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ルートモストマック  作者: うさブルー
   四章《それでも続けるということ。》
96/165

〖dumping〗Runs upon Awakening

【まえがき】

 出てくる人はいつも通り子供ですが、今回はちょっと大人な話です。

 少し苦しいかも。


 どうぞ。




 

 


 二日目の夜。



「アリスお姉ちゃんとお風呂に入りたーい」


 誰かさんの妹は、誰かさんと似て面倒な性格をしていたので。

 あたし自身、断る理由はと言えばノアの存在意外にはない。けれど、あたしがどうこう言う前に生徒会長だの破天荒娘だのがノアをたぶらかすので、それも無くなった。

 結果として、ノアは会長とルート、それからサクラの三人と入ることで合意したので、あたしは妹様の申し出を受け入れる運びとなった。

 気乗りするかしないかで言われれば、しない部類に入るだろうけど、きっぱり拒否するほどのことでもないと思った。面倒なのは確かだけれど、ちゃんと話せば、どこか憎めない可愛らしい後輩なのだ。

 そういう一定の距離を、あたしはあたしなりに保ってきたつもりだけれど、どうにもこの子にはそれが通用しない。ルートやノアのように、正確に心の距離を推し量れるわけではないから、何とも言えないのはそうだが、それ以前に、この子の踏み込みが速すぎるのが難だった。

 ついさっきも、洗面所の鏡越しに私の裸を見て鼻血を流していた。

 その瞳に凄まじい性的エネルギーを感じて、あたしは身震いした。

 最近はあたしに冷めたと思っていたけど、そんなことはないのかもしれない。付き合ってと言ったら付き合ってくれるだろうし、気を許したら襲われそうな気もする。

 さすがに、その程度の方は落ち着いてきているのだと思う。

 それこそ、あたしが冷めているからというのも無論あるのだろうけど、近頃は得にリズの方からのアプローチが減った気がする。

 気がしていたのだけれど。

 そうやって不足したあたし成分を補充するかのように、浴場へ来てからはあたしの左腕に絡みついて離れなかった。勿論、湯船に浸かってからもだった。

 あたしから見えるのは頭頂部がほとんどだったので確かなことはわからないけれど、どことなく物悲しさが漂っている感じがした。

 あたしはそれを押し退けるようにしながらも、心では撫でていた。

「お湯に浸かってて熱いんだから、離れなさいよ」

「…………」

 触れあう二の腕から、離れたくないという意志が伝わってくる。でも明らかに、これまでとは違う感情だと思う。何も言わないのは、あたしの真似だろうか。

 あたしはしびれを切らして、問う。

「なによ。どうしたの」

「…………」

「話があるなら、いいなさいよ。そのために一緒に入ろうなんて言い出したんでしょ?」

 あたしと密着している割に何もしてこないなんて、昔じゃ考えられない。

 あたしもあたしで、めんどくさくなって途中退出したりはしないのだ。する気が起きない。

 それでも変わらないと言えば、あなたのその狡賢(ずるがしこ)さかしら。

 それならそれで、あたしも沈黙するまで。

「…………」

 ひたひたと、どこかで雫の滴る音がする。

「…………」

 一日の長とでも言うべきか、沈黙を破ったのはリズだった。

「ね。アリスお姉ちゃん」

 あたかも不都合そうに「なによ」と、あたしはそう返す。

「知ってる」とでも言うかのように、リズはあたしに体重をかけてくる。そして、「ねぇ」と間をおいて、自分のタイミングで続けるのだ。

 それはとても、リズらしかった。


「アリス、って呼んでもいい?」


 昔から、意味の無い言葉を言ったりしない子だったから、その脈絡の無さには正直、瞠目した。昔のように、似非(えせ)でも愛を感じていたら、それこそ憎らしく思っていたかもしれないけど、今はそれが無かった。

 あたしはそれに応えるように、確固たる意味を口舌に乗せる。

「ノアがいない時なら、いいわよ」

 やきもちを焼いてしまうから、とはあえて付け加えなかった。

 あたしがなのか、ノアがなのか、それはあたしが気付きたいから。

「けちー……」

「ええ。そうね」

 毒づくリズに覇気は無く、対するあたしも往々にして張り合いが欠如する。

 こんなにも靄のかかった湯に浸かっていると、エレメンタリーの頃の記憶が蘇る。パジャマパーティーをした日、三人で一緒に入浴した記憶だ。

 ルートが緊張してそっけなくしていたのを、リズが気を遣ってあたしとくっつけたというところまでは良かった。しかしその後、面食らったルートが風呂場から出て行ったおかげで、あたしはリズと二人きりになってしまうのだ。

