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第5話:あるいは学年一の才媛との衝突と、弱さを振り返る時間⑫

これで5話終わりです!

 「座りな。楽にしていい」


 椿に促されて、春翔はその場で胡坐をかいて座った。対する椿は、黒いストッキングを穿いたその美脚を畳むように、一切の音を立てずに正座した。

 その所作、そして隙のない綺麗な正座の優雅さに、春翔は思わず目を奪われた。世界最強という肩書きや、刀のようだと言われる普段の印象からは想像もつかないような、気品香り立つ椿の花が咲いていた。


 「なんだ、見惚れたのか? 若いからって溜まっているのは分かるが、流石に十二も離れた叔母に欲情するのは勘弁しろよ?」


 そんな淑やかさなど一瞬で壊し、からかうように人の悪い笑みを浮かべる。その表情と言葉に、顔に熱がいくのを春翔は感じた。


 「……フン、誰が三十路に手が届きそうなオバサンなんかに反応するかっての。ただでさえ殿堂騎士なんて重たい肩書き背負っているんだから、今さっきみたいに上辺だけでもお淑やかにしとけば、男なんて引く手数多だろうになって思っただけ痛てててってぇ!?」


 照れ隠しと、ただからかわれるだけなのも癪だったというのもあっての軽口だったが、途中で発生した激しい頭痛に無理矢理言葉を止められた。

 

 椿が右手で春翔の頭を鷲掴みにして、万力で締めるがごとく力を入れていた。春翔もたまらず両腕を用いて引き離そうとするが、女性らしい見た目の細腕であるにも関わらず、春翔の全力を以てしても引き剥がすことができない。

 椿の顔には満面の笑みが張りついていたが、放つオーラは凄絶なものだった。


 「おかしいなぁ、言葉を慎めと昼に言ったはずなのに、もう忘れたのかこの空っぽな頭は。まだ27になったばかりの私に向かって、万年行き遅れの鬼ババアとはよく言ったものだなそんなに死にたいかぁ?」


 「そ、そこまで言ってねえって……! 痛い! 痛っていい加減離せ……! 離せはな、離し、離してくださいごめんなさい謝りますから離してください痛いです痛い痛い!」


 本気で命の危険を感じた春翔は、反抗する意思を翻して懸命に謝り倒した。ぎちりと頭から聞こえる、決して幻聴ではない音に慄き、痛みと恐怖のせいで壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。


 「……」


 小さく鼻を鳴らし、椿はようやく右手を外した。大きく息をして、まるで自身の頭に罅が入っていないかを確認するように、春翔は何度も頭をさすった。


 「全く、歳を重ねるごとにどんどん捻くれて憎たらしくなっていくな。昔は『椿お姉ちゃん』って言ってどこ行くにもついてきたし、『椿お姉ちゃんといつか絶対結婚するんだ!』なんて嬉しいことを言ってくれたものだが」


 「うるさいな一体いつの話してんだ! てか、まさかその話誰にもしてないだろうな!?」


 「今のところはしてないが、さて今後も秘密になるかどうかは、お前の態度次第だがどうする?」


 意地悪い笑みのまましれっと告げる椿。本気で頭を抱えたくなった春翔だったが、負けじと勝気な笑みを無理矢理貼り付け、


 「じゃあ、こっちも椿さんが酒の席でしでかしてきた散々な武勇伝をぶちまけてやる……!」


 「なっ……!」


 今度は椿が絶句する番であった。普段の勝気で余裕に満ちた表情から見ることのできないような、焦りと緊張に満ちた赤面を見て、春翔はさらに笑みを深めた。


 「燈華さんと酒飲んで飲みつぶれてほぼ全裸で山の中走り回っていたことも、山から下りてあわや警察沙汰になりかけたことも、後処理に俺が駆り出されて本当にいい迷惑だったなあ! ばらされたくなけりゃ俺のその黒歴史も秘密にして、月々の小遣いもアップしてって痛ててってててて!?」


