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Ⅰ “僕”と。

【まえがき】

 リズ編に戻ってまいりました。

 感情的な文章、賛否ありそうですが、書くのはすごく楽です。

 そういう意味ではリズ大好き勢だったりします。


 どうぞ。




 

 


「それじゃ。僕は生徒会があるから、先に行ってて。場所、大丈夫だよね?」

 私が頷くと、ルーはそそくさと靴を履き替えて、廊下の奥へと消える。

 最近、ずっとこの調子。

 飾りつけだったりデカい看板だったり、校内の風景からも本番に近づいてるのがわかるから、忙しいのはわかる。でも、おかしい点もある。私の目を誤魔化せると思ったら、そんなのは大間違いなんだぞ。

 まず一つは、朝、家を出て学校まで来る時、一緒に来てくれることだ。

 さすがに、三回も四回も来れば私も道を覚えるし、何より、忙しいなら朝早く家を出て早々に生徒会の仕事とやらに取り掛かった方がいいに決まっている。確かに、道中隣にいてくれるのは心強いけれど、矛盾してる気もする。

 そしてもう一つは、練習が終わった後、一緒に帰ってくれることだ。

 これは一つ目のやつと繋がっていて、遅く来て早く帰るという構図を作り上げている因子になっている。要するに、遅く寝て早く起きるみたいなことだ。なんだ全然寝てないじゃん、というあれ。

 私がそんなことを邪推してしまうので、帰り道は少し気まずい。私は悪くないぞ。

 そんなこんなで、私は一つの仮説を立てたわけだったりする。



『ルーがサボってる!』



 仮説どころかその通りであった。

 いくら用事があるとはいえ、主役が練習に来ないなんてことは演劇業界ではありえない。ここは演劇業界ではないけれど、俳優じゃないからこそ練習がたくさん要るわけで。

 私はこういうのが得意だからいいけど、ルーはそうでもないと思うんだよね。すごく頭が良いし想像力もとい妄想力もありそうだから、台本を書いたり、構成をまとめたりするのは得意そうなものだけど。

 書くのと、()るのでは、全くわけが違う。使う脳の部分が違うみたいな感じで。

 ああ、ほら。あの人。桜さん。

 桜さんなんかは、絶対演る方が得意。何となくだけど、これは当たる勘だ。

 ノアさんは……書く方かなぁ。でも、すごく可愛いから、それは勿体ないかも。

 そう言えばノアさんって、アリスお姉ちゃんと同居してるんだよね。羨ましいなぁ。

 そっか。

 じゃあ、アリスお姉ちゃんとセットで、演る側に回したら丁度いいのかも。ノアさん、アリスお姉ちゃんにずっとべったりだったし。

 そして、私は勿論! 演る方!

「…………」

 そう考えてみると、ちゃんと皆の長所を考えて、ぴったりの配役がなされているような。

 ルーの采配は完璧なのかもしれない。

 やっぱり、そう言う事なのかな。

『ありえない』と言う言葉を口にしたことも、ルーが自分で作り出したキャラクターを演じるということに大きな抵抗があるからなのかも。脚本家が自分の作品に登場するってなかなか聞かない話だし、やっぱりそういうものなのかな。

 いやでも、それにしたって、私の相手役なんだから少しくらい喜んでくれてもいいと思うんだけど。

 昨日の夜だって、何気も無くあんなことを言っておいて……。

 結構ドキッとしたじゃん。こんなの、動揺損だ、動揺損。

 まさか、あのルーがあんなことを言おうとは思わないよ。それも私に。

 ルーが私のことを特別好きなのは、お母さんからの含みのある物言いで何となく理解したつもりでいたのはいた。けど、その気持ちを間近で体験すると、やはり考えさせられるもんだ。

「…………」

 私は、アリスお姉ちゃんのことは好きだ。見た目も、性格も、その他諸々大体好きだ。

 だから「好き」だと言うし、態度にも出す。

 それは、相手に自分の気持ちを知って欲しいからで、知ったうえで答えが欲しいからだ。それも、自分の望む答えが。

 でも、絶対に成功する恋なんてものがこの世界に存在しないことくらい、誰だって知っているはず。だから、気持ちを伝えるのを躊躇したりもするわけだし。

 もしそういうことなら、黙っている意味がわかる。

 でも、私は違う。

 私はルーに「嫌い」と伝えたことはない。というか、むしろ好き好きアピールが過ぎるくらい。

 声を聞いてるとやっぱり安心するし、隣にいてくれると頼りがいはないけど何故か心強い。見た目も全然好きだし、性格に至っては優し過ぎて心配になる。血の繋がりがあるからアレだけど、もし無かったら、キスとかも平気な気がする。いや、うん。多分、平気。

 今までずっとそう伝えてきたのに、ルーは只管に答えをくれなかった。NGもOKも、何の反応も無かった。答えを出すことをただただ拒否して、盲目的に逃げ続けていた。

 あれ、でも、待てよ。

 私はどうなんだ?