 話は通じないし、そもそもあたしはリズが嫌いだったから、あの時は本当に困った。

 十中八九騒ぎ出すだろうと思った。

 しかし、意外にもリズは静かにしていて、むしろいつもと逆に、一歩距離を置いたのだ。

 当時、その意味はよくわからなかったけれど、今なら、折に何となくわかる気がする。

 今の距離感は、それと似ているのだと思う。

 密着しているようでしていない。離れているようで離れていない。言い換えれば、この大浴場で触れ合う行儀と、あの小さな浴槽での振る舞い。

 そんな絶妙な距離に、あたしたちは今、いる。

 形容するならば“姉妹”のそれ、かもしれない。

 別段意識をしなくとも、あたしの手はリズの濡れた髪を梳かした。

「わっ……。アリス、お姉ちゃん……?」

「呼び捨てにするんじゃなかったのかしら?」

「いや、そのっ、だって、あたまっ。私……」

「嬉しい?」

 リズはゆっくりと頷いて、そのまま顔を湯船につけた。

 暫くは、泡がポコポコと水面に浮かんできていたけれど、それもじきに途絶える。そうするとすぐに、リズの頭があたしのもとに戻って来た。

 浅く、深い、疑問とともに。

「なんで……?」

「さぁ。なんでかしら」

 あたしは疑問を疑問で解決する。

 フラれた理由を事細かに知る必要は、女の子にはないのだと言う事だ。今まで諦めないでいてくれてありがとうという思いも、確かにあったと思う。

「ねぇ、なんでなの、アリスお姉ちゃん……っ!」

「アリスでいいわよ」

 時には、突き放す厳しさも必要で。

「もう、いいよぉ……」

 リズがまた潜ってしまう前に、あたしはリズを包み込むようにして抱きしめた。

 あたしとリズとの間にあった温かいお湯が捌けると、今度は涙に変わった。ゆっくりゆっくり、それはあたしに浸透していく。心にまで染み渡るように熱く。

 暫くそうしていると、胸がちりちりと痛んだけれど、それは我慢した。

 リズがあたしから離れた時、リズはあたしにフラれたことになるのだから。

 だから、リズの涙が止まるまでは、あたしの胸を貸すしかないのだと思ってしまった。今までの気持ち分を返せるはずもないけれど。せめて。

 それから数分、リズは嗚咽して泣いた。

 あたしはリズを撫でたのも、抱きしめたのも初めてだった。

 こんなに可愛い子なんているものなのねと、しみじみ思った。

 そうしてまた、どこかで雫が落ちる頃。

「そろそろ大丈夫かしら」

「うん。もう平気。でも、このままがいい」

「このままは嫌だわ。あたしだって、向かい合うのはそれなりに恥ずかしいの」

「えー。今日の入浴剤は濁ってるから見えないよー」

「そういう問題じゃないのよ」

「じゃあ、背もたれしていい? そして、またにはさんでー」

「別にいいけど、その言い方はやめなさい」

「わーい。アリスお姉ちゃんのおまたに挟まって共依存だー」

「そっちじゃないわよ」

 今、あたしから見える頭頂部にさっきまでの悲壮感はなく、あったのはいかにも能天気な旋毛二つだけだった。

 少し甘い花の匂いが漂うシャンプーは、サクラの趣味を感じる。

 そんな香りに気付いて漸く、あたしの心は今に戻ってきたような気がしてしまった。

「ねぇ。アリスお姉ちゃん?」

「なによ」

「アリスお姉ちゃん、前と変わったよね」

「そうかしら」

 リズはいつも通り小気味がいい。

 あたし自身も、どことなく本調子の感覚に近づける。

 一呼吸おくと、リズはまた「ねぇ?」と話の口火を切る。

「ノアさんって、どんな人?」

 いきなり直球でくるとは、何ともリズらしい。

 読んでいたあたしは、リズのお腹の辺りを撫でながら返す。

「小さくて、弱くて、でも正直で。強い子よ」

「ふぅん。なんかお母さんみたいな言い(ぶん)

