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Ⅰ 妄人ファインディング

【まえがき】

 タイトルは“もうにんふぁいんでぃんぐ”と読みたいところですね。

 某魚群アニメ映画のもじりになってます。

 そんな原作とは無関係の百合百合した今話、どうぞ。




 

 


「はぁぁぁぁぁぁぁ……めんどいのう……」

 その人は息を吐くように呟いて、机に突っ伏した。教室の机は堅くて痛かったのか、すぐに顔は上がった。

 その流れでこちらを向いたので、何か言わなければと思った。

「でも、ノアたちは部活やってないから、やんないと……だよ」

 正確にはカーリング部のマネージャーだ、と訴えたいところだけれど、さしたる仕事もないから心が痛むだけだと思った。アリスにタオルを渡したり、アリスに飲み物をとってあげたり、アリスを応援したり、エトセトラ……。もはやアリス部と言っても過言ではない。

 顧問が認めてくれてはいるが、学校的にはマネージャーの存在が不確定らしいので、放課後業務の手は逃れることができない。

 来月ほどに迫った文化祭の準備は、学年とクラスごとに分担されて仕事を課されることになっていた。ルートやアリス、そして、うなだれながら小道具にハサミを入れているサクラも所属する自分のクラスは、劇の小道具づくりを任されている。決められた期限や小道具の種類などは特にないが、予算内に納めてかつ劇に間に合わせなければいけなかった。

 冠と思しき小道具を遠方へ放って、サクラがまた何やらぼやく。

「わしは生徒会部じゃー」

「あ。王冠が……」

 王の威厳を示すものであるから、小道具とは言え重要な気がするのだが。

 誰かが拾ってくれるかと思って見ていたら、特にそういうことも無く、暫くしてサクラが自分で取りに行った。「可哀想なわし……」と文句を言っているのが、少し面白かった。何となく自業自得な気もするけど。

 席に戻ったサクラは、また作業を再開した。やりたくないとか、疲れたとか、言いながら。

 自分は、そんなサクラを観察するのが好きだった。何故かって、面白い。

「どうしたんじゃ。そんなにわしを見つめて」

「わ」

 不意に反応されてびっくりする。言葉に詰まる。

 とりあえずやましいことは何もしていないので、「なんでもないっ」と首を振って視線を逸らした。面白いから見ていたなんて失礼なことは、口が裂けても言えないから。

 気を紛らわせようと作業の方に集中する。葉っぱと思しき下書きをなぞって丁寧に厚紙を切っていくと、その切れ込みから視線を感じた。集中できない。

 葉っぱは早々に終わらせて、糊付け作業に移ろう。あれなら隙間は無い。

 元々、こういうことは得意なので、滞りなく終わる。でも、できあがった葉っぱを机に置けなかった。ちょうど葉の中心で目隠ししているので、これをどけたら間違いなく見てしまうと思うのだ。サクラを。何故って、面白いから。

