第4話:あるいは再会と初対面と覚悟のお話①
PV600だワーイ(感激
今回は登場人物もう一人ほど増えます
「あ。なんでセルフィーネさんだけ霊鎧姿だったのか聞けばよかったな」
校舎に入り、輝羅の言葉通りに男子トイレの個室で時間をつぶした春翔は、教室に向かいながら呟いていた。
時刻は10:45。本日4月1日水曜日の予定は11:00から各教室でのオリエンテーションを終えたあと、そのまま下校となる。学校が終わったあと、部屋に搬入される家具の設置を行おうと春翔は考えていた。
「まあいっか。誰かに聞けば教えてくれるだろ。多分」
楽観的に考えながら、春翔は1年1組の教室へと向かう。入学前から学校のホームページにログインすれば名簿を見られるのだが、どうせ知らない奴らばかりなのだからと春翔は特に興味を持っていなかった。
自分のクラスを確認しようと思っても、椿から、
「そういえば、お前は1組だったぞ。私が受け持つクラスだ。身内だからといって甘やかすつもりはないから、覚悟するように」
と、人の悪い笑みを浮かべながら放たれた盛大かつ容赦ないネタバレによって、恐怖のどん底へと叩き落されて以来、名簿を見る必要性もなくて放置していたのだ。
椿は春翔と優華が幼いころから稽古をつけてくれたが、燈華同様そこに容赦も手心もなく、真剣にしごかれていた。
これが最低でも一年間、稽古だけでなく学業でも同じように接することになるかと考えると、暗鬱な気分に陥るのだった。
教室の前に立つ。普通の入学式直後の教室など、初対面の者同士で緊張して静かな物なのだろうが、春翔以外の245名は中学から一緒に過ごしていたのでそんな静けさはなく。
扉越しに聞こえるほどの声に、春翔はひとつ溜息を吐く。
(入りにくっ……ええいままよ!)
意を決し、扉を開けて教室に足を踏み入れた。
近い席同士で会話に花を咲かせている者。離れた席の友達の所まで行って大笑いしている者。思い思いに賑わっていた教室の空気が、春翔が入ったときに静まり返る。そしてすぐに賑わいだしたが、その声はどことなく緊張した色を伴っていた。
(エスカレーター式の学校に一人ぼっちの転入生。まあこうなりますよねー!)
半ば自棄になりながら心で叫ぶ春翔の頭を、『友達100人できるかな?』というメロディーが虚しく流れる。所々から突き刺さる視線を無視しつつ、窓際から二列目、後ろから三番目の自身の席へ座る。
まだ半日も経っていないのにあまりにも多くの出来事に遭遇した気がして、その身体に疲れが押し寄せてくるのを感じる。慣れない環境、これからの学校生活へ一抹の不安を覚えつつ、何の気はなしに隣の席へ目をやった。
机に突っ伏して眠る少女。
閉じられた瞳からは長い睫が見えるものの、全く微動だにしない。かわいらしく整った鼻も、小さく開いた口も、ともすれば無機質な人形のように見えてもおかしくないのだが、穏やかな寝息に合わせて僅かに動く体が、唯一彼女が生きている証であるかのように密やかな存在感を放つ。
そして髪は睫と同じ栗色で、細く赤いリボンが鮮やかに映える。人形のようなその少女を見て、春翔は目を丸くする。
「あれ、もしかして」
思わず声をあげてしまう。そしてその声に反応したように、少女の閉じられた瞳がゆっくりと開かれる。日本人にしては色素の薄いその瞳が、春翔を真直ぐに見つめる。
栗色の髪。赤いリボン。そして人形を思わせるあどけない顔と小柄な体。一見では感情を読み取ることの難しい表情。春翔は幼いころに出会った少女の面影を鮮明に思い返していた。
「もしかして、奏……?」
おそるおそる尋ねられた少女は、僅かに口元を綻ばせる。普通なら見落としてしまいそうなこの笑顔も、記憶の中にある少女のままだった。
「そういう君は、ハルちゃんじゃないか」
のんびりした、無気力な口調。そしてその呼び方に、春翔の胸に喜びが満ちる。
「久しぶり! 奏!」
思わず声も弾んだものになる。奏はゆっくりと右手をあげる。
「いえーい」
棒読みなように聞こえるそれも、感情表現が苦手な彼女の精一杯の言葉だということを春翔は知っていた。そうして二人で軽くハイタッチを交わす。
春翔のことを気にしていたクラスメートたちがその様子を見て驚いたようにざわついていたが、ようやく見つけた気の置けない者との出会いに夢中になっていた春翔は気付かずに言葉を続けた。
「ほんと久しぶり! そっか、奏も精霊騎士学校だったんだ。そうと知っておけばクラス名簿見とけば良かった。入学までの楽しみ一つ増えたのになー」
「おひさ、ハルちゃん。クラス名簿見てないのに、自分のクラスどうやって分かったのさ?」
表情と同じようにその声音も変化は乏しい。そんな口調にまで春翔は懐かしさを感じ、見知らぬ者しか居ない中で孤独を感じていた春翔に大きな安心感を与えていた。
「いや、椿さんに教えてもらったんだ。んで、どうせ誰も知ってる奴なんか居ないだろうと思って、見るのやめてたんだ」
「ふーん……ハルちゃん、苗字変わったんだね。驚いたよ」
「そうそう。精霊と契約を交わしたときにね。……俺の中で、けじめつけたかったっていうか、今までの自分と変わりたかったからっていうか、うん。諸々あって、桜咲春翔となりました」
明るい口調になった春翔に対して、奏はわずかに寂しげな表情を見せる。
「あのね、ハルちゃん」
そうして言葉を続けようとした奏を、
「ういーっす奏! っと、こちらは噂の編入生君ではないですか」
明るく浮ついた声が遮る。春翔が振り返ると、茶髪にピアスを着けた、人懐っこい笑みを張り付けた少年が一人。
「うるさい。空気読めワキガ」
「事実に基づかないその呼び名やめてくれませんかねぇ!? 違いますから! ボクワキガじゃありませんから!」
奏の辛辣な一言に、少年は全力で否定の言葉をぶつける。見た目だけで言えばチャラついた不良といった感じだが、その表情、口調はとても愛嬌のあるものだった。
そして幼いころの奏を知る春翔にとって、ここまでの冗談をぶつける相手というのは恐らく当時はいなかっただけに、とても新鮮なものに映る。
「えっと、ここでの友達?」
春翔は奏へと声をかける。その言葉に奏は小さくため息をひとつ。
「ただの腐れ縁。中等部ではずっと同じクラスだった。で、最悪なことにまた同じ」
「最悪とか言わないでよ奏ちゃーん。ボクと奏ちゃんの仲じゃあないか~」
うんざりしたような口調に、少年がおどけた口調で答える。あまり変化の目立たない表情にはっきりと怒りの色が混ざり、
「燃やすぞワキゲ」
「ワキゲじゃねーし! あと目がマジで怖いっすサーセン!」
と、直角に体を折る少年。その二人のやり取りに、春翔は思わず吹き出しそうになる。そうして少年が春翔の存在を思い出したように見て、
「っと、自己紹介がまだだったね。ボクは和甲 禅之助。よろしく頼むZE!」
と、右手で親指をあげながら春翔に言う禅之助。その無駄に高いテンションであるにも関わらず、不思議と鬱陶しさを感じないのはこの少年だから許されるのだろうかと、春翔は考えていた。
隣の奏は苦虫を潰したような顔を隠そうとしていなかったが。
「よろしく、禅之助。俺は――」
「ああ、知ってる知ってる。春翔君でしょ? 奏からちょくちょく話は聞いてるから」
「ちょ……」
ニヤリと笑いながら言う禅之助に、明らかな狼狽の色を見せる奏。
「え、なになに。俺どんなこと言われてたんだよ怖いな」
「いやあもうそりゃ色々とですよ。例えば――」
禅之助の言葉は続かなかった。素早い動きで席を立った奏が、滑らかな動きで禅之助の鳩尾に拳を突き立てていた。
「ごほ!? ちょっと待っていきなり、鳩尾は、きついっす……」
悶絶し、その場で崩れ落ちる禅之助。
「本当に、なんでも、ないから!」
少し顔を赤らめながら必死に否定する奏に対して、春翔は素直に頷くほかなかった。
教室のドアが開く。そこに入ってきた少女の姿を見て、
「同じクラスなんだ」
春翔の視線の先を、奏も見る。金色の髪を揺らし、セルフィーネ=レイリア=シュテルンノーツが自分の席へと歩いていた。その姿に会話に耽っていた男子や女子も、思わず目線で彼女の姿を追いかけている。
「なんだよ春翔君、お嬢様のこともうご存知なのか?」
ダメージから回復した禅之助が春翔へと声をかける。そして奏は春翔の言葉を、食いつき気味な視線で待っている。
「いや、今朝ランニングしてるときに会っただけだよ」
そうそっけなく言う春翔に対し、奏が「ふーん」と、どこか不機嫌そうに言う。そしてそれを見てニヤニヤと笑みを浮かべる禅之助に、奏は再び鳩尾へと突きを入れた。禅之助は再び身体を折ってうずくまる。
「えっと、奏さん……? なんかありました?」
思わず声をかける春翔だが、
「別に」
とそっぽを向くのだった。春翔は再びセルフィーネへ視線を向ける。
他のクラスメートはそれぞれグループを組んで会話しているのにも関わらず、セルフィーネの所には誰一人向かう者はなく、セルフィーネ自身もそれがさも当然であるかのように、一人無表情のまま座っている。
訝しげに思い、奏や禅之助に話しかけようとしたところで、再び教室の扉が開く。
現れたのは、黒いタイトスーツを着こなすクールビューティ。
「席に戻れ。時間はとうに11:00だ。中学生気分がまだ抜けていないのか?」
厳しく固い声で言うのは、桜咲椿。春翔の叔母であり、世界最強の精霊騎士、殿堂騎士の一角を担う『煌翼の姫武者』その人だった。
お調子者な男友達。ラノベではお決まりですよね!
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