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〖motive〗Who's "Most"?

【まえがき】

 “誰が一番かなんて”




 

 


「楽しい!」



 広いグラウンドを端から端まで駆け巡り、一心不乱にボールを追う。それを繰り返しているだけなのに、何故だか少女は楽しそうだった。

 ゴールを与えてやればすぐに到達し、更なる高みを目指す。そこは少しだけ登山に似ているのだと、少女は若いながらに悟っていた。登り切って終わりではないことだって、少女は知っている。だからこそ、ゴールまでの道のりに余裕を見ることもできた。

 どんな技術であろうと、彼女の好奇心がそれを覚えさせた。「知らない」を「知りたい」に変え、「できない」を「できる」へと変え、ついには「楽しい」に変わった。その循環を、彼女は心から気に入っていた。

 父から勧められた登山と大きく違うことは、ゴールを見据えて追わなくてはいけないことだった。山は逃げないが、ゴールは奪われることだってある。

 でも、それは少女にとってさしたる問題にはならなかった。


「彼女には天性の才能がある」


 少女を勧誘したコーチは、たくさんのインストラクターが集まる席で、少女を称讃した。

 すぐに認められることはなかったが、練習試合を通じて少女の名は徐々に周知されるようになっていった。一試合一試合、勝とうが負けようが確実に。

 少女が色々なチームから欲されるようになるまで、さしたる時間はかからなかった。

 それは彼女の試合を見れば、誰もが予測できることだった。



     △▲△▲



「このままいけば優勝だ! 力を合わせて頑張るぞ!」

 コーチの一声を追いかけて、「おー!」とか「わー!」とか、言葉にして表せない叫喚が轟いた。十歳に満たない者だけで構成されたそのチームの咆哮は甲高く、どこか鷲の様だ。

 暫くして、フィールドの反対側からも猛りが聞こえてくる。今度は、鷲ではなく虎だろうか。平均年齢的に三~四年ほどは年上の男子で、しかも人数が多かった。

 鷲であれば戦うことはできなくとも、逃げることはできる。そう勘付いてしまった鷲のチームメイトたちの一部は、戦意喪失してしまっていた。その一員であった少女は、無論、自信に満ち満ちた表情で「勝つぞー!」と未だに意気込んでいたけれど。

 選手交代をする余裕すらないチームだということは、事実としてチームメイト全員が知っていた。それが後半戦の勢いを削ぐ要因だと言うことも、実感として知っていた。だから、失意しても仕方のないことなのだ。

 チームメイトの中には「見た目だけだよ」と励ます者もいたが、頷いたのは少女一人だった。「コールド勝ちすればいい」という者もいたが、前半を乗り切れる自信を持っていたのは少女一人だった。

 そんな当たり前の上で、少女は飛んで跳ねて目立っていた。

 すべては「楽しい」からやっているだけ。「勝つこと」はあくまでも、それに追随する結果なのだという持論を持つ少女には、簡単すぎることだった。

 少女の笑みは、すべてを物語るように粛々とそこにあった。


 そして、試合開始のホイッスルが鳴る。


 虎のような雄叫びを上げていたチームが先攻だった。

 まず様子を見る作戦なのか、ボールをあまり前に出さずに警戒しつつのパスが続いた。少女チームは、それについていこうと右往左往する。試合開始前に事細かに伝えられた作戦などすっかり忘れてしまったように、一対三の構図が出来上がってしまった。無論、その分のプレッシャーを相手にかけることができるが、抜かれてしまえば三人分手薄になる諸刃の剣だ。『堅実に確実に勝利を掴む』を基礎精神とするサッカーという競技では、あまり好まれない作戦ということになる。

 つまり、それに関する練習まで行き届いていないのが実際である。

 左右に振られて疲弊した隙を見事に突かれ、ロングパスを通してしまう。そして、絶対的な力量の差を周囲に知らしめるように、ボールはゴールへと吸い込まれていった。

 ボールがバウンドしているのは、空しくもゴールの中だった。

 その様を見てしまった少女のチームメイトたちの士気は削がれ、急速に戦力のダウンへとつながった。ボールを貰っても、上手く連携が取れないのである。チーム競技のサッカーではチームの半分以上が諦めてしまえば、チーム全体が諦めているも同義になる。

 一点、また一点、と点が入るたびに観客からの声援も逓減し、気付けば前半戦が終了している、というような事態に陥った。

 前半で十点差がついたらコールドゲームという特別ルールが適用されなかったこと、それがまたギャラリーの歓声を曇らせた。圧倒的な力の差を、また見ていなければならないからだ。観客のほとんどは身内であろうから、尚のことだった。

 あるにはあった声援も、「我が子」を応援するものだった。

 サッカーはそういうものではない。個人でやるものではないのだ。

 そんな思いでいた一人の少女は、インターバルの間、ベンチに座りながら何も喋らずにギャラリーを睨みつけていた。

 そんな時だった。


「はい集合ー!」


 不意に、コーチの一声がある。インターバルが長めに取られていたためなのか何なのか、チームメイトの足取りはやたら軽かった。

 グラウンドの一角に十一人が集まると、コーチはゆっくりと諭すように話し始めた。

「どうだみんな。疲れたか?」

 チームメイトたちは、互いに顔を見合わせてから、少し間をおいて頷いた。少女は一番後ろからそれを見ていた。

「そうか。みんな頑張ってたもんな」

 その言葉に一部のチームメイトは笑顔になった。少女はまた、それを見ていた。

「練習とどっちの方が疲れた?」

 再び顔を見合わせると、誰かが「試合」だと言った。それから賛同の声が相次いで、小さくガヤが湧いた。

 コーチは誰が口火を切ったのかすぐにわかったようで、そちらの方を向いて淡々と言い放った。

「嘘はつかなくていい」

 ガヤは一瞬にして消え失せ、残ったのはコーチの話をいやいや聞く、我儘な耳だけだった。そこに何かを期待したのは少女だけで。

「君たちが嘘をついているのは、君たちのお母さんに聞けばわかる」

 チームメイトたちの頭上には、密かにクエスチョンが浮かんでいることだろう。

 それを見越していたコーチの二言目は、捲し立てるように紡がれた。

「今、君たちが着ているそのユニフォームを洗濯しているのは誰だい?」

 チームメイトたちは、互いのユニフォームを見て黙った。中には俯いてしまう者もいたが、コーチの言葉の真意を理解している者はまだいないだろう。

 その真意はコーチの言葉によって徐々に明らかになってゆく。

「君は自分で洗濯するかい? お仕事から帰ってきたお父さんが全部やってくれるかい? 違うだろう? そう。全部お母さんだ」

 一人一人、どこか非を詰るように尋ねてゆく。それでもなお優しい声色に、チームメイトたちが理不尽を感じることはなかった。不甲斐ないという思いが芽生える年齢でもないはずだけれど、何らかの責任は感じたのだと思う。

「そのお母さんに聞いてみればいい」

 コーチは、ふと少女の方に視線をやった。コーチの視線を追ったチームメイトたちの視線も、自然と少女に集中した。コーチを取り囲むように並んでいたはずが、それを皮切りに少女が中心になった。

 コーチはゆっくりと少女に歩み寄ると、その髪を優しく撫でてチームメイトたちの方を振り返る。

「今日のユニフォームを洗濯するのは大変でしたか? って。一つも泥がついてないユニフォームは、洗いにくいですか? って」

 少女の髪に付着した泥を払いながら、コーチはチームメイトたちに問うた。

 走って転んで泥だらけになった少女のユニフォームと、逃げ惑って立ち止まって白いままのユニフォームが、ただただ空漠とフィールドに対峙した。少女は何も言わなかった。チームメイトたちもまた、何も言わなかった。沈黙がまた、そのコントラストを際立たせた。

 コーチには、沈黙を破る義務があった。

「どうだ? みんなのユニフォームは洗うの大変そうか?」

 チームメイトたちは大きく首を振った。そこには異様な一体感があった。少女はただただそれを見ていた。

 コーチは大きく頷いて、続けた。

「そうだ。それじゃあ皆、やることはわかったか?」

 チームメイトたちが頷くと再び、練習の時のような一体感が生まれる。それを待っていたかのように、コーチは笑顔になる。しかし、少女の表情はいまだ曇ったままだった。

 コーチはチームメイトの士気が上がったのを確認すると、今度は少女に尋ねた。

「やることはなんだい?」

 少女は視線をグラウンドに向けて、淡々と答えた。

「洗濯してくれてありがとうってお母さんに言う」

「あ……ああ、なるほどな! そういうことだ! 皆、お母さんに感謝するために、たくさんユニフォームを汚すぞー!」

 コーチが叫ぶと、チームメイトたちがそれに続いて「おー!」と掛け声を上げた。グラウンドに轟いたその声は観客たちにも届いたようで、そちらも少しばかり活気づいた。結局、言葉は何でもいいのかもしれない。

 少女がそうであるように。


 休憩時間。


 少女は、集合が解除されて方々に散っていたチームメイトを見送って、その場に留まっていた。コーチに呼ばれたのである。

「早くやりたいか?」

「やりたい。休憩は退屈だよ」

 少女の視線はグラウンドを捉えて微動だにしない。休憩中の使用禁止ルールさえなければ、すぐに走り出してしまいそうだった。

「疲れてないか?」

「だいじょぶ。全然動いてないし。山登りの方が疲れるかも」

 チームで一番動いていたのは、ユニフォームを見れば一目瞭然だった。前半戦の失点を十点に抑えたのも、すべて少女の働きだった。それどころか、一点を返してさえいるのだ。コールドゲームをコールドでなくしたのは、紛れもなく一人の少女の力だと言える。

 それでも、少女の目に「勝利」が宿ることはなかった。ただ只管に、「楽しい」だけを求めていた。

 コーチはそれが、少しだけ心配だった。

「楽しいか?」

「うん。楽しい! ありがとうおじさん!」

 少女は満面の笑みでそう答えた。それだけを求めている彼女からすれば、当然と言えば当然の答えなのかもしれないが、コーチからすれば歓喜極まりないことだろう。

 コーチは仕草に表さぬよう感情を抑え込むが、口角は自然と上がっていく。

「はっはっは! それはよかったよ。それならおじさんも嬉しいよ。今は、おじさんじゃなくてコーチだけどな」

「ありがとうコーチ!」

 コーチは微笑んでいたが、心の中では不安が渦を巻いていた。

 楽しみだけを求める少女を、チームメイトはどう見るか。世界はどう見るか。少女を突き放して、必然を嘲り笑ったりしないか。それだけが気がかりで。

「ねえコーチ。これが終わったら、また来月なの?」

 ふと、少女が疑問をぶつける。逸る想いを前面に押し出したような問いかけだと、コーチは密かに思った。

「ここで勝てば、来週、地区大会の決勝に出場だぞ」

「そうなんだ」

「それも勝てば、今度はすぐにエリア予選。それも勝てば、全国大会。それも勝っちゃえば、ジュニア部門の世界大会だ!」

「ふぅん……。来週の次は次の日?」

 少女が気にするのは頻度だった。

 コーチはまた、かつてのおじさんのような笑い方になる。

「はっはっは! さすがに毎日は大変だぞー? それに、練習しないと上手くなれないぞ」

「だいじょぶだもん」

 頬を膨らます少女の小さな憤りには、確かな説得力があった。

 コーチが教えていない技術を、少女は試合の中で編み出していたのだ。それがぎこちない動きだとは言え、体の駆動効率の高さからくる成功率などは、もはや神がかっていた。

 だから、笑うしかなかった。まさに天賦の才だと。

「はっはっは! さすがだなあ!」

「世界大会で勝ったら毎日できる?」

「え、あ、ああ……。できると思うぞ」

 底知れぬ期待で爛々と輝く少女の瞳に射られて、コーチは断言できなくなる。その期待がすべて裏返しになってしまうことが怖かったからだ。

 その無垢を汚すような真似をする度胸など、到底ありはしないのだ。

 ふぅ、と一息ついて背伸びする少女を遠目に見て、コーチはまた微笑む。少女のバックに広がる背徳の新緑が、やけに毒々しくコーチの目を嬲った。

 一も無い可能性を拾うのがコーチの宿命なのだと一家言を口ずさんで、試合に臨む選手たちの背中を見送った。

 未だ頼りない小さな背中たちだけれど、少女越しには途轍もなく大きく見えた。


「勝つぞー!」


 少女はそう言って、ホイッスルを待った。

 沈黙の間を通り抜ける風が、疲弊したコーチの瞳を弄んだ。


 

【あとがき】

 今まで読んでくれていた方はお気づきかもしれませんが、度々挟むWho'sシリーズは、普通の〖サブエピ〗ではありません。ですが、まだ本編からは遠いお話でもあります。まだ、というのがポイントですね。


 一筋縄ではいかないかもしれませんし、逆に案外簡単かもしれませんが、色々と仮説を立ててお楽しみください。ふふふ。



 次回はまた誰かの視点でのお話しにしたいです。

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