 伝わりはしたのだろうが、欲していた情報ではなかったのだろう。随分と乾いた反応だ。

 それでも、あたしの手を探って握ってきたりと、きっちり効果は出ているようではある。

「でも、可愛いよね。ノアさんって」

「ええ。あたしもそう思うわ」

「なんかふわふわしてるし」

「ええ。そうね」

 自然、ノアがあたしの後ろにひょこひょこついてくるイメージが浮かんで、小さく笑う。

 気にしたリズが振り向かないように、あたしはリズの横腹を軽く撮む。

「ゃんっ。くすぐったいよ……」

「あら。ごめんなさい。あまりに可愛いから、つい」

「ふん。何それ。……意地悪」

 不貞腐れていることを矜持するように、リズが凭れてくる。

 あたしがとった距離感を、それがあたしの故意だと知りながら詰めるのだ。

 いつもなら小賢しく思っていたかもしれないけれど、今はもう、可愛くて仕方がなかった。

「そうね。意地悪かもね」

「アリスお姉ちゃん、やっぱり変わったね」

 リズは、とても勘が鋭い。

 しんとした空気のせいか否か、あたしに掛かる重みが、一段と増したように感じる。

 その点では、変わったのはあたしではないと言える。

「どのあたりがかしら」

「うーん。なんていうか、お母さんっぽくなった」

 あたしがその言葉について感じることはほとんどないけれど、リズは別だろう。

 ウェール家にお住まいの物腰柔らかなあの素敵な婦人を思えば、あたしは少なくとも批判されてはいないはずだ。

 ただ、それを言葉にする時に、「ありがとう」なのか「違うわよ」なのか判断に困るのは確かなことで。

 肯定否定どちらの意味も込めて「ふうん」と息を抜くと、リズがくすりと笑った。

「私さ。自分が本気でアリスお姉ちゃんのこと愛してると思ってたんだ。それは勿論、性的な意味でもね?」

「身も蓋もないわね」

 リズがまた、小さく笑う。

「だけど、違ったんだ。アリスお姉ちゃんは私にとって、ホントにお姉ちゃんみたいな存在だったんだなって最近気付いた。それが、嫁いで疎遠になっちゃった気分かも」

「えぐみの多い比喩ね」

 言いたいことはわかったけれど。

「小さい頃から遊んでくれて、色々お世話もしてくれて。そしたら、いつのまにか好きになってたんだ。そして、気付いたら会いに行ってた。同じ部活に入れた時は、すっごく安心した」

「褒めても何も出ないわよ」

「揉んだら出るかもよ?」

「冗談に聞こえないから」

 はははと一つだけ軽い笑いがあって、また静かになって。

 あたしは彼女の重みに耐えきれず、黄昏(たそがれ)る肩をそっと(いだ)いて、姉を演じることにする。

「アリスお姉ちゃん、柔らかい……」

「あなたもね」

 リズが、水が、段々と軽くなっていくのを感じる。

 年上であるあたしが気を遣うという責任めいた行為が、そう感じさせているのだと思う。

 周囲を心配してばかりいるリズにとって“姉”というのは、唯一甘えてもいい存在だと言える。リズぐらいの年齢だと、どうしても母親には甘えられないだろうから。

 リズには本物の姉がいるけれど、リズがあたしのことをそう呼ぶのなら、あたしも姉だ。

 それぐらいのことは、今までしてきたと思う。

「どうしよう。アリスお姉ちゃんが、なんか優しい」

「そうかしら」

「やっぱり、ノアさんの影響……?」

「そうね。そうかもしれないわ」

 リズの言葉を借りれば、ノアはあたしの嫁ぎ先とでも言えるだろうか。

 その言葉を皮切りに、リズの興味はまた、整然と移り変わっていく。口調は策が張り巡らされたように緊張していて、自分で口にした『影響』という言葉の意味を、只管に追っているような必死さもあった。

