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Ⅰ アレンと……。

【まえがき】

 なんか隠語みたいな章題になっておりますが、そういう展開はありません。

 しっかり全年齢対象です。

 


 

 

 

「はあぁぁっぁぁぁぁ、あっつぅぅぅぅー……」

 

 今年は本当に憂鬱な事が多いな。窓際に男子がたまってよく換気できないおかげで、蒸し暑いのもそうだし、何より暇。あ、これ、前も言ったか。

 とりあえず去年のことを思い出すと、今年の夏の中身の無さに空しさがこみ上げてくる。こみ上げてき過ぎて逆上せる。

 往年のこの時期は、頻繁に上級生のクラスに遊びに行って、夏休みの予定を立てていたんだけども。もちろん、ルーとアリスお姉ちゃんがいるクラス。

 アリスお姉ちゃんは大会ばっかりで、なかなか予定が合わない。曲者なんだこれが。逆にルーは何にもなくて、妹として少し恥ずかしかったりして。それもそれで楽しかったりして。

 あ。ほら。また空しい。

 考えるのよそう、と思うことはあっても、昔から基本的に私の頭の中は遊びのことで一杯だから、自然、そういうことを考えてしまう作りになっている。言ったら現実逃避。

 一足先に夏休みに入ると言う禁忌を犯したルーたちを、みすみす見過ごすわけにはいかない。あ。みすみす見過ごすって面白いな。

 一先ず、それはおいといて。

 予定が立てられないのでは、遊ぶこともできないじゃんかー、というお話。

 立っている予定と言えば、死ぬほどどうでもいいやつが一つ。

「暑いね、マイハニー」

「ありがと。涼しくなった。後は用済みだからどっか行って」

 学校内では麗しの王子様と名高いこいつと、一緒に文化祭を見に行くという予定だ。

 確かに、こいつの隣を歩いていたら色んな人から羨ましがられそうではあるけど、そんなの別に要らない。

「リズは今日も一段と元気だね」

「どこがよ。あんたのおかげで余計に暑苦しいわ」

「僕……、じゃなくて俺のおかげ……!? リズに褒められた!」

「あんた、頭に虫でも湧いてんでしょ」

 こうして話す時の距離がいちいち近くて、むかつく。離れろよ、と手で退けたら喜びそうだし、言葉で伝えても引き下がるはずはないし、他も色々めんどくさい。学習能力はあるくせに、モラルはない。

 そういうやつ。

 だから、そのスタンスを話題にすることは諦めた。というか、もはや、教室の一部だと思うことにした。多分、椅子の足についてるゴムとか、その辺の仲間。

「あ。そうそう。劇、決まったらしいんだ」

「あっそ」

「ま、でも、決まったのは、生徒会の誰かが台本を書くってことだけみたいなんだけど。前までは、普通にロミオとジュリエットとかをやってたみたいだよ」

「あっそ」

 何だかあまりにもそっけない気がするけど、仕方がないんだ。話す理由がないなら、あんまりこの男と会話したくないし。

 ただでさえ友達がいないのに、さらに誰も近寄らなくなったら、本当にこいつと二人きりになってしまいそうだから。そんなのは、不登校必至だ。お父さんお母さんには悪いけど。

 まぁでも、その時はアリスお姉ちゃんの家に住み込みで働かせてもらおう。

 あ。でも確か、誰か先客がいたような。

 そうだ。確かそれがノアさんだ。あれ? ノヴァだっけ。

 どうして住み込む展開になったかは知らないけど、アリスお姉ちゃんの家に就くということは、ノヴァさんはアリスお姉ちゃんのことが好きに決まっている。そして、アリスお姉ちゃんもノヴァさんを気に入っているということになる。気に入らないものを傍に置かないのが、アリスお姉ちゃんだから。

 幼馴染みたいだし、同じ学校だし、私と共通な点は結構あると思うけど、思うに、その人はちょっと大人しめの人なのではないか。昔、私がアリスお姉ちゃんにべったりだった時、結構煙たがられたことがあったし。

 ノヴァさん、適度な距離を置くタイプの人だと見た。

 私の敵じゃないな……、とは思うけども。

「どんな劇になるかとか知らないの? 誰が何の役で出るとか」

「なんでも、文化祭当日まで劇の内容は明かさないらしくて、今のところ全く分からないみたいだよ。文化祭の役員にも教えてないみたい。それも楽しみの一部だって、……姉も、そう言ってた」

「なにそれ。随分と自信あるじゃん」

「そりゃそうさ! カシミーヤ校の文化祭と言ったら、毎年たくさんの人が集まるからね! 国内一の祭りだっていう人もいるくらいだしね! それに、今年は合同だから期待もすごいんじゃないかな」

