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第六章 さようなら


     第六章 さようなら


 「お話、いいですか?」

 千鶴が純子に声を掛けた。

 「ええ」

 「あんな、愛理はじめてみたよ」

 里穂がつぶやいた。

 「昔はあんな、男みたいだったんですか?」

 「家庭内暴力みたいなのはね、何度か。友達に対しては、カッコつけみたいな感じで男っぽい言葉を使う程度で、乱暴することなんてなかったわ。今のは、混乱してたからよ。だから、嫌いにならないであげて」

 千鶴の問いかけに答える。もちろんそれは、入れ替わる前の本当の愛理のことだ。入れ替わりのことなど話せないからそう話したが、今の愛理を説明できた。

 「もちろん。嫌いになるなんて…… 啓太クンって、どんな子だったんですか?」

 「けっこうハンサムで、やさしくて、運動神経も良くて。人気者だったなぁ」

 多少美化されていたかもしれないが、純子は記憶の中の啓太を語った。

 「それで、愛理とは、どんな関係の人だったの?」

 「そ、それは……」

 純子には応えようがなかった。本当のことなど言えないし、恋人などと簡単なウソをついても、後の話が続かないだろう。

 「大事な友達かな。わたしが知ってるのはそのくらい」

 「やっぱ、恋人よね」

 純子の表現を無視して里穂が続ける。

 「大切な恋人が死んだことを受け入れられなくて、カレの死後も理想の女の子になろうとしてやさしい女の子になったけど、耐えられなくてカレの死を忘れてしまおうとして、そして記憶喪失になってしまったのね。なんてかわいそうなの。愛理」

 「飛躍が過ぎるよ」

 純子の思ってたツッコミを、代わりに千鶴が入れる。

 しかし、恋人という点を除けば、当たっているかもしれないと純子は思った。

 純子は愛理に、戻れない以上今後女として生きて行くために女らしくするよう押し付けていた。自分の肉体の死が受け入れられず、女としての生活にも耐えられなかった。それが記憶喪失を招いたのかもしれない。

 自分のせいなんだ。純子は、胸が苦しくてたまらなかった。

 

 純子の携帯電話が鳴ったのは早朝だった。

 そのときすでに、純子は病院の目前まで来ていた。夜のうちにかかると思っていたがかからなかったので、電話を待ちきれなくて、やってきていたのだ。

 電話は愛理自身からだった。

 「全部話してくれるよね」

 「そのつもり。もうすぐ病院に付くから」

 言って電話を切る。

 純子は、ひとつ深呼吸をして、再び歩き始めた。


 病室のドアをノックする。

 純子が部屋の中を覗くと、愛理はベッドの上に座っていた。

 「入っていい?」

 純子の言葉に愛理はうなずいて応えた。

 「昨日はゴメン」

 「いいの。わたしに、謝ってもらう資格はないわ」

 「ボクは…… ボクの体はどうして死んだの? 双海さんが耐えられなくなったせい?」

 「違う……」

 純子は否定したが、何処から説明していいのか迷っていた。

 そして意を決した。

 「双海愛理は…… わたしは…… ホントはわたしが双海愛理なの」

 「えっ! じゃあ……」

 「そう、亡くなったのがホントの純子なの。だましてたみたいでゴメンなさい。言い出せなくて。ホントにゴメン」

 幼馴染だった純子は二年前に死んでいた。

 胸が苦しくなるのを愛理は感じた。

 「純子……」

 涙がこらえられなかった。

 純子は、愛理が少し落ち着くのを待った。

 「それで、純子が…… 啓太君の身体が死んだのは、わたしのせいなの」

 「何だって」

 愛理は驚いて、声を上げた。

 純子は土下座する。

 「入れ替わりはわたしが誘ったの。わたし、そのとき啓太君のことが好きで、啓太君になってみたくて…… 闇サイトで、入れ替わりの魔法っていうのを見つけて、試してみたくて…… それで、純子に頼んで啓太君を誘ってもらって、入れ替わったの。わたしが啓太君に、啓太君が純子に、純子がわたしになったの。それでそのあと元に戻ればよかったけど、そしたらこんなことにならなかったと思うけど、純子も啓太君になりたいって言うから…… 入れ替わりの注意に、一年に二回まで、つまり入れ替わって戻るだけにしないと異常が起きることがあるって書いてあったのに、わたしそれを守らなかったの。『ことがある』っていう程度だから、きっと大丈夫だって勝手に思い込んでた。それでもう一度入れ替わりをやったの。今の状態に。入れ替わってる間は楽しかった。だから、元に戻るとき注意書きのことは、すっかり忘れていた。もし気にかけていたら、おかしくなったときやめていたら、助かっていたかもしれないって、ずっと後悔しているの。ううん、注意を守っていたら…… そもそもそんなことしなければって…… 全部わたしのせいなのよ。ごめんなさい」

 土下座をしたまま、純子は涙を流す。

 「分かったよ…… …… …… もう帰ってくれ」

 湧き上がる気持ちをこらえて、愛理はそう言った。

 「許してって言わない。本当にごめんなさい。殴ってくれてもいい」

 「帰れって!」

 感情が逆流し、言葉が激しくなる。

 「殴ってよ!」

 純子の言葉に、愛理はこぶしを振り上げた。

 覚悟をした純子は目を瞑る。

 愛理のこぶしが震える。しかし、こぶしは振り下ろされなかった。

 代わりに怒りは、言葉となった。

 「なんで、そんなことしたんだよ。なんで、なんで、なんで…… 純子を殺したんだよ。人殺し! 純子を返せよ!」

 入れ替わる前、啓太は愛理に密かな好意を持っていた。その記憶は今でもある。その愛理への好意よりも、啓太にとっては幼馴染の純子の存在が大事だった。だから、純子を失った怒りは、愛理への好意など吹き飛ばしていた。

 「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 「帰ってくれよ。お前の顔なんか見たくない。ニセモノなんか見たくないんだ。帰れよ」

 「わかったわ。でも、入れ替わりのことを知ってるのはわたしだけだから。困ったことがあったら呼んでね」

 「顔を見たくないって言ってんだろ!」

 「さようなら」

 うつむいたままつぶやくと、純子は病室を出て行った。

 愛理は、純子が出て行くとベッドへ突っ伏した。

 止まらない涙、嗚咽は枕が隠してくれた。


 病室の外で純子は泣いていた。

 事実を話すことを決めたときから、殴られることも、暴言を浴びせられることも覚悟をしていた。しかし、「顔も見たくない」という言葉は辛かった。

 純子にとって愛理は、本来の自分の姿であり、好きだった本当の啓太なのだ。もう会えないかもしれない。会ってもらえないと思うと寂しかった。悲しかった。辛かった。

 でも、すべて自分が招いたことだ。純子は耐えるしかなかった。

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