 でも、ずっとこうして目隠しているわけにもいかない。

 意を決した慣性で葉っぱをどけると、勢い余ってこつんと机に手の甲をぶつけた。痛い。

「痛っ」

「ぬはっ! いやー、のあは面白いのう。見てて飽きないのじゃ。やっぱり、ありすはこういうのが好きなのかのう」

 サクラの方が見ていた。自分も見てしまったから目が合った。サクラは椅子ごとこちらを向いて、にっこりと微笑んでいた。何から何まで観察されていた。

 恥ずかしくなって、自然と葉っぱが顔にくっついた。

「なんじゃよー。ああ、可愛いのう。わしのものにしたいくらいじゃ」

 人のものになるということは雪辱だというけれど、ずっと一人で過ごしてきた自分にとれば幸福だった。だから、嘘にも聞こえる言葉よりも、その冗談が少しだけ嬉しかった。

 アリスのようにサクラがいつも隣にいる――いてくれるということ。それはもう毎日が刺激的な事だろう。心臓がもたなそうだ。

 葉っぱで顔を隠しながら少し笑う。

「あ。今笑ったじゃろ。冗談じゃないからのー。本当に連れ帰ってやるのじゃー! ぬっふっふっふ……。毎日あんなことやこんなことして遊んでやるのじゃー」

 視界が塞がっているせいで「どっこいしょ」という掛け声しか聞こえなかったが、サクラが席を隣に移したようだ。アリス以外の人の声が右耳に入ると、何となく変だ。

 もし仮にサクラのことが好きだったら、この変な感じとも付き合わなければいけないな、と心で語った。

 ふと、気になることがあった。

 ゆっくりと葉っぱをどけて、サクラの方を見る。サクラは笑っていた。

「ね、サクラ……」

「なんじゃ?」

「サクラの家、どのあたりなの?」

 サクラという人間は、兎にも角にも目立つ。どこにいたって何をしていたって、頭一つ抜ける。だからこそ、誰もがサクラに興味を持つ。でも、誰もサクラのその先を知ろうとはしない。それはサクラが興味を興味で上書きしてしまうからなのだと、最近分かってきた。気になることが多すぎてどこから手を付けていいかわからないのだ。この間授業中に起きた、男子生徒がサクラに告白をするというカオスな事態も、多分、サクラの人物像をちゃんと掴めていないからなのだ。

 割とサクラの近くにいる身上、変人天才破天荒なんて大衆に見せる顔よりも、優しくて人情味溢れる可愛らしい女の子に見えてしまう。だから、現住所なんて小さなことが気になってしまった。

 どんな答えが来るかなと期待していると、それを勘付かれる。

「むふふ……。知りたいかのう……?」

「し、知りたい……」

 上目でそんなことを言われると、あまり意味を求めずに聞いた問いに価値が生まれるような感じがしてくる。まるで、その情報はトップシークレットでサクラ以外誰も知らない、みたいな。あ。でも、実際そうか。

 話の盛り上がりに比例して高揚する気持ちを、文化祭の準備作業に昇華出来たら、なんてものは机上の空論。きっと理性とは裏腹に、瞳なんかが輝いてしまっていることだろう。

「それじゃあのぅ。わしの膝の上に座ったら教えるのじゃ」

「ぅえ……!? そそ、そんなの無理……っ!」

 そんな大胆な行為はアリスとすらしたことが無い。別に嫌ではないし、人とくっついているのは好きだからむしろ大丈夫な方だけれど、どうせならアリスとしたい。最悪、アリスとしてからサクラとしたい。それは最悪じゃなくて、最高の贅沢かもしれないけど。

「わしとは嫌か?」

「い、嫌じゃないよっ……全然っ!」

 それでサクラのことを色々教えてもらえるなら、むしろしたかった。

 ただ、サクラという人間の信憑性は、アリスへの好意云々以前の問題だった。こういう悪戯話の時は、たいていが嘘だったりするのだ。隠しきれていない下心が、にやけた表情に浮かんで見える。

 でも、ここまで詰められてしまうと断る術がわからない。ただオーケーを出すのも怖い。

 ならば、その間をとるまでのこと。

「わかった……乗る……。でも、嘘、つかないって約束……」

「ぬははっ! その約束、破ったらどうなるんじゃろなぁ?」

「アリスに言う……」

 多少盛って、と付け加えようと思ったが、露骨に苦痛な表情をするので思いとどまった。多分、盛っても盛らなくても、サクラへの効果は絶大に違いない。

「わかったのじゃ。それなら仕方ないのう。正直な事しか言わんのじゃ。その代わり、わしも質問したいのじゃ」

「ノアに?」

「そうじゃ」

「ノアなんて何もないよ……?」

 自分の存在のほとんどがアリス成分でできているというのは知っているはずだけれど、これ以上何か聞くことがあるのだろうか。悲しくなるとともに、甚だ疑問だった。

 訝るように首を傾げると、サクラは首を振って言う。

「話すことなんてなんでもいいのじゃ。のあを知りたい。そう思っただけじゃ」

「う、うん。わかった。いいよ」

 サクラはこうして、意味の深いことを言う時がある。いつも朗らかで身も心も軽いと推し量っていると、そういう時、距離感に困る。サクラの根底にある優しさをちらほら感じて、最近は慣れてきたけど。