 確かに、アピールはしているかもしれないけど、それは自己認識であって、伝わっているかどうかはルーが決めることじゃないか。

 待て待て待て。何を考えているんだ、私は。

 これじゃあまるで、ルーのことが好きみたいじゃないか。いや、好きだけど。好きだけども、それは人としてじゃなく、家族として……。家族としてじゃなくても、まぁ、好きか……。いや、でも……。

 わけが分からなくなってきた。



「というのは、昨日の話だったり」



 劇の練習は、ルーを呼んでくると言って抜けてきた。

 というわけで至る今日、モヤモヤを解消するついでに真相を確かめるべく、生徒会室にやってきたわけだけれども。

 なんなのよ。生徒会室なんだから、ドアに小窓くらいつけるべきでしょ。中で何やってるかわからなかったら、色々まずいでしょうよ。

 ま、いいや。

 それでは早速、正面突破……はさすがにまずいか。

 それこそ、中でよからぬことをしていたら、相当気まずいことになること必至だ。サボってる時点でよからぬことだから、別にいいのかもしれないけども。まぁ、やっぱり相手がルーだし、日常生活に支障をきたしそうなので、節度を持とう。

 ということで、節度を持って盗聴といきましょう。

 さっき確認した限りでは、隣の生徒会準備室には誰もいないみたいだったから、そこを根城にしよう。壁に耳をつければ、このくらいの薄壁なら少しくらい聞こえてもいいはず。私、耳良いしね。

「お邪魔しまーす」

 申し訳程度の礼儀を払って、生徒会準備室の扉を開ける。スライドドアだから、がらがらと音が出ないようにゆっくりと開けて、同じように注意して閉めた。

 見渡す限り倉庫っぽい趣はあるけど、とてもよく整理されていて印象は明るい。印象どころか、高い位置にある小窓から太陽光が差しているから、もはや普通に明るい。日の光に照らされた中空に埃は浮いていない。空気まで綺麗か。

 こんなに澄んだ場所で、盗み聞きなどしてよいものなのか。罪悪感に苛まれるね。まぁ、汚い場所でなら盗み聞きしてよいということもないんだろうけど。

 でも、怒りの感情の方が上だったりするわけで。もう、ぷんぷんなんだそ、私は。

「おっ」

 ちょうど生徒会室側の壁際にソファがある。背丈の小さい人なら横になって眠れそうなサイズで、右側には枕の代用と思しきクッションが置いてある。一見するに、クッションはよく使い込まれていて、綺麗に人の頭大の窪み型に皺が寄っていた。不良生徒あたりが使っているのかもしれない。

 人の寝床を荒らすのは趣味じゃないけど、今は仕方ない。不良生徒のベッドという響きも多少気になるけど、今は仕方ない。

「よっ」

 ソファの上に膝立ちすると、思いの外反発が無くて、相当沈み込んだ。もふっ、というよりは、ぼすっ、となった。反発を予測していた手前、腰がおかしくなりそうだった。

 でも、ソファから舞い上がって来た匂いが、想像していた不良生徒のそれじゃなかったのでよかった。春っぽい、甘い果物みたいな匂いだ。そんな匂いのする男子はまずいないだろう。女子ならいいんだ、女子なら。うん。

