魔法の国『リア』・1
様々な国で成り立つ世界、イグドゥル。この世界には数多の国が存在する。ドラゴンが住む国、人魚が住む国、痛みのない国、涙のない国などなど。イグドゥルには数え切れないほどの国があり、すべての国を回るには1000年以上生きるドラゴンの寿命でも足りないと言われている。この物語はそんなたくさんの国の中の1つ、魔法の国リアで産まれた1人の少年と、たった1人生き残った珍しい種族の子の旅の話。
□
この国はクソだ。クソの掃き溜め。周りの国より優れた技術を持っていると自己陶酔に陥り、自分の国以外の全ての者を見下して生きている。俺もそんな国の一員だと思うと反吐が出る。
俺の故郷だなんて思いたくもない国、リア。ここは魔法を扱う人々が住まう国で、その技術により周りの国よりも豊かな国だ。けれど、そんなのはリアの周りの国に限ることであり、世界を形成するごく一部のことに過ぎない。それなのにあたかも自分たちが世界の頂点であるように語る愚か者共。まあ、俺もつい最近まではその愚か者共の1人だったんだけどな。
この国の住民は、全員が魔法を使えると言っても自由自在に使えるわけではない。1人につき一つの魔法と定められている。実際1人で二つ以上の魔法を扱っているものを見たことがない。生まれた時に授かった一つの魔法を磨き、己の発想と機転により様々な用途に使っているだけに過ぎない。そんな、種明かしをすれば何のことはないこの国に、一人の旅人が訪れた。
俺らの国の評判は近隣諸国に知れ渡っていて、交易以外で訪れるような物好きはいない。交易の場でも、周りの国の人々を蔑むことを止めないリア国民の評判がいいはずもなく、見捨てられていないのはひとえに個々の能力の成果と、契約は必ず遂行する実績故だった。だから交易目的以外で訪れたその旅人を、国民はひどく訝しんだ。が、自分たちよりも優れているものなどいないと思っている国民達は、怪訝に思うだけで特に警戒もせず、その旅人を受け入れごく当たり前のように普段通りに接していた。つまり、とても見下した態度で旅人に接していた。
俺は観光に来たという旅人が珍しくて、一目見てやろうと旅人がいる場所を国の人たちに聞き、その場所へかけていった。すぐに俺は何の苦労もなくそいつを見つけることができた。国の人は絶対に着ない薄汚れた茶色のローブを羽織り、古めかしい木の杖を持っていたからいやでも目立っていた。国民は自分に絶対の自信があるから薄汚れた格好なんて絶対にしない。だからそんな格好をしている旅人を、汚いものを見るような目で見て、避けていた。正直俺も、その時は近づきたくもない気持ちだった。あんなきったない下等生物に話しかけてやる義理もないと、本気で思っていた。けれどどこから来た奴なのか、どんなやつなのか、なぜか非常に気になってそういった好奇心の方が勝った。とある国には好奇心は己を殺すなんて言葉もあるみたいだが、本当にそのとおりだと思う。これをきっかけに今までの俺は死んでしまったのだから。自国に、自分自身に嫌悪を抱くようになったのだから。後悔なんてしてないけどね。
「おい、そこのくっそきたねえ奴」
何様だよと思うような尊大な態度で、俺はそいつに話しかけた。そいつはくるりと振り返ると不思議そうに首を傾げる。
陶器のように白い肌、ひょろりと長い手足、フードの隙間からこぼれ落ちる長い銀糸のように輝く髪、深い湖面を移したかのような綺麗な瞳。格好はとても薄汚れていて乞食のようにしか見えなかったが、そいつの容姿は言葉を飲むほどに美しかった。近隣諸国でも、自国でも見たことがないほどの美しい容姿に、俺はしばらく見惚れてしまった。
「どうかしたかい、少年」
そいつは凛とよく通る声で俺に語りかけた。声音から男だと特定できたが、それでも美しいことに変わりはなく、柄にもなく俺の鼓動は跳ねていた。声をかけられたことにより我に返りはしたものの、顔が熱くなることは止められなかった。なぜか恥ずかしくなりそいつから顔をそらしてしまっていた。
「お前、この国に観光に来たんだってな?い、いい度胸じゃねえか」
取り繕うようになんとかそれだけ絞り出し、ちらりと横目で伺う。旅人から見ればはるか年下に見えるヤツに、尊大な態度を取られても気分を害することもなく、穏やかな笑顔を浮かべていた。が、実はかなり怒っていたのかもしれない。
「この国の人々がとても愚かで哀れな種族だと伺ったもので、一目見に来たんだよ。どれほどまでに愚かで哀れで悲しい生き物なのかをね。そしたら僕の想像をはるかに超えていたよ。いやはや、本当にこんな種族がいたなんて驚きだね。感服したよ」
と、穏やかな表情で優しい口調で綺麗な声で毒を吐いた。その言葉を聞いた俺も、周りの奴らもぽかんとあっけに取られてしまったが、それだけで終わるはずがなかった。自分たちこそが世界の頂点であると疑わない国民は激昂し、一斉にそいつへ制裁を開始した。あるものは地獄の業火を放ち、あるものは武器を生成しそいつの頭上から降らし、あるものは影を操りそいつの首を圧しおろうと影を巻き付け、俺はそいつの周りの酸素を増大させた。酸素中毒を引き起こすと同時に、地獄の業火の威力をあげる目的で。他にも様々な攻撃が合わさり、混ざりあって力を、効果を増長させ襲いかかった。近隣諸国のものならば一瞬にして影も形も残らなくなるはずだった。にも拘らず、気がつけば倒れていたのはリ国民の方だった。何が起きたのかさっぱりわからない。俺はたしかにこの目で全ての攻撃がそいつに降り注いだのを見た。一つも外れることなく、そいつは避けることもせず直撃したはずだ。なのに、俺は床に仰向けで倒れふし、他のみんなも地に伏し、意識を失っているものもいた。
「あと2日はここにいるから、よろしくね。愚鈍な住民の皆々様」
そう言い残して、そいつは涼しい顔で去っていった。
しばらく俺は呆然としていて、何が起きたのか理解出来なくて、その場に寝転がったままだった。周りに一緒になって転がっていた大人達が、口々に文句を言いながら起き上がった時ようやく俺も身を起こした。あたりを見渡せば特に街に被害もなく、気絶しているものを助け起こしている大人が目に入るだけだった。そいつがいた場所以外は。
そこは大きな穴となって俺達が使った魔法の強大さを物語っていた。この魔法があいつに当たったところを見たのは俺だけではなく他にもいたようで、あいつは不死身なんだとか、不意をついて卑怯な手を使ったに違いないとか、勝手なことを言っている。そんな中、俺が思ったことは周りの大人達の意見とは全く違ったものだった。
「…おもしろい」
ぽつりと漏らしたそれは誰に聞かれることもなく、風に吹かれて消えていった。聞かれなくてよかったかもしれない。もし誰かに聞かれていたら大丈夫かと頭を疑われていただろう。別に、そんなのは遅いか早いかの違いなんだろうけれど。結局俺はこの国に愛想が尽きて出ていくのだから。
今まで国民が負けたところを1度も見たことない俺からしたら、そいつは面白い対象だった。俺らよりも強い奴がいる。それを素直に受け入れられたのは、俺がまだ成熟しきっていなかったからかもしれない。
地面に転がった姿勢から起き上がった俺は、とっくに歩きさっていった彼の背中を追うことにした。