「それじゃ、ほれ。乗るのじゃ」

 椅子を引いて、太腿辺りをポンポン叩きながら手招きしている。すぐに応えないと強引に座らされそうだったので、潔く席を立つ。

 まだ教室に残っていた男女数名のクラスメイト達の一瞥を浴びながら、サクラの元へ小股一歩半。まじまじとサクラの目を見ると、「ん!」と催促される。

「じゃ、座るよ……?」

 サクラに背を向けるのは気が引けたが、前向きに座るわけにもいかない。背中に悪寒を感じながら、ゆっくりと腰を下ろしていく。

 暫くして、臀部にふにっ、という何とも言えない感触があった。何だろう。大きな耳たぶ? の上に乗った感覚。

 それから、ウエストをぐるりと一周(よう)される。絶対やると思ったからそんなに驚きはしないけど、そこから手が上に行ったり下に行ったりしないか寒心に堪えない。

 少しだけ高くなった目線で辺りを見渡すと、いつもより教室全体が明るく見えた。白い壁もふわふわ揺れるカーテンも、談笑しながら作業する皆の表情も。気を良くしていると、聞きたいことを忘れてしまいそう。

 万に一つの可能性を視野に、臍の横辺りにあったサクラの両手をとりあえずどっちも掴んでおいて、話を始めることにする。

「サクラのおうち、どこにあるの?」

「木の上じゃ」

 顔が見えないから余計、冗談に聞こえない。というか、嘘はつかない約束はどうなってしまったのだろう。

「ほんと?」

「本当じゃ。木の上じゃぞ。今度遊びに来るかの?」

「いいの?」

「よいぞ。のあは特別に歓迎するのじゃ!」

「閉じ込めたりしない?」

「し、しないわい!」

 しそうな気しかしないけど、家を案内してくれるのはとても嬉しい。

 木の上、ということはツリーハウスのような家なのだろうか。でも、適したような大きな木は国内には無いし、あっても竹だから趣が異なる。それに、木の上に家を作るほどアクティブな家族とは一体どんな人たちなのか、大変気になる。

「サクラのお父さんはどんな人?」

「ん? そうじゃなー……、太っておった」

「お母さんは?」

「痩せておった」

 何となく言いたいことはわかるけれど、あまりに大きすぎる括り。ただ、サクラの両親という材料があれば、その単語からいくらでも想像できる。でも、もう少し詳細が欲しかった。サクラの口から。

「何してる人なの?」

「はて、なんじゃったかのう。いなくなったのが昔のことじゃから、さっぱり覚えとらん」

 その言葉は無機質に背中を擽った。心臓の辺りを、手で直に弄ばれているような気分だった。でも、変に憐れんだりもしなかった。

 自分も「同じ」だったから。

「じゃ、ノアと同じ……だね」

「そうなのかの?」

「うん。ノア、お母さんは生きてるけど、お仕事、忙しくて、ノアが寝てる時にしか帰ってこないの」

「そうか……。父親はどうしたのじゃ?」

「いないの」

 物心ついた時には、母がいつも自分の世話をしていて、それを不自然に思ったことも無かった。初めに「父親」というものが世界に存在することを知ったのは、エレメンタリーの授業参観の時だった。

