第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は②
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「……成程のう。大体の事情は分かった。が、珍しくそっちから連絡寄越すかと思うたら、面倒くさいことになっとるのう」
机の上に置いたヴィジホンの投影ディスプレイに、燈華が声をかける。部屋の明かりは消され、縁側から差し込む満月の光に照らされていた。
いつも通りに着崩した和服からは、絶世の女体の肌が惜しげもなく現れており、見る者に退廃的な印象を与える。足を立てて座る燈華は行儀などお構いなしとばかりに、杯を呷って酒を飲み干していた。
普段はその姿を咎める椿であるが、ディスプレイ越しの彼女は、項垂れるように机に突っ伏していた。
「なんじゃー? もうへばったかー? 誘っておいてそりゃないぞ椿~?」
「……起きてますよ! ったく、貴女のペースに付き合ってたらいくつ身があっても足りやしない……」
突っ伏したまま頭を動かし、燈華を見て、恨めしそうに吐き捨てる。その表情は酒気に中てられ朱に染まっている。椿本人は非難する視線を送っているつもりなのだろうが、その目つきはトロンと眠そうで、焦点が合っているかどうかも疑わしいものだった。
椿は国立精霊騎士学校の教職員寮の自室から、テレビ通話を行っている。部屋は完全防音となっており、酒によっていくらか荒くなる声であっても周囲に迷惑はかからないようになっている。
「いや、お前が勝手にバカバカ飲みまくったんじゃろうが……」
アルコールの所為で身勝手になりつつある椿の物言いに苦笑し、燈華は再び酒を呷った。
23:00過ぎに椿から燈華へと電話することによって開かれた、突発的な酒盛り。自身の師であり育ての親、そして桜咲の開祖たる銀鬼へと愚痴不満、春翔のことを、恨み辛みのごとく吐き出し続け、燈華の静止も聞かずに缶を空けていったのだ。
「いやまあ、お前のヤケ酒に付き合うのはもう慣れておるがのう。もうこの辺りでお開きにした方がええぞー? 明日も……もう今日か。仕事あるんじゃろー?」
日付が変わったことを確認して、燈華は呆れたような口調で提案する。そんな燈華へ、椿は、
「燈華さん」
「んー? なんじゃー?」
瓶を傾け、杯に並々と注ぐ。そうして杯に口をつけようとしたところで。
「私は、間違っていたのでしょうか……。そんな資格なんてないと分かっていても、あの子に教えてやるべきだったのでしょうか……」
弱々しい言葉は、決して酒精によるものだけではないことは明らかだった。
一瞬だけ、銀髪の美鬼の動きが止まる。口に運びかけていた杯をテーブルに置いて、椿へと向き合う。その視線は酒に呑まれた者をあしらうようなそれではなく、真直ぐ、真摯に向き合う静けさを湛えていた。
「ハルにその言葉をかけてやらんかったのは、間違っておらんぞ。それは、自分で見つけ出して初めて価値を持つ類のモノじゃ。精霊に教えてもらうのは、まあ許容範囲かの。精霊騎士にとって、精霊は自身の武器であり鎧であり、一部じゃからな。精霊は騎士の内面の奥深くにまで関われる。悔しいが、儂や椿よりも的確に、丁寧に伝えてやれるやもしれん。
じゃがな椿。そこにお前の資格有る無しは関係ない。いい加減、自分をそうやって貶すことは止めい。苦しいばかりで何も生まん。お前は立派に、ハルの姉弟子で、ハルの保護者をやれておるよ」
「でも、私は……!」
溢れ出る涙を拭う事なく、しゃくりあげながら椿は吐き出す。そこに居るのは『煌翼の姫武者』という肩書や、普段見せている鋭い印象も脱ぎ捨てた、素の椿そのものだった。
「あの子に、ハルに、優華を手にかけさせた! 姉さんと義兄さんが殺されて、憎しみを覚えるよりも先に、『厄霊で苦しむ誰かを救えるようになりたい』って言った優しいあの子に! 誰かを傷つけることが嫌いで、それでも自分の大切な誰かが傷つけられたら、嫌いなはずの暴力を使ってまで守ろうとするハルに! 私が、一番残酷な罪を背負わせてしまった……!
そのせいであの子は、今も刀を振るう度に苦しんでいる! 今ごろは、私なんかとっくに超える剣の腕を持っているはずなのに、私が、奪ってしまった! あの子が必死で積み上げてきたものを、私は……! こんな、こんな私が、ハルの保護者だなんて、一体どの面さげて……!」
嗚咽混じりに放たれる叫び。涙声で発音の覚束ないそれを、燈華は穏やかに、微笑んで聞いていた。
この遣り取りは、もう何度も二人の間で繰り返されていることだ。椿はアルコールのせいで翌日には覚えていないが、燈華は毎回素面で聞かされている。それでも燈華は流すことなく、椿が吐き出しきるまで、口を挟むことなく聞く。
殿堂騎士や学校の教師としての重圧に曝され耐えている普段であれば、決して聞くことのできない椿の弱音であった。剥き出しのまま吐き出され続けるそれは、重圧やしがらみから解放されることで初めて浮き彫りになる、椿の本音であった。
「一番に守りたいものを守れないで、傷つけて、何が……ぐすっ、殿堂騎士だ……」
ひとしきり吐き出し終えた椿は、子供のようにしゃくりあげて、乱暴に涙を拭う。荒い息を繰り返す椿を、まるで我が子を見るように慈しみに満ちた視線で、
「椿」
燈華が名前を呼ぶ。その声に椿は、ディスプレイ越しの燈華を見る。
涙に塗れていてもなお、その表情に見苦しさは一切感じられない。
上気した頬。涙で煌く瞳。わずかに震える唇。見る者全てが抱きしめたくなるほどに、儚く、そして無防備な美しい姿に、燈華でさえも一瞬だけ目を見開く。
(普段もこんだけしおらしくしておけば、男なぞイチコロなんじゃろうがなあ……)
場違いな思いを抱きつつも、燈華は椿へ言葉を届ける。
「すまんな。お前やハルが苦しんでいるのに、お前たちの下へ行って抱きしめてやりたいのに、儂はここから離れられん。お前たちの苦しみを、本当の意味で無くしてやることができん。非力な婆を、許してほしい」
「そんな! 燈華さんは、何も悪くない! 私を、ハルを、見捨てずに一緒に居てくれた! 貴女が居なければ、私なんて……!」
「そう言ってくれるのはありがたいのじゃが、実際儂はなんもできんからのう。ずっと桜咲家を見てきたが、ここのところは、ほんとに自分の不甲斐無さを痛感させられるばかりじゃ。お前たちの苦しみも癒やせん上に、あげくにハルに至っては、強くなりたいと叫ぶ声に、諦めさせるためにきつくあたって挫けさせようとさえした。
まったく、何様のつもりなんじゃろうな。桜咲流永代顧問とは名ばかりの、無能な老害でしかない。お前の言う通り、1500年を超える時の流れに、脳味噌も魂も腐りきってしまってるのかもしれん」
苦笑いを浮かべながら嘯く燈華の姿に、椿は数度口を開きかけるも、燈華の表情を見て思いとどまる。
威圧するような視線があったわけでもない。咎めるような言葉が紡がれるわけでもない。それでも穏やかに居座り続ける燈華の姿は慈愛に満ちたもので、親の言葉を待つ子供のように、燈華の視線を受け止めていた。
「こんな儂にできることと言えば、稽古をつけてやることと、こうして酒を交わして話を聞いてやることくらいじゃ。じゃが逆に言えば、儂にだってそれくらいのことはできる。
椿。この場だけでもいい。寝て起きたら忘れていたとしても構わん。お前が抱えているもの、思っていること、全部吐き出してしまえ。全部聞いてやる。お前や、ハルが背負うておるもの。少しでもいいから一緒に背負わせてくれ」
言葉でその苦しみを癒やせるのなら、知り得る言葉の限りを尽くそう。
力で苦しみの元を断ち切れるのなら、この身が朽ち果てるまで戦い抜こう。
けれども椿や春翔が抱える傷は、いずれは自身の手で決着をつけるべきであるということを、燈華は知っていた。そのような問題にどれ程自身が関わっていこうとしたところで、根本的には意味がない。
出来ることの少ない自身に対して、歯痒く思う。それでもなお、彼等に出来ることがあるとするならば、それは最後まで寄り添ってやることだろうと燈華は思っていた。
柔らかな、優しい笑みを見せる燈華に対して、
「……はい」
椿もまた涙を零しながらも、小さく笑みを浮かべて答えた。
丑三つ時。画面越しの椿は机に突っ伏している。その体は小さな寝息に合わせて、規則的に上下に動いている。決して普段はおくびにも出さないが、様々な面で重圧に耐えていたのだろうと、燈華はその穏やかな寝顔を見て思った。
「お疲れ、椿」
人を食ったような飄々とした態度は消して、母性溢れる表情で呟いたあと、ヴィジホンの電源を消す。
「さて、分かり切っていたことじゃが。やはり待つだけ寄り添うだけというのは、まことに歯痒いものよなぁ……」
杯に口をつける。そうして思うのは、もう一人の家族。
自身も傷つきながら、刀を振れるようになろうと足掻き。
そして自身の体すらも刀になれと言わんばかりに、ひたすらに、我武者羅に体技に打ち込んできた少年。
「ハルの試合か。はてさてどうなることかのう。この試合でかつての力を取り戻すか、何も掴めず敗れるか、あるいは……」
三つ目の可能性を口にしようとして、部屋に吹く風に阻まれる。そして縁側から運ばれる風に乗って迷い込んだ、一枚の桜の花弁が、仕組まれていたかのように燈華の杯に落ちる。僅かに波紋を立てる杯に目線を落として、
「ハハ! こいつは縁起がいい!」
上機嫌に笑いながら、一気に酒を飲み干す。酒精によって熱を帯びた息を吐き出して、空を見上げる。雲一つない夜空には、白い満月が静かに光を放っていた。
「なんとなくではあるが、上手くいきそうな気がするのう。ハルは、何かしらの答えを見つける気がする。
うむ! この桜咲燈華の直感がそう告げておるのじゃ! 間違いがあるはずがない! お前様もそう思わんか!?」
杯に酒を注ぎ直し、歌うように弾ませる声の先にあるのは、白い満月だ。当然答えなど返ってくるわけもないが、それを気にする風でもなく、燈華は庭の景色を見渡す。
「いい月じゃのう。庭の桜が満開ならさぞ映えたことじゃろうが、かなり散ってしもうた。まあ儂のせいなのじゃが」
つい最近怒りのままにやらかした惨状を反省しつつも、杯に口をつけた。
艶やかな銀髪に月光を編みこんで、絶世の美鬼の酒盛りは続く。静かな満月を眺め、微風に揺れる桜の木がサラサラと奏でる音に包まれながら、燈華は穏やかに微笑みを浮かべた。
傷ついているのは春翔だけではなく、止められなかった椿、そして見守るだけの燈華もまた苦しんでいるということを書きたかったんです。はい。
お酒は20歳超えてからですよーと、一応言っておきます。
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