Ⅰ ゆっくりと。
【まえがき】
まさかのリズ編になりました。
「はぁぁぁぁぁ…………」
ここ最近の私の学校生活を一言で表すなら、その二文字プラス長音記号のX倍に他ない。もっとわかりやすく言うと漢字一文字になる。それをクイズにして、答えを聞いて回るという遊びを思いついてしまうくらい「暇」だ。自分で答え言っちゃうしね。
アリスお姉ちゃんがいなくなって、放課後の部活に楽しみはなくなった。うちの学校は一応強豪校という扱いだけど、皆が皆上を目指しているかと言ったらそれは違う。私のように、遊びでやっている人だってたくさんいる。石投げは普通に楽しい。石投げって、カーリングのことだよ。
放課後でなくても、つまらないものはつまらない。休み時間はよくルーの教室に遊びに行っていたのに、それももうできない。
休み時間の外出をしなくなると、教室にいるしかなくなる。
教室には、私を嫌っている女子カーリング部の連中もいるし、私を好いている男子連中もいて、何かと面倒なんだよね。別に私は、嫌われようとはしてないし、嫌われるほど好かれようとも思わない。平和が一番。
そうもいかないお年頃なんじゃろか、とおばさん臭く独り言ちてみる今日この頃。
私は一人、昼ごはんを食べようとしていた。
「やぁハニー。僕……じゃなくて、俺とランチでもどうだい?」
していたはずなのに。
強制的に二人にしようと入り込んでくる男がいた。この男が入ってくると、他に誰も寄り付かなくなるから、二人きりを強制される。
いやこの男も嫌われる嫌われる。嫌われてると言ったらないよね。ちなみに私も嫌い。
なぜそんなに嫌われるのかは、顔と中身を見れば判然とする。
シュッとした立ち振る舞いに、自己顕示欲の激しい金髪。イケメンを提言するかのように張り付けられた顔のパーツ一つとってみても、どれも非の打ち所がない。全部非の打ちどころがないから、集合したそれにも非の打ちどころはない。頭も良いし、運動だってできてしまう。おまけに性格は温厚で優しく、声は甘ったるく高い。
私自身もそう感じてしまうのだから、嫌いというのは言い過ぎで、「なんなのだこの男は」というのが正直なところ。いや、やっぱ嫌いだ。ハニーとかキモイし。
女子の人気を一心に集めて歩く姿は、男子勢の敵以外の何物でもない。
私に女子は寄り付かない。こいつに男子は寄り付かない。
ああ、ほら二人きりだ。嫌すぎる。
こういう時は机に突っ伏しての現実逃避に限る。
「ちょっ、無視しないでくれよ」
「…………」
ルーとアリスお姉ちゃんは今頃、何してるかな。
『紆余曲折あったけど、やっと四人で同じクラスになれたんだ!』って言ってたけど、紆余曲折ってなんだろ。紆余曲折したら同じクラスになれるもんなのかな。
ん? 四人って、あと二人誰だろ。
アリスお姉ちゃんと、あと、アリスお姉ちゃんの幼馴染の……ノ、ノ、ノ……ノ…………。まぁいいや……。
ルー、友達出来たのかな。なんかちょっと、悔しいな……。
私、最近、ルーの周辺事情全然知らないなぁ……。
「起きてくれよー」
「…………」
学校違うとこんなに不便なんだなぁ。この頃部活も全然面白くないしなぁ。早く卒業したいなぁ。
……卒業かぁ。
私、卒業したらどこに行くんだろ。やっぱり、ルーと同じ学校かなぁ。アリスお姉ちゃんもいるし。
あ。そうだ。ノエルさんだ。思い出せた。良かったー。
「はっ! まさか、具合が悪いんじゃ!?」
「…………」
でも、そうやって進学して、私は一体どうするんだろ。ずっと追いかけていくわけにもいかないよね。
はぁ……。
一人になると、考えちゃうなぁ。
「それで、僕……じゃなくて、俺の看病待ちとか!?」
「うっさいっ!」
「おぉ! やっと反応してくれたぞ!」
嬉しそうな顔をするそいつが、ものすごく腹立たしい。結構な声量で言ったのに驚かないし。がさつだ。本当にがさつだ。男ってこれだからヤダ。
「反応したわけじゃないし。アレンが五月蠅過ぎて周りに迷惑だと思ったの」
「そ、そんなに僕……じゃなくて、俺の心配をしてくれてたのか!! 感動だよリズ!! というわけで、結婚しよう!!」
「なんでそうなる」
はぁ、と一つ溜息を重ねる。
けれど、最初にした溜息よりは気持ち、軽かった。この男のために深い溜息など吐いていられない。勿体ない。
「運命だよ! さぁ、僕と……いや、俺と結婚しよう!」
盲目的でしょうもない求婚は、いつもの光景。
二年生になってクラス替えがあってすぐ、この調子だった。何かにつけて私のことを追い回すのだ。なんでも一目惚れだったとかなんとか。知らないけど。
三度目の溜息が吐き出される前に、私はそいつをいなす。
「はいはい。嫌です。あっち行ってください」
適当に流して、拒否はしっかり、最後は突き放す。これが、私が習得した必殺の『三段論法』。
三段論法が別の何かを指しているのは知ってるけど、本来の意味は知らない。でも、語呂が良いから気に入っている。それだけ。
私の口から放たれたそれは、そいつの心になかなかいい感じに突き刺さったと思う。
あまりのショックで言葉も出ないかと思ったら、そうでもなかった。
「まぁ、今はテスト前だから僕に気を遣ってくれているんだよね。無理を言ってごめんね、リズ。テストが終わったら、結婚しよう!」
必殺だと思っていた私の三段論法も戦火に散った。全然必殺じゃなかった。思えば、今もこうして求婚されてるんだった。三段論法、ダメじゃん。
「はぁぁぁぁ……」
乗じて、遂に三度目の溜息が漏れてしまう。これは、もしかしたら三段論法よりも効果的かもしれない。主に私に。
机に項垂れて、また現実逃避しよう。
アレンを王子様だと比喩する人たちがいるのは知っているけど、こいつはそう称するほど麗しい存在なんかではない。ただの五月蠅いやつだ。うざ男だ。金髪色白美男子とか、正直三日で飽きる。
「あぁ! また寝てしまった! 起きてくれよー」
まったく。煩わしいにもほどがある。
ここは早々に返事をしておくのが、最善かな。もちろん拒否という返事を。
「今度は何。私、眠いの」
「テスト終わりに――」
「はいはい。嫌ですー。もういいでしょ」
また、三段論法を使ってしまった。必殺でもないのに。
でも、アレンの答えはいつもと違った。
「違うんだ。いや、厳密には違わないけど……」
いつも断言し切るというのがそいつなのに、なんだかまごついている。結婚とかデカいことをあんなにも大言するわりに、なんなんだろう。
男の人が一世一代の覚悟を決めてするのが結婚だと聞く。そんな結婚よりも言いにくいものって、なに? まさか、よくないことなんじゃ……。
あれ? 私、気になってる?
実のところアレン以上にまごついていた私は、静かに耳を澄ますしかない。
「ぼ、僕……じゃなくて、俺と……、い、一緒に文化祭に行ってくれないか!!」
「なんだ。そんなこと」
正直に思ったことを口にした。
「え? いいの? 本当に? やったー!!」
「え、あ、ちょっと!」
しまった、やられた。
「よっし! もう今から入念に計画を立てよう! ありがとうリズ! 僕、じゃなくて俺、すごく楽しみだよ!」
「ま、待ちなさいよ! 何も行くとは言ってないでしょ。それに、場所もどこだかわからないし、何時なのかもわからないし。こっちも予定の立てようがないじゃん」
私はまた、行きたい発言をしている。心の底から行きたくないのに。
自分が自分に何なんだと思う。自分に自分が、かな? まぁどっちでもいいけど。
「場所は……確か国立カシミーヤ上級学校だったよ。詳しい時間はまだ未定らしいけど、日にちは夏休み明けの三日間だったよ。開放日なら、何時に行っても大丈夫って言ってたから、そこは気にしなくてもいいと思う」
「あ、あっそう……」
この男が相手だと、本当に調子が狂う。巷では、そういうのを『噛み合っている』だの『喧嘩するほど仲が良い』だの言ってるらしいけど、私としては『そのまま噛み砕いちゃいたい』し『仲が悪くて喧嘩してる』のだと思っている。まず、生理的に受け付けない。理由は何となく。
まぁ、最悪ドタキャンしよう。まったく、アレンという男も可哀想だな。
「ん? 待って。今、なんて言った?」
「え? いつでも大丈夫だよ?」
「その前。場所」
「ああ。カシミーヤ上級学校? 実は、僕……じゃなくて俺の姉が、国外の学校で文化祭実行委員になったらしくて。話によると、どうやらカシミーヤと合同でやる文化祭らしいんだ。姉の学校は遠いけど、カシミーヤなら一緒に行けるかと思ってさ」
「なるほどね」
私の頭の中では、カシミーヤという単語を掘り起こそうと脳細胞が必死に活動していた。どこかで聞いたことがあるんだけど、どこで聞いたか思い出せない。
進路説明会の時だったっけ。まぁ、ここら辺の地名を冠した学校名だし、わりと優秀で名門な学校らしいから、そりゃ耳にはするよね。
いやでも、そんな薄い感じの記憶じゃない気がする。何かもっと身近に……。
「まぁいいや」
「いやぁ、本当に良かったー!! まさか、リズがこんなにあっさりオーケーしてくれるなんて! その日は国民の休日だから部活も全部休みなはず! 僕……いや、俺のところも休みだしね!」
拳を突き上げて、超絶嬉しそうだ。アレンの後ろを通過した人にぶつかりそうで、大変迷惑だ。まるで、私がそうさせたみたいじゃないか。腹立つし、すごい五月蠅い。
「そっちのいいやじゃないんだけど。……というか、部活も無しかぁ」
口実が一つ減ったじゃない。
あえてマイナースポーツを増やして全国大会を狙ううちの学校のスタイルだと、部活に関してはかなりシビアだ。そのおかげで、毎年ほとんどの部活が全国大会に出場するという成果をあげている。その部活を口実にすれば、上手く撒けると踏んでたのに。適当にお腹痛いとか言ったら、家まで上がり込んできそうな気配がするから、雑にあしらうのも難しい。これは困った。
「うーーーん……」
納得してもらえそうな言い訳は……。尚且つ、余計な心配をかけない断り方は……。そして一番は、私の体裁が守られる選択を……。
文化祭自体、行くことは構わない。でも、この野郎と一緒に行くくらいなら、私は断然一人を選ぶ。もしくは……あ。そうか。
「カシミーヤって、アリスお姉ちゃんが行った学校だ」
「え? アリスお姉ちゃん? リズにはお姉さんがいるの?」
怪訝そうに顔を近づけてくる。私は机ごと後ずさって、距離をとる。今度は、後ろの席の男子が嬉しそうだった。ここには敵しかいないのか。めんどくさい。
「いや、アリスお姉ちゃんはそういうのじゃない。何となくお姉ちゃんぽいから、昔からそう呼んでるだけ」
「ふぅん。そうなんだ」
本当はルーみたいにアリスって呼びたいけど、私にはハードルが高い。少なくとも、敵だらけの部活を卒業しない限りは。
こいつの興味心は私だけではなく私の周囲にまで及ぶのか、さらに詰め寄ってくる。
「そのお姉さんはカシミーヤなのかい?」
「そうよ」
「じゃあ尚更見に行かないとだね! 今年は劇をやるみたいだから」
劇か。面白そう。
大方、ルーが王子様役でアリスお姉ちゃんがお姫様役とかになってるんだろうなぁ。あの二人、ちょっとないくらい役にはまってるんだもん。ザ・王道! って感じで。昔から、おままごとをすれば私は、二人の娘役ばかり……。ホント、溜息でちゃうよ。
でもその溜息は、不安定過ぎる二人の距離感を見て、呆れて出てたような気がする。二人とも、ホントに不器用だから。
でも、まぁ、それが見ていて楽しくもある。ちょっと邪魔をしたくなってしまう。横取りしたらどうなるんだろって、勝手にドキドキする。
今回はそれに免じて、行ってやるか。
「ったく、仕方ないわね……」
私の気怠げなセリフを皮切りに、クラス中がどよめいた。
それもそのはず、私がアレンの申し出を受け取ったのは、初の事例なのだ。そこにどういう理由があったとしても、それは間違いなく肯定だ。
それだけが癪に障ったが、今回限りで我慢しよう。文化祭だって今回限りなのだから。
「し、仕方なくよ仕方なく。アリスお姉ちゃんを見に行くの」
「…………」
こんなことでしょげるアレンではないはずなのに、急に静かになった。どこか遠くを見つめて、何か別のことを考えているような表情だった。
そうやって静かにしていてもらえるのは非常にありがたいことだけど、今はどうしてか不安になった。
「ど、どうしたのよ」
「あ、ううん! やった! リズとデートができるぞ!」
アレンの目の前で手を振る。
その時に、そいつがいつの間にやら中腰になって、私と目線を合わせていることに気付く。
「浮かれんなアホ!」
私は声を張り上げて、劇的にそっぽを向いた。
そして、今まで会話が成立していた事実を忘れたがごとく、事務的な動作で次の移動教室授業の準備に取り掛かった。もちろん、視界の中心には時計を捉えて。
そうして教室を出る時、ちらりとそいつの方を見てみた。
いきなり大声を出されてびっくりしたのか、腰を抜かして地面に這い蹲っていた。
私はしてやったりと思った。思いながら、一人で教室を出た。
わかんないけど、何となくむかついて、深呼吸した。
「ふぅ……」
でも、「暇」ではなくなったような気がする。
【あとがき】
まさかまさかのリズ編。そして変な新キャラも登場。
百合を際立たせるための男性キャラだと、私自身存在を許しています。男子と女子があって初めて、百合って成り立つと思うのです。隠れてこそこそいちゃいちゃするからこそ応援したくなると思うのです。
アレン君をディスっているわけではないです。(アレン君はしばらく登場しませんが)
第一章の一話目ほどに、作品のテーマが「男尊女卑払拭」と言っていたのを覚えておいででしょうか。
そこに関わってくる話でもありますので、どうぞ存在を許してあげてください。
リズ編は特徴的な書き方を試みていて、『リズに感情移入して、感じたことをそのまま書く。体よく』というスタイルをとっています。
感情はその場ですぐ変わったりしないものなので訂正もしない、というのが面白くもなかなか難しいところであります。
ルートの妹(想い人)というかなり重要な立ち位置ではありますので、要注目かもしれないです。作中最も女の子らしくて、私もかなり気に入っている人物です。




