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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は⑥

 国立精霊騎士学校高等部男子寮から徒歩30秒。『高等部男子寮前』と表示されたコミューター乗り場で、春翔(はるか)は一人、高等部校舎行きのコミューターを待っていた。


 時刻は7:05。春翔は腕時計端末の空中投影ディスプレイを展開させて、そこに映しだされている文面に目を通していた。


 「模擬戦は今日の午後5:00開始で、場所は第四演習場。鎧装(アーツ・)霊纏(インストール)での試合で、対戦者を強制解纏(エスケープ)させるか、あるいは降伏宣言をさせることが勝利条件。なお10分間の制限時間内に勝負が決まらない場合は引き分けとする、か……」


 春翔が見ているのは学校が学内アカウントに送ってきた、本日の模擬戦に関するメールだ。自身の頭に刻み込むようにその内容を復唱したあと、ディスプレイを解除する。そうしてコミューターが来るまでの時間を暇だと思いながら、今朝の鍛錬を思い返していた。


 春翔は自身の手を見つめ、今日の鍛錬で得た手応えに力強く頷く。


 「あの日から、多分初めてだよな。一度も途切れることなく、振り続けられたの」


 精霊騎士学校入学が決定してからこれまで春翔が自身に課してきた朝の鍛錬は、緩急をつけたランニングを1時間、限定霊纏での型の練習を1時間だ。だが後者においては、刀を振り続ければあの日の記憶が蘇えり、体が拒絶反応を示すために、最長でも10分間しか連続で振り続けられない。その後は一々休憩を挟んでまた刀を振るうのだが、連続で刀を振れる時間は短くなり、体の拒絶反応も激しくなる。一時間の時間を取っていても、実質的な鍛錬の時間は20分も満たないだろう。


 そんな春翔がこの日、一度も途切れることなく刀を振り続けられたのだ。


 「一歩前進できた、よな?」


 優華を手にかけたという事実が目を背けたいということは、決してない。それでも、最愛の妹との約束を守るためにも。

 刀を振るう度に記憶が枷になるようでは、戦うことはままならない。

 複雑な思いではあったが、今日得られた成果を忘れるまいと、春翔は拳を握りしめた。


 「(とう)()さんからもらった言葉……俺に必要な言葉って、『頑張れ』だったってことか?」


 朝の鍛錬で刀を振るい続けられたのは、燈華の激励のお蔭だと春翔は思っていた。


 椿と共に、これまで真正面から向き合い春翔を鍛え続けてきた銀鬼。春翔の実力も、精霊騎士の道を選んだことに対しても未だ認めてもらってはいなかった。


 それでも精一杯真剣に、深い愛情を以て接してきてくれた燈華の激励は、春翔の胸に温かな篝火となって灯っていた。その温もりを感じながら、今朝の鍛錬を行っていた。刀を振り続けられたのは、それがあったからだと春翔は自信を持って答えられる。

 昨日の椿の言っていた『春翔に必要な言葉』とはこのことかと、数秒考えるが。


 「……多分、違う気がする。確かに燈華さんのあの言葉が嬉しかったのは本当だけど、でもそれなら椿さんからも言われたことあるし、う~~ん……」


 同じような言葉なら、椿から何度も言われている。椿が今更口にすることを躊躇うような内容ではない。


 「あぁ、もう。分かんねえな……」


 難しく考えすぎなのか、それとももっと考えなくては分からないことなのか。

 答えの見えないもどかしい思いと共に、吐き出された言葉。本来なら空気に溶けて消えゆくだけだったはずのそれは、


 「なーにが分かんないのさ?」


 意味を持つ響きとなって、第三者に拾われた。後ろから聞こえてきた明るい声に、春翔が振り向くと、最早見慣れたと言っていいほどに関わるようになった、人懐っこい笑顔があった。


 「おはよー、春翔ちゃん♪」


 機嫌良さげに弾んだ声で、禅之助は春翔の隣に並んだ。


 「おはよ。そして春翔ちゃんは止めろと何度言えば分かるんだ」


 「えー? いいじゃんもうこっちの方で口がプログラム設定完了されたんだから」


 「何言ってんだお前。ってか早いな。どうしたんだこんな時間に」


 「いや、春翔ちゃんに言われたくはないんですが……」


  苦笑を浮かべながら呆れたように言う禅之助に、「それもそうか」と春翔は思い直した。


 「いやー、ボクにしては珍しく7:00前に起きたわけですよ。『うっし、寝直そう』と思ってなんとなーく外を見たら、春翔ちゃんがもうすでに制服姿に着替えていて、乗り場に向かうところが見えたのさ。んで、一緒に学校向かうことで君との友情を深められるのではないかと思ったので、今こうして一緒にコミューターを待っている次第であります!」