 自分に父親がいない理由を尋ねて母を悲しませてしまったことは、今でも深く心に残っている。傷として。

「同じじゃな。わしと」

「うん……っ!」

 さりげなくお腹の辺りを摩ってきたけれど、今は何となく嬉しかった。

 エスカレートすることはわかりきっているので、早々にその手を握って、話を進める。今度はあまり悲しくならなそうな話題を。

「サクラって、何が好き?」

「柔らかいのと温かいのは大体好きじゃ」

 柔らかくて温かい物といえば、高級なステーキとか肉まんだろうか。でも、噛むのが面倒だとかなら、麺やパンだって考えられる。お米にも言えることだし。

 もう少し情報が欲しい。

「甘いの?」

「んー……。あんまり甘くはないのぅ。どっちかと言えばしょっぱいじゃ」

 柔らかくて温かくてしょっぱいと言えば……、さっきのとあまり変わらないか。

 的を一つに絞って、質問してみよう。

「硬いのは嫌い?」

「そうじゃなぁ。別に、カタいのはカタいので、柔らかくする楽しみがあるから良いのじゃが、柔らかくなるころにはびっしょびっしょじゃ」

 元々硬くてもだんだんと柔らかくなる。そして、温かくてしょっぱくて、液状のもの。これは間違いない。


 ――らーめんだ。


 その後、「のあは結構柔らかそう」だとか「ありすは最初のうち硬そう」だとか言い出すので、気になって仕方がなくなって詳細を尋ねてみたけれど、それは忘れたことにする。耳たぶがものすごく熱いのも気にしないでおく。

 そうだ。自分は何も聞いてない。

「そ、そういえば、文化祭の劇、サクラはなにで出るの?」

「わしはー、そうじゃのう、木かのう」

「木……」

「あの会長のことだから、木にもセリフがありそうじゃがな」

「会長さん?」

「るりじゃよ。台本はるりが自分で書くと言っておったんじゃ」

「あ。それ、変更になったって。ルートが」

 最近は、休み時間も作業をしているようで、ルートは教室に不在のことが多かった。それでも、サクラは生徒会長と仲が良いから、同じ生徒会に属するルートとは放課後に会っていると思っていたけれど、そうでもないようだ。その情報を知らないと言うことは、生徒会室自体に顔を出していないのかもしれない。

 そう言えば、このところサクラとルートの会話が減ったような感じもする。前から一方向中心の会話ではあったけれど、最近はそれすらなくて、どちらかと言えば、ルートが気を遣って話しかけているようにも見えた。

 二人の間に何かあったのだろうか。

「サクラ」

「なんじゃ」

「そ、その……。ルートと、何か、あった……?」

「急にどうしたんじゃ?」

 推測でも何でもなく、ただの実感としてそれは言うことができた。

「ルートって言った時、ちょっとだけ、ぎゅってなったから……」

「そうか……」

「あっ、でもでもっ、言いたくないなら……別に……」

 言って欲しかった。

 自分に相談して何かが大きく変わるとは思えないけれど、こうして膝の上に座らせてもらっている身上、そう思ってしまった。頭で勝手とわかっていても、どうしても、気がそちらばかりを向いてしまう。人に体重をかけるというのはそういうことなのかもしれない。

