第5話:あるいは学年一の才媛との衝突と、弱さを振り返る時間①
オリエンテーションが終わり、椿が教室をあとにしたことで、教室の空気が緩んだものになる。騒がしくなる教室で、春翔は大きく伸びをした。
(さーて、これからどうすっかな。腹減ったが、どこかでしばらく昼寝というのもアリ。家電来るのが16:00くらいって言ってたから、時間は割とある)
窓から見える外の景色は、春らしく暖かな陽光に照らされている。木々が穏やかに揺れる様子を見ていると、まるで自分が爽やかな風に包まれているような、心地良い錯覚にとらわれてしまう。
何はともあれ、まずは外に出ようとしたところで、
「ハルちゃん、あのさ」
幼馴染の少女にその名を呼ばれたのだった。
「ん? どした?」
「あ、あのさ、えっと……」
言いづらそうに俯き、もじもじと体を揺らす。その仕草を見て、そういえばいつもこうやって、彼女の言葉が出てくるのをじっと待ってたなと、春翔は懐かしい思いで奏を見た。
奏は意を決したかのように春翔を見る。
「よ、良かったら一緒にお昼、食べない……かな」
自信無さげに萎んでいく言葉とともに、奏はまた俯いて春翔の反応を待つのだった。
「あー、確かにその選択肢があったか。ごめんごめん、眠すぎて頭に浮かばんかったわ」
そう言って、春翔は手を合わせて奏に謝った。
「あ、謝らないで。急に言ったわたしが悪いし。ごめん眠いんなら、今日はやめとく」
そう言って奏は、申し訳無さそうに言葉を紡ぐ。
自分の思いを飲み込んで耐えるそのいじらしい表情に、果たしてどれほどの男が無視できるというのだろうか。
「いいよ。俺もこのあと予定なんてないし。行こうぜ」
その言葉に、誰が見ても分かるほどにその表情が輝いた。感情の発露に乏しい表情だったのに、随分と豊かな色を見せるようになったなと、春翔は幼い頃に比べて良い意味で変わった少女に嬉しさを感じた。
「桜咲君、ちょっといい?」
奏と話していると、別の方向から声をかけられる。その方向を見ると、クラスの女子が三人ほど、興味に目を輝かせて春翔の前に居た。
「桜咲君、もし良かったらお昼食べない? 学校の案内も兼ねて」
先ほどまでの会話を聞いていなかったのだろうか、少女たちは弾んだ声で春翔に言う。
「いや、俺は……」
奏と食べる予定だ、と言おうとしたところで、どうせなら皆で食べた方がいいだろうかと考え直す。そう提案しようと奏の方を横目に見て、
「ごめん! 久しぶりに会った幼馴染と、ゆっくり昼飯にしようかなーって」
すぐに考えを翻して、手を合わせて少女たちに言った。横で奏が驚いたように見るのを感じる。
「風島さん、桜咲君と幼馴染なの!? そういえばさっきも結構仲良さげな雰囲気だったけど!」
少女の一人が奏に、興味に満ちた声音で問う。
「えっと、うん。小学校のとき、何年間か」
相変わらず感情の読みにくい声音であったが、どことなく弾んだものであるように感じる春翔。奏の言葉に、少女たちはますますその目を興味に輝かせる。
「そうなんだー。ちょっと残念だけど、しょうがないか。桜咲君! また誘うから今度はお願いね!」
「風島さんも、今度桜咲君との幼馴染エピソード教えてよ!」
少女たちの言葉に春翔は大きく頷くことで答え、奏は右手で大きく親指を立てて、
「ハルちゃんが教室で言ってた恥ずかしい寝言ベスト10を今度教えるよ」
「ちょっと待て聞き捨てならないんだがそれは」
奏の言葉にクスクスと笑いながら、少女たちは春翔たちから離れていった。そうして帰り支度を整える中で、
「ハルちゃん、どうしてさっきの断ったの?」
奏が春翔に問う。その言葉に、別段なんでもないという口調で春翔は答えた。
「別に? 一緒に食べてもいいのかなーって思って奏に聞こうと思ったけど、若干残念そうな顔してたからさ。そういえば大勢でワイワイとか昔は嫌いだったし、久々……五年ぶりくらいだっけ。に、再会できた幼馴染とお喋りするのも悪くないかなって思っただけだよ」
横目で覗き見た奏の表情。そこに僅かな翳りがあったのを、春翔は見逃さなかった。
春翔の言葉に奏は目を丸くし、拗ねたように口を尖らせる。
「見てたんだ。私の表情。……女の子の顔を無断で盗み見るなんて、死罪だぞ」
「随分と重罪だな。異性同士ろくにコミュニケーション取れないと思うんですが」
奏の言葉に苦笑しながら春翔は言う。そして「けど」と告げられた言葉に、春翔は奏を見る。同年代の女子にしてはかなり小柄なその身体のせいで、自然と奏が春翔を見上げるようになる。
その身長差に表れる年月に春翔は寂しさを感じつつ、幼いころから陰ながら人気のあった少女が、面影を残しながらもさらに美人になっていることに今更ながら気付き、春翔は胸が跳ねるのを感じた。
「ありがと。嬉しかった。……行こっか」
頬を僅かに赤らめながら小さく微笑むその姿に、春翔は頷くしかなかった。
短めですが申し訳ありません。
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