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第4話:あるいは再会と初対面と覚悟のお話②

早いのですが、第四話終わりです

 一瞬静まりかえる教室内。そして、すぐに爆発したかのような喧噪に包まれる。


 「すっげ、担任って椿さんかよ!」


 「私、ずっと憧れてたんです!」


 一人一人が浮かれた様子で喜び合う様子を見て、春翔は驚いたように目を丸くする。


 「えっと、担任が椿さんってことみんな知らなかったのか……?」


 奏と禅之助に尋ねる春翔。その言葉に、二人は首を横に振る。


 「ホームページで確認できるの、名簿だけだから」


 簡潔な言葉で、そっけない調子で言う奏であるが、その表情は驚きに満ちていた。


 「いやいや聞いてねえし知らねえし! って、マジか。担任が桜咲先生とかもう一日の目の保養が確保されたも同然じゃん! やっほーい!」


 テンションが爆上がりしている禅之助に、春翔と奏は冷めた視線を向けている。


 「確かに椿さんは綺麗、だけど。それ以上にこわい」


 そう言って、奏は目線を椿にやる。170cmを超える長身は細身でありながら女性らしい丸みもあり、黒のタイトスーツがそのスタイルの良さを目立たせる。そしてその顔立ちも名前のように鮮烈な華を持ち、刀のように鋭い大きな瞳は見る者を惹きつけずにいられない。

 春翔はセルフィーネの方をちらりと覗く。無表情だったその顔も、他の生徒と同じような驚愕と興奮に彩られているように春翔は感じた。

 

 そんな教室の様子を見て、椿は小さく溜息をつく。他の生徒は興奮してその様子に気付いていないが、春翔はそこに危険信号を見出した。


 (あ、これまずいヤツだ)


 そして椿が両手を前にするのを見て、迷わずに耳を塞ぐ。隣の奏もこれから起こることを察知したのか、春翔と同じように耳を塞いでいた。


 「ん? 何してんの君たち」


 そんな二人を見て、禅之助が疑問の声をあげる。春翔は耳を塞ぐように言おうとしたが、遅かった。


 教室内に響くけたたましい破裂音。これが人の拍手によるものだと誰が信じるのだろうか。椿は胸の前で合掌し、微動だにしていない。


 「な、何が……起きた……?」


 禅之助は耳を押さえて悶絶している。他の生徒も似たような状況だ。春翔はセルフィーネの方を見るが、彼女も耳を押さえ、涙目になっていた。そして春翔の視線に気付くと、ぷいっとそっぽを向くのだった。


 (やっぱりそんなに気を悪くさせたかな……)


 あとで謝ろうと思いつつ、春翔は教室を見渡す。やがて徐々に一人一人、音のダメージから解放されつつあった。そうして教室の混乱が治まるのを待って、椿は言葉を続ける。


 「聞こえなかったようだからもう一度言おう。私は『席に就け』と言ったんだ。私が五を数えるまでに完了しろ。五、……」


 そうして蜘蛛の子を散らすように生徒が動き、椿が二を数えるまでには全員が着席していた。その様子に、椿が満足そうに頷く。


 「なんだ。やればできるじゃないか。時間を守るというのは、大人子供関係なく大事なことだ。以後、心掛けるように。……返事は?」


 椿の言葉に、皆が一斉に返事をした。その様を見て、


 (うわぁ、相変わらずおっかねえ……)


 と、春翔は一人内心で呟いた。


 「さて。これから一年間君たちを受け持つことになった、桜咲椿だ。プロフィール、経歴はネットでも漁って読んでくれ。

 これからオリエンテーションという事だが、終わり次第早く帰していいということなので、ちゃっちゃと済ませようと思う。君たちも早く帰りたいだろうからな。普通ならクラスの自己紹介をさせるのだろうが中等部で三年間過ごしたのならいらないだろう」


 勝気な笑みを浮かべながら言う椿。その笑みは同性異性問わずにドキリとさせてしまうほどに魅力的なものであった。


 「だがまあ今年はちょいと事情が違う。一人だけ高等部からの新人が居るから、彼にだけ自己紹介を行ってもらおうか」


 そして椿の視線が真直ぐに春翔を貫く。その眼差しに思わず冷や汗が流れる。


 「桜咲春翔。前へ」


 「は、はい!」


 緊張しながらも春翔は席を立ち、教壇の隣に立つ。


 「簡潔に自己紹介を頼む」


 そう言って、悪戯っぽく微笑みながら椿は言う。40人全員の視線が集まるのを感じながら、少し緊張した面持ちで春翔は口を開く。


 「桜咲春翔です。高等部からの入学なんで、えっと、みんなに比べたら魔法とかも全然使えないです。でも! 頑張って追いつけるようにします。仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」


