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第5話:あるいは学年一の才媛との衝突と、弱さを振り返る時間⑪

短めですごめんなさい

 

 春翔はこの日の授業を終えて真直ぐに、椿の指示通りに本館近くにある武道場へと足を運んだ。椿から放課後に武道場で説教をされると昼休みに級友に言ったときの彼らの憐れみに満ちた顔を、春翔は頭を振って追い払う。


 「俺だって想像したくねえよ。……憂鬱だぁ」


 椿という人物をよく知る春翔だからこそ、彼女のしごきの苛烈さは骨身に染みている。恐らくあと十数分もすれば始まる説教という名の蹂躙に、春翔はすでに頭を痛めていた。

 時間は16:50。無人の武道場の静謐さは呼吸する音すら躊躇われるほどで、足を踏み入れる者に静かな緊張感を叩きつける。その中を、春翔は靴を脱いで、靴下のまま入る。軽く礼をし、武道場の中心へと歩みを進める。磨かれた床の滑らかさに心地良さを覚えながら、春翔は内部を見渡した。


 「やっぱりこういう学校ともなれば、武道場も綺麗で上等だよなぁ。でもまあ、燈華さんとこの剣道場の方が個人的に好きだけど」


 そうして瞑目し、しばし呼吸を整えたあと。


 「限定霊纏(パーツインストール)


 右手に霊装を顕現させ、素早く正眼の構えをとる。ピタリと静止し、正面を見据えて細く息を吐き出した。


 (明日、あの()と立ち合うんだよな……)


 妙なことになったと、春翔自身も思っている。怒りに任せてセルフィーネにひどいことを言ってしまったことも自覚している。だが謝ろうと思っても、お互いのスケジュールが合わなかったのか、合同演習の後は一度も顔を合わせることはなかった。

 いや、むしろそれで良かったのだろう。模擬戦を行うことは決まってしまったのだ。そんな相手と顔を合わせてどんな謝罪の言葉を述べたとしても、恐らく互いとってあまりいい結果になるとは思えない。


 (つか、上代が原因だったはずなのに、マジでどうしてこうなった?

 ……なんであの娘は、模擬戦に名乗りをあげたんだ?)


 そこだけが、春翔の中で未だに引っかかっている点だった。確かにあのとき、春翔の言葉に対して彼女が怒りを覚えていたのは感じ取っていた。だがその後、名乗りをあげて神田に理由を問われたとき、明らかに困惑した表情だったのだ。


 「今更考えても意味ないか。なっちまったもんはしょうがない」


 答えの出そうにない問いを考え続けるのをやめて、春翔は目下、差し迫っている問題へと意識を切り替えるように自分に言い聞かせる。それはセルフィーネとの模擬戦。すなわち、


 「あの娘に、(これ)を振るうこと……」


 口にして、春翔の背筋を寒気が駆け抜ける。

 人を前にして刀を振るう。誰かを前にしての刀の鍛錬は、ここ数年に渡ってやっていなかった。椿や燈華との稽古は、もっぱら体技での組み合いが主になってしまっていたのだ。

 

 (でも、本当ならここに来るまでにやれなきゃいけないことなんだ……!)


 自身が弱いことなど、春翔はすでに自覚している。弱いからこそ、刀一つ満足に振れやしないのだと。そんな弱者の自身でも、優華との約束を守りたいという思いだけは、厄霊から人々を救いたいという思いだけは、決して嘘ではない。明日の模擬戦はそれを証明するためにも、絶対に無様な姿だけは見せられないと思っていた。


 セルフィーネの鎧装霊纏を想像する。蒼銀の槍を春翔に向ける佇まいに、隙などない。そこから繰り出される刺突は凄まじいものだろう。


 「けど、捌けないほどじゃないはずだ」


 春翔の中に油断も、慢心もない。それでも世界最強の一人である騎士と、現世に恐らく唯一生き続ける鬼から鍛錬を受けてきたという自負はあった。

 それを再確認するために、そして震えそうになる自身の体に言い聞かせるように、春翔は口にする。


 「シュテルンノーツさんの槍の腕だけでなら、一方的にやられることはないはずだ。問題は……」


 今の時点で、春翔が考える明日の模擬戦に対する課題は二つ。

 一つは魔法による遠距離戦の展開になった場合。霊装の形が刀であり、まだ魔法という遠距離攻撃の手段を使えない春翔にとって、一番苦しい展開であることは明白だ。


 もう一つの、そして一番の課題は。


 セルフィーネの魔法を掻い潜って肉薄し、その清澄な槍撃を捌いたとしても。


 「俺がシュテルンノーツさんに一太刀浴びせられるのか、ってことか……」


 結局はその問題に行き着いてしまうのだと、春翔は苦々しく思った。強制解纏によって命を落とすことはないのだと頭では分かっていても、果たして自分はあの日の記憶に囚われることなくことなく一撃を与えられるのか。


 「……っ」


 静寂に包まれる中、喉を鳴らす音が嫌に目立つ。恐らく明日、そういう場面になったとしたら、間違いなくあの日の記憶が立ちふさがるだろうと春翔は確信している。現に、セルフィーネと相対するのだと想像し、今こうして構えをとっただけでも、手の感覚に冷気が滑り込み、心臓が無秩序に暴れているのだ。


 「それでも、俺は……!」


 荒い息はそのままに、奥歯を強く噛みしめて声を絞り出す。

 乗り越えなければならない。

 でなければ、厄霊と戦うことも、優華との約束を果たすこともかなわない。


 震える全身をそのままに、張りつめた面持ちで刀を振り上げたところで、


 「落ち着け、ハル」


 聞きなれた穏やかな声と共に、春翔の身体を柔らかな感触と温かさが包む。


 「あ……えっ……」


 掠れた声で呟き、ゆっくりと後ろに視線を向ける。春翔の背中に椿が自身の体を押し付け、優しい手つきで、春翔の胸と腹に手を回していた。


 「椿、さ……」


 「大丈夫だから。力を抜いて。ゆっくりでいいから」


 春翔の言葉を遮るように放たれた椿の声は、普段の調子とはあまりにもかけ離れた、穏やかで切実な響きを持っていた。

 昔もこうやって抱きしめてくれたっけと、その感触と温もりを懐かしむ。次第に呼吸も鼓動も治まり、手の感覚にも温もりが戻ってきた。

 霊装を解除し、刀が白い燐光とともに消える。春翔は身体に回された手をゆっくりと剥がして、椿と向かい合う。穏やかな笑みを浮かべていた椿だったが、それが少し疲れているような、ともすれば泣き出しそうな弱々しいものに春翔には見えた。


 「椿さ……じゃなくて、桜咲先生」


 呼び方を言い直す春翔に、椿は首を軽く振って、


 「いつもの呼び方でいいよ。今はお前と私の二人だけなんだから」


 公の場での固い声音とは違い、身内同士でしか聞けない穏やかな声音で、椿は苦笑して言うのだった。


パソコンの不調でお待たせしてしまってほんとに申し訳ありませんでした。次回は6/19に投稿する予定です。時間帯はちょっとわかりませんごめんなんさいorz

感想アドバイスお待ちしております。

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