 不意に、背中に何か重みがのしかかってくる。

「のあはやさしいのう」

 声が直に響いて、体全体でそれを聞いているような感覚になる。しこりのような小さな突起を感じる。どうやら、耳をぴったりと背中にくっつけているようだ。

「そ、そんなこと……ない」

 何だか、温かくて落ち着く。それはサクラから香る、緑の匂いのせいもあるかもしれない。

「すぅー……はぁー……。良い匂いじゃー」

「や、やめてよ……!」

 同じことを感じていた事実に恥ずかしくなって、首筋に悪寒が走る。

 どうにもサクラと話していると、論点を忘れてしまいそうになる。もしかしたら、それがサクラの言う魔法なのかもしれない。

 我に返るのはいつも、サクラの手つきが怪しくなってくるあたり。上へ上へと這ってきた手を、しっかりと捕まえる。そうすれば、変な魔法は解ける。

「なんじゃ。よいじゃろー、ちょっと触るくらいー」

「よ、よくない……」

「わしは柔らかくて温かいモノが好きなんじゃー」

「そ、その話は、ないっ。ないのっ! なかったのっ!」

「強情じゃのう……。それなら、ちょっと触らせてくれたら、わしとるーとの間に何があったか教える、のはどうじゃ?」

「何も、無かったら、触られ損……」

「そんなことないじゃろー。何もないってことは、今まで通り平和ということじゃから、それがわかると言うだけでも万々歳じゃろ?」

「それは確かに、そう……じゃないっ!」

 サクラは本当に話が上手いと思う。危うく乗せられるところだった。

 極論、真実を話すかどうかというよりは、触れるか触れないかというところなのだろう。サクラの中では。

 品の無いタイプのそれだから、別に好んで触られるような価値のあるものじゃないと思う。それに、聞きたいことが聞けるかもしれない。嫌われたりするのは嫌だから、という理由もある。素直に頷きたいところではあるけど、内容が内容だけに頭が重い。

「大丈夫じゃて、痛くはしないのじゃ」

「ね、ねぇ。他の、ないの……?」

「他? そうじゃのう。ありすの秘密を教えてくれたらよいぞ」

 その答えには考える素振りが無かったから、元々あった選択肢なのかもしれない。自分の胸を触るか、アリスの弱点を知るか。それを天秤にかけていいのか怪しいけど、サクラらしいと言えば納得。

 アリスの秘密を知って何に使うのかは想像に易い。そう簡単に口を割るわけにはいかない。

 でも、どのラインから秘密だと言えるのか、サクラがどこまでアリスを知っているのかわからない。もし大それたことでなければ、答えてあげたい。

「た、例えばどんな……?」

「休日はいつも何をしとるんじゃ?」

 そのくらいの情報なら悪用も難しいだろうと思う。

「夕方頃まで部活、で、家に帰るとすぐに宿題するの。そうすると、学校生活と私生活でメリハリがつくんだって。ノアも、その時、一緒にやる」

「やっぱり真面目じゃのう。して、その後は?」

「あと?」

「あとじゃ。遊んだりせんのか。花札(とらんぷ)でも将棋(ちぇす)でも」

「んー……。すぐ夕飯になっちゃうから、あんまりすぐ遊ばない。それに最近、お見合いの人、おうちにお招きしたりして忙しいから……」

「令嬢は大変じゃのう」

 アリスの家のメイドになって暫く経つけれど、最近は本当に増えてきた。それも、不特定多数の人ではない。アリスのお父様も「大体は決まっている」みたいなことを言っていたから、もしかしたら自分にとる最悪の事態に陥ってしまうのでは、と恐怖する。

 でも、毎晩アリスと同じ布団で眠って、同じ朝を過ごして、同じ場所に帰っていることを思い出すと、[絶対負けない]という自信が湧いた。アリスが自分を見捨てたりはしないのだと、心から信じられた。

 そういう自信が、自負があるから、こうして自分は自分でいられた。

「ノア、アリスのこと、信じてるから……」

「むふふっ。妬けるのう……。して、つまるところ、どこまでしたんじゃ?」

 急に小声になったかと思えば、やっぱりそういうことなのか。基本的に、サクラの興味は他人のそういうコトなのだろう。

 自分とアリスとの関係を知っているのは、今のところルートとサクラだけ。禁忌を犯していることを知った上で、自分たちの関係を応援してくれている二人でもある。もちろん、自分を家に置いておいてくれるアリスの家の人たちも、関係を知っているかどうかは別として、必要以上に仲が良いことを特別咎めたりはしない。

 事情を知って理解してくれる人を増やしていくことは、これからのアリスとの関係性を守っていくためには必要不可欠なのだという自覚は確かにある。自分にそんな勇気はないから、誰かを頼るしかないことも。

