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プロローグ & 第一章 ボクだけ未体験!

     プロローグ


 昔のことだ。

 愛理がネットで面白いものを見つけたと言って純子を誘い、そして愛理が密かに想いを寄せていた純子の幼馴染だった啓太を、どうしてもと言って純子に呼んでもらったのだ。

 そして、三人はそれをやってしまったのだ。

 入れ替わりの魔法を。



     第一章 ボクだけ未体験!


 一学期の期末試験の最終日。後は終業式の日までは休みだ。

 夏の強い日差しが、街の風景をまぶしく照らしている。

 純子は、待ち合わせの喫茶店で、愛理を待っていた。

 一度、家に帰り、学校のカバンだけは置いてきた。制服のままだ。愛理も制服のままで来ると話していたからだ。

 早めに来ていて、少し退屈していた。髪の毛を束ねていたゴムバンドをはずし、髪先の枝毛を眺めて、再び束ねなおす。

 カバンから小さな鏡を取り出し、自分の顔を眺める。赤いふちのメガネが目立つ。それから、ニキビの数を数えて、時間をつぶす。

 約束の時間を十五分ほど過ぎたころだ。

 純子とは違う制服姿の愛理が、早足で純子の待つ席へやってきた。

 ますます輝きを増したその容姿に、純子でさえドキリとする。

 「ゴメン、待たせてしまって。委員の仕事が遅くなってしまって」

 「ううん、いいの。委員やってるんだ。何の委員?」

 純子は笑顔でそう応えて、尋ね返す。

 「言ってなかったっけ。学級委員長と生徒会副会長。みんなやりたがらなくて。推薦もあったし」

 愛理は言いながら、純子の向かいの席に座った。

 かわいらしい仕草で、スカートを直す。

 その様子を見て、純子は、

 「合格」

 とサインを出した。

 「なんだよ、『合格』って」

 「言葉遣いは、まだまだ不合格。いい加減、ちゃんと女の子らしくしゃべりなさいよ。カレができたとき困るわよ」

 「カレ? 恋人!? そ、そんなの作る気ないよ! それに普段は、ちゃんと女言葉で話すようにしてるよ。愛理の前だけは、啓太に戻りたいんだ」

 上ずった声を発した後、周囲を気にして、声を潜める。

 「冗談だって。わたしが一番あなたのことを理解してるんだから。ところで、それは?」

 愛理がもってきた少し大きめの手提げの紙袋を指して言う。

 足元に置いたその紙袋からは花のようなものが覗いている。

 「これ? 後でね」

 「それに、どこに連れて行ってくれるのかな?」

 「それも行ってから」

 「それ花束でしょ。とすると、ライブとかで男性アイドルの追っかけかな? それとも男の子にプロポーズとか? もう二年もたったもんね。愛理としてすっかり女の子になっちゃったところを、しっかり見届けてあげるわ」

 純子はおどけて、恋する乙女のしぐさを演じた。

 「なに言うんだよ!」

 愛理は恥ずかしくって、少し大きな声で否定した。

 「ボクの心はまだ男なんだから」

 周囲の視線が気になって、今度は小声で言った。


 愛理は二年前まで、啓太という男の子だった。そして純子が元々その愛理だった。

 中学三年の夏休み直前、今の純子である本当の愛理が見つけた裏ネットに掲載されていた“入れ替わりの魔法”、それを行なってしまったのだ。

 受験受験とうるさく言われ、ストレスが溜まってたのかもしれない。成長期にあった心が異性への好奇心を異常な方向に向かわせてしまったのも原因のひとつだろう。

 男の性というものに興味を持ったとき、タイミングよく見つけてしまった入れ替わりの魔法。試してみないではいられなくなってしまったのだ。

 そして何をするのかは内緒にして、友達の純子と、憧れていた純子の幼馴染の啓太を巻き込んで、その魔法を発動させてしまったのだ。


 今では別々の高校に進学した二人は、冷たいジュースで喉を潤しながら近況の報告をしあう。

 「ボクの家には、変わりはない?」

 愛理は近況報告のとき、いつもこれを一番に訊く。

 啓太の家である稲本家には愛理としては近づきにくく、啓太の幼馴染としての純子に頼るしかなかった。入れ替わりの秘密を知るものはなく、他に近況を聞ける知り合いはいなかったのだ。

 啓太には四歳上の兄と、二歳下の妹がいた。そして両親。

 兄はいじめられた思い出しかなくあまり好きではなかった。大切な両親は、啓太の死でだいぶと老け込んだと聞いている。けして若くもないから健康状態も心配だ。そして妹はブラザーコンプレックスといえるほど、啓太にベッタリだった。啓太も慕ってくれる妹が大好きだったから、一番の心配どころだ。

 「わたしも家の中までは見れないから分からないけど、時々見かける姿は、とっても元気よ。挨拶しても、明るく返事をしてくれるわ」

 純子はそう妹の話をした。

 そして、すぐに次の話題へ変える。

 「そういえば、田中クン。一回戦敗退だったんだって。残念だね」

 田中裕一郎とは、中学のとき一緒に野球部にいた啓太の親友だ。

 「その言い方じゃ、裕一郎がかわいそうだ。『野球部が、一回戦敗退』なの。あの野球部ではダメだよ。一人ひとりの能力が低いとは思わないけど、うちはどちらかと言うと進学校だから、本気で甲子園目指そうなんてのは少ないと思うよ。甲子園を目指そうっていう雰囲気さえできれば、案外地方大会の上位までいけるとは思うんだけど」

 「愛理がマネージャーでもして、盛り上げてあげれば?」

 「野球部とは、かかわりたくないよ。目の前で野球やってるのを見て我慢だなんて、きっと耐えられないよ。それに、裕一郎も嫌だろ。プライドを傷つけられた相手が近くにいるなんて」