 最早勝利宣言したかのように余裕の笑みを浮かべていた春翔だったが、油断して再び頭を掴まれていた。先ほどよりも遥かに増した力で締めつけられる。


 「この私を強請ろうとは、ほんとにいい度胸だなぁハル。今すぐに忘れろお前も15年ぽっちで人生を終わらせたくないだろう?」


 「ざけんな、唯一持ってる交渉カードだ絶対手放してなるものかぁ……!」


 全力で不毛なやりとりを続けること数分。


 互いに荒い息で見つめ合う春翔と椿。春翔に至っては痛みのせいで涙目になりながらも、必死に椿から視線を外さずにいる。

 そして、


 「クふッ、ハハ! アハハハハ!」


 堪えきれないように、椿が笑い声を上げる。一瞬呆気にとられた春翔だったが、久々に見た叔母の心からの笑い声に、春翔も小さく苦笑を零すのだった。




 ひとしきり笑い倒したあと、椿は目尻を拭う。


 「いや、久々に笑ったよ。普段じゃこんな風に笑うことなんてないからな」


 普段のハスキーな音質はそのままに、その言葉は緩み切った調子であった。


 「いつも自然体でいりゃ、そんなに肩肘張ることもないのに。なんでいつもあんな無駄にクールに決めようとしてんのさ」


 「これでも世界最強の名を背負う騎士の一人だからな。それなりの威厳ってやつが必要なんだよ。ガキには分からないだろうがな」


 「……悪かったな。どうせ図体ばかりでかくても、中味はガキのままですから」


 不機嫌に吐き捨てる春翔に、椿が一瞬だけ目を丸くする。そしてすぐに笑みを零して、春翔の頭を乱暴に撫でる。12も歳が離れた叔母と甥の関係であっても、椿の見た目の若々しさもあって、まるで姉弟がじゃれているようであった。


 「わ、ちょっ、椿さん!?」


 「なんだよ、拗ねてるのか? 怒るな怒るな、あの場ではああいう風に言っとかないと、示しがつかなかったんだよ。それにお前の行動も実際、一般的には褒められたものではないって分かってるんだろ?」


 昼間と同じニュアンスの質問であったが、椿の声音に険は一切混じっていなかった。そして春翔の方も、乱暴な手つきで頭を撫でる椿の手を振り払うことなく、されるがままにされている。ここに至れば冷静さも取り戻しているため、椿の言葉に噛みつくこともなく、不貞腐れたようにそっぽを向くのみだった。

 そんな春翔の様子を見て、椿はようやく手を放す。そして改めて春翔を見つめて、


 「ハル」


 穏やかながらもしっかりと口にする椿へ、春翔は目を向ける。そこに浮かぶ真剣な表情と、自身を見つめる瞳に、春翔は背筋を伸ばした。


 「戦う相手が上代なら、風島を傷つけたからっていう理由がある。でもなハル。相手がシュテルンノーツに変わったときに、お前は断ることもできたはずなんだ。どういう思いで明日の試合に臨む?」


 その声音と態度に、咎める意思や、非難の色は微塵もない。答えを強制するような強い思いもなく、椿の纏う雰囲気は湖面のように静かだ。


 そしてその湖面は、春翔を映す鏡でもあった。この問いによって今一度自身を見つめ直し、自身の意思を確認するための問答であることを、春翔は理解していた。

 瞳を閉じて、一度深呼吸をする。そして静かに見つめる椿を見据えて、両の拳を握り、その思いを吐露する。


 「奏を、友達を傷つけられて頭に血が昇ってたっていうのもあったし、今思えば浅はかだったなって思うよ。刀振ることすらままならないのに、刀を人に向けるだけでも倒れそうになるのに、そんなヤツが立ち会いを受けるなんて、やっぱり馬鹿なことしたんだって思う。


 けどやっぱり、あそこでは引けなかった。強くなろうと足掻いても弱いままなら、それが全部無駄だなんて言われて何も言い返さなかったら、俺の今までの全てが否定されることになる。自分勝手だけど、それがどうしようもなく嫌だったんだ。

 俺だけじゃない。こんな弱い俺を、優華を手にかけた俺を見捨てないで、鍛えてくれた燈華さんと椿さんまで否定されたような気がして、嫌だったんだ」


 綴られていく思いの量が増えるごとに、血管が浮き出て白くなるまでに拳に力が込められる。そんな春翔の様子を、椿は黙って見ていた。


 「俺と優華みたいに、厄霊で苦しむ人たちを減らせるように、助けられるように、その思いで今まで過ごしてきたんだ。それを否定されたら、俺には何も残らない……!」


 震える声で言ったあと、春翔は俯き、歯を食いしばった。

 両親を厄霊により奪われて、そして妹と交わした約束を胸に、燈華や椿のもとで二人、剣の道に励んできた。その日々と交わした約束があったからこそ、あの日、最愛の妹へと刃を下したのだ。

 そうやって苦しんで、藻掻いてきた日々を否定されてしまえば、自身に何も残る物はないと。

 振り絞られた声は、血が滲むほどに切実な思いが込められていた。


 「明日負けることになったとしても、俺は構わない。でも、絶対にただでは負けない。俺みたいなヤツでも、強くなろうと足掻くことまで無駄なんかじゃないって証明する。そして俺自身が刀を振るえるように、乗り越えるようになるためにも、俺は――」


