第3話:あるいは入学式およびある少年にまつわる人々の苦労(愚痴)話⑦
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第3話はこれにて終了です。
部屋の前に立ち、軽くノックをする。
「どうぞー」
扉越しに僅かにくぐもって聞こえる、間延びしたその声に、春翔は扉を開く。
そこには輝羅が一人佇んでいるのみで、他の役員は居なかった。
「生徒会長さんだったんですね。生徒会長ともなれば、新入生の青い心を弄ぶのもお手の物ですか?」
わざと棘を含ませて言ったつもりだったが、それを微笑ましいものでも見るかのような輝羅の視線に、春翔は苦虫を潰した顔をする。
春翔の表情を見て苦笑し、輝羅は言葉を紡ぐ。
「随分嫌われたものですね。お姉さん悲しくて泣いてしまいそうですわ……」
「もう騙されませんよ!? 自分は貴女に隙を見せないって決めたんですから!」
ムキになって言うその姿の時点で、輝羅は笑いを堪えるのに必死なのに春翔は気づいていない。
「さて、冗談はこれくらいにしまして。来てくれてありがとうございます。春翔くんを呼んだのは、このまま春翔くんをホールの外に出すのは非常によろしくないからですわ」
輝羅は自身の腕時計型端末を操作し、ディスプレイを表示する。その後画面を操作し、春翔に向けて見えるようにディスプレイを反転させる。
会場前の監視カメラか何かの映像だろう。会場前は会場から出て行く新入生、父兄、そして報道陣でごった返していた。
「うっわ、なんだこれ」
思わず声を漏らす春翔。国立精霊騎士学校は政府関係者の出席もあるので、毎年この学校の入学式はその様子をテレビで放送される。
だが今回のこの報道陣の数は、これまでその様子をテレビ越しに見ていた春翔の記憶にはない。理由はなんだと考える前に、輝羅がこの場所に呼んで言った言葉を思い返す。
――このまま春翔くんをホールの外には出せない……
「え、なんですかこれ俺のせい?」
間の抜けた表情で言う春翔に対し、輝羅の満面の笑みがその答えを物語っていた。
「朝もそうでしたけど、なんでこんなに知れ渡ってるんですか? というか、俺ってそんなに貴重なんですかやっぱり」
最早一人称を取り繕うこともなく、春翔は輝羅へと疑問をぶつける。その言葉に一瞬だけ目を丸くするも、輝羅は深く溜息をついた。
「ご自身の立場をまだご自覚なされていないのですか?」
「いやぁ、やっぱり何回聞かされても全然実感が湧かないと申しますか、何と言いますか」
苦笑しながら答える春翔に、輝羅はしばらく顎に手を当て考え込む。やがてディスプレイを再び操作しだした。
「今朝のニュースはご覧になりまして?」
「今朝ですか? いえ、見てませんけど」
春翔の言葉に、「そうですか」と空返事ともとれるような調子で答え、ディスプレイを操作する。そうしてディスプレイを操作している自分から向かい合う春翔に見せるように反転させ、
「今の貴方は、こういうことになってます♪」
と、弾む声で言った。そのディスプレイには制服を着けた春翔自身の顔写真と共に、『ついに明かされた若きイケメン騎士の素顔に迫る!』という表題が付けられていた。
「はぁぁぁあぁぁああぁぁ!? え、ちょ、ええぇぇぇえぇぇぇ!? なんですかこの悪意に満ち満ちた記事! というかこれ入学前に協会に提出したやつですよね!? なんで出回ってるんですか情報管理ザル過ぎるでしょ!」
渾身の叫びを以て、春翔は目の前の少女に抗議する。輝羅はその様子をどこか楽しげに見ながらも、一生徒の疑問に答えるべく口を開く。
「若いイケメン騎士、いいと思いますが。まあそれは置いときましょうか今のところは。
国立精霊騎士学校の入学に際し、協会に顔写真と共に一定の個人情報を登録する義務が生じます。そしてこの情報は氏名、年齢、顔写真くらいなら、一般の人でも閲覧できるようになるんですよ」
「なんですかそれ聞いてません! 第一なんでそんなこと――」
「我々精霊騎士を、社会で監視できるようにするためですわ」
春翔の言葉を遮るように言われた言葉は、僅かながら冷気を宿していた。その口調の変化を察し、春翔は輝羅の言葉を待った。
「厄霊を倒すのが精霊騎士の役割ですが、その力は非騎士の人にとって頼るべきものであると同時に恐れるものでもありますわ。霊鎧は魔力を持たない武器の干渉を受け付けず、一方で霊装や魔法は厄霊のみならず一方的に物理兵器を破壊し、大地を抉り、簡単に人を殺すことだってできます。
つまり、もし精霊騎士が一斉に蜂起すれば、非騎士は成す術もなく世界を支配される……そう考える方々も多いのです」
輝羅の語る内容は直情的に否定したくなるものであったが、理論的に否定しようにも出来ないことに春翔は気付いた。そして同時に輝羅の声音の変化も、そういったやるせなさからくるものなのだと理解する。
そうして春翔の思考が終わるのを待つように間を置いた輝羅は、続きの言葉を紡ぐ。
「協会への過度な権力の集中、騎士たちの反乱を防ぐために、協会や騎士には様々な制約や監視機構が存在します。騎士の一定の情報が閲覧可能になるのは、その一環です。
無論、現住所や連絡先などまでは開示されませんので。これが今回、春翔くんの顔写真が堂々と出回っている理由です。ご理解いただけましたか?」
そうして春翔へ確認をとる姿はあまりにも先輩らしく、春翔は悔しく思いながらも、やはり目の前の少女は生徒会長に相応しい器なのだとはっきり理解した。
「なるほど? で、おまけに15歳で史上初の高等部編入の俺の顔写真を取り寄せて、マスコミたちがこぞって使いまくってるってわけですか」
「その通りです。察しがよくて助かりますわ。今のまま出て行ってもモミクチャにされてひどい目に遭うのは目に見えてます。なので」
そうして腰から30cmほどの、藤色の鉄扇を取り出す。
「ちょっとおまじないをかけて、このピンチを凌いでしまおうということですわ!」
弾む声で言うのだった。春翔はもう一度鉄扇を見る。
その光は淡く儚げであっても、そこから感じる充溢した魔力を、精霊騎士として未熟ながらも春翔は感じとる。
「これが生徒会長さんの霊装――」
「輝羅ですわ」
「はい?」
何かおかしいことでも聞いたように、春翔は輝羅の顔を見る。そこには悪戯っぽい笑みが張りついていた。
「せっかくこうしてお知り合いになれたのです。よろしければ、私のことも輝羅とおよび下さいまし」
よろしければ、という言葉と裏腹に、その口調は有無を言わせぬ響きを持っていた。
「……わかりました。それで、俺は輝羅さんの魔法を待てばいいんですよね。透明人間にでもしてくれるんですか?」
春翔の言葉にその笑みをさらに綻ばせ、機嫌良さげに輝羅は言葉を続けた。
「透明人間……ではないですね。結果としては近いことになりますが。では失礼して」
そうして霊装を顕現させただけの姿で、春翔の額に鉄扇で『触れる』。
「あれ、限定霊纏なのに? なんで触れられるんですか?」
思った疑問を、春翔はすぐに口にした。
今の輝羅は霊装のみ顕現させているように見えており、丸腰の春翔に触れられるはずはない。
そんな春翔にクスリと笑みを浮かべて、
「よくお勉強なされてますわね。それではご褒美として、種明かしを致しましょうか」
輝羅は一度春翔から離れて、左手で指を一度鳴らす。すると、輝羅の姿が陽炎のように揺らぐ。
そうして現れたのが、藤色の和装にその身を飾った輝羅の姿だった。
見た目だけではどのような素材なのか想像もつかないが、一目で高貴なものと分かる装束を纏う輝羅の姿は気品に満ちている。けれどもそれと同時に匂い立つ妖しい色気に、春翔は息を呑む。
過度な露出があるわけではない。袴は短めではあるがふくらはぎより下しか見えていないし、胸元も燈華のように大きくはだけているというわけでもなくしっかりと着つけられている。しかしながらその完璧に近い和装姿だからこそ、大き目に開いた襟元、そこから見える首筋から鎖骨を流れる線が艶めかしく映える。そして何より、薄い布地からは輝羅の豊麗な体の線が浮き彫りになっている。
巫女のような清楚さと、遊女のような淫靡さがせめぎ合いながら、辛うじて紙一重で両立しているような不安定さ。
だがその危うさゆえに見る者の目と心を奪うかのような、そんな幻想的な佇まいだった。
「……な、る、ほど。もうすでに鎧装霊纏されていて、魔法で制服姿に偽っていたわけですか」
辛うじて言葉を絞り出した春翔に輝羅は大きく頷いた。
「そういうわけです。なのであのとき殴られていたとしても、三脚が壊れていただけだと思いますよ」
楽しそうに言う輝羅は、そうして、春翔に近づいて鉄扇でもう一度その額に触れる。目の前に迫る輝羅の艶姿に胸が跳ね上がる。
そんな春翔の内心を知ってか知らずか、輝羅はその瞳に少しの緊張を混じらせて、
「それでは失礼しますわ。
――彼の者を意識の端へ。其は路傍に転がる礫の如く。
『隠姿独往』」
その声の不思議な響きと共に、春翔は頭の頂点が痺れるような、妙な感覚を覚えた。だがそれは一瞬で、触れられた額から何か冷たい膜のようなものが全身に広がる感覚が起こり、やがてそれは自身の身体に馴染むように消えていった。
「すっげ、本当に魔法みたいだ! でも、あんまり変わっていないような……?」
呪文を詠唱するその姿、そして今までに経験したことのないその感覚に、春翔は思わず弾んだ声をあげる。しかしながら全身を見ても、特に変わった様子は見受けられない。
春翔の反応とその言葉に苦笑しながら、生徒会長は新入生に解説する。
「みたい、じゃなくて、本物の魔法なのですが……。
今のは、対象を周りの人間から意識されなくする魔法です。単に透明化するだけですと、例えば人混みに紛れるとき。例えば、煙の中にいるとき。不自然な接触や、そこだけがぽっかり空いた空間が出来てしまうことで、誰かいるぞー、と知らせることになります」
「ああ、確かに想像がつきます」
「今の魔法をかけると、その姿が見えているにも関わらず認識されなくなるのです。ぶつかっても、何をしても。カメラなどには映りますけど、逆にそうすることで、『こちらは何もしておりませんわ。貴方たちが見落としただけなのではなくて?』と、おおっぴらに主張することができます。
持続時間は10分ちょっとですから、それまでに校舎にお入りいただき、魔法が解けるまでトイレの個室などで時間を潰していてください。他の人からすれば、突然現れたように見えてすごくびっくりさせますので。あ、間違っても女子トイレなどに入ろうとか、そういう悪さをしちゃいけませんよ?」
そう悪戯っぽく微笑み、人差し指を頬に当てる。制服姿のままでもその仕草は魅力的であるのに、霊鎧姿の彼女が行えばいよいよ暴力的なまでに少年の精神を揺さぶる。
「しませんよ。俺をなんだと思ってるんですか。……色々とご配慮していただき、ありがとうございます。それでは、失礼します」
そうして春翔は早急に立ち去ろうとする。これ以上輝羅を目にすれば、心臓がいくつあっても足りないと言わんばかりに。
「あ、お待ちください」
部屋を出ようとする春翔に、輝羅は声をかける。奇しくもそれは入学式前のやりとりの構図と一致しており、春翔はわずかに警戒しながら輝羅へと振り向く。
輝羅のその姿は制服姿に戻っていた。また姿を偽装しているだけなのかもしれないが、春翔は霊纏を解いたのだろうと思った。出会ったときから感じていた艶が影を潜め、大人びた少女はほぐれたような柔らかな印象を纏っていた。
「ようこそ、日本国立精霊騎士学校へ。他の生徒より変わった入学になりましたが、今日から貴方もこの学校の生徒であり、厄霊から人々を守る精霊騎士の一員となります」
穏やかながらも、確かな思いが込められた言葉が春翔を包む。唄うように語るその姿から、彼女の、この学校の頂点としての矜持、そして精霊騎士であることの誇りが読み取れた。
「貴方の往く道は辛く険しいものかもしれない。それでも一人ではありません。共に戦う私たちがいますわ。
騎士の責任に潰されることなく。
騎士の矜持を堕すことなく。
英雄のように雄々しく、高らかに。
騎士の誇りを胸に掲げ、共に歩んで参りましょう。
桜咲春翔。貴方の入学を、心よりお慶び申し上げますわ」
そう締めくくる輝羅の笑顔は鮮烈かつ晴れやかで。
小悪魔的な色はそこになく、ただ純粋な、そして真摯な輝きに満ちていた。
その言葉に、春翔は深々と頭を垂れる。そうしてまた輝羅に対して目線を向け、力強く頷いた。
「失礼しました」
春翔は部屋をあとにして、教室へと向かうために歩みを進めた。
参加者が全て出払ったあとで、ひたすらに春翔が出てくるのを待っていた報道陣が、その姿をカメラに捉えていながらも誰一人気付かずに見過ごしたことに首を捻っていたのは、また別の話である。
早く戦闘シーンとか書きたいのですが、もうちょい後になる予定です。……テンポ悪いですかね?あと詠唱も、私の中二センスだと大体こんなものですね。いかがでしょうか。
そこのあたりもご意見いただけるとありがたいです。よろしくお願いします。