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第6話:あるいは我武者羅な初陣と、手にする力の名は①

 「た、ただいま……」


 欠片ほどの生気も感じられない声が、無人の部屋に響く。部屋の住民が帰宅したのを感知したセンサー類が、自動的に部屋の照明、空調を作動させる。玄関で崩れ落ちそうになるのをどうにか気力で持ち直し、最後の力を振り絞るようにベッドまでその身を運ぶ。そうしてベッドに倒れこんで、


 「疲……れた……」


 聞く者によっては泣いているようにすら聞こえる情けない声を上げて、春翔は天井を眺めるのだった。

 時刻は23:13。椿の指導は休憩なしで22:00過ぎまで行われ、その後学食ストリートで椿にかなり遅めの夕食を奢ってもらい、ようやく自身の部屋に到着したところである。


 「くっそ、こっちは全身バッキバキだってのに、一人だけ涼しい顔しやがって……。もう分かり切っていたことだけど、やっぱり化け物だわあの人」


 絶対に本人には聞かせられない悪態をついて、深呼吸を行う。そして先ほどまで行われた鍛錬を、頭の中で思い返した。


 (まずは、魔法の徴候について……)


 今回の鍛錬で春翔に叩き込まれたのは、一つの魔法と、魔法の徴候の感知の仕方だ。前者は完全に習得したわけではないものの、比較的短時間で、ある程度形になるまでに仕上がった。そしてこの日、一番に時間を費やしたのは後者についてだ。


 精霊騎士(キャバリア)鎧装霊纏(アーツ・インストール)において初めて自身の魔力を発現し、魔法を行使することが可能になる。魔法とはすなわち、魔力によって外界に干渉し、現象を引き起こす術理であると定義される。


 しかしながらその現象は、外界からすれば無の状態から引き起こされる『不自然な現象』であるとみなされる。(何もない状態の所から炎、電気などを生じさせる、など)

 故に魔法を使用する際は、魔法による現象が引き起こされる前に、本来の外界との齟齬により一種のノイズが生じるとされる。


 これがいわゆる、魔法の徴候と呼ばれるものだ。精霊騎士はこの徴候を感じ取ることによって、相対する精霊騎士、あるいは厄霊の攻撃を事前に察知することができる。

 徴候の感知は人それぞれで感じ方が変わってくる。春翔の場合、輝羅に『隠姿独往』の魔法をかけられた際に感じた、頭の頂点が痺れるような感覚がそれだ。


 魔法の徴候は使用される魔力量、および魔法の規模が大きくなればなるほど、その大きさ、また徴候から現象の発現に至るまでの時間差も比例して顕著なものになる。しかしながら熟達した騎士であれば、ある程度その徴候の大きさ、現象発現までの時間差を抑えられるようになる。


 また、何か別の物に集中、あるいは熱中しているとき、疲弊しきって頭が回らないときなどは、規模の小さい魔法であればその徴候を見落としてしまうこともある。奏が上代によって怪我をさせられたとき、奏を含め周りの生徒がその徴候を見逃していたのはそのためだ。


 このように、徴候だけに頼り切ってしまうと足元を掬われることになるが、それでも、回避運動や防御のタイミングを判断する際の大きなファクターと成り得る。


 椿が春翔に磨かせたのは、この徴候の感知の精度である。精霊騎士学校に入学したばかりの春翔に、徴候の隠し方や時間差の短縮を鍛えたところで、今の時点では何の意味もない。そのため椿の魔法に対し、回避、防御をさせる訓練に一番の時間を費やしていた。


 椿ほどであれば、徴候の大きさ、時間差も非常に小さいものとなる。だがこの徴候は、一部の例外を除いて決してゼロとなることはない。小さくとも、確かに存在する徴候を察知して行動に移す訓練は、困難であるものの初心者である春翔に一番必要なものであった。

 この訓練のせいで、春翔は疲労困憊になるまで椿に叩きのめされることになったのだが。


 そしてもう一つ。この日、椿に叩き込まれた魔法。それは――


 「やべ。寝そう……」


 疲労により、体が重くベッドに沈みこむような錯覚を覚える。せめて歯磨きくらいはしておきたいと思うも、指を動かすことすら億劫だった。いけないと思いつつも、段々重くなる瞼に逆らうことなく目を閉じて、意識を手放そうとした。そのときだった。


 ポケットから伝わる振動。時間が時間だけに無視しようと思った春翔だったが、残り少ない気力を振り絞ってヴィジホンを取り出す。そこに表示される発信者の名前を見て、意識が鮮明になる。


 「え、奏?」


 この日の昼休み、クラスメートのほぼ全ての連絡先を交換した際に手に入れた幼馴染の名前が表示されていた。体を起こして、通話ボタンをタッチする。奏のほうがビデオ通話で発信してきたため、自動的にディスプレイが展開されて、奏の肩から上までの姿が描出される。


 だぶついたパーカーのせいで、ただでさえ小柄な身体が余計に小さく見えて、その可愛らしさはいよいよ小動物のようだ。しかし、赤いリボンで普段結っている栗色の髪は下ろされて、僅かながら大人びた雰囲気を醸し出している。普段は決して見られないような、同学年の異性のプライベートな姿に、幼馴染であるとはいえ春翔は意識せざるを得なかった。


 「あ、繋がった。えっと、こんばんは……?」


 恐る恐る声をかける奏。その頼りない口調と、窺い見るような上目遣いが、彼女をより一層可愛らしく見せる。春翔は辛うじて「お、おう」と声をあげるのが精一杯だった。そんな様子の春翔に奏は、


 「あ、あはは。ごめんねこんな時間に。やっぱり迷惑だよね」


 ぎこちない小さな笑みを浮かべて、申し訳なさそうに言う。


 「そんなことないって! まだ起きてたし、気にすんなよ!」


 「本当? 大丈夫?」


 「うん! 平気平気! それよりも、どうした?」


 空元気を装って、半ば無理矢理に話を進めようとする春翔。そんな彼の様子に、奏は小さく笑って頷いた。その様子を見て、春翔はホッと胸を撫で下ろす。


 「もしかして、今帰ってきたの? 今まで、椿さんと?」


 春翔の制服姿を見て、奏は声をかける。その問いに苦笑して、


 「そうそう。まあ鍛錬自体は22時過ぎに終わったんだけど、そっから椿さんと晩飯食って、それで今さっき帰ってきた。そのせいで体中もうバッキバキだわ。でも、おかげで少しはまともに戦えるようになったはず……奏?」


 努めて明るい調子で続けていた春翔だったが、奏の俯くような視線を見て声をかける。そんな奏は小さく首を横に振って、


 「今日電話した理由だけど、ハルちゃんに謝りたかったからなんだ。ごめん」


 そうしてピョコンと、頭を下げる。いきなりの謝罪に、春翔は訳がわからず瞬目する。


 「えっと、奏? 別に俺謝ってもらうようなこと、奏にされてないよ? というかむしろ朝あれだけ大事にしてしまって俺の方が申し訳ないと言いますか……」


 「ちがう!」


 春翔の言葉を、奏の強い否定の声が遮る。その声に春翔は大きく目を見開く。

 奏自身も、自分の声の大きさに驚いて思わず口を押える。それでもまた春翔を見据えて、自身の思いを吐露した。


 「昔からそうだったから。ハルちゃんはどんな時でも、自分より、友達や家族のために怒れる人だから。だから朝のことを、ハルちゃんが謝ることなんてない。

 でも私は。私のせいでハルちゃん巻き込んで、精霊騎士になったばかりのハルちゃんに、明日シュテルンノーツさんと試合をさせてしまうきっかけを作っちゃって、そのせいで今日もこんな時間までハルちゃんがきつい目にあってしまって。だから、私……!」


 「ストーップ」


 奏の余裕ない声で紡がれる言葉を、春翔は右手を上げて遮る。この場にそぐわない間延びしたような声音に、思わず奏は呆気にとられる。


 「明日の試合はさ。まあ確かにきっかけは午前のやつがきっかけだったんだろうけど、元はと言えば上代のアホが原因だよ。そんなこと、奏が気にすることじゃない。それに上代をぶん殴って、頭に血が昇った俺がシュテルンノーツさんに喧嘩売って。俺の自業自得って面も大きくあるから、自分で受け止めなきゃいけないし」


 「でも――」


 「それにさ」


 遮ろうとした奏の声を、より強い調子で春翔が押しとどめる。その態度に、奏も声をあげることなく話の続きを待つ。


 「禅之助から話聞いたんだ。奏が学校に入って、今まで頑張っていたこと。小学校のときには想像もできないくらい、色んなヤツから声援受けてて、俺あの光景見たとき、すっごく嬉しかったんだ」


 落ち着いた声音で、穏やかに笑いかける。その様子に、奏は頬を赤らめた。無言で照れている姿も昔と一緒だなと思いつつ、春翔は言葉を続けた。


 「だから、奏が怪我したことにも腹立ったし、そうやって努力しても弱いままなら意味がないなんて言葉が、俺は許せなかったんだ。俺もそれなりに足掻いてきたからさ、あの言葉は俺の今までを否定するような言葉だったから、許せなかった。

 だからさ奏! 明日の試合は、言ってしまえば俺の我儘みたいなものなんだ。腹立つこと言われて、それは違うって否定するためにぶつかるだけのことだよ。そこに奏が申し訳ないなんて思う必要ないから。オーケイ?」


 最後は無理矢理に明るい口調で奏に笑いかける。戸惑ったような表情の奏ではあったが、


 「じゃあ、言葉を変えるね」


 そうして柔らかい笑みを浮かべて、


 「あの時怒ってくれて、ありがとう。嬉しかった。明日、頑張って」


 確かな思いを乗せて、春翔へと告げた。そんな奏に、


 「おう! 任せとけ!」


 精一杯の笑顔で、春翔は答えた。




 奏との通話を終え、ヴィジホンを仕舞って溜息を一つ。


 「あそこまで言ったんだから、少しはまともな試合にしなきゃな……」


 未だ精霊の名すら知らない自身が、セルフィーネに勝てるなどと春翔は思っていない。

 けれども幼馴染から投げかけられたエールに応えるためにも、今現時点での桜咲春翔の全力を。

 ここまでの道程の全てを出し切って戦おう。

 今一度決意して、春翔は気合いを入れるように、自身の頬を叩いた。


 「……いい感じに目が冴えたな。とりあえず、風呂入って歯磨こう」


 調子に乗り強く叩いて涙目になりながらも、春翔は脱衣所へと足を運んだ。


筆者が書きたかった決闘のお話です! まあでも、あと1、2話くらい前日のお話を書こうかなと思っているのですが。テンポが悪くて申し訳ないです……


次の更新は7/3を予定しています。遅れたら申し訳ないです。

感想アドバイスお待ちしております! そしてポイントもほしいです!(←

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