 「そのことは、ゴメンと言うしかないわ。わたしの罪をあなたに背負わせてしまって」

 「でも、そんなヤツが二年連続同じクラスだなんて。あーもう。関係改善して、野球の話なんかしてみたいんだけど。あいつは思い込み激しいから、近づいて気があるなんて思われようもんなら、カノジョにされてしまうし。なんかいい方法はないかな」

 言って愛理は苦笑いをする。

 「ところで、わたしが言うのもなんだけど、結構モテてるでしょ。高校入ってますますキレイになったもの。わたしが言った通りに愛理が女を磨いてくれてるおかげかな」

 「面倒くさいのはもう慣れたよ。おかげで、もうモテモテだよ。週一回はだれかに交際を申し込まれてうんざり。男ってどうしてああも馬鹿なんだろうってホントあきれるよ。ってボクが言うのもおかしいけど。ボクも男のまま高校入ってたら、ああなってたのかな…」

 少しうらやましそうにつぶやいた後の沈黙。

 「ごめん。そんな意味じゃあ。責めてる訳じゃないんだ」

 「分かってる。わたしが一番あなたのことを理解してるって言ったでしょ」

 「ホントにゴメン。でもいい加減、愛理には自分を責めることをやめてほしいんだ」

 「人ひとりを死なせてわたしは、罪の償いをしてないのよ。刑務所に入れられてもいいくらいなのに。でも純子の名誉のためにはそれはできないし、わたしは、わたしだけは幸せになってはいけないの」

 「それは間違ってるよ。だって純子のお母さんは? お父さんは? 親しい友達は? みんな純子の幸せな姿を見たいんだよ。君が償う方法があるとすれば、君が純子として幸せになることだよ。幸せになって、純子は幸せだってみんなにアピールすることだ。そうだろ? 君がそうしてくれないとボクだって吹っ切れないんだ」

 「そんなのムリよ」

 純子の瞳から涙がこぼれた。

 「出よ」

 愛理は立ち上がると、純子の手をとった。

 

 「そういえば、ボクって処女じゃないよね」

 愛理は周りに人がいない瞬間を見計らって、まだ涙ぐんでる純子に不意打ちをかけた。

 「ぇえっ! な、なんで、知ってるのよ」

 認めてしまって、慌てて純子は口を押さえた。

 慌てた純子は、涙もどこかに吹っ飛んで、顔を赤らめる。

 聞いた愛理自身も顔が赤いのを見て、純子は愛理が自分を慰めるための話題だと分かり、そのことはうれしかった。

 しかし、その質問に答えるのは恥ずかしかった。

 「やっぱりボクだって硬派のつもりでも、男だよ。どうぞご自由にって女の体を渡されたら、見たいところは見てしまうよ。アソコってどうなってるのかなとか、処女膜ってどんなのかなって」

 愛理も恥ずかしくてひそひそ声だ。

 「見比べたんだ」

 「そうそう。純子の身体からこの体に入れ替わって、見比べてみたら、それらしいのが切れたようになってたから。その後あの出来事があったから、そんなこと聞くのは不謹慎だと思ってるうちに聞けず仕舞いってこと」

 「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 「なんで謝るんだよ。そのときは愛理の身体だったんだから、だれとセックスしようが愛理の自由じゃないか。そりゃ気になるコが、経験済みだったなんて、ちょっとショックだったけど、謝るほどのことじゃないよ。でもうらやましいな。こんな美少女とエッチができた奴って。一体誰なんだ?」

 笑いながら愛理が言う。

 「ごめんなさい。実は相手は啓太君なの」

 純子は、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、小声でつぶやく。

 「えっ」

 思わず大きな声が出る愛理。

 「ボ、ボクはそんなことしてないって。童貞だって。キスだってしたことないんだからな…」

 言ってからある思いに至る。

 「純子が愛理で、愛理がボクのときに、やったんだ」

 愛理の言葉に、純子は頷いた。

 「啓太君の全てを知りたかったから。そのときわたしになってた純子に頼んで… 啓太君のことが好きだったから、入れ替われるって知ったとき、全部知りたいって思ったの。啓太君になって体を動かしたらどんな風な感じかなとか、ケーキを食べたらどんな味に感じるんだろうとか、エッチのときは何処が感じるのかなとか。ホントにごめんなさい」

 「気にしてないって言えば、ウソ五十%ってところだけど。むしろうれしいな。学年一の美少女に好きって思ってもらえるなんて」

 「今はあなたがその美少女よ。でも、もうひとつ謝らせて。ごめんなさい。啓太君の体もう一回セックスしてるの」

 「えっ! だれと」

 愛理は元啓太としてこの入れ替わりの部外者とセックスしていて、自分のイメージが損なわれているのではないかと心配した。

 「わたしと…」

 「……」

 「二回目の入れ替わりの後、啓太君になってた純子に抱いてもらったの」

 「……」

 「ホントにごめんなさい」

 「……」

 「やっぱり、怒るよね。軽蔑するよね。本人のいないところで乱交してたんだもんね。異常だと自分でも思ったよ」

 「怒らないよ。ちょっとショックだけど。ボクのホントの身体も、この身体も経験済みなのに、ボクだけ未経験なんて不公平だと思うけどさ… もういいよ。この身体で生きていくって決めたんだからさ」

 拗ねたような仕草をした後、愛理は笑顔を見せる。

 「ホントゴメン。でも、ああ、なんかすっきりした。ありがとう。隠していた胸のつっかえが取れて。ホントありがとう。あ、信号変わっちゃう。急ご」

 純子は笑顔で、駆け出した。

 「待ってよ」

 愛理も少し遅れて駆け出す。

 そして、それは起きた。


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