証明する。

 それから……君がくれたこの力を、使いこなせるように。優華との約束を果たすために、俺は、ここで乗り越えなきゃいけないんだ」


 春翔にとってこの試合は、二つの意味を持つ。


 一つは、弱くとも強さを求める意志、努力は無駄ではないと証明すること。


 もう一つは、精霊騎士として厄霊と戦うために、春翔とその剣を縛る枷を乗り越えること。


 この試合にかける自身の思いが、少しでも目の前の精霊(パートナー)に伝わってほしい。

 そんな願いを込めるかのように、春翔は繋いだ手に、優しく力を加える。


 それに応えるように、精霊の手は小さく、けれど確かに、春翔の手を握り返した。ほんのりと朱が差した表情は戸惑っているように硬いものだったが、春翔を見つめ返す瞳は澄んで、とても穏やかなものだった。


 「俺にとってこの試合は、戦いは、すごく大切なものなんだ。だからどうか、俺の我儘に付き合ってほしい。一人じゃ何もできない、守れない俺に、君の力を貸してほしい……!」


 振り絞るように、懇願の声をあげて。

 春翔は固く瞳を閉じて、頭を下げた。


 数秒の間、両者の間に沈黙が落ちる。逃げ出したくなるような痛い静けさに耐えて、春翔は精霊の反応を待った。

 やがて少女の手が、繋いでいた小さな手が離れるのを感じ取る。


 拒絶された……?


 息を呑むくらいの衝撃と絶望は、しかし、一瞬で消え去った。



 小さな手の平が自身の手を精一杯に包むのを、春翔は感じる。そしてすぐに柔らかな、温かい何かが手に押し付けられる感触に、春翔は頭をあげた。


 「え……」


 少女が春翔の両手を優しく、愛しむような手つきで包んでいる。そして春翔のその手に、精霊は瞳を閉じて口づけを施していた。


 あるいは波一つ立てず煌めく、清らかに澄み切った湖。


 あるいは呼吸すら躊躇われる、荘厳な静寂に満ちた聖堂。


 あるいはこの世に生を受けたばかりの赤子が、初めて母の(かいな)に抱かれる瞬間。


 決して穢してはならない神聖な儀式や光景、祝福に満ちた喜びの瞬間であるように、春翔の目の前の出来事は神々しく美麗で。

 言葉一つ許されない瞬間に、春翔は思わず見入っていた。少女の手と、唇から伝わる温もりは、安心感をもたらすほど心地良いものだった。




 春翔の両手を包んだまま、精霊はゆっくりと唇を離す。そうして春翔と視線を合わせ、恥ずかしそうに、小さくはにかんだ。その笑顔はかつての大切な誰かに似ているようで、春翔は泣き出しそうな気持ちすら覚えた。


 「力を、貸してくれるか……?」


 震える声で放たれる問いに、少女は大きく頷いて応えた。その様子に、春翔はきつく、固く目を閉じて上を向く。そして弱虫な自身に喝を入れるように、精霊の手を離して頬を思い切り叩いた。部屋に響き渡る渇いた音。そうして精霊へと目線を戻す春翔の目は、力強く輝いていた。


 「ありがとう。今日は、よろしくな!」


 主人の突然の奇行に目を丸くしていた精霊だが、その言葉に苦笑しながらも、再び頷いて応えた。そして瞳を閉じて、白い燐光を散らしながら、少女はその姿を消した。

 一人きりになった春翔は、しばらく深呼吸をする。やがて長椅子から立ち上がり、


 「行こう!」


 力強く言い放ち、試合場へと足を運び始めた。


 (大丈夫。きっと……いや、絶対!)


 春翔の胸で大きな篝火となって燃えている、自身の師から貰った激励。

 そして精霊が与えてくれた、今なお両手に残る温もりと、笑顔。


 春翔の背を押す、胸と、手の熱さ。この二つの温もりを忘れなければ、絶対に乗り越えられる。






 そんな儚い幻想(ユメ)を、春翔は抱いていた。





次からやっと戦闘シーンに入れますかね。入れるといいなー(←

次は8/6までに投稿します。ご感想アドバイスよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