「一緒に、住んでるんだよね」

「ええそうよ」

 いかにも興味無さそうに装うのは、花の香漂わす円っこい髪か。

 その毛先はと言えばとても綺麗で、そして尚、真っ直ぐで。

「アリスお姉ちゃんから言ったってことだよね」

「ええそうよ」

 あたしがリズのことを避けていたから、『あたしは傍に置く人を選ぶのだ』と、そう思ったのだろう。

 あたしがリズを嫌っているということはないにせよ、それは得てして間違いではない。

 あたしはノアを選んだのだから。

「こんな感じでお風呂も一緒?」

「ええそうよ」

「それもアリスお姉ちゃんから?」

「ええ。最初は強引に入れたわ。あの子、満足にお風呂にも入れなかったから、それが変に習慣づいていてね。今はいくらか慣れたようだけれど」

「そうなんだ。寝る部屋も一緒?」

「ええそうよ。同じベッドでね」

「キスは?」

「したわ」

「それも?」

「ええそうね。初めはあたしからだったわ」

 ここであたしはようやく、試されていたのかと気付いた。

 感情が一方向性のものであるかどうかということを。試すのは得意だと自負するが、どうやらあたしは試されるのは不得手らしい。

 でも実際のところ、あたし自身がこの感情の正体を掴めていないから、結局リズの問いかけは意味をなしていないことになるのだけれど。

 そう思えば、リズの問いは甚だ興味に染まって見える。

「そっかー。他も色々やっちゃったの?」

「色々って……。別に、キスだけよ。まぁ、手を繋いだりはするけどね」

「アリスお姉ちゃん。全然わかってない」

 少し呆れを含んだ物言いだと思った。

 あたしは、鋭く「何がよ」と切り返す。

「手を繋ぐのって、キスなんかよりぜんっぜん愛が深いんだからねっ?」

「そう、かしら?」

 今あたしがリズとそうしているから、見栄でそんなことを号しているのかとも思ったが、どうも違うようで。

「そうだよ。考えてもみて? もちろんキスはね、見るからにラブラブ度高いよ。だけど、キスって、拘束時間に限界があるの。一瞬の愛なの。でも、手繋ぎは違うでしょ? 恋愛における肉体的な拘束は、最終的には精神的拘束とイコールなの。だから、半永久的に拘束できる手繋ぎはキスより強いんだよ」

「そんなことを惜しげもなくよく言えたものね。息継ぎもしないで」

 ペンは剣よりも強しと言わんばかりの長広舌だったけれども、論拠の希薄な持論を挟んでいるせいか、説得力はイマイチだ。いつも通り、何となく伝わってはきたが。

 聞いていて苦しかったので一呼吸おくと、リズがまた口を開いた。どうやら、まだ続くらしい。

「だってさ。キスなんて結構、勢いでできるじゃん」

「ルートが泣くわよ」

「あっ、あれはいいのっ! 今はアリスお姉ちゃんの話だもんっ!」

「はいはい」

 膨れてパシャパシャと水で遊ぶので、あたしはまた横腹を撮む。そうすると大人しくなるとわかった。

 一旦落ち着くと、また思い出したように話をしだした。

「そうそうそれで、手繋ぎね。手繋ぎはさ。キスと違って、こう、引っ張ったりできるじゃん。だから、やっぱり、次のステップに行くなら手繋ぎなんだよねっ。……ほらさぁ、あれだしさぁ。応用力ってやつ? だから、手繋ぎは……」

「どうかした?」

「いや。なんか、私がアリスお姉ちゃんに力説するのって、ものすごく悲しいなって思っちゃって……」

 急に勢力が弱まったと思えば、割と本気で凹んでいるようで、その後に続く言葉は待っても出てこなかった。

 せっかく一緒にお風呂に入っているのだから、また湿っぽくさせてしまうのは気が引ける。

 とりあえず「そんなことないわ」から会話を初めて、申し訳程度には報いてみる。

「話してくれて、嬉しいわ。プライベートな事だし、あまり誰かと話せるって機会もないから。あたしだって、そういうの(・・・・・)、全く興味無いわけじゃないもの。どこでそんな知識を会得してくるのかは知らないけど、あたしはいつもリズを信じて聞いているのよ」