「ふーん」と、鼻から空気が抜けた。

 生まれも育ちもここなはずだけど、そんなの全然知らなかった。

 知ろうとしなければ、周知の事実も知り得ないんだなぁと、改めてアレンを見た。全然知ってなくなかった。でもそれは、私が知ろうとしたからじゃなくて、アレンが押し付けてきて知ってしまったから。

 結局、「知っている」に違いはないけど。なんて考えると、こいつは案外、策士なのかもしれないと思ってしまったり。

 策だってわかっていても、何かを求められたら、私は応えてしまう。どうせ私は、敵の弱点を知るためだとか口ごたえしながら、こいつと話してしまうのだろう。

「そういや、お姉さんいるんだよね」

 アレンに有利な今の話題をぶった切りたくて、そんなことを聞いた。

「うん。いるよ」

 アレンは、一瞬、視線を逸らしてからそう答えた。

 ん? まさかまさかの弱点発見か!?

「お姉さんはなんて名前」

「レ、レーアだけど」

 目が泳いでるし、間違いないな。こいつの弱点は姉だ。

 それじゃ、私に軽々しく口を利けなくなるような弱点を引き出してやる。かつての三段論法が馬鹿らしく見えてくるくらいの武器を、私は手に入れてやるんだ。その、レーアさんとやらからね。

「レーアさんってどんな人?」

「そうだなぁ……。生きるのが上手い人、かな……」

「なにそれ。馬鹿にしてんの」

「いや、してないよ。本当にそうだと思う。僕……いや、俺にはあんな生き方できないから」

 狂おしいほどに愚直なアレンがそこまで直ってしまうんだから、余程だな。

「いや、でも……。もしかしたら、下手だからあんななのかもしれない……」

 馬鹿でアホなこの男を真剣に悩ませてしまうくらい複雑なお姉さんって、一体……。金持ち家系に混血云々の泥沼騒ぎも考えにくいし、本当に人間として難しいのかね。

「ま、どうでもいいや。それじゃ、レーアさんの写真とかないの?」

「昔撮った家族の集合写真なら持ち歩いてるけど……。な、なんかリズ、さっきから姉のことばっかりじゃないっ!?」

「うるさいなぁ。初めて出てきた登場人物だから、興味湧いたの。早く見せてよ」

「リズが言うなら見せるけど……」

 差し出された薄い紙を、シュバっと横薙ぎ一閃。アレンの手からそれを掠めとる。

 写真を取り出すまでの過程で、制服のポケットから出てきた悪趣味な黄金財布さえ無ければ、もう少し穏便に事を進めたかもしれない。かもってだけで、そうとは限らない。

 それそうと、早速拝んでみる。

 しっかりした写真館で、しっかりした人が、しっかりした機材を使って、しっかりと時間を使って撮った感じが、すぐわかった。

 悪趣味財布に入っているから歪んだり皺ができたりはしているけれど、写りはいい。褪せることなく当時の姿を写して、そこにいた。

 左のダンディズムが父親で、右のマダムが母親で。その間に挟まれる二人の子供が、アレンとレーアさん。見たところエレメンタリーに上がる前くらいか。何となく、この両親にこの子ら有りみたいな顔をしているし、現にアレンは父親に似ていた。ということは、レーアさんの方は今頃、この美人妻みたいなべっぴんになってるに違いない。

「可愛いじゃん」

「えっ!? ホントっ!? ありがとう! 嬉しいよ!」

「馬鹿じゃん。あんたな訳ないでしょ。レーアさん」

「じゃあ僕……、じゃなくて俺は?」

「そうね。なんか、そのまま大きくなっただけって感じね」

「褒められてるのかっ!?」

 モテそうな顔だなとは思った。親もきっとそう思って育てたろうに。まさか、この写真を撮る時は、我が子がこんなキモいストーカー野郎になるとは思いもしないだろう。ああ、なんて可哀想な。

 まあ。知らないけど。

「写真のあんたがバスケットボール持ってるのは、何? 昔からやってたってことなの?」

「あ、そうなんだよ。最初は普通のバスケやってたんだ」

「なんで今はトランポリン飛んでんの。ス、ス……スライムボールだっけ?」

「スラムボールだよ。五年くらい前にバスケの試合を見に行ったんだけどね。実はそれ、スラムボールの試合だったんだ。母親が間違ったみたいでね。その時はショックだったんだけど、実際に試合を見てみて、なんか魅かれちゃってさ」

 それであんな変なスポーツをやってるのか。トランポリンを体育館一杯に敷き詰めて、ピョンピョン飛びながらバスケをするアレを。

 楽しそう、と思ってこの前体験させてもらったけど、凄い難しかった。あと、トランポリンって全然楽しくない。むしろ怖い。変に着地すると死ぬから、とか言われたら楽しいわけない。