 そうして敬礼する禅之助のテンションの高さに、春翔は溜息を一つ。


 「朝っぱらからテンション高いな。普段通りといえばそうなのかもしれないけど、疲れないのそれ」


 引き気味の春翔の言葉に、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑顔を輝かせる禅之助。


 「そりゃあテンションも上がるってもんでしょ! 何故なら今日! 2235年4月3日は金曜日! 今日を乗り切れば土、日と続く二連休があるわけですよ! 自然と元気が湧いてこないかい!?」


 春翔の答えを促すように、『ズビシッ』と音が鳴りそうなくらいの勢いで人差し指を向ける禅之助。恐らくそんなことは関係なくともこいつは元気に違いないと、春翔は心の中で思いつつ口を開く。


 「ところが、俺には当てはまらないんだなぁこれが」


 どこか疲れたような空気を漂わせる春翔に、肩透かしを食らったように禅之助は呆けた表情を見せる。


 「へ? 何で?」


 「俺は一昨日入学したばかりだからな、他のヤツがもう習った中等部の知識やら実技が全く身に付いてない。ってことで、しばらく俺は土曜日に特別補講があるんだよ。朝から夕方まで」


 遠い目をして、一層疲労の色を濃くして言う春翔。あまりにも物悲しいその様に、禅之助は無言で合掌した。


 「やめてくれ。そんな反応されると余計気が重い」


 「あ、マジ!? じゃあ明るくいくわドンマーイ! ボクは明日から休み楽しむよー!」


 「うっぜぇなこの野郎! 切り替え早すぎるわ!」


 数分後にコミューターが来るまで、春翔と禅之助の他愛もない馬鹿騒ぎが続いた。




 「んで今日の試合、実際のとこどうなのよ?」


 本来の奏の机に腰掛けて、禅之助は春翔に問う。


 春翔はと言えば、自身の席に座って教科書に目を走らせていた。『魔法学概論』と書かれたそれは、他の生徒であれば中等部の三年間で内容を履修したものだ。明日から始まる特別補講に向けて、春翔は少しでもついていくために、ホームルームまでの時間を教科書の通読をすることにしていた。


 「どうだろうなぁ。まあ勝てるなんて思っちゃいないけど、だからって諦めてただされるがままになりたいとも思わない。俺は今の自分の全力を出し切るだけだよ。じゃなきゃ、昨日稽古に付き合ってくれた桜咲先生に失礼だ」


 教科書から目を離さずに言うその言葉に、気負っている部分はない。それでも込められた思いの強さは、春翔が自身に向けて言っているようだった。


 「なるほどねー。ま、頑張ってよ。ボクも観客席で応援してるからさ。っと、席の主のご到着か。おっはよー奏ちゃん♪」


 軽い口調で、腰掛けていた机から離れながら言う禅之助。その言葉に、春翔も教科書から目を上げた。栗色の髪を赤いリボンでまとめた奏は、眠そうに目を擦りながら歩いてきた。


 「おはよ、奏」


 「おはよぉ……」


 欠伸を噛み殺しながら、奏は二人に向けて言う。そして自身の席に座り、上体を脱力させて机に突っ伏した。


 「おーい、奏さーん? そろそろホームルーム始まんぞー?」


 相変わらず朝に弱い奏に向けて、春翔は声をかける。奏は上体を寝かせたまま首だけを春翔の方へ向けて、


 「ハルちゃん、試合は大丈夫?」


 先ほどの禅之助と同じ内容の言葉に、思わず苦笑した。


 「お前ら、同じこと聞かないでくれよ。そんなに心配か?」


 「だって、ハルちゃんは初めての試合だし、相手が……って、お前、ら……?」


 春翔の言葉に違和感を覚えたのか、奏の眉間に皺が寄る。そうして禅之助へと視線を向け、そこに浮かぶ満面の笑みを見るや、奏の顔は渋い表情になった。


 「ワキゲと一緒とか、朝から腹立つんですけど」


 「相変わらずの辛辣なお言葉……でも! 今のボクにはその言葉すら快感に変わるのですありがとうございます!」


 「……なんでこんな、テンションおかしいの?」


 罵倒されて喜びを示す禅之助にドン引きしたような表情を浮かべ、春翔に目線を戻す。


 「禅之助いわく、今日が金曜日だからなんだとさ」


 肩をすくめながら言う春翔の答えに、ますます困惑の色を濃くする奏だった。


 教室の扉が開く。その音になんとなく目を向けた春翔は、そこから現れる人物を目に捉えた。


 (シュテルンノーツさん……)


 教室に入ってきたセルフィーネは、春翔を含め誰とも目を合わせることなく、自身の席へと歩き始める。模擬戦が控えているというのに、その佇みからは一切の気負いも、緊張も感じられない。自然なままのその姿を、やはり綺麗だと思う春翔だった。


 間髪入れずに、教室のドアが開く。現れたのは、タイトスーツに身を包む椿だ。


 「席に就けー。そろそろホームルームを始めるぞー」


 その言葉にクラスメートが一斉に動き始める。


 「んじゃ、席戻るわ。またね二人とも」


 手をヒラヒラと揺らしながら、禅之助は自身の席へと向かう。隣の奏を起こそうと左を見れば、すでに彼女は上体を起こして椿の言葉を待っていた。同時に、8:30を告げるチャイムが鳴る。


 「みんなおはよう。全員出席のようで何よりだ。これからホームルームを始める」


 普段と変わらないきっぱりとした口調であるが、そこに椿本来の覇気がないように春翔は感じた。加えて、化粧で多少は誤魔化しているつもりなのだろうが、顔色が若干青白い。


 (あぁ、昨日かなり飲んだな椿さん)


 これまでの長い付き合いがある春翔にとって、今朝の椿が二日酔いの状態であることは一目見て分かった。あとで栄養ドリンクでも買ってやった方がいいのだろうかと考えながら、春翔はぼんやりとホームルームを聞き流した。


 「――以上が、今日の連絡事項だ。時間割が変更になる生徒も居るだろうから、各々確認を怠らないように。……返事は?」


 生徒が一斉に、了承の声をあげる。それに大きく頷いた椿は、


 「ああそうだ。桜咲と、シュテルンノーツ」


 「はい」


 「あ、はい!」


 思い出したように、二人の名前を呼ぶ。予測していなかったため、春翔の声はセルフィーネの声に遅れたものとなった。クラスメートの視線が自身とセルフィーネに向けられるのを春翔は感じたが、それを無視して春翔は椿を見つめ続けた。


 「本当なら昨日のうちにメールが届くはずだったんだが、今朝になってしまってすまない。学内のWebアカウントに送付されたメールに目は通したか?」


 「「はい」」


 今度は同時に、二人の了承の声が重なった。二人の声に、椿は再び、満足したように大きく頷いた。


 「ならいい。くれぐれも遅刻しないように。他の生徒も、強制はしないができるだけ見学するように。他者の試合を見るのも訓練の一つだからな。他に何か聞きたいことのある者は居るか? ……よし。それでは、解散」


 きっぱりと告げて、椿は教室を後にする。そうして喧噪が戻った教室内で、春翔は大きく深呼吸をした。


 「ハルちゃん」


 隣からかけられた声に、春翔が目線を向ける。奏の瞳は不安そうに揺れていたが、それでも固い表情で、


 「頑張って。無理、しないでね?」


 小さい声でも、確かな思いが込められたエール。春翔は自身の緊張も吹き飛ばすように、椿譲りの勝気な笑みを浮かべて、


 「おう! 応援よろしくな!」


 自信に満ちた明るい声に、奏もはにかんだ。


 「桜咲くん、今日頑張ってね! 私たちも応援行くから! Do my best! だよ!」


 「大丈夫だ桜咲! 今日の夜は男だけで惜敗会といこうじゃねえか!」


 クラスメートの数名からも、声をかけられる。一瞬面食らった春翔ではあったが、


 「まあ勝てるとは思わんけど、ここまで勝利を期待されてないとそれはそれで悲しいような……」


 苦笑混じりの言葉に、小さくない笑い声があがった。


 「じゃあ桜咲くん! 勝てなくても引き分けまで持ち込めたら、禅之助くんが学食ストリートでデザート全制覇するまで奢ってくれるって!」


 「マジ!? よっしゃ俄然ヤル気が出てきたぜ! 禅之助ごちでーす!」


 「だから、ボクの(あずか)り知らないところでボクのお財布をあてにした遣り取りやめていただけませんかねぇ!?」


 禅之助の全力の嘆きも加わって、教室内がさらに騒がしくなる。その喧噪を心地良く思いながらも、春翔はふと、セルフィーネの席へと目をやる。


 すでに授業へと移動したのか、視線を惹きつけ止まないその姿はもう無かった。模擬戦とはいえこれから戦おうとする間柄だから当然なのだろうが、この賑わいにセルフィーネが居ないことを、春翔は少し寂しいと思うのだった。






自分の中で一話あたり4000字くらいを目指しています。なのでそれを下回ると少なめ、上回ると多めになりましたーと報告するようにしています。今回は5000字軽く超えているので多めですね。


次の投稿ですが、来週試験なのでしばらく投稿できないと思います。なんとか7/29までには投稿したいですね。ご了承ください。


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