 そうして頭を下げると、教室は拍手で溢れた。椿の方を見て、彼女が頷くのを確認してから春翔は席に戻った。


 「というわけだ。よろしく頼む。ああ、一応言っておくが、知っての通り桜咲は私の甥だ。だがだからといって甘やかせるつもりはないし、特別厳しくするつもりもない。あくまで平等に君たちを鍛えていくから、そのつもりでいてくれ。


 オリエンテーションを始める。机のパソコンを起動してくれ」


 そうして生徒が自分の机に備え付けられている投影型ディスプレイ、およびキーボードを展開させる。そこに映されている資料を基に、椿はオリエンテーションを進めた。




 「――以上で、このオリエンテーションで君たちに説明すべきものは全て説明した。ここまでで何か質問のあるものは?」


 椿の説明は簡潔かつ的確なもので、春翔は何も疑問を抱くことはなかった。その風貌も相まって、プレゼンテーションを行う一流企業のキャリアウーマンと言ってもおかしくないほどに、椿の説明する姿は様になっていた。


 「はいはい! 質問いいですか?」


 声をあげたのは禅之助だ。クラスが一斉にそちらへ目をやる。

 机は窓際の列が六人、そこから廊下側の列まで合わせて五列が七人の計41名で、五十音順で禅之助は一番廊下側の後ろから六番目だ。

 そしてセルフィーネは外国人だからなのか分からないが、禅之助の後ろ、つまりこのクラスで最後の出席番号となっている。禅之助を見るということはセルフィーネを視界に入れることになるので、春翔は禅之助よりもその後ろの金髪の美少女に自然と目線が吸い寄せられた。


 「和甲か。何か分からないことでも?」


 「ああいえ、桜咲先生の説明はとっても分かりやすかったです。なのでちょっとした疑問なんですけど、桜咲先生がボクたちの担任なのって、もしかして桜咲君が居るからですか?」


 その言葉に教室が一斉にざわつき、数名が春翔の方へと視線を向ける。その中にはセルフィーネのものも含まれており、春翔と視線がぶつかる。思わず春翔は黒板(タッチ式の大型ディスプレイ)へと目線を戻した。


 「静かに」


 椿の一言で教室は再び静まり返る。そして椿は禅之助に視線を向ける。


 「和甲。仮にもしそうだとしたら、何か問題が?」


 「いえいえ、別にそんなことないですよ? ただ少ーし気になっただけです。むしろ桜咲君のおかげで先生のクラスになれたんだとすれば、彼には感謝しなければならないなーと!」


 禅之助の演技がかった言葉に、教室に笑い声が満ちる。驚いたことに、椿も堪えきれずに笑っていた。


 「あいつ、相変わらず馬鹿」


 春翔の隣の奏だけは呆れたような表情であったが。

 禅之助の言葉に、椿は答えを返す。


 「なるほどな。確かに私も君たちの立場になれば、今回のクラス決めに恣意的な意図を感じたのかもしれない。

 だが私が言う事は一つだけだ。信じるも信じないも君たち次第だが、今回のクラス決めも担任決めも完全にランダムだ。決して身内贔屓などは無かったということを、ここに明言しておく。私のクラスになった幸運、しっかりと感謝しろよ?」


 悪戯っぽく言う椿の言葉に、禅之助をはじめとする男子生徒の喜びの声があがる。女子生徒もそのハスキーな声音に、黄色い声をあげていた。


 「飴と鞭って、このことかねぇ……」


 そう嘯く春翔に、奏が隣で苦笑していた。椿は厳しい性格ではあるが、ユーモアや冗談を解さない人間ではないことも春翔は知っている。けれどもこれから行われる実技の授業などでの彼女の指導を思うと、春翔は背筋が寒くなる気がした。


 「さてオリエンテーションは終わりだ。終了予定時間は12:30だが、君たちの協力のおかげで11:35だ。これで私も早く帰れる」


 椿の言葉に、笑い声があがる。それが治まるのを待ってから、


 「だがオリエンテーションとは別に、君たちには聞いてほしいことがある。少し我慢して聞いてもらいたい。

 これは君たちに持っておいてほしい『覚悟』の話だ」


 真剣味を増したその声音とその表情に、そしてその言葉の内容に、教室内の空気が一変して緊張感が支配した。


 「精霊騎士は厄霊と戦う戦士であるが、その死亡率は一般人が考えているよりも遥かに少ないし、戦闘中の死亡数などほぼゼロだ。風島。それは何故だか分かるよな?」


 突然当てられた奏は身体を震わせるも、落ち着いたように言葉を紡ぐ。


 「精霊騎士は鎧装霊纏(アーツインストール)において意識を消失したとき、あるいは致命傷を負ったときなど、戦闘不能に陥った場合、強制解纏(エスケープ)によってその場から離脱し、請け負った怪我を無かったことにしてくれるから、です」