「物好きね」

 私のことを追い回すのも含めて。

「まあね!」

 そんなに威張られても、暗に皮肉られても困るし、なんか腹の立つスマイルだ。

 視線を写真に戻す。もう一つ、話題があった。

「これさ。レーアさんはサッカーボールみたいなの持ってるけど」

「ああ。それはフットサルのボールだよ。姉は昔、フットサルをやってたんだ。というかまた姉のこと……」

「フットサルねぇ……」

 フットサルって、確かサッカーの小さいバージョンみたいなやつだよね。優しそうだし、ちょっと美形の顔立ちだし、何となくルーと似てるなとは思ったけど中身まで似てるとは。

 成長した二人を逢わせたらなんか面白いことが起こりそう。

 あれ? 今、やってた(・・・・)って言った?

「今はやってないの?」

「そうだよ。すごい大会まで進んだんだけど、そこで負けちゃって……。それ以来、やってないんだ。僕……いや、俺はその時の姉が好きだったんだけど……」

「シスコン」

「ち、違うよ! そういうのじゃなくて! 僕、じゃなくて、俺の一番はリズだから!」

 あまり人のことを言える立場でもないけど、無感情に出た言葉だから仕方ない。

 なんだかよくわからないけど、ルーとレーアさんはよく似ている気がしたから。

 それに、私とアレンもまた、似ているのかもしれないと、つくづく思う。

 まあでも、こいつに好意を向けようなどとは一切思わない。何となく、そうしちゃいけない気がする。こればかりは乙女の勘だけど。

「ねぇ。今の写真は?」

「ごめん、ないんだ。姉が一人で撮ってるのはたくさんあるんだけど、この頃家族で撮ることって無くて」

「レーアさん、ナルシズムにでも目覚めた?」

「目覚めたというか、昔からそんな感じだよ。なんていうか、自分の長所と短所を良く知ってるって感じかな」

「そういうこと」

 さっきアレンが言ってた、“世渡り上手”の意味が何となく分かった気がする。

 レーアさんは自分が持ってる武器とその扱いを知っている人なんだろう。

 その武器の中には自分を傷つけるものもあって、レーアさんがそれを厭わずに使うから、アレンは「違うかもしれない」と言ったわけ。

 なんだか、ますますルーを見ている気分になってくる。

 そうなると、写真を撮る意味も何となく分かってきて悲しい。

「その写真は何に使うの」

 やらされて撮った、その写真は。

 何か特異な感情が湧いてもいいはずなのに、アレンの口調は淡々と。


「お見合いだよ」


 私だったら、ルーがそんなことをしたら黙ってない。お父さんとお母さんはともかく、私がルーに怒ってしまいそう。

 それなのにこの男は。

「お見合いはもう始まってるの?」

「うん。もう何回かしてるみたい」

「それで、レーアさんはなんて?」

「ん? 別に何も言ってないよ?」

 まぁ、レーアさんのその性格からして、文句も言わずに全部やり遂げそうではあったけど。

 自分の気持ちを隠してまで、誰かのために尽くすなんて、どっかの誰かさんとそっくり。自己犠牲で誰かが喜ぶなんて思ってる、バカでバカでどうしようもないくらい優しい誰かに。

「レーアさんは好きな人とかいないの?」

「昔はいたみたいだよ。それこそ、フットサルをやってた頃は、よく告白されてたみたいだし」

「オーケーは?」

「してなかったよ。全部断ってた。あんまり興味が無かったんだと思う。そんな余裕も、無かっただろうし。……あれ? でも前に一人だけ……っていうか、僕……じゃなくて、俺の話をしようよ!」

 それほどまでにフットサルに打ち込んでいたのに、急にやめるなんて、何か事件があったに違いない。“あの時”、私が起こしたような悲劇が、レーアさんにも。

 何となく、首を突っ込んではいけないプライバシー領域な気はするけれど、アレンは教えてくれるだろうか。そうして、私は贖罪できるだろうか。同じ悲劇を収拾することで、私は何かを学べるのだろうか。

 知らないけど、知りたい。知らないから、知りたい。

 こいつの姉、レーアさんのことを。

「レーアさんがフットサルやめたのって、本当におっきい大会で負けたからなの?」

「もう、リズってばー。僕……いや、俺の話を――」

「教えてよ。ねぇ、アレン」

 アレンの表情は一気に暗くなって、「はぁ」という気だるげな溜息が余計に際立った。どことなく教室も一段階静かになったような気がする。アレンの一挙手一投足を観察するのを特技としている女子たちが、あまりのギャップに静止してしまった影響か。