 でも、相手は選びたい。

 サクラが悪いと言うのではなくて、サクラの場合、拡散のスピードが異常に早そうで。

「み、みんな、いるから……」

「場所変えるかの? 一瞬で移動できるぞ。記憶は飛ぶかもしれんがの!」

「な、なんで……?」

 魔法を行使できる事実があるから、その言葉には説得力がある。けれど、そうして人知を超えた存在であるから、信用は信用ではなく『畏敬』に変わる。

 人は信用の前に吐露し、畏敬の前では懺悔する。

 自分は今、懺悔したいわけではない。

「や、やっぱり大丈夫っ。ノア、ルートに聞いてみる」

「んぇぇー……。そんなにわしのこと嫌いかー?」

「そ、そういうんじゃないの。もちろん、サクラのこと、す、好き、だし……。でも、今一番は、アリス……なの…………」

 (わか)ってよという意味で、サクラの手をぎゅっと握った。決して保険ではない。

 サクラはそれでも尚、不満そうに唸っていた。

「んもぉぉー。わしは言いたいのじゃ、るーとと何があったのかー。言うから触らせろなのじゃー。というかもう、触るから言うのじゃー」

「やっぱり何かあったんだ……って、サ――……ッ!」

 結果として、自分の思いやりは保険として適用されることになる。こういう時、自分にもっと力があればと思う。物理的な。

 それはそうと、何だか色々(まさぐ)られているみたいだ。サクラの配慮なのか欲望なのか、背中側から制服の裾に手を入れられて、あとは、そう、色々。

 元々、触られること自体に抵抗が無かったため、抵抗の術を全く思いつかなかった。だから、事後対応になった。まだ、終わってないから事中対応かも。

「や、やめてよーっ……!」

「よいじゃろー。減るもんでもないし、そもそも揉むためにあるようなもんじゃ」

「み、身勝手……」

「んー。のあはわしよりやっこいのう。返しはあるが、大きさ相応ってところじゃの」

「は、恥ずかしいから分析しないでっ……!」

「ありゃ? のあは割と平気なんじゃな。るーとなんてすぐに変な声出しておったのに。ちと残念じゃのう。柔いからよいが」

「へ、平気は平気、だけど……。ル、ルートにもしたの?」

「したぞー。るーとは中々弾力があった」

 軽々しく言ったけれど、もしかしたら二人の間の確執はそれが原因なのでは。だとすれば、確執だなんて頭痛のしそうな言葉を使うのも、大分筋が違いそう。

 自分に平気と言われて悔しかったのか、それとも時間の流れなのか、サクラの手つきがさらに妖しく激しくなってくる。

「んっ。サクラ、ちょっと痛いよ……」

「すまんのじゃ」

「というか、そろそろやめてよー……。なんか、悪いこと、してる気分……かも」

 膝の上に座っているあたりから、すでに社会的に良くない。さらにその水面下で、色々やっている。水面下というか、服の下だけど。見つかったら、一日中説教されそう。

「もうちょっとじゃ、もうちょっとだけっ! したら、その罪悪感が癖になるぞー」

(バチ)、当たりそう……」

 サクラの場合、その天罰すらモノともしなさそうだけれど。

 でもそれは、相手が神様だったりご先祖様だったり、法律だったり……。目に見えない畏怖のような衣に包まれている存在だからこそだと思う。サクラみたいに実感を大切にする人からすると、そんなものは何にもならない。

 だからサクラは、アリスを怖がったりするんだと思う。

「大丈夫じゃ、大丈夫じゃ。天罰でも何でもこい、なの――」

 急にサクラの勢いがなくなったかと思えば、その刹那。

 ごんっ、という重たい衝撃がサクラを伝って自分の胸辺りにまで響いてきた。


「じゃっ――!? い、いったいのじゃぁぁ!!」


 その弾みに腕のロックが解除されたので、椅子から跳ね降りて少し距離をとった。何が起きたのか振り返ってみると、そこには神様でもご先祖様でもない人が拳骨を引っ提げて立っていた。