 精霊騎士が戦闘不能、あるいは即死級のダメージを鎧装霊纏の状態で受けた場合、精霊は強制的に霊纏を解除し、戦闘前にマーキングしておいた場所へと騎士を送り届ける。その後一日は霊纏を行うことができないが、それを差し引いてもこの能力は精霊騎士にとって非常に重要なものであることを、春翔は理解していた。

 奏の言葉に、椿は満足げに頷く。


 「その通りだ。我々には精霊の加護によって、生命の安全が保障されている。故に精霊騎士が死亡するというのは、生身の状態、限定霊纏の場合など、本当に限られたときでしかない。厄霊による死亡なんて、めったに起こることじゃない。

 一方で、精霊騎士はリタイアする割合が少なくない。もちろん年齢による衰えってやつもあるんだろうが、どの年代でもリタイアが起こり得るんだ。何故だと思う?」


 椿の言葉に、教室は逃げ場のない静寂に包まれる。息をする音さえ躊躇われるような濃密な静けさの中、生徒は椿の言葉を待つ。

 そんな様子の生徒を前に一瞬だけ瞳が悲しげに揺れるのを、春翔は見た。だがそれはすぐに、椿本来の強い眼差しに変わる。


 「想像してみてくれ。首を斬られる痛み。全身を包む灼熱の劫火。腕も、足も切り飛ばされて、ただ死を待つのみの絶望。だが強制解纏を行えば、受けた傷、痛み、全てが無かったことにされる。

 良いことのように聞こえるかもしれないが、生きているのが有り得ない状況であったにも関わらず、気付けばベッドの上で無傷のままでいる。体が受けたはずの損傷の記憶と、無傷な体の認識の齟齬ってやつは、なかなかに精神を削るものなんだ」


 椿の言葉に、誰も何も言わない。言えない。

 その言葉から伝わる重みが、生徒たちの胸に圧し掛かる。


 「そうして精神的に壊れたやつを、私は学生のころや、卒業してからも見てきた。そういった者には、一つだけ共通して足りないものがあった。シュテルンノーツ。なんだと思う?」


 話を振られたセルフィーネは、しばしの沈黙のあと、凛とした声で答える。


 「命を賭して戦う覚悟、でしょうか」


 その言葉に、椿はふっと笑みを零す。そうして紡がれた答えは『否』だった。


 「告白しよう。死ぬ覚悟ってやつを、私は持ち合わせていない。これから先、持ち合わせることになるとも思わないさ」


 その言葉に、にわかに教室内がざわつく。恐らくセルフィーネと同じことを、多くの生徒が思いついていたのだろう。そしてそれを、世界最強の一角である騎士に否定されたとなれば、自然とその答えに興味が湧く。

 長年椿と接してきた春翔であっても、その答えを知ってはいなかった。そして椿の言葉を、クラスが待っている。


 「これまでリタイアしてきた騎士たちも、その矜持と使命に準ずる覚悟のあった者だったし、それに見合う実力を持ち合わせていた。それでも彼らは、自身の壊れていくその精神を、その弱さを、打ち明けられる誰かに恵まれなかったんだ。あるいは傍に寄り添う誰かに、伝えることができなかった」


 そうして言葉を切った椿は、教室を見渡す。その瞳は、わずかばかり翳っているように春翔は見えた。


 「だから私が皆に持ってほしいと思う覚悟っていうのは、自分の弱さを弱さと認め、それを他者に曝け出す覚悟なんだ。曝け出せる勇気、と言い換えてもいいかもしれない。

 自分の弱さを誰かに見せるってのが、存外難しい。けれど、学校を卒業するまでの間に、どうかこの覚悟を身に付けてほしいんだ。

 友達、親兄弟、あるいは恋人。誰でもいい。自分の弱さ、辛さを吐き出せる誰かを見つけて、自分の中に溜めこんでしまうことはしないでくれ。


 耐えるということは、強さであるとは限らない。騎士である前に、私たちは人だ。本来であれば、厄霊から人々を守るっていうのはとてつもない重圧なんだ。それを自覚してくれ」


 椿の言葉は、真摯な響きを以て生徒に届く。春翔はその言葉に、未だ剣を振るのに苦戦する自身を省みる。この弱さを誰かに曝け出すというのは、確かに中々できそうにないと春翔は思った。


 (だからこその『覚悟』、か)


 椿を見る。その視線がぶつかったとき、その表情が柔らかく解れたのを見て、春翔は自身の弱さを知る椿に対してこそばゆい何かを感じた。


 「卒業までの三年間、強さを磨くのと同時に、己の弱さと向かい合う三年間としてくれ。私からは以上だ。長々と済まないが、まだ12:00にもならない。他のクラスより30分も早く帰れるんだ。大目にみてくれ」


 そうしてそれまで見せていた真剣さをすっかり消して、強気な笑みを浮かべて言うのだった。


強制解纏。都合のいい能力というだけの設定にはしないように頑張ります。


感想アドバイス、よろしくお願いします!

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