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Ⅰ 頑張って、いきたいところ。

【まえがき】

 ルート編になりました。

 今回は、意外な過去が明らかになったり、何かラブコメ感すごいんだけど状態になったり、結構忙しないです。



 どうぞ。

 

 



「あ、あんた……。結構作り込んできたわね……」

「演目時間が半日強だって言うから、頑張って調整したつもりなんだけど……」

 夏休みに入って一週間と経たないうちに、僕はまた学校に、教室に来ていた。それはなにも僕だけの話ではなく、文化祭準備やら劇の準備やらで、部活動に所属していないほとんどの生徒が登校していた。

 今日はアリスも珍しく部活が休みで、教室へとやってきていた。

 アリスのいない休日くらいはダメ出しをされずに過ごせる、と安心していた手前、少しショックだった。というのは建前だということにして、意気軒昂と一年生劇の台本を見せたわけなのだが。

「これ、演じる方も本気でやらないとじゃない……」

 生徒会長、クラスメイトのみんなには「泣ける!」、と好評をいただいたのだが、アリスにはあまりウケがよろしくないようで。

 確かに、考えてもみれば、観るなら「泣ける!」のかもしれないが、演るなら「別の意味で泣ける……」のかもしれない。重厚に作り上げられたストーリーを余すところなくお客さんに伝えるというのは、所謂『演者』、『俳優』という人たちが長年積み重ねて漸くなされるというものだ。それを、たかだか十五年生きただけの若者が演じる、というのは少々無理を感じなくもない。

 まあ、僕が任されたのは『劇の脚本であって、演出ではない』などという大義名分もある。

 あるのだが、それも認可されない空気が漂ってきていた。

「んー……。ルート、これ……」

「ど、どうしたの、ノアさん」

 少しだけ日焼けしたノアが、台本を片手に唸っている。日焼け姿は初めて見る。休みに入ってから屋根の掃除でもしたのだろうか。前は色白で人形のようであったけれど、少し黒くなっているのもまた健康的で可愛らしかった。

 丸っこくて可愛らしい見た目とは裏腹に、発言は切れた。

「これ、なんか、違う……」

 悪気など一切無く、瞳にも屈託が無い。

 ここ二~三週間で積み上げた苦労が、その一息ですべて吹き崩されそうだった。

 ただ一つの救いは、自分自身で作り上げた主人公にダメ出しをされている感覚になったということだろうか。ノアもきっと、台本を読んでそう思ってしまったのだろう。

 だから、ノアの評価は素直に受け入れることができた。

「ごめん……。最初のうちは意識して書いていたんだけど、いつの間にかそうなっていたんだ……」

「ノ、ノアは嬉しいけど……。主役なんて、そんなの、無理、だから……」

 夏休み前にノアの助言を受けたのを基盤に、劇のストーリーを練り始めたのは確かな事だ。『僕の身の回りで起きたこと』を、『公開できる範囲内』で、という前提条件と照らし合わせながら熟考したのも確かだ。その結果、『既存のストーリーに自分を投影しつつ、少し改変を加える』のはどうだろうという話に落ち着いたのも記憶に新しい。

 そうしてできたのが、白雪姫とシンデレラを足して二で割ったような物語なのだとすれば、相次ぐダメ出しで失意した頭でも大体の合点はいく。

 僕が劇で表現しようとしているのはつまり、『僕自身』ではなく『アリスとノア』になってしまっていたと、そういうことなのだろう。自分で言っていてわかるのは、〈僕、また逃げてるなぁ……〉という自責である。

 でも結局、僕が二人に働きかけたことなど、夜中に電話を一本かけたくらいのことで、特に何もないのだ。

 ノアの言う感動のシーンも、みんなが言う「泣ける」というのも、僕がそこにいなくともきっと成り立つのだから。僕が何かをしたからではなく、二人が心の内を明かした勇気にこそ涙は流れるのだろうから。だろうからというより、そうあるべきなのだ。

 そんな思いが綺麗に形になった、最初にしておそらく最後の今作であった。

「本人役っていうのは無理そうかな……」

「ノア、無理、だよ……。絶対……」

「練習したら何とか……」

「ならないわよ。そもそもノアが嫌がってるのよ。諦めなさい」

 そもそも本人が本人の役を演じると言う案は、他でもないノアが出したものなのだ。なんて反論は、口が裂けてもできない。その時に、主人公は僕だとも言い添えられたのだから、咎められるべきは文才の無い僕なのだ。

 あえて一人称を第三者にしたのは狙った演出だったのだが、それでもスポットの当て方は主人公を粛々と明示してしまっている。

「だ、誰か、代わりにやってくれる人は……」

 極貧のメイドという設定がいけなかったのか、教室にいたクラスメイトたちからはノア主役案しか上がらなかった。おまけに、王子様役はアリスという、何とも皮肉な顛末までついてきた。

 でも、アリスが王子様役を引き受けてくれれば、ノアの気持ちが変わるかもしれない。

 弄ばれそうな一抹の期待を抱きつつ、アリスに尋ねてみる。

「みんな期待の目でアリスを見てるけど、アリスは王子様役やってくれるの?」

「やらないわよ」

 その瞬間、クラス中から「えぇー!」と嘆声が上がった。どれだけアリス王子を期待していたのだろうか。

 僕も同じく「えぇ……」と嘆いたが、明らかに意味が違った。期待を裏切られたどころの話ではなく、確実なキャスティング破綻に憔悴しての「えぇ……」だった。

 アリスは言い訳するように付け加えたが、正直あまり聞きたくはなかった。

「やらないというより、できないが正しいわね。部活もあるし、家の用事もあるし、劇の練習なんてほとんどできないと思うのよ。それだから、主人公の相手役だなんて、そんなセリフの長そうな役はさすがに無理よ」

 まっとうな事だ。

 適材適所という言葉の意味をそのまま引用するのならば、アリスの適所は劇の王子様役ではなく、氷上でストーンを操る戦乙女といったところだろう。

 でも、そうなると、もう本当に、劇の開演が危うくなってくる。

「どうしよう……」

 僕の頭の中、それから台本の中では、すでに黒髪のメイド姫とブロンドのツンデレ王子様が舞踏会でエンジョイしているというのに、現実にはその影も無い。

 計画があまりに一気に破綻したせいで、気持ちの整理がつかない。様々な思いを込めて執筆したから、尚のこと、路線変更の必定に処理が追いつかない。

 僕の想像通りに配役できさえすれば丸く収まるというのに。

 頓挫した計画を思い逡巡する僕の肩を叩いたのは、とても台本通りに動いてはくれなそうな人物だった。


「わしがやるか?」


 散らかった感情の整理もついていなければ、改善策の目処すらもたっていない今、勇んで言えることではないと思ったけれど、脚本として言うしかないとも思った。

「あ、ありがとうサクラ。でも、大丈夫だよ」

 これ以上の破綻は、僕の話を読んで感動してくれた人達に申し訳が立たない。この劇は、意地でも完成させなければならないのだ。

「サクラにそう言ってもらえて、僕ももうちょっと頑張ろうかなって思えたよ」

「馬鹿にされておるような気がするのはわしだけか?」

「だって、あなたバカよね」

「なんじゃと。てすとも全部満点じゃぞ、馬鹿ではないのじゃ」

「どうせカンニングでしょ?」

「ちゃんとやっとるわい!」

「ははは……」

 文化祭当日まで何の劇をやるか非公開にしておくという会長の目論見は、こういうことを懸念しての選択だったのかもしれない。そうしておけば自然と客の興味を引けるし、万一の事態にも対応しやすい。つくづく、抜かりの無い人だ。

 そう。非公開であるのならば、際限のない修正が可能なのだ。この際、話をまるっきり別の物にしても構わない。それが劇として演目に数えられればいい話だ。

 ノアの言った条件を守ったとして、物語を一度悲劇へと持ち込む必要も無いかもしれない。泣ける話と称されるほど作り込まなくても、コメディか何かに変えてしまえば、それなりの出来であっても後味が悪くなることはないだろう。

 長時間コメディを演じ続ける方が色々と危うい気もするけれど、今は四の五の言っている場合はない。

「あ。サクラ。少しお願いしたいことがあるんだけど。いいかな」

「なんじゃ?」

 黒板のすぐ前あたりで和気藹々と談笑していたクラスメイト達の中へと飛び込もうとしていたので、呼び止める。

 コメディと言えば、サクラしかいない。

「台本書き直そうと思ってるんだけど、手伝ってもらえたりしないかな……?」

「なんでじゃ?」

 サクラは半身を黒板の方へ向けたまま、首を傾げる。

「なんでって……、今から一人で考えてたら間に合わないから……」

「そうではないのじゃ。どうして、台本を書き直す必要があるのか、ということじゃ」

「主役の二人が難しいみたいだから、やむを得ないよ……」

「なんでじゃ?」

 とても簡単な話だった。

 サクラは、さも当たり前のように、それを話した。


「お主が主役をやればよいじゃろ?」


 突飛な発言こそ茶飯事だから構えてはいたけれど、余裕綽々と斜め上を行った。それでもサクラの言う事は、一切難しいところなどなくて、誰にでも理解できた。どんな人でも、解決の糸口を掴めてしまう、魔法のような言葉だった。

「僕が、主役……?」

 確かに、台本を書いたのは僕だし、途中から別人にすり替わってはいるものの元々の主人公像は僕自身だ。僕が主役を演じることは、理に適っていると言っても過言ではない。

 密かに頷いていると、サクラが何やら付け加える。

「それに、お主が主役なら、意外と早く見つかると思うんじゃがのう。もう一人の主役」

「どういうこと?」

「お主は鈍感じゃから気付かんじゃろうが、意外とたくさんいるみたいじゃぞ。お主のふあん」

「えっ? 不安?」

 それと鈍感であることに、一体何の因果があるのだろう。確かに今は不安だけれど。

「ふぁんじゃ。頭が切れるし、運動もできる。加えて、可愛いもカッコいいもいける。極めつけは、やさしさじゃ。お主、意外と人気者なんじゃぞ? 男からも、女からものう」

「そ、そんなはずないって……お世辞なんてサクラらしくないよ!」

「別にお世辞じゃないのじゃ。試しにちょっと聞いてみるかの?」

「え、いや、大丈夫だよ……」

 半端に制止する程度では、サクラは到底止まらない。十一名のクラスメイトが溜まって話をしている輪に、何気なく突っ込んでいってしまう。サクラはあっという間に輪の中に飲み込まれて、見えなくなった。

 そして一瞬の沈黙があったかと思えば、どこからともなく聞こえてきたのは、どんな静寂をも打ち破る甘いあの声で。


「るーとのこと好きなやつ、手を上げろー」


 何か反応があるかと思えば無く、教室に僕の名前が粛然と響き渡って、僕だけがひっそりと辱めを受けているようだった。ふと、アリスの方を見れば僕を見て鼻で笑っているし、ノアはといえば固まっていた。この瞬間の空気はと言えば、時が止まったかのように重く、吸えも吐けもしなかった。とりあえずできたのは、目を瞑ることくらいのもの。

 それから十数秒ほどあっただろうか。

 それくらいの時間が経つと、何事も無かったかのように談笑が再開されて、凍り付いた空気も解けて、呼吸もできた。これはきっと、「忘れろ」という誰かからの暗示に相違ない。

 そうだ。忘れよう。それがいい。

 その矢先、輪の中から体をうねらせながら這い出てきた少女が、暗示を解く。

「みんな恥ずかしがり屋なんじゃよ。この間なんか、学級委員長が――」

「もう大丈夫、うん! わかったよっ! 僕が主役をやることにするよっ! はははっ!」

 これ以上の失態は、今後の学校生活に響いてきそうだ。色々な意味で。

「そうか! それなら、お姫様役が見つかるまで、わしが練習相手になってやろう」

「うん! ありがとうサクラ!」

 迷いを断ち切ってくれた意味では、感謝しているとも。

「ルート、笑ってるけど、険しい表情……」

「しょうがないわよ。自分で作りだしたお姫様像と、その本人が恋をしなきゃいけないんだから。……ぷっ、くくくっ……ホント傑作…………っ」

「ははは……」

 農民Cあたりを所望していた手前、もう笑うしかなかった。

 これで、誰もお姫様役に立候補してくれなかったらと考えると、さらに笑えた。そしてきっと、その劇の結末は「泣ける」のだろう。笑えない。笑えないけれど、笑えてしまった。

 サクラくらい気持ちの切り替えが早かったら、と時々、その清々しい笑顔が羨ましくなる。

「それじゃ、さっそく練習するかのぅ」

「そう、だね……」

「最後のきすしーんはどれくらいの長さにするかのう?」

「そ、そんなシーンは作ってないよっ!?」

 まぁ、迷ったところではあるけれど。

 それをするフリにせよ、あるのとないのとでは、確かにクライマックスの迫真度が違ってくるのだ。それは、憎しみの裏側にある愛という無形のテーマを、わかりやすく伝えられる最善の方法だと思うのだ。

 そういうのは小説の中で誰かがしているのを読んで想像したくらいだし、むしろ、一介の学生が軽々しく愛を説いていいのかも少々疑念に駆られるところではある。

 そう言えば前にアリスが熱を出した時、そういうことが起きそうになったような気がする。あの瞬間は、ドキッとしたかと言われれば確実にしたのだけれど、特別、恋慕の念を抱いたわけではなかった。

 そういうことを逡巡して、結局キスの価値などわからなかったから、愛情表現はハグに留めて自制したのだった。


「そういう問題じゃないよ!」

 サクラに価値を聞いたら、どんな答えが返ってくるだろうか。

 そんなことをテーマにディスカッションしたら、ハッピーエンドの悲恋劇が知らぬ間にバッドエンドのコメディ歌劇に変貌してしまいそうだ。



     ***



 僕を主役として、クラス内だけで一通りの配役を決め、軽くセリフの読み合いをしたところで下校時刻となった。

 いつの間にか日も長くなっていて、夏であることを実感すると同時に、下校することにどこか物足りなさを感じる。

 それでも、皆どこか晴れやかな表情をして帰宅していたから、とりあえず配役ミスなどないようで安堵した。言いたくないセリフを言ってもらうというようなことは、あってはならないのだ。

 とりあえずは及第点としよう。

 でも、劇は学年全体でやることになっているから、これを残りのクラス分やらなくてはいけない。さらにその後、全体練習をして、リハーサルを何度か積んで……。

 色々と不安要素は残るが、どれも時間と要領の良さがあれば何とかなりそうな問題だ。そう考えると、本当に生徒会副会長としての資質が問われているような感じがして、背中がピリリと緊張した。

「あたしたちは部室に寄ってから帰るわ。それじゃ」「じゃあね、ルート」

「うん。それじゃあ。また明日」

 王子様殺害を企てる黒ローブの魔女役アリスと、その手先でスパイとしてお城に潜入しているメイド役ノアも、不服ではないらしかった。結構、皮肉染みているポジショニングだと思うのだけれど。

 何となくだけれど、皆が晴れやかな表情をしているのは、自分の役に満足がいっているからではなくて、主役の枠が僕で埋まったからな気がする。

 台本を読んでわかる通り、ダントツのセリフ長とスポットの演出。それから特筆すべきはラストに用意されたハグシーン(とキスするふり)。それを大勢の前でやってのけなければいけないとは、とんだ外れ籤ではないだろうか。

 自分で脚本を書いておいてなんなのだが。

 まぁ、その役は僕で埋まったわけだ。自分に言い聞かせた通り、今は四の五の言っている場合ではない。

 アイスリンクへと向かう二人の背中を見送って、僕も帰路へ着くとする。

 正門から一歩踏み出す。

 夕日は低く熱く、僕の頬をじりじりと灼いた。額に汗が滲むのをよしとしつつも、シャツの襟をパタパタと開閉して換気した。少しだけ汗の匂いがして、ふと周囲を気にすると、三階の生徒会室から見るいつもの下校風景とは一風変わっていてどこか新鮮だった。

 何だろう。

 僕もこの学校の生徒の一人なのだと、単純にそう思えた。

 考えてもみれば、入学当初からこうした変哲もない日常というものを送れていなかった。色々な要因があってそうなっているわけだけれど、さして悔いることも無かった。

 全部楽しかったから。

「そんなにきょろきょろしてどうしたんじゃ?」

「おわっ」

 唐突に、聞き慣れた声が背中にぶつかってきた。

 背中を押されたわけではないが、何となく圧を感じた。

 振り向けば、そこには非日常がいた。紅茶色の髪は夕日に紛れて、柔らかそうな白肌がにっこりとこちらを覗いて。確り着こなされた制服が、若干の青さを演出していた。

「びっくりしたー。サクラか」

「なんじゃ、失礼じゃのう。わしが来てやったんじゃから、もっと喜ばんか」

「あ、ありがとう……じゃないよ! サクラ! さっきの劇の練習っ。もうちょっと真面目にやらないとダメだからね! 本番はお客さんたくさんくるんだから!」

「姑みたいじゃのう。というか、あれはお主が拒むから変になったんじゃぞ」

「そ、そりゃそうだよっ。急に、き……キスとか、できるわけがないよ! それに、相手がサクラなんて、余計……」

 もし、あの劇の練習中、サクラの猛襲を受け入れていたら、僕の日常は確実に変わってしまっていただろう。それに、一度跨いだら二度と戻れない気がする。

「なんじゃよ。きすくらいよいじゃろ。そんなにふぁーすとが大切かのう?」

「そ、そんなことっ……。ま、まだ、わからないよ……。わからないけど、とにかく、軽々しくするのもあまり良くないと思うんだ。そういうことたくさんしてるサクラにこう言う事言うのは酷なんだろうけどさ」

「わしだって、まだ一回しかしたことないぞ」

「…………」

 何となく、反応したら負けだと思った。

 真っ直ぐ帰路を見て、沈黙を貫いてみると、サクラの方から何やら語りだした。

「昔な。たった一人、大好きな人がおったんじゃ。そやつも、わしのことを好きだったんじゃと思う。両想いじゃな。それがな、ある時からそやつは別の奴のことを好きになってしもうたんじゃ」

 昔? 唯一人? 両思い? 色々と突っ込みたいところはあるけれど、真面目に話を聞く体でいけば、サクラがその後キスをするという話なら、それは完全なる嫉妬心なのではないだろうか。

 嫉妬など、今のサクラからは到底考えられない。

 それが本当の話なら、僕はもしかしたらものすごい話を聞いているのかもしれない。

「それでな。わしは、そやつにきすしたんじゃ。長いやつを一回だけじゃ。そうすれば取り返せると思ってのー」

「それで、どうなったの?」

 いつもの作り話だとしても、結末は聞いておきたかった。

「わしの負けじゃ」

「そっか……」

 こんなにも、その人らしくない話というのが、この世に存在するものなのだろうか。捏造された違和感というよりか、ごくごく自然な哀愁物語を読んでいる感じが強い。

「だからわしは、いろんなやつとつるむのじゃ。見せしめにのう」

 それで気を引こうという算段だろうか。

 浅はかだけど真っ直ぐで、それは確かにサクラらしい。

「あんまり効果はないみたいじゃがな」

「それは、サクラが女の子ばっかりつけまわしてるからじゃないのかな」

「それじゃなきゃ意味が無いのじゃ。わしが大好きだったのは(ねー)じゃからな」

「え? そうなの? というか、お姉さんがいたんだ」

 思えば、サクラについて知っていることが少ないような気がする。

 どちらかと言えばオープンな性格をしているから、結構筒抜け感はあるのだけれど、いざ何を知っているか考えると、驚くほど実情が無かった。こんなにも親しいはずなのに、おかしなことだ。

 ともすれば、知ろうとすることが普通だろう。

「そう言えば、随分進んできちゃったけど、サクラの家ってこっちなの?」

「わしの家はどこにでもあるのじゃ。でもそろそろ疲れたから早く帰りたいのじゃ」

 それは野宿という意味なのか、はたまた【魔法】とかけて解く心なのか、判然としないままにはぐらかされてしまった。

 一つ言えるのは、サクラは普通を嫌うのだということ。

 今度、暇がある時に家に呼んでみようか。入浴とか就寝あたりにイベントが起こりそうだけれど、それはそれで楽しめそうだ。

「サクラ、明日も学校来る?」

「暇だから行くのじゃ。るーとも来るじゃろ?」

「うん。色々やらないとだから」

「劇の練習はするのかの?」

「ま、まぁ。時間があればやる、かな……って、まさかサクラ、またアレやるの!?」

「当然じゃ! 一番の見せ場じゃからな! 念入りにじゃ!」

 生き生きと話すサクラの背中はとても楽しそうだった。あのシーンを演じることに、かなりの愉悦を感じているのだろう。僕が拒むので本当にしたりはしないものの、抱きついたり頬を擦りつけたりしてくるのだ。

 だとすれば、〈早くお姫様を見つけなければ〉と思うのは、可哀想なのかもしれない。捨てられた仔猫を看過できないような、そんな感覚に近いか。

 暫くの間、僕の少し先を歩いていたサクラが急に立ち止まると、振り返って言った。

「わしはこの辺で帰るのじゃ。じゃあの」

「うん。また明日ね、サクラ」

「また明日なのじゃ」

 くるりと小気味よく回転すると、サクラは少し先の細い十字路右に曲がって行った。追うつもりはないけれど、自然気がかりになって小走りしたが、その道にサクラの影はない。まるで路地裏に住む猫のようだ。

 普通に走って帰ったと考えられるけれど、サクラの場合は違う気がした。

 それはやはり、サクラは普通が嫌いで、普通ではないからなのだと思う。

 そんなサクラが僕を『特別』だと言ってくれたことが不意に想起される。

 何を思ってそう言ったのか、いつものように思わずして行動したのか、疑問になる。『僕のファン』がいると言う発言も経緯が気になってしまう。

 もしかすれば、サクラが僕を『特別』だと言うのは、僕が本当に『特別』であると知っているからなのではないだろうか。サクラも『願いの夢』について知っているし、現に『魔法を使いたい』と願ってもいる。ノアや、ノアを通じて知っているアリス、それから僕のような、言わば、知っている側の人間になるわけだ。

 つまり、サクラ自信が『特別』というのは、僕ら知っている側の人間にとってみれば否定の命題になる。所謂『特別』の中の『特別』は、普通だという論理だ。

 でも、それなのにサクラは僕を『特別』だと言った。

 いつもの気まぐれなのだろうけど、一つ利己的な理由付けをするなら、サクラが本当に特別な想いを持ってくれているからなのかもしれない。ということだろうか。

「そ、そんなこと、あるはずないよね……」

 少なくとも、お姫様がサクラである今、そんなことはあってはならない。

 そうでなければ僕は……。


『僕は間違っていると思う』


「あ。ルー」


 これまた聞き慣れた声が、今度は前方から聞こえてきた。

 気付けば帰り道は、半分より少し過ぎていて、あともう少し歩けば家に着くくらいのところまで来ていた。ちょうど、ミドルから帰る道との合流地点――あの丁字分岐に。

 そして振り向けば、そこには日常がいた。



「や、やぁ。リズ」



 

【あとがき】

 書いていて気付いたのですが、今章は夏なのになんか全然暑くない気がしますね。

 書いている今が冬だからかもしれませんが、どことなく寒い気さえします。

 気のせいかもしれませんが、ちょっと熱中症には気を付けます。


 続く。

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