 一拍おいたタイミングで、リズのわざとらしい溜息が聞こえて、安心する。

 本当に手間のかかる妹だと思わざるを得ない。

「アリスお姉ちゃん、優しー。襲いたい」

「巴投げするわよ」

「なっ、なんで私が攻め(ウエ)だとわかったのかな……っ!?」

「ややこしいからやめなさい」

 こういう時は、横腹を撮むに尽きる。

 くすぐったいのか気持ちいいのか、リズはそうして平静を取り戻す。

「ま、いいや。でもさ、結局、アリスお姉ちゃんはどこまでわかるの?」

「ほとんど何もわからないわ。だから、何もしないのかもしれないし。何もしないから、何もわからないのかもしれないし」

「わかったら、するの?」

 そこは不思議なくらい未知数だった。

 ノアの感情、感覚、意志、すべてを共有することができるあたしにとってみれば、それ以上のことというのがわからないのだ。

 年を経て、あたしの体も成長してきたと思うし、その中での心変わりというものも、確かにあったように感じる。女性という一つのカテゴリに当てはめられていくような、そんな自然的かつ必然的な圧力めいたものも、感じた。

 だから、そのカテゴリの意味は自然とわかった。あたしの体が、そういう風に適合していったから、それらの機能なんかも何となく。

 それはきっと、種の存続本能と呼ばれる何かなのだと思う。

 しかし、ノアとあたしとでは種を存続できない。逆に、存続したいと思えるものはすべて揃ってしまっている、今の状況。

 問われるのは、ノアに求められているものと同じ、“単なる感情論”だとも解釈できる。

 ただし、そこに自然主義的な意味や価値は、絶対に発生しない。“愉悦”や“幸福”と言った、個人的主張が募るばかりなのである。

 ただ、主張も募れば意見だと思うのだ。

 だから、「わかったらするのか」という問いに答えるためには、あたしは感情論にすら「まだ」と付け足す他ない。

「そうね。まだ(・・)、わからないわね」

「そっか」とは、何とも味気無い反応だが、致し方ない。

 リズは少し優しい口調になって、平坦に言う。

「してみたい?」

 あたしは用意していた言葉を読み上げるだけでいい。

「あの子が望むなら」

 あたしは、湯船が()ぐのを自業自得だと心の中で力なく笑った。

 リズはまた、あたしに優しく語りかける。

「多分ね? 最初はすごく恥ずかしいし、怖いと思うんだ。それでも?」

「嫌じゃないわ」

 リズはどうしても、あたしの答えを――今の感情論を聞きたいらしかった。向き合っていないのに、瞳を捉えられているかのような圧を背中に感じる。優しい口調は、その目くらましだろうか。

 未練を感じたのは、あたしのエゴだということにしておく。


「教えても……いい? 私が、アリスお姉ちゃんに。何も、しないからっ」


 リズの言うことは、もちろん信頼している。彼女があたしに嘘をついたことはないし、つまらない冗談も言わないからだ。

 だけど、それに気付くのは、せめてノアの前でありたかった。

 それが、あたしなりの恩返しになると思うから。

 だから今は、無理やりにでもお茶を濁すしかないのだ。あたしたちの体も心も隠す、このお湯で。


「あたし、そろそろ上がるわね。逆上せそうだわ」


「あ。うん……。ごめんなさい……」

「謝らないで。ありがと、リズ。また、お話ししましょ」

 慕ってくれる後輩から逃げたりして、謝るのはあたしの方なのに。

 あたしはポンポンとリズの髪に触れてから、後ろ髪を引かれながらもゆっくりと浴槽から上がった。

 今宵、湯に浸かることで何かを洗い流せていたのだとすれば、それはきっと、劇毒であったに違いない。




【あとがき】

 アリスは貧困と裕福のどちらも体験している上、身上、恋沙汰も多いです。プラスアルファ、ルートとノアの知識や経験も持っているので、経験値という意味では幼馴染組中トップに思います。

 だからこそ頼られるし、頼る大切さも知っている。

 自分から助けを求めるノアだったり、助けなければと思わせるルートと違って、リズは大事なことに関してすっかり不干渉を決め込むタイプ。

 無視するかと思いきや構ってしまいたくなるアリスは意外と、お節介なのかもです。

 みんなから怖い怖い言われていますが、根は優しい子なんです。

 アリスを攻略するなら、素っ気なくしていたらいつかデレるかもですね。


 次回は本編に戻ると思います。

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