「あんたねぇ。ちょっとは人目を気にしなさいよ!」

「あ。アリス。部活、終わったの?」

「まだよ。けど、教室でおかしなことしているみたいだったから、早く上がってきたわ」

 自分の感じていることは[伝われ]と思えば、アリスに伝えることができる。『願いの夢』という都市伝説的な力であるから、概念的なモノかと思っていたが、最近アリスと二人で実験して、色々わかってきたこともあった。

 意図して感情を送ろうと思わなくとも、[助けて]だったり[暇だな]だったり、自然とアリスを連想してしまう情動は勝手に伝わってしまうということもその一つだ。こういう時は助かるけれど、常日頃してしまう妄想が欠片でも伝わってしまうと考えると複雑。[伝わらないで]と強く思うと伝わってしまうのも弊害か。

 でも、アリスにならいいのだと思えるから、正解なのだと思う。

 これがもし仮に、罰を受けた頭を両手で押さえながら涙目になっているサクラなんかに伝わっていると思うと、日常生活に支障をきたしそうで怖い。休み時間の度にどこかに連れていかれそうだ。保健室とか。トイレの個室とか。

「痛い……。痛いのじゃぁ……」

「自業自得よ」

「本気でぶつことないじゃろぉ……むー……」

「全然本気じゃないわよ」

「筋肉女め……」

「もう一回欲しい?」

「んんんー……っ! もう嫌じゃー!」

 アリスの笑顔を見かねたサクラは、教室を飛び出してどこかへ走って行ってしまった。ふと周囲を見れば、くすくすと小さな笑いが起きていた。改めてサクラってすごいなと思った。アリスも。

「あれは泣きに行ったわね」

 取り残された形になった自分は、サクラと親しく接していた手前、少しだけばつが悪かった。

 アリスを視界に入れたり外したり、その瀬戸際でちらちらやっていると、急にこちらを振り向いた。

「ノアもノアよ。嫌だったら、もっと抵抗しなさいよ。それに、あいつと駆け引きはしちゃダメ。どうせ嘘と冗談しか話さないんだから」

「ごめんなさい……」

「いいのよ」

 アリスの中でのサクラの評価が、自分とかなり違っていた。アリスが言うと、そっちの方が正しく見えてしまうけど、自分はそんなに悪い人じゃないと思う。

 でも、そんなことはアリスもわかっているようで。

「ノアはまだ仕事があるのかしら」

「ん。大丈夫。今日の分はもうやったから……」

「そ。じゃあ、帰りましょ。ちょっと寄るところがあるんだけど、いいかしら?」

「どこ?」

 正直、どこにでもついていくのがノア・グリニッジであり、それが自分だから、どこでもよかった。けれど、結果として荷物をまとめる間の会話を繋げたのと、アリスの優しさというのを実感できたから、間違いじゃなかったと思う。


「屋上よ」


 アリスみたいなセンスは自分には無いから巧い言葉が見つからないけど、そういう『芯の温かさ』みたいなものが、サクラにはあまり無いのだと思う。どうやったら身に付くかもわからないし、そもそも存在しえない概念かもしれない。

 それでも、自分だけがそれを知覚し得るなら、一つ思うのは――


 [やっぱりアリスの方が好き]


 ――ということ。

 自分に何かを選ぶ権利があるのかと言われたら微妙だけれど、これだけは言える。


「サクラ。ごめんね」


 二つの意味で。



 

【あとがき】

 ノア編も割と増えてきました。

 最初は人称が無くて書きづらいなぁと思っていたくらいでしたが、今は、一番書きやすいキャラだったりします。素の自分に近い感情論者なところがあったりするので、結構楽しいです。

 動きが出ないのがノア編でしたが、今回は活動的な女の子サクラがいてくれたので、かなり動きました。

 サクラおそるべし。



 

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