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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は④

なんか眠れなかいので、投稿しまーす。

 ブライアンとの映像通信を半ば強引に終了させたあと、セルフィーネは傍らに居続けるエーデルブラウへと目を向けた。


 一角獣の清らかな瞳が自身に向けられているのを見て、セルフィーネは疲れ切ったように溜息をついた。


 「先生に、失礼な態度をとってしまいました。きっと、怒ってらっしゃいますよね……」


 申し訳なさそうに、セルフィーネは表情を曇らせる。そんな主の俯き気味の姿を見たエーデルブラウは、自身の鼻先でセルフィーネの首筋を撫でた。


 「ひゃう!?」


 普段のソプラノの声をさらにニ、三オクターブ跳ね上げて、その身を強張らせる。


 「い、いきなり何するんですか! 私がここ弱いの、知ってますよね!?」


 突然与えられた刺激のせいで涙目になりながら、少女は精霊に抗議の声をあげる。しかしそんなセルフィーネの様子はお構いなしとばかりに、エーデルブラウは自身の頬を、主の頬へと優しく擦り付けた。


 「まったくもう。これで謝ってるつもりですか?」


 小さく非難めいた言葉をかけつつも、セルフィーネは苦笑を零してそれを受け入れていた。そしてエーデルブラウのもう一方の頬へ手を伸ばし、慣れた手つきで撫でてやるのだった。


 「多分、私が友達を作るなんてもう難しいですよね……」


 全幅の信頼を置く老医師との会話を思い返しながら、自身のこれまでの過去に思いを馳せる。


 「『友達』とは、無縁の生活でしたね……。でも、それで良かったんだと思います。お蔭で脇目も振らずに、ここまで頑張ることができましたから。

 ……一人じゃありません。お母様が居ます。クルーガー先生が居ます。そして、エーデルブラウ(あなた)が居ます。それで十分です。これ以上望んでしまえば、欲張り過ぎて罰が当たります」


 自身に言い聞かせるように、言葉を噛みしめるように言うセルフィーネを、エーデルブラウは静かに見つめる。そうして囁くように、鼻を鳴らすような鳴き声をあげる。


 「……そうなんですよね。自分でも正直、何であのとき自分から名乗り出てしまったのか、分からないんです」


 中等部1年のころから、セルフィーネは他の生徒の注目の的であった。


 現在ではほぼ皆無に等しい外国からの入学者というのもあるが、その可憐な美貌、入学当初から現してきた優秀さに、注目が集まるのは当たり前のことだった。


 しかしながら同年齢と接する機会を持たなかった彼女はその視線にどう対応していいのか分からず、自身から他者へと接することを臆病なまでにしてこなかった。結果、その態度を生意気と捉えた一部の生徒から嫌がらせや、模擬戦を申し込まれるようになった。


 それらに対し圧倒的な実力を見せることで、そういった輩は居なくなってしまったのだが、同時に全ての生徒に対して壁を作ってしまうことになり、セルフィーネに対して接触を持とうとする生徒も皆無になった。


 他者との関わりを持つことがほぼなかったセルフィーネは、模擬戦を申し込まれることはあっても自分から申し込むことはなかった。そんな自分が何故、あのような行動をとったのか。自分に対して鮮烈な怒りを向けてきた少年を思い、セルフィーネは考える。


 「祖国を馬鹿にされたから……確かに言われたときはムッと思いましたけど、今考えると、それが原因で怒ったわけではないんです。むしろ今では、イギリス人の紅茶好きと味音痴をからめた、なかなかによくできたブラックジョークくらいに思っているのですが。あなたはどう思います?」


 セルフィーネの言葉に、エーデルブラウは『やれやれ』と言うように首を振り、短く鳴く。それを聞いてセルフィーネは頬を軽く膨らませ、


 「もう。感性を疑うなんて失礼なこと、よく主人に言えますね」


 不貞腐れたように言って、エーデルブラウの頬を撫で続ける。そしてまた俯いて、自身のパートナーへと思いを告げる。


 「あのとき私が怒ったのは……いえ。怒らされた、と言いますか。彼の言うことが、あまりにも真直ぐすぎたからなんだと思います。


 弱くても、足掻こうとする行動や思いは無駄じゃない。私だってそう思いたいです。でも、そんなの綺麗ごとじゃないですか。お母様はこれまで、血の滲むような思いで苦しんで、頑張ってきました。

 けれどあの家ではそんなの関係なくて、結局お母様は体を壊してしまわれた。誰よりも頑張ってきたのに、認められずに不自由な生活を余儀なくされている。どれだけ頑張っても、弱いままなら意味がないんです……!」


 静かに、けれども強い思いで放たれた声に、エーデルブラウは軽く嘶いて答える。だがその声に含まれる苦しげな響きに、物思いに耽っていたセルフィーネの意識は現実に戻される。