 さて。安心できたところで。

「ふぅ……」

 一息ついて。さぁ、始めよう。盗聴。

 壁に耳をつけると、最初ちょっとだけ頬が冷たかったけど、すぐに温かくなった。



     □■□■



「ルートさんらしくないじゃないか」

 お。男の人の声が聞こえる。

 ……というか、『さん』だって。聞き慣れないから、なんか変な感じがする。

 あ。今度はルーの声だ。

「……らしさ、ですか。それって、一体何なんでしょうか……」

 哲学ですかね。耳が痛くなりそうですね。

 あれ、ちょっと待って。

 確か、この学校の生徒会長って女子じゃなかったっけ。こないだお父さんが取材してた、毎日変な放送をしてるって言う生徒会長、ルリなんとかさん。

 まさか。男になったとか? という冗談は置いといて、一体誰なんだ。哲学者にしては、声が若すぎるし、こんな真昼間から語りだすものなのか、哲学者というやつは。

 哲学者の笑い声が聞こえてくる。

「はははは。ルートさんにわからないんだったら、僕にもわからないよ」

 哲学者だ。これは哲学者に違いない。

 答えの無い学問だからこそ、疑問を疑問のまま残しておくことも多いという話をどこかで聞いたことがある。これこそまさに、それではないか。

 そうすると、なんだ? ルーは、練習をサボって哲学者に会っていたと言う事か。私にも、クラスのみんなにも隠してまで。

 何のために? いや、ホントに何のために。それこそ哲学だよ。

「わからないけど、言葉をかけてあげることはできるよ」

 哲学者の格言タイムが始まるのか。

 ルーはそういうの好きそうだから、聞いちゃうんだろうな、きっと。

「……お願い、します」

 やっぱり! ……さすがに、少しがっかりだよ。

 みんなでここまで作り上げてきた劇よりも、どこぞの哲学者の一言(いちげん)の方が大切なんて。どうせ答えなんてないんだから、そんなものに意味なんて無いのに。逆に、完成っていう答えがある劇の方が、価値があると思うんだけど。

 仕方ないから、聞いてやるけどもさ。

「物語を考えたの、ルートさんだったよね」

「はい。そうです」

「僕は素直にとても良い話だと思ったよ。言葉選びから演出まで、本当に素晴らしいなって思った。殊更、心理描写は繊細に表現されていて、かつ共感しやすかった。何より、展開と構成にルートさんらしさが出ていて、僕はすごく好き」

 なんだ、べた褒めじゃないか。

 ルーは褒められ慣れてないんだから、そんな言葉をいっぺんに浴びせかけたら思考停止してしまうぞ。あと、好きとかあんまり言うな。

「僕らしさ、ですか……」

「そう。ルートさんらしさ。まだ、わからないかな」

「はい……。すみません。僕、鈍感で……。昔から、よく言われるんです」

 なんだか、私のことを言っているような気がする。まぁ、心外でもない。

 哲学者は「そんなことはないよ」とやんわり否定して、続けた。

「この物語の主人公、ルートさん自身がモチーフでしょ?」

「えっ? どうして、ですか……?」

 思わず「えっ」と声が漏れたが、ちょうどルーと被ったから聞こえてはいないはずだ。

 にしても、それは本当なのか?

 どうなんだ哲学者。どうなの、ルー。

「台本を貰って読んでいたらね。何となくそうかなって」

「すごい自信ですね」

 珍しくルーが食って掛かった。

 哲学者の顔が余程堂々としていて、居丈高だったのだろう。

「そうだね。初めて会った時から思っていたけど、僕とルートさんって似ているような気がするんだ。何というか、雰囲気がかな。いや、雰囲気よりももっとスピリチュアルなところかな。それで、台本の主人公も自分と重なる部分が多くて、何となくね」

 何を言い出すかと思えば、この哲学者はルーのことを口説こうとでもしているのか。そんなの百年早い。片腹も痛いぞ。

 まぁでも、哲学者がルーに共感していることはわかった。それでさっき、自分らしさについて諮問していたわけか。

「僕と、レイル会長が、ですか……?」

 そうだ。気になるぞ。何となくで済ますんじゃないっての。

 あと、相手の男はレイルという名前みたい。……って、え? 会長? 哲学の先生じゃなくて? 哲学学会の会長ってこと?

 そっちもばっちり気になってきた。

「そう。僕とルートさん」

「ど、どの辺がですか? 僕なんて、何も良い所が無いし。何でもできるレイル会長と、同じことなんてこれ一つも無いと思いますよ」

 そこまで自分を貶められると、妹として少し悲しくなる。

 会長はきっと、微笑んで応対するのだろうけど。

「そんなことはないと思うけどな」

 そこは私だって同じだ。いや、きっと誰だって同じだ。

 ルーこそ何でもできるし、かっこいいし、ホント完璧なんだから。

「でも正直言うと、そういうところも似ている部分かな。あ、これは馬鹿にしてるって訳じゃなくてね。僕も、何にもできないから」

「会長……?」

「何にもできないから、こうして生徒会長なんかをやって、できるふりをしているだけだから。そうしている方が楽だから」

 ルーは答えなかった。答えたくなかったのか、答えられなかったのかは全然わからない。

 私にわかったのは、せいぜい生徒会長が性転換をしたということくらいか。

 ああ。お父さん、大スクープですよ。ルリさん、男になっていましたよ。名前もなんかレイルとか仰ってました。

 そう考えると、ルーはそんなやばい人の話を大馬鹿大真面目に傾聴しているわけなのか。生徒会長という肩書はあるけど、今自分で何もできない発言をしていたし、信憑性なんてあるんだろうか。いや、無いでしょ。普通に、無い。

 アホらしくなってきた。練習に帰ろう。

 結局、ルーがサボっているのは証明されたわけだから、帰ったらとっちめてやろう。どんな辱めを受けてもらおうかな。

 裸エプロンでイカ墨パスタでも作ってもらおうかな。……誰得ですか。

 逆に私が裸になればいいんじゃないか? そうしたら、絶対恥ずかしがるぞ。……私が損してるな。

 まぁ、いいや。壁も温まって来たし、そろそろ――



「か、会長っ……。ち、近いですって……!」



 聞き捨てならないルーの声が、隣の部屋から聞こえた。今まで聞いたことが無いような、ひどく狼狽したような、上ずった声だった。

 何事かと、すぐさま壁に耳を密着させて、向こう側に意識を向ける。

「ごめん。びっくりさせちゃった?」

「き、急にどうしたんですか会長」

 哲学者は会長でもあり、性転換もしていて、甲斐性無しなのか。設定盛り過ぎじゃないか。

 それはそうと、このままだとルーの体裁が危ないかもしれない。

 いざとなったら、乗り込んで……乗り込んでどうするんだろう。その場に私が出て行ってすることは、なんだろう。そこでしたことはすべて、私の嫉妬なのではないだろうか。私は何に嫉妬するんだろう。

 全然わかんない。

 でも、なんか嫌。背中がムズムズする。

 そんな気持ちはどんどん向こう側に偏って、体重を受けた白壁は冷酷に、私をソファごと跳ね除けた。

「ちょっとね。ルートさんって、誰かに似てるなって思って」

「会長……のこと、ですよね……?」

「ううん。違うんだ。昔、好きだった人に似てるなって」

「すっ……!?」

『そんなの結婚詐欺師の常套句だってば!』

 遂に心に留めておけなくて、小声が漏れ出る。そうしないと、むず痒さが胸をも締め付けるようで。でも、小声では薄壁を越えられないことを知っているから、もどかしさは残った。

「今も、好きなんだけどね」

「そ、そうですか……」

「はははは。ルートさんは面白いな」

「べ、別に面白くなんか……」

「ふふっ。ルートさんは好きな人いる?」

「いいいいいい、いませんよ!」

『まっ、まずい。ルーは押しに弱いから』

 なんかよくわからないけど、おたおたする。手なんかはバタバタして、ソファの上で私はピョンピョン軽く跳ねている。どうしよう。いや、ホントどうしよう。

「それじゃあ、さ」

『んんー!!』

「僕が……」

『いやいや……』

 まぁ、ルーだから、そういうことに頓着しないはず。

「僕が?」

『でも……』

「ルートさんの……」



「や、やっぱダメー!!」

「っうぉおおおおおおお……え!? んうぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおい!!」



 私の叫びは、別の誰かの猛りにかき消されたと思う。

 絶叫の響き的に、隣――生徒会室の中で鳴ったものだ。

 かなりトーンの低いどすの効いた雄叫びだったけど、女子の声だというのはわかった。あと、何かを目撃してしまったということも。

 石の壁が凹むんじゃないかってくらい、私はまた隔たりに体重をかけた。

「お邪魔しているよ。ルリさん」

「いえいえ、ワタシの方こそお邪魔ですよねー。ははははー……って、違うわ! 真昼間から何してんですかレイル会長! つーか、生徒会室だし、それ以前に学校だし、いやそもそも二人がそういう関係だったなんて……」

 やっぱり、そういう関係に見えることをしてたんだ。どこにどのくらい近づいたんだろう。レイル会長もとい、ルリさん。

『……ん?』

 今入ってきた女子ってルリさんだよね。レイル会長にそう呼ばれてたし。

 でも、レイル会長って、ルリさんが性転換をした果ての姿のはず。ということは、どういうことだ? 性転換が家族にばれないように代役を立ててるとか? そしたら、レイル会長もといルリさんって一体何者? というかもはや、存在してるの? てか、会長何人いんの?

 ダメだ。カオスすぎる。深夜テンションなら何とかやっていけるかもしれないけど、まだ昼間だから理性が優位。脳が『関わるべきでないぞよ』とか言って、目の前の論題について深く考える気になれない。

 でも、ここまで来たら聞くしかないのも摂理。

「ご、誤解ですよ会長!」

「そうだね。ルリさんが思っているようなことは、決してしてないよ。安心して」

「し、信じられませんーっ。証拠はあるんですかーっ? つーかさっさと離れんかい!」

「あ、すみません。しょ、証拠ですか? それは……」

「あははは。その質問はズルいなぁ、ルリさん。僕はただ、知り合いに顔が似ているなと思ったから、少し近づいてみただけだよ」

「少しって距離じゃなかったぞー!! そっちこそズルいぞ! んもぉー!」

「口調が戻ってますよ、ルリ会長……」

「はっ。しまっ――」

「僕はそういうルリさんの方が、ルリさんらしくて好きだけどな」

「…………」

「ルリ会長……? ああ、また放心状態に……」

「はっはっは。本当に緊張しいだよねルリさん」

 何だこれ。とんだ茶番劇じゃないか。

 変な哲学者とニセルリ会長と、その間にルーがいて。なんだかよくわからない哲学の話をしている。事実は小説よりも奇なりとは言うけども、こんなのは奇なんてレベルじゃない。異次元だ。異次元。奇が何なのか知らないけども、薄壁一枚隔てた向こう側は、奇よりも奇な異次元ワールドが広がっているに違いない。

 そうなってくると、もはや楽しくなってくる。まさに、推理小説よりも面白くなってきた。推理小説、読んだことないけど。ただ、気が動転してるだけか、私。

「まぁでも、誤解も解けたところで、ちょうどよかったよ。今日はルリさんにも用事があったから」

「そうだったんですね」

 にも(・・)、ということは、ルーに会うことは初めから予定に組み込まれていたってことか。これまでの話の流れから推測して、予定を組んだのはルーだろう。

「最終ミーティングみたいなものを軽くする程度だけどね」

「それなら僕も――」

「ルートさんは、練習があるでしょ。ルリさんなら大丈夫だから、心配しないでいいよ」

 それで、ここへ来て用済み宣言と来た。

「で、でも――」


「昔から家が厳しくてね、五体満足ならできるだろうという理由で、色んな習い事をさせられたんだ。口があればできるから外国語、手があればできるから剣道、足があればできるからサッカー、耳があればできるから楽器、目があればできるから抽象画。もちろん、演劇の稽古なんかもね」


「レ、レイル会長?」

「でも、全部ダメだった。完璧にこなそうにも、僕にはセンスが無かった。何をやってもセンス、才能のある人には勝てなかった。それでも、上手い人達の真似をするぐらいはできた」

「きゅ、急にどうしたんですか?」

 本当に急だ。さっきまでの穏やかな口調はどこへやら、講論の声色は非常に冷たく淡々と壁を伝ってくる。どこか切なくて息苦しくて、耳が拒絶するようだった。壁に耳をつけたままにしていると、背中がもぞもぞした。

「この間、ルートさんが書いた脚本を貰って、良い話だなって思ったんだ。それで何度も読み返した。セリフを(・・・・)覚えて(・・・)しまう(・・・)ほど(・・)、ね」

「…………」

 セリフを覚える程……? すごい記憶力だなぁ……、じゃなくて。

「もし、どうしても無理だと言うなら、また僕のところに来て」

「……はい。ありがとう、ございます……」

 これはつまりどういうことだ。ルーがわざわざどこぞの会長を呼びつけてしていたのは、代役を立てるための会合だったの?

 そんなの……。

 そんなのどうかしてる。

『なんで……?』

 私はルーが王子様だから、お姫様になろうと思ったんだ。めんどくさいけど、楽しそうだなって思って、それで引き受けたんだよ。ルーだって、納得してくれたんじゃなかったの? それで、閉じ切った心のドアを開けてくれるんじゃなかったの?


 ――ああ。胸が痛いなぁ。


 そんな胸中を抑えつつ、私は生徒会準備室のドアをゆっくりと開けて、廊下に出た。でも、その扉は私の息苦しさを開放してくれたりはしない。別にもう閉めなくてもいいかと思ったけれど、ドアは閉めた。

「なんで……っ!」

 私にルーを惹くだけ魅力が無かったとか、レイル会長がどれだけ魅力的かとか、そんなじゃなくて。ルーの気持ちに全然気付いてあげられなかったことが、ホントに悔しい。ホントに悔しいし、わからなかった自分が情けない。

 今までずっと傍にいて、わからないことなんてないと思っていたのに。ちょっとくらいだったら洗脳できてたような気もするのに。洗脳というか悩殺だけども。

 ルーが拗ねたら私が近づいて、私が離れたらルーが近づいてきて。でも、近づきすぎるとルーは離れて、私も近づかれると一歩退いてしまって。そんな微妙で絶妙で至妙な距離感を、ずっと、ずっと、貫いてこれたのに。

 それなのに、どうして。


『また僕のところに来て』


 そんな言葉に、頷くの。

 ああもうわかった。もういい。全部伝えればいいんだろう。そうすれば、こんな罪悪感消えてなくなる。そしてそれは、全部ルーが背負うんだ。”あの時”と同じく、そして、今まで通り。

 もう知らない。

「失礼しました。……って、うわぁ! リズ! 迎えに来てくれたの? ありがとう。でも、僕はもう少し仕事があるから、先に行っていていいよ」

「なんで練習来ないの。ルー、主役でしょ? 主役いないと練習できないよ」

「本当にごめん……。でも、終わったらちゃんと行くから」

「嘘」

「う、嘘じゃないよ」

「本番終わったら行くとかじゃ、全然意味無いよ。ねぇ、私がお姫様じゃ、やっぱり嫌?」

 これは私にしか言えない、最強の武器。ルーの気持ちと自分の気持ちを混ぜて叩いて打った諸刃の剣。一番鋭くて、一番痛くて、一番汚い。だから、私に相応しい。

 そして今、言わなきゃいけない。

 今、ルーにも本当のことを言って欲しいから。

「い、嫌なはずないよ! むしろ、その……嬉しいくらい……だし」

「じゃあ。じゃあなんで……」

 ああ。胸が痛いなぁ。

 でも、これを言ったら、ルーはもっと傷つくよね。諸刃の剣って、そういうものだし。しょうがないよなぁ……。

「なんで。なんで降板しようとしてるの……?」

 ルーの顔なんか見れるわけも無く、私の視界は廊下の橙色と白線で完結した。

 きっと今頃、ルーの顔は惨たらしく斬殺される落ち武者みたいな蒼白さになっていることだろう。私はそんな覚悟も無く剣を振ってしまった臆病者だから、ただただ棒立ちになって俯いて、戦き震える自分の御々足(あみあし)を拝むことしかできない。

 今怒鳴られたら絶対泣いちゃう、というくらい目頭が熱い。何で言っちゃったんだろう、という自責も感じる。謝って即刻逃げようかなって、そういう理性もある。これからルーの奴隷にでもなって償えるかな、みたいな希望的観測もあった。

 でも、私はそこにいた。

 何でだろう。

 昨日、「好きだよ」って言われたからかな。良い気になっちゃってるのかも。不思議。

「私もだよ」とか言いたいのかな、私。わかんないけど。


「ごめんねリズ……。でも僕……」


 ――幸いにも、私は怒られないで済んだみたいだった。


「僕、もう、“自分”が嫌なんだ……」


 ――でも私の(つるぎ)は、また、ルーを殺してしまったかもしれない。



 ルートが立ち去ってから、私は少しだけ泣いたんだと思う。

 多分、文化祭の準備で廊下がすごく散らかっているのが、嫌だったんだと思う。



 

【あとがき】

 冒頭部、リズ大好き勢とか言いましたが、ここまで書いてくるとそれなりに愛着というものも芽生えてきます。キャラクターにも、世界にも。

 結構、街並みとかの広い枠組みでの情景は固定していないのでふわふわしてますが、逆にあの教室の角の席の椅子のパイプの錆具合とかは頭の中で固定化されてます。

 なんでだよって感じですが、私にもよくわかりません。

 ただ、度々登場する生徒会準備室の置物に関しては、かなりの思い入れがありそうです。サクラとルートがなんやこらしたり、リズが立ち聞きしたりしております故。記憶もとい空想の物ですが、捨てるに捨てられ無さそうですね。



 次回もリズ編です。


 

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