 でも、私には武器があった。

「アレン、お願い」

「…………」

 他人の好意だ。

 レーアさんも多分、同じ武器を持っていたと思う。この諸刃の剣を。

「わかったよ。なんでそんなに姉のことを気にするのかわからないけど、リズが言うなら教えるよ」

 ありがとうとは言わない。癪だから。

 アレンが二の句を継ぐまで待ってみると、思いの外早かった。

「実は、姉がフットサルをやめるきっかけになった試合っていうのは、フットサルの試合じゃないんだ。それに規模も、大きい大会どころじゃなくて、全国大会なんだ。優勝すれば、世界大会に進める国内最高峰の大会」

「フットサルの試合じゃない? どういうこと?」

 それじゃあ、そもそも負けても失うものなんかないじゃん。ずっとやってきた練習とも関係ないものだったら、負けても仕方がないって思うだろうし。いくらプライドが高いと言ったって、積み上げてきたものが無ければ崩れもしないんだから。

 もしかして、その試合にも無理やり出場させられたとか?

 いや、有り得ない。全国まで進んでしまうのだから、一定以上の意志はあったはず。

 それはつまり。どういうことだ。

 人が必死に推理してるというのに簡単に答えを言うもんだから、若干むかついた。


「サッカーの、試合なんだ」


「フットサル少女が、なんでサッカーの全国大会に出てんの」

「フットサルのコーチをやってた人が、サッカーのチームも持ってたんだ。毎年全国大会に進むくらいの有名なコーチでさ。その年ももちろん全国大会出場を決めてたんだけど、大会前に問題が起きたんだ」

「コーチが幼児虐待で逮捕されたとか?」

「違う違う。出場メンバーの一人が骨折しちゃったんだ」

 そんなことだろうとは思った。そしてခ代わりの選手もどうのこうのなって、つまるところフットサルクラブのエースストライカーのレーアさんが抜擢されたと。

 悲劇までの筋書きはそんなところかね。

「それは大体わかった」

 いやでも、待てよ。

 それで短期間にたくさん練習したからって、フットサルをやめることには繋がらないんじゃないか。勝ったにしろ負けたにしろ、フットサルをやっていたレーアさんがサッカーを続ける理由はなかったはずなんだから。

 理由は他にあるんだ。

「もしかして、やめるきっかけって、試合と関係ないこと?」

「そう! さすがリズ! 洞察力もすごいよ!」

 洞察したところで、そんなのは洞察に過ぎない。私は真実が知りたい。

 それなら埃を少し叩いてみる。ゴミは舞うんだろうけど、叩いたものは綺麗になる。そういう意味でも、諸刃の剣。ちょっと言いたくなる言葉。諸刃の剣。

「それで、何があったの。レーアさんに」

 あくまで、私の興味はレーアさん。それを強調するために、語気を強めてみる。

 諦めたのか何なのか、アレンは渋々という風でもなく、普通に口を割った。

「すごく言いにくいことなんだけど……。これはリズだから教えるんだからね?」

「前置きはいらないから、早く」

「実は……。えっと……」

 口の横に手を宛がって、顔を近づけてくる。ちょっとどうかと思ったけど、まぁ欠片でもプライベートなことを教えてくれるのだから仕方ない。申し訳程度には耳を傾けてやるとする。

 そうして微温湯みたいな声で囁かれたのは、私の推理を大きく覆す真実だったりする。



「対戦相手に一目惚れしたんだ」



 レーアさんは別に失ってなかった。むしろ、得ていた。

 というか、私が言葉を失った。一刻も早く返して欲しい。

「それで、男っぽいことはやめるって言って……」

 これは、こいつと一緒に文化祭に行く理由が一つ増えてしまったということか。もう最悪だよ。一目惚れとか、正直全然面白くないし。

 うん。まぁ、これは義務でもあるな。

 レーアさんに会えば何かわかるかもしれないし。アレンとは言え、家庭の事情めいたプライバシーを覗かせてくれたんだから、少しくらい報いないと。

 でも。

 でもなぁ。

 暑い。とにかく暑い。

 おかげで怠い。それでも世は夏だ。

 少しくらい、羽目を外してもいいかな。

 なんて、思わなくもない。

「でも、全然嬉しそうじゃなかったな……。僕……、俺ならリズに巡り合えたら、絶対喜ぶのにな……」

「あっそ」

 毒づいてるうちに、夏休みは始まっていたりする。


 

 

【あとがき】

 百合でならR18も厭わない……、と言いたいところではありますが、そういうのに関しては書き方が理解らない次第です。やったことないし。やらないし。家から出ないのが私たるもの。

 でもよくよく考えると、『毎晩布団でキスしてる』人もいれば、いわゆる『一線』を越えそうな人もちらほらいるので、微妙なライン。もしかしたらもう……。


 あとはご想像にお任せして、次回予告もご想像にお任せします。

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