 「えっ……」


 いつの間にか自身の身体が緊張のせいで固まり、頬を撫でていたはずの手が、精霊の頬に思い切り爪を立てていた。


 「ご、ごめんなさい! 痛かったですよね!?」


 爪を立てていた部分を労わるように、何度も撫でる。エーデルブラウは気にするなと言うように、ゆっくりと首を振った。ホッとしたように表情を緩めるセルフィーネに対し、一角獣は問いかけるように数度嘶く。


 「……そうですね。多分、他の人に同じこと言われても、ここまで気にすることなかったと思います」


 怒りに彩られていた春翔の言葉に、セルフィーネは言い知れない重さを感じ取っていた。友を傷つけられたからだけではない、もっと別の、譲れない何かのために、自分の存在全てをかけて絞り出されたような。そう感じるほどに張りつめた、重い声だった。


 「桜咲春翔。《煌翼の姫武者》桜咲椿の甥で、歴史上初の、精霊騎士学校高等部編入生、ですか」


 独り言のように呟いて、エーデルブラウがもう一度鼻を鳴らす。セルフィーネは苦笑して、


 「ほんと、なんででしょうね。ここまで誰にも関わろうとしなかった私が、なんでここまで彼のことを気にしているんでしょう」


 自身の内に渦巻く思いに疑問を覚えつつも、セルフィーネは春翔のことを考える。


 セルフィーネが最初に持った春翔の印象は、良いか悪いかで言えば極めて良好なものであった。朝の鍛錬でいきなり現れたときは警戒したものの、余裕ない表情で弁明する姿や気の優しそうな表情は見ていて緊張をほぐしてくれるものであったし、槍を振るう姿を褒められて嬉しかったのは事実だった。そして取り留めのない会話をして――


 「あの人、強いのに弱いんです」


 恐らく誰が聞いても要領を得ない言葉に、エーデルブラウも首を傾げる。セルフィーネ自身もそこで終わらせるつもりはないらしく、思いを綴り続ける。


 「彼が剣を構える姿、本当に凄かったんです。真正面から向き合ったわけでもないのに、背筋がこう、ゾクってするくらいに綺麗で、ブレなんて全然なくて。一目見て、相当剣の腕がたつ人なんだなって思ったんです」


 灰色にくすんだ霊装は、春翔が構えただけで名刀のごとく輝いて見えた。

 セルフィーネにそう思わせるほど、春翔の構えから窺える実力は決して低いものではなかったと、彼女は自信を持って答える。


 「でも、構えたらすぐに顔色が悪くなって、余裕も無くなって構えも鋭さが消えて。こっちが心配するくらい、あれは……そう、怯えた表情だったんです。こっちの声も聞こえないくらいに、呼吸も乱れて、震えていました。私が感じとった彼の実力と、彼のあの様子が、全然結びつかないんです。そのせいで多分、私は気にかかっているんだと思います」


 セルフィーネが感じ取った春翔の高い実力と、弱さを剥き出しにして怯える姿。両極端な二つを内包していた春翔の人物像を、セルフィーネは掴めずにいた。


 「明日の模擬戦で、彼のことを何か、少しでも掴めるでしょうか」


 自身の槍と、春翔の剣を交えれば、そこから何か見えてくるのだろうか。


 そこまで考えて、


 (知りたいと思っている? 他人のことを? 私が?)


 これまで人との関わりを持たなかった自身に芽生えている初めての気持ちに、驚きすら覚える。これまでにない自身の変化に、セルフィーネ本人が困惑していた。


 黙りこくったセルフィーネに対し、エーデルブラウが声をあげる。心配しているような視線に気付き、何でもないということを伝えるために、少女はパートナーの頬を強めに撫でた。


 「これまでと同じように、明日の模擬戦もただ勝つだけです。巻き込んでしまって申し訳ないですけど、明日もよろしくお願いします」


 自身に生じた、迷いに似た思いを振り払うように。

 きっぱりとした調子でセルフィーネは告げる。そんな主の様子を見て、エーデルブラウは了承を示すように瞳を閉じる。そうして蒼銀の燐光を散らして、一角獣は姿を消した。


 三月から住んでいる黎明寮の部屋。


 未だに部屋の大きさに慣れたわけではないが、この時はいつも以上に、空っぽな広さを寂しいと思うセルフィーネだった。




どうでもいいのですが何気なく『桜咲』という苗字が本当にあるのか調べたら、デレマスの白坂小梅役の声優さんが出てきました。知らなかった……orz 読み方は「さくらざき」ではなくて「おうさき」でしたが。

次の投稿は7/16予定です。感想アドバイス、よろしくお願いします。

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