第3話:あるいは入学式およびある少年にまつわる人々の苦労(愚痴)話④
二人目のヒロインお披露目です
彼女を言葉で表すならば、嫋やかなる大和撫子だろうか。
紺色がかった黒髪が後ろに結わえられて、白い首筋が映える。そして髪に挿された簪には藤の花があしらわれ、落ち着いた彩りを少女に添える。
垂れ目気味の目つきが朗らかさを与えるものの、そこに宿る紺色の輝きは深く強い光を帯びており。
歩く姿は芯が一本通ったかのようにぶれることがなく、淑やかさを周囲に振りまきながら優雅に三人の下へと近づく。
「報道関係者の入場は9:00からであり、それまで生徒やその保護者あるいは関係者への接触は禁止していたはずです。他の会社の方々はきちんと守られておられるのに、どうして貴方たちはいつもそんな簡単なことすら守れないのでしょうか」
記者とその手下に向けてあからさまな侮蔑の色を込めて言葉を放った後。
ほう、と困ったように頬に手をやり、溜息をつく素振りを見せる。他の者が行うと芝居臭くなるその仕草も、彼女が行えば育ちの良さを伺わせる気品に満ちた所作となる。
その仕草のあまりの優美さに思わず見惚れる春翔。その視線に気付いた彼女は、悪戯っぽくウインクを一つ飛ばしてきたのだった。
同じように呆けていた記者であったが、その言葉の内容が頭で理解できたのか、顔を赤らめながら声をあげる。
「き、貴様らのような軍国主義の狗が指定してきた条件で、ただ映像や写真を撮るだけの愚昧は我が社に居ない! 我々は軍国化への象徴たるこの学校の真の姿を捉え、国民へと発信していく義務が――」
「愚昧だらけですわよー? 貴方たちのような構成員を見てたら、その組織のおおよその高が知れるというものです。それに国民へと発信する義務、でしたっけ? 安心してくださいそんなものもう誰も、期待していませんから。ネットニュースによれば、電子新聞での購読者数、たしか三年連続で最下位でしたっけ? わたくしたち精霊騎士への批判だけではもう新しい読者層は得られないかと思いますが」
眼鏡の記者の言葉を遮り、ひたすらに毒を吐き続ける。ともすればおっとりとした口調に聞こえるものの、その言葉には不思議な重みがあり有無を言わせぬ響きがあった。いつの間にか周囲の人々の目が集まり、そのうち誰かが警備でも呼んでくるのではないかと春翔は期待していた。
「このガキ! 言わせておけば!」
大男の方が怒りを顕にして少女へと凄みを効かせる。どうやら周りの視線に気付いていないらしく、その心象を悪くしていることに気付いていないようだ。
そして当の彼女は涼風にでも当たっているかのように素知らぬ顔で、
「きゃあ怖ーい。危ないので、警備の人に来てもらいましょー」
と、誰からも分かるような棒読みで、右耳に付けたインカムに指をかけようとする。
「まずい! おい、そこの小娘を止めろ!」
なりふり構っていられなくなったのか、記者がその手下に指示を飛ばす。それを聞いた大男は少女へと駆け寄る。
「やべっ……!」
一歩出遅れた春翔が駆け出そうとするも、大男の手が少女の細い腕を掴み、
大男の身体が、鮮やかに宙を舞っていた。記者や投げられている大男はもちろんのこと、周囲の人間でさえ何が起こったのかが分かる人間は数少ないに違いないと、春翔はぼんやりと思った。
「あら、ごめんあそばせ? 蝿か何かが止まったと思ったので、つい振り払ってしまいましたわ」
涼しい顔で、地面で悶えている大男に言う。そうして春翔のもとへと少女は歩み寄る。胸元に付けているのは、二年生を示す青いバッジだ。
だが目の前の少女は、自身より一つ二つ上とは到底思えないほどに大人びていた。そんな彼女に見つめられ、春翔はドギマギしながら少女の言葉を待つ。
しばらく春翔を見ていた彼女だったが、クスリと蠱惑的な笑みを浮かべて春翔に右手を差し出した。
「来るのが遅れてしまい申し訳ありませんでした。さあ、会場に参りましょうか」
穏やかな笑顔で言われて、春翔は言葉を失う。そうしてその手を取ろうとしたとき。
彼女の後ろの方で悶えていた大男がいつしか立ち上がり、ビデオカメラ用の三脚を右手に持っているのを視界に捉える。その目は怒りで我を忘れており、少女の背中を見据えている。そして音を立てずに近づき右腕が振りかぶられたのを見て、
(まずい!)
咄嗟に体が動いた。
差し出された少女の手を素早く掴み、強引に引き寄せる。
「え、ひゃっ!?」
戸惑いの声をあげる彼女を無視し、無理矢理に引き寄せたことで生じる彼女の体の勢いを、右腕と右半身を使って柔らかに殺す。
そうして彼女の横を通り抜け、三脚を振り下ろしつつある大男の身体へと滑り込ませる。大男からすれば無防備に晒された少女の小さい背中が、突然少年の身体に移り変わったように見えただろう。
得物を持つ右手の手首を春翔は左手で掴み、右手は胸元を掴んで、体を大男の下へとさらに捩じ込ませる。
「せあっ!」
裂帛と共に、大男の勢いを利用しての背負い投げ。地面に叩きつけられた大男は、
「かぴょっ」
というどこから出しているのか分からない声をあげて、白目を剥いて意識を失った。流れるような一連の出来事に、周りから感嘆の声や小さな悲鳴が漏れる。
「な、き、貴様ら! こ、こんなことをして、ゆ許されるとお思っているのかぁぁぁ!?」
震えた叫び声をあげる記者だが、腰が抜けたのかその場でへたり込んでいた。とそこに、警備員らしき人々が数人到着する。倒れている大男を運び、そしてへたり込んでいる記者を取り押さえる。
「一般人に対して貴様ら騎士が手をあげたんだ! すぐに社に戻って、貴様らの本性をすっぱ抜いてやる!」
そう息巻く記者であったが、足を恐怖に震わせながら言う様は、滑稽を通り越して憐れみさえ催させるものだった。そうして警備員に連行されていくのを眺めながら、春翔は少女に肩を叩かれる。
「こっちです」
振り向くと同時に、少女に手を引かれる。
「え、ちょっとあの!?」
そうして乱雑になり始めた会場前から離れるように、春翔は少女と共に会場へと足を踏み入れた。
3:00ごろに⑤投稿します。