 俯いたまま言う春翔の頬を、温もりが包む。驚いて顔をあげると同時に、顔に柔らかい物が押し当てられるのを春翔は感じた。椿は膝立ちになって、春翔の頭を包むように、そっと抱きしめていた。


 「椿、さん……?」


 突然の抱擁に驚くも、柔らかな感触、鼻腔をくすぐる匂い、胸から聞こえる落ち着いた鼓動は、春翔の緊張を解きほぐすのに十分だった。


 「最後に、一つだけ聞きたい。刀を握れなくなってから今までの日々、お前はどう思っている?」


 椿の表情を窺い知ることはできない。それでもその表情は、変わらず静かなままなのだろうと春翔は思った。


 「刀を握ることもできなくて、それでも何もしないまま、立ち止まっているような自分が嫌で、許せなかった。だから、二人から体術を教えてもらっていた。

 でも、もっと刀に向き合っていれば。無理矢理にでも刀を握る時間を増やしていれば、もしかしたら今とは違う未来になってたのかもしれない。そういう意味では、俺はあの時逃げたんだって言われても仕方ないと思う」


 刀から目を背けていたわけではない。それでも握るたびに、向き合うたびに倒れるような状態で、進むことのままならない剣術よりも、一歩ずつ確かな成果を実感できる体術の稽古の方が、はるかに鍛え甲斐があったのは事実だった。

 立ち止まることの恐怖にきちんと向き合い、もっと刀を振るえばよかったのではないか。後悔に似た思いを、春翔は椿に打ち明ける。


 「逃げ、か……」


 呟いたあと、椿は抱擁を緩める。自由が利くようになった首を動かして、見上げるように椿を見る。春翔を見下ろす椿は、寂しげに微笑んでいた。


 「今のハルに必要な言葉を、多分私は分かっている。でもごめん。私がそれを言う資格はない。お前の剣を奪ってしまったのも、お前にその苦しみを背負わせてしまったのも、他でもない私だから」


 「そんなこと……!」


 否定しようとする春翔を、椿は小さく首を振って遮る。その弱々しく見える姿に、春翔は言葉を呑みこまざるを得なかった。

 

 「だからこれは、私の願いだ。ハル、どうか気付いてほしい。お前自身で、お前自身に必要な言葉を見つけてほしい。ハルが気付けなくても、お前の精霊が気付いて教えてくれることを、私は願ってる」


 「精霊が……?」


 未だ言葉を交わせない自身のパートナーを思い、春翔は椿の言葉に疑問を抱く。そんな春翔の様子を見ながらも、それに答えず、椿は静かに微笑むのみだった。


 抱擁をといて、椿が立ち上がる。


 「話はこれで終わりだ。あとは、明日の試合が少しでもマシなものになるように、特別授業だ」


 しんみりとした雰囲気を吹き飛ばし、普段の勝気な笑みを浮かべて椿は告げる。


 「やっぱ、こうなるのな……」


 溜息を一つ。そして、立ち上がり椿に向かい合う。


 「てっきり、もう少し説教が続くのかと思ってたよ」


 「説教? ああ、上代のことか。別にいいさ。教師としては叱るべきだが、今の私はお前の叔母としてここに居る。むしろ友達を傷つけられて何もしなかったなら、それこそ教師としてでなく、お前の保護者としてお前を叩き直していたところだ」


 「殴っても教師として叱られて、殴らなくてもそれ以上に叩きのめされる。ひでえ教育者も居たものだな」


 苦笑しながら言う春翔に、椿は楽しげに笑い声をあげる。そうしてすぐに表情を引き締めて、


 「仮にこれから教える魔法を覚えたからと言って、お前が確実に勝てるわけではない。むしろ完璧にこの魔法を習得したとしても、シュテルンノーツに一矢報いることができるか否かは五分五分……いや、勝ちの目は四割もないだろう。それでもやるか?」


 強い響きを以て、椿が春翔に問う。春翔の答えは決まっていた。


 「やるよ。別に勝ち負けに拘るつもりはないけど、どうせ立ち合うなら、少しでも勝率があがる方法をやってみたい。そうやってできるだけ足掻いて、明日に臨みたい」


 春翔の言葉に、満足したように椿が頷く。


 「鎧装霊纏(アーツ・インストール)をしろ。少しはまともに戦えるように、時間の許す限り叩き込んでやる」


 そうして世界最強の騎士による手ほどきは、五時間に渡って行われたのだった。


 長かった5話もようやっと終わりです。次からはセルフィーネとの模擬戦を書いていきます。が、この話も決戦前夜、試合、試合を終えての交流と書いていきたいので、やっぱり長くなると思います。気長にお待ちいただければと思います。

 次の更新は6/26までに行えたらと思います。できなかったらすみません(汗

 感想アドバイス、